摂政戦記 0062話 開戦 幕間
【筆者からの一言】
今回はアメリカ軍将校のお話。
1941年12月8日 『アメリカ 中西部 某陸軍基地』
基地内のスピーカーが緊急命令を通達していた。
「伝達! 伝達! 全将兵は完全武装の上で即座に連隊練兵場前に集合せよ!
繰り返す! 全将兵は完全武装の上で即座に連隊練兵場前に集合せよ!」
その放送を聞きながら大尉たるクリスは司令部に入るなり電話を手にしていたハッチング少尉に問い掛けた。
「その後、状況はどうなっている?」
「大尉殿。既に当直中隊が出発しました。指揮は臨時にパルマ少佐がとられております」
答えるハッチング少尉の声には焦りの色が濃い。
それも仕方が無い。突然の召集に出動だ。しかも理由が理由だ。
「連隊長とはまだ連絡がつかんのか?」
「駄目です。朝からご家族と街に行かれたようで、それっきり連絡がつきません……」
「最悪だな。師団司令部とは?」
「全く繋がりません」
「中部防衛軍司令部は? 陸軍省は?」
「どちらも駄目です。繋がりません!」
なんてこった! とクリスは胸の内でボヤいた。
休暇で街に行っていた兵士3人組が慌てて戻って報告して来た。
何と街に正体不明の武装集団が現れ市民を虐殺していると言う。
どっかの頭の悪い小説家が書いた三流小説のストーリーかと思うほどの馬鹿馬鹿しい話しだ。
最初は酒でも飲んでいるのかと思った。
いや飲んではいたが真実だったらしい。
なにせその後に州議会議員と市議会議員の2人が家族を連れてこの基地まで車を飛ばして避難して来たのだ。
そして出動しろと言って来た。あんたらにそんな命令を出す権限はないだろ!
そうは言っても無下には出来ない。
くそっ! それに市民が殺されるのを見捨てておけない気持ちはわかる。
市長と州知事とは連絡がとれない事が事態を厄介にしている。
武装集団は短機関銃や手榴弾も使っているという話しだ。暴動なんてレベルではなく警察では手に負えないらしい。
議員さん達はあの武装集団は日本軍だと言っている。日本の旗を持っていたと。
冗談か何かの間違いだと思いたい。
しかし、その後、続々と休日で街に行っていた兵士が血相を変えて戻って来ては虐殺の件を報告して来て、その中には日本の旗を見たと言う奴もいる。
本当に日本軍なのか?
連隊は当直中隊以外は日曜休暇で兵舎にいないっていうのに、何でこんな時に!
いや、こんな時だからこそか。くそっ! そこを狙ったか!
師団司令部とは連絡が付かず、連隊長も休日で外出中と来た。
それどころか中部防衛軍司令部や陸軍省とも連絡がつかないとはどうなっているんだ!
しかも俺が議員達のお守りをしている間にパルマ少佐は正式な命令も無しに出動とは!
下手をしなくても勝手に出動したのだから当然、後で責任問題になるぞ。
クリスはそんな事を頭の中で考えつつハッチング少尉に問い掛ける。
「兵達の戻り具合は?」
「徐々に戻って来てはおりますが、およそ4割程度かと」
「わかった。ともかく今いる兵を率いて臨時中隊を編成し俺も出る。ここは任すぞ!」
「はっ!」
ハッチング少尉の敬礼を背にクリスは司令部を飛び出した。
くそっ! ふざけやがって! 誰だこんな真似をしでかしたのは! 吠え面をかかしてやる!
そう胸の内で文句を垂れ流しながらクリス大尉は練兵場に向かうのだった。
まだクリス大尉は武装集団が日本軍だとは信じられずにいる。
だが、数時間後にはそれを実際にその目で見て信じる事になるのである。
アメリカ全土でこのような例が相次いでいた。
「桜華部隊」に攻撃を受けた都市や町は大混乱だった。
日曜日という事が災いし市長や郡長、州知事とは直ぐに連絡がつかない都市も珍しくなかった。
陸軍基地、海軍基地でも休暇をとっている将兵が多かった。指揮官とて休暇はとる。
携帯電話が未だ影も形も無い時代である。
非常事態に指揮系統が混乱を余儀なくされるのも無理は無かった。
21世紀の時代でさえ、災害時に居場所不明で後から野党に危機対応能力の欠如を責められる政治家が珍しくないのである。
この時代なら尚更だった。
それに中には日本の無差別大量虐殺に遭遇し既に亡くなっている市長や議員もいたのである。
警察は奮闘していた。
どの警察署の警官も市民を守るべく全力を尽くしていた。
地元警察の意地で他への応援要請を拒む都市もあった。
しかし大半の警察は独力で事態の解決が無理だと判断すると軍の応援を求めようとした。
だが、警察が勝手に軍に応援を要請する事はできない。
それには手順がある。まずは地元市長に連絡だ。
すぐに市長に連絡が付いた所はいいが、そうでない所もあり、そこは事態が悪化する。
結局は独断で州知事に連絡を入れたり、近在の軍に応援を求めたりする警察もあった。
それほど事態は混沌としていたのだ。
殆どの都市で昼頃から激しい市街戦となっていた。
ありったけの警察官が動員された他、退役軍人会のメンバーで銃を持つ者や、狩猟を趣味とする者、自衛のために銃を持つ者で街を守る事に立ち上がった者などが駆けつけ、戦闘に参加したからである。
近くに軍隊の駐屯地がある都市では、司令官が独断で直ぐに部隊を派遣したところもあった。
だが、それは少数派だ。
近在に軍の基地が無い都市も少なからずある。
戦闘は激しく続き夜になっても止む事はなく、翌日になってもまだ続く。
この戦いがいつ終わるのか、それはまだ誰にもわからない……
【to be continued】
【筆者からの一言】
次回はまた「桜華」部隊のお話です。
ただし虐殺シーンはありません。




