摂政戦記 0060話 開戦 第二幕 虐殺の宴
【筆者からの一言】
本日は第59話を午前4時に投稿。
第60話を午前5時に投稿の2話連続投稿となっております。
「さて諸君、戦争の時間だ!」
1941年12月8日 『アメリカ 沿岸地帯』
ニューヨークを始めとするアメリカの沿岸大都市で起きた史上初めての核爆発と、これも初めてである同時多発核攻撃。
その惨劇が起きた頃、他のアメリカ沿岸の中小規模の各港でも異変が生じていた……
大西洋沿岸、ノースカロライナ州の中規模の港町ウィルミントン。
港の埠頭に接岸していた南米船籍の貨物船の1隻に、突如、慌ただしい動きが見られた。甲板上で何やら男達が作業をしている。しかし、服装がおかしい。黒い軍服(野戦服)を着てヘルメットを被っている。ヘルメットはドイツの特徴のあるシュタームヘルム型のヘルメットだ。
それに加えてマストにアメリカ人には見慣れぬ旗がはためいた。日章旗である。
しかもその貨物船から大勢の人間が降りて来る。その者達もやはり軍服(野戦服)を着て、シュタームヘルム型ヘルメットを被り武装している。
近くにいた停泊していた船の船員や港の埠頭にいた人達がそれを見て騒ぎだした。
中には「沿岸警備隊を呼べ」「警察に知らせろ」という声も聞こえて来る。
だが、そんな事はおかまいなしに、この武装集団は埠頭で隊列を組み始めた。その人数は400人にはいた。
そして中の一人が旗を持っている。日の丸の旗。日章旗だ。
だが、多くのアメリカ人はそれが日本を示す旗だとは知らない。
この時代のアメリカ人の日本への関心と知識は著しく低いのだ。
船乗りの中には知っている者もいたが、あまりの突然の事態に「何事か」と訝しく思うだけだ。
その時、貨物船上から臨時増設された屋外用放送設備により、この武装集団とウィルミントンの港町に住むアメリカ市民に向けた放送が大音量で突如開始された。
喋り出したのも軍服(野戦服)を着ている男で流暢な英語を喋っている。
「我々は神に選ばれし皇軍の狗なり!
これより! アメリカ国民に最後の審判を行う!!
罪状は大量虐殺及び侵略行為!
北アメリカ大陸において、平和に暮らしていた先住民族のインディアンを大量虐殺し、その土地を奪い、今なお有色人種を差別して苦しめている罪は許し難い!
よってアメリカ国民の白人は一人残らず有罪である!!
ただし情状酌量の余地を認め罪一等を減じ判決は死刑とする!
判決は死刑! 死刑だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
一方的な裁判の宣言と判決の宣告。
町の人々は突如始まった大音量での放送に何事かと訝しんだ。
言っている事もまるで狂人の戯言である。
だが、放送は止まらない。
「皇軍の狗達よ! 判決は下った!
神の名のもとにアメリカ人を皆殺しにせよ!
八紘一宇の理想のために殲滅せよ!
抹殺せよ! 滅殺せよ! 虐殺せよ!
一人残らず皆殺しだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その放送を合図としたのかのように、埠頭で隊列を組んでいた武装集団の指揮官が大声で部下に呼びかける。
「皇軍は問う! 我らは何ぞや!?」
「「「「「「「「我らは狗なり!」」」」」」」」
「「「「「「「「皇軍の戦う狗なり!」」」」」」」」
「「「「「「「「皇軍に忠実なる走狗なり!」」」」」」」」
部下達の返答を満足そうに聞くと指揮官は一つ頷き命令を下した。
「全隊前進!!見敵必殺!! 」
「「「「「「「「「「「「「見敵必殺!! 見敵必殺!!」」」」」」」」」」」」」
命令を復唱しながら彼ら彼女らは、いや、狗達が銃を手に全力で駆けだす。
それも周辺にいるアメリカ人に向けいきなり無差別発砲を開始しながら。
突然の凶行。その銃撃に倒れ伏す市民達。
悲鳴を上げながら、血をまき散らしながら無惨にも倒れていく。
銃弾を受けた腹から血を流し倒れ呻く者、頭に銃弾を受け脳漿を飛び散らせながら即死する者。
何発もの銃弾を体に受け大量の血を吹き出しながら倒れる者。
逃げる背中に銃弾を受け倒れ死ぬ者。
逃げ惑う人々の悲鳴と怒号がそこら中で溢れかえっている。
だが、それに躊躇することなく銃撃は続けられ死者は増えていく。
このとんでもない凶行を始めた武装集団こそは閑院宮摂政が長い年月をかけて作り上げて来た、対アメリカ決戦用強襲部隊「桜華」であり、その「甲班」だった。
「桜華甲班」は沿岸都市への強襲を目的としている。
「桜華甲班」の狗達がシュタームヘルム型のヘルメットを被っているのは日華事変の影響だ。
日華事変において、日本軍は中華民国軍の武器と装備を大量に鹵獲した。
捕虜にした兵士が身に着けていた物もあれば、中華民国軍が撤退時に輸送する暇が無かったり破壊する暇もなく日本軍が占領した施設や倉庫に残されていた物もある。
中華民国軍はドイツ式の装備を採用していた事からシュタームヘルム型のヘルメットもその鹵獲した装備の中にあった。日本軍では使用しない不用な物であるので、それを「桜華」部隊に装備させたのだ。
黒い軍服(野戦服)も同じく戦利品だ。
中華民国軍の軍服は黒くは無かったが、黒に染め直して両袖と左胸に小さな日の丸を縫い付けてある。小さいが黒い軍服にそこだけ白と赤丸のコントラストは実に目立った。それが狙いでもある。
武器もまた鹵獲品である。主力武器はMP28衝鋒槍である。
これはドイツのMP28短機関銃を中華民国の兵器工場でコピー生産したものだ。
ドイツのMP28短機関銃は優秀で各国にも輸出されている。
しかし、中華民国製の物は品質にムラがあり必ずしも良い物ばかりではない。今回、狗達が手にしているのは鹵獲した物の中からできるだけ良い物を選び装備させていた。
つまるところ「桜華」部隊は中国、朝鮮の孤児達と中国からの鹵獲装備により成り立っていたのである。しかも、これまでに兵士として育成するのにかかった費用は、満洲で栽培し加工した阿片を中国人相手に売買して作られた資金で賄われている。人員の肉体、装備、これまでの費用、その全てが純大陸産と言える日本の非正規部隊であった。
「桜華」部隊は長年にわたり朝鮮と中国で孤児を掻き集め洗脳し戦闘訓練をその身に叩き込んで来た者達の集団である。
その鍛えられし少年少女達が…いや長年にわたり計画、実行されてきた故に既に20代を過ぎ30代に達している者さえいる。
その戦闘しか知らぬ皇軍の狗達の軛が、今遂に解き放たれたのである。
それは、ただひたすらアメリカ人を殺すためだけに育てられ、鍛えあげられてきた狂気の戦闘集団の進撃だった。
「八紘一宇の理想の為に! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 見敵必殺!! 見敵必殺!!」
アメリカ人には意味不明な言葉を叫びながら皇軍の狗達が突撃していく。
港は阿鼻叫喚の地獄と化した。
ただそこにいたというだけで短機関銃の的となる。手榴弾を投げられる。
銃弾の嵐を見舞われる。
何の罪も無い人々が銃弾に傷つき悲鳴を上げ血を流し倒れていく。
命を奪われていく。
そして皇軍の狗達は都市中央部へと突入していった。
この時、貨物船とその周辺からも砲撃と銃撃が始まっている。
貨物船上に急遽据え付けられた小型砲と重機関銃が火を噴き、港周辺を薙ぎ払う。
埠頭には迫撃砲陣地が設置され砲撃を開始した。
その砲撃方向は市街に突入していった友軍の方向とはずれている。市街を無差別砲撃するためにだ。援護目的などではない。
突然の迫撃砲弾の攻撃に見舞われた地域にいた者達はパニックになった。
至近距離で砲弾が爆発し即死した者。重傷を負い流血しながらうめき声をあげる者。
迫撃砲弾が建物に命中し爆発や建物の破片で死亡したり、負傷する者は大勢出た。
一体、何が起こっているのか、何が原因なのかもわからぬまま傷つき倒れ死んでいく。
子供も若い者も老人も男性も女性も関係なく死んでいく。
「白人は有罪」と言いつつ、この無差別攻撃では黒人もヒスパニックも巻き込まれて死んでいる。
まさしく狂気の無差別殺戮だった。
市街に突入した皇軍の狗達は上空から見たならば、一匹の黒い蛇に見えただろう。
その黒い蛇は、動きながらも的確に人々を銃で、手榴弾で、戦闘用ナイフで殺していく。
それは統率のとれた高速連携による戦闘行動。
長年の厳しく辛い訓練が、それを可能にしていた。
「やめてーーーー! うっ!」
悲鳴を上げながら若い女性が短機関銃の連射に引き裂かれる。
「た、たす、けてぇ……」
中年男性が手榴弾に吹き飛ばされ手足が千切れ血の海に沈んでいた。まだ息はあるがそれもあと十数秒の命だろう。
「だ、誰か、だ、れ、か」
我が子なのだろう。銃撃を受け既に死んでいる状態の子供を抱きかかえながら、女性が助けを求めている。女性自身も足に銃弾を受けたのか血を流しており歩けないでいる。
その女性にとどめの一発が撃ち込まれ子供の死体共々路上に崩れ落ちた。
手榴弾の爆発により即死した者もいるが、それはまだ幸運なのかもしれない。
腕を爆発でもぎ取られた者。片足を吹き飛ばされた者。両足を無くし傷口から血を垂れ流しながら地面を這いずっている者もいる。
中には腹に傷を受け内蔵がはみ出している者もいる。
時間が経つと共に死者は量産され、皇軍の狗達は市街中央に急速に近づいていく。
突如、現れた武装集団に遭遇し攻撃された人々は悲鳴をあげ、逃げ惑い、パニックを起こした。
躓き倒れる者もいたが、そんな事には構っていられない。
中には倒れる者に躓きまた倒れる者が出て、混乱はいや増すばかりだ。
みんなその場から命からがら逃げだすのに必死だった。
それらの人々を皇軍の狗達は容赦なく虐殺した。
幼い子供が道路の端に座ってワンワン泣いていた。目の前に女性が血を流して倒れている。きっと母親なのだろう。銃弾でズタズタにされ死んでいる。
その時、一人の狗が泣いている幼い子供の傍を駆け抜けた。
次の瞬間泣き声は消えていた。その代わり子供が宙を飛び、すぐ傍の建物の壁に激しく叩き付けられ地面に落ちる。子供は顔面がぐちゃぐちゃに崩れ血を流して死んでいた。狗が走り抜けに蹴り殺したのだ。
狗達は戦闘用ナイフも使う。
逃げ遅れた市民達の背に笑いながらその刃を突き立てる。
首を切り裂き鮮血を噴出させる。
そこかしこで市民達が戦闘用ナイフで刺され、切り裂かれ絶叫を上げながら死んでいく。
老夫婦が道路の端に蹲っていた。二人とも白髪だからかなりの齢なのだろう。一生懸命逃げて来たようだが、そこで奥さんに限界が来たらしい。胸を押さえて、ゼイゼイ言っている。旦那さんが何とか支えて立たせようとしている。
その時、一人の狗が目の前に立った。笑っている。旦那さんの顔が絶望に染まる。
「あ、あ、た、助けて、た」
恐怖でうまく喋れない。奥さんは下を向いたまま胸を押さえて苦しそうだ。
次の瞬間、狗は容赦なく短機関銃の引き金を引いた。
二人の体に何発もの弾が撃ち込まれ、その弾を撃ち込まれた衝撃で二人の体が躍り崩れ落ちる。もう二人は息をしていない。
その様子に満足した狗は次の獲物を求めて駆け出した。
親子3人で逃げている者達がいた。しかし奥さんが躓き転んでしまう。酷く足を捻ったようだ。痛みに立てない。旦那が妻を担ぎ子供の手を引き駆けだそうとした。
その時だ。後ろから何かが飛んで来て前に転がった。手榴弾だ! 爆発するまで間は無いだろう。
旦那の両手は妻と子供で塞がっている。妻を担いでいては速くは走れない。旦那は咄嗟の判断で手榴弾を蹴りとばそうとした。うまく行けば爆発する前に遠くにやれる。
だが、遅かった。
手榴弾を蹴ろうとしたその瞬間、手榴弾が爆発した。
旦那も奥さんも子供も誰一人助からなかった。三人とも肉体はズタズタになり、大量の肉片と大量の血がその場にぶちまけられる。
もはや、どれが子供の肉片で、どれが旦那さんの肉片で、どれが奥さんの肉片なのか、それさえわからない。
その肉片を踏み躙って狗達が駆け抜けてゆく。
貨物船からは放送が続いていた。
「殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!
ウワッハハハハハハハハハハハハハハハ!
罪人は皆殺しにしろぉぉぉぉぉぉぉ!
死んだアメリカ人だけが良いアメリカ人だぁぁぁぁぁぁぁ!!」
放送を担当する者は自分の言葉に酔い痴れており、その常軌を逸した言動は止む事を知らない。
それは長年の苦しい訓練を経て、ようやく大願成就の時が来た故の高揚感と、戦場にいる興奮でアドレナリンが出まくっているという理由だけではなかった。
狗達は作戦開始前にある錠剤を飲むよう命令されていた。狗達はそれを活力の出る賦活剤とだけ教えられていた。それは間違いではない。ただしその錠剤の正体はアンフェタミンの錠剤であるゼ◯◯◯だったのである。つまりは覚醒剤だ。
戦前、戦中の時代、日本、いや世界の殆どの国において覚醒剤は合法的に販売されていた。
まだ、覚醒剤の危険性が認識されていなかったのである。
日本でも製薬会社からメタンフェタミンの「ヒ◯◯◯」やアンフェタミンの「アゴ◯◯」等、幾種類もの覚醒剤が疲労と眠気を解消してくれる賦活剤として一般人相手に販売されていた。
閑院宮摂政は対アメリカ決戦用強襲部隊「桜華」の狗達全員に、この覚醒剤を服用するよう命令を出していたのである。
第二次世界大戦において日本軍もアメリカ軍も自国の兵士達に覚醒剤を服用させ任務につかせている。
しかし、この時はまだ覚醒剤の危険性が認識されていなかった。
だか、閑院宮摂政は覚醒剤の危険性を認識していながらも、それに全く考慮する事なく「桜華」の狗達に服用させている。
開戦前にはアメリカにヘロインを密輸して麻薬中毒患者を増やし、開戦後は狗達に覚醒剤を与えて戦わせる。
それが閑院宮摂政のやり方であった。正に外道とも言える行いである。
覚醒剤の◯◯◯ンの錠剤を飲んだ「桜華」の狗達は、疲れを知る事無く虐殺を続けていく。
「見敵必殺!! 見敵必殺!!」と叫びながら子供も大人も男も女も容赦なく殺していく。
幼い子供を殺そうと、杖を使う老人を殺そうと、そこに罪悪感は全く見られない。
それどころか狗達の顔には喜びに満ち溢れていた。
流される血に酔い痴れていた。
まるで、
我々は殺人が好きだ。
睡眠よりも殺人が好きだ。
食事よりも殺人が好きだ。
性交渉よりも殺人が好きだ。
三大欲求よりも殺人が大好きだ。
殺人はこの世の何よりも喜びだ。
と、言わんばかりの表情と行動だ。
狂気……この一言こそ「桜華」の狗達を表現するのに相応しい言葉もなかった。
貨物船からの放送も相変わらず続いている。
「見たかアメリカ人め! この悪魔め! これが我々の力だ! これが皇軍の狗の力だ!! これが正義の力だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
市内に突入した「桜華」の狗達に反撃が加えられた。
アメリカは市民に銃の保持を認めている国だ。
そういう銃を持っている中で、この突然の凶行を何とか食い止めようと勇気を奮った者達や、警官達が銃を持って反撃に出たのである。
しかし突然の事であるから人数が少ない。他の者達と連携もとれていない。
結果は狗達からの熾烈な攻撃を受け、的確な集中射撃を浴び、身体中を穴だらけにして物言わぬ遺体となっていく。
時には、警官達が建物の一角を陣地とし窓から盛んに射撃して進撃を止めようとする。
そういう時には「桜華」の狗達から志願兵が直ぐに出る。
「私が行きます!」
そう言ってヘルメットと短機関銃を捨てたのは、まだ15歳の少女だ。
「よし行けっ!」
指揮官は躊躇いもせずに許可をする。
少女は銃弾の飛び交う中を長い黒髪を靡かせて敵陣地めがけて駆けていく。
それを見たアメリカ人達は、この少女への銃撃を躊躇った。
躊躇ってしまったのだ。
武器を持っているわけでもない少女が走って来る。
軍服は着ているが子供だ。アメリカ人から見れば東洋人は実際の年齢より幼く見える。まだ子供の女の子が駆けて来る。
故に、あの狂った虐殺集団から子供が逃げ出して来たのだろうと、そう思った者もいた。
だが違った。
少女は建物に駆け込むと「八紘一宇の理想の為に!」と叫び、凄絶な笑みを見せながら服の中から出ている紐を引いた。
その紐は背中に背負った背嚢に繋がっている。
そして背嚢の中身は爆薬だった。
少女は爆発した。
その場に居る者全員を巻き込んで……
凄まじい爆発だった。内部にいる者は誰一人助からなかった。建物も滅茶滅茶に破壊され一部倒壊も起きる。
爆炎と粉塵がおさまった後には、誰の物ともわからない血と肉片が大量に飛び散っている。
人の形をとどめている者はいなかった。
陣地は一人の少女の自爆により制圧されたのだ。
「前進!」
指揮官が手を振り上げて叫び、狗達は仲間の少女兵の死を一顧だにする事なく前進を再開した。
「桜華」の狗達は死を恐れてはいない。
むしろ喜んでいる。
アメリカ人を殺す事は徳を積む善行であり、自らの死も尊い使命を果たすための善行の一環であり、それにより、死した後に新たな生を受け、新たな家族と幸せに暮らせると教え込まれている。いや、洗脳されている。
死を恐れぬ無差別攻撃を遂行する狂信者達の自殺部隊。それが「桜華」の狗達だ。
進撃の途中で負傷し足手纏いになった狗は部隊から離れ近くの建物に入り自爆した。
そうした建物の中には、当然そこで暮らしたり働いているアメリカ人がいた。彼ら彼女らは突然の戦闘の発生に怯えたり訝しんだりして外の様子を窺っていたが、突然の闖入者に驚き怯え、そして狗の自爆の巻き添えをくらい死亡した。
運良く助かった者もいたが、無傷の者はほんの僅かで、殆どの者は重傷を負う事になる。
負傷した狗の中には最後の力を振り絞って隊の先頭に立ち抵抗拠点に突っ込み自爆して進撃を助ける者もいた。
「桜華」の狗達が走り去る後で、自爆による爆発が頻発する。
「桜華」の狗達が駆けてゆく先も自爆と銃弾と手榴弾と戦闘用ナイフによる殺害の嵐である。
「桜華」の狗達の行くところに死が溢れていた。
何の罪も無い市民達が大勢倒れて死んでいく。
妻と子供を庇おうとしたのか二人の上に被さって死んでいる男がいた。だが、妻も子も死んでおり親子三人の死体となっている。
老人が何度も刺突されたせいで出血多量で血塗れで死んでいる。
若い男は抵抗しようとしたのか拳銃を持っていたが、その額には銃弾による穴が開いており脳漿を飛び散らせて死んでいる。
狗達の通った後には夥しい死体だけが残されていく。
埠頭に残り迫撃砲を撃ち続けていた狗達が砲弾を撃ち尽くした。
丁度、そのタイミングで貨物船の乗員が、船での最後の任務を終えて、武装して埠頭に降りて来る。
船上には大砲と重機関銃を操作している者と放送をしている者しか残っていない。
貨物船の乗組員も朝鮮や中国の孤児達であり、船乗りとしての訓練と経歴を積んでいる。だが、狂信的な教えで洗脳されている事には変わりはない。ある程度の戦闘訓練も受けている。
この狗達も隊列を組むと、既に市街中央に向け突撃している狗達が使った道とは別の道路を使い、進撃を開始した。
市内に向け突撃した狗達が巻き起こす死の進撃の目標は市庁舎だった。
「桜華」の狗達に与えられた命令は統治機関の建物を占領し日章旗を掲げる事だ。
他には銃砲店の占拠が命じられている。
そして目標に到達するまでに目に付いた者は殺すよう命じられていた。
できれば市長を殺し行政機関の命令系統に混乱を齎したいところではあるが、日曜日でお役所は休みだからそこまでは期待されていない。
最初から無差別大量虐殺が目的と言ってもいい作戦だ。
たった600人2個中隊程度の兵力で数万人規模の都市を制圧できる筈も無い。
援軍が来る予定も無い。
最初から全滅必至の特攻作戦。
それが「桜華」の狗達に与えられた使命だ。
そして、こんな作戦を行わせた閑院宮摂政の真の狙いは別にある。
本来、皇軍の軍旗は旭日旗だ。日の丸から光を模した赤い線が16条程伸びているデザインが主流の旗だ。
しかし、今回の作戦では日の丸が描かれただけの日章旗が敢えて使われている。
アメリカ市民に日本がやったとわかりやすくするためだ。
市内に進撃した狗達が大勢の市民を虐殺している頃、港ではようやくアメリカ沿岸警備隊の230トンクラスの艦艇2隻が駆けつけ、攻撃を続けている貨物船に射撃を開始した。
このクラスの沿岸警備隊の艦艇には76ミリ単装砲塔1基と機銃くらいしか武装がない。
すぐに貨物船上の火砲を沈黙させるというわけにはいかず、貨物船と砲撃戦を展開する事になる。
貨物船上の火砲は市内から沿岸警備隊の艦艇へと目標を変えた。
砲弾と機銃弾が嵐のように飛び交った。
沿岸警備隊の艦艇の周辺には大小水柱が無数に立ち昇り、貨物船には立て続けに命中弾が浴びせられる。
仮設的に取り付けられた火砲と、最初から戦闘を想定されて取り付けられている76ミリ単装砲塔では、やはり火線の安定度が違うのだ。
そして貨物船上の重機関銃と大砲も直撃弾を受け砲手も血塗れになって倒れる時を迎えた。貨物船の火砲は沈黙した。
その時だ。一人無傷で残った放送担当の狗が最期の叫びを上げた。
「八紘一宇の理想の為に! 狗達よアメリカ人を殺せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーー!」
そして片手に握っていたスイッチを押す。
爆発が起こった。
貨物船が大爆発を起こしたのだ。
その爆発に沿岸警備隊の艦艇は巻き込まれ沈没する。
埠頭も吹き飛んだ。
港の一部が吹き飛び、突然の戦闘の始まりに建物の中で怯えていたり、様子を窺っていた多くの市民を死の世界に追いやった。
死ななかった者も多くの人達が負傷し、苦しみのたうち回っている。
火災も発生した。
その火の勢いはどんどん強くなっていく。
貨物船には自爆用の爆薬と共に大量の硝酸アンモニウムが積まれていた。
硝酸アンモニウムは肥料の原料にもなるが、爆薬の原料ともなり一定の条件下で爆発を起こす。
史実では何度か事故により大爆発を起こしたり、爆弾テロで使われている。
船員達が武装して船を下りる前の最後の仕事が、この自爆の準備だったのだ。
この爆発により港の機能は大幅に低下した。
この惨劇はウィルミントンだけではなかった。
大西洋沿岸、メーン州の中規模の港町ポートランド。
大西洋沿岸、メーン州の小規模の港町ロックランド。
大西洋沿岸、サウスカロライナ州の中規模の港町チャールストン。
大西洋沿岸、サウスカロライナ州の小規模の港町マートルビーチ。
大西洋沿岸、ジョージア州の中規模の港町サバナ。
大西洋沿岸、フロリダ州の中規模の港町ジャクソンビル。
大西洋沿岸、フロリダ州の中規模の港町ウエスト・パーム・ビーチ。
メキシコ湾岸、フロリダ州の中規模の港町セント・ピータズバーグ。
メキシコ湾岸、フロリダ州の中規模の港町ペンサコラ。
メキシコ湾岸、アラバマ州の中規模の港町モービル。
メキシコ湾岸、テキサス州の中規模の港町ポート・アーサー。
メキシコ湾岸、テキサス州の中規模の港町コーパス・クリスティ。
大平洋沿岸、カリフォルニア州の中規模の港町サンタ・バーバラ。
大平洋沿岸、カリフォルニア州の小規模の港町グローヴァ・シティ。
大平洋沿岸、カリフォルニア州の小規模の港町カンブリア。
大平洋沿岸、カリフォルニア州の小規模の港町カーメル。
この17ヵ所の港町でウィルミントンと同様の事態が起きていた。
人口数万人規模の港町もあれば人口数千人の港町もある。
小規模な港の場合は沖合の貨物船から小型ボートで狗達が港に上陸し惨劇を起こし、貨物船は何処かえ消えている。
どの船も南米船籍であり、偽の国旗を揚げていた。
作戦開始と共に日章旗を掲げたのである。
国際法違反の行為だ。
予め中規模の港に停泊した船については港湾局、入国管理局、検疫所等の各審査を逃れるため白人工作員が事前に当局の者を買収したり、家族を人質にとり、船内の調査が行われない様に沈黙を強いるようにしていた。
そして今、アメリカ沿岸の港で前代未聞の大量虐殺が起きている。
沿岸大都市が「ウラン爆弾(原子爆弾)」で壊滅している上にこれだけの中小規模の港も打撃を受けては、アメリカの海運にとって、それは致命的とも言える状況となる。
アメリカは海運一つをとっても厳しい立場に陥ったのである。
そして今なお港町では狗達による虐殺が続いている……
【to be continued】
【筆者からの一言】
天の声「罪一等を減じて死刑なら、減じなければどうなるのかね?」
筆者 「それは筆者にさえわかりません」
天の声「桜華の部隊が、どっかの大司教と、イスなんとかと、最後のなんとかが合体してるような部隊になっているが、それは何故かね?」
筆者 「きっとそういう性格の部隊が必要だから摂政は創設したんだと思います。趣味に走ったんじゃないと思います…………たぶん」
天の声「なぜ、このような無差別大量殺戮を行ったのかね?」
筆者 「摂政の趣味です。いや、いや、いや、違います。ちゃんと理由があります。そのあたりの話は第67話にて明らかに……」
天の声「このような蛮行を行っては日本の評判に傷がつくのでは? 国際問題になるのでは?」
筆者 「そのあたりにつきましては第70話にて摂政の見解が明らかに……」
天の声「では読者諸氏、また来年の次の投稿日にお会いしましょう!」
筆者 「いや明日投稿するから! 暫くは毎日投稿するから! それにあなたの出番は今回だけだから!」




