摂政戦記 0052話 暗闇の中で
1941年9月4日 『日本 東京 閑院宮邸』
閑院宮総長の私邸に数人の男性が集っていた。
全員が閑院宮総長に呼び出され集められた者達である。
そこで極めて重要な話し合いがもたれていた。
「既に戦争への流れは止められん」
「閣下のお力を持ってしてもですか?」
「無理だ。日本内部だけならば抑え込む事もできよう。
だが戦争というものは我が国の都合だけで決められるものではない。
アメリカは今回の事態を千載一遇の好機として我が国を叩こうとしておる。
我が国をアジアで力をつけ過ぎた危険な国だと考えておるのだ。
出る杭は打たれる、の言葉そのものだな」
「戦争は不可避と?」
「そうだ。不可避だ。
そこでだ。
諸君らも陸軍省特別経済研究班と総力戦研究所が提出して来た調査報告書には目を通したであろう?」
「はい。拝見いたしております」
「わたくしも」
「見ております」
「拝見致しました」
「あの調査報告書通りならば、日本は勝てん。負ける」
「それでは戦争をしても無意味です」
「やはり譲歩するしか」
「あの理不尽な要求を呑むのか?」
「おちつきたまえ諸君、我が国は勝つ」
「閣下。真でございますか?」
「しかし、陸軍内の機関と政府内の機関でそれぞれ別に研究をして結果は同一になっておりますぞ」
「一体どのように?」
「既に手は打ってある。戦争とは計算だけで成り立つものではない。計算外の要素もあるのだ」
「それはどのような?」
「お教え下さい閣下」
「今はまだ言えん。何れ分かる時が来るだろう。
儂には秘策がある。
だが、陛下がお倒れになっている状況では儂としても非常にやり辛い。
兵権を勝手に玩ぶような事はしたくない」
「それは一理ありますな」
「確かに」
「陛下が軍の大元帥であらせられます。そのご許可なくしてというのは、確かに」
「それにだ。
儂は勝つつもりではあるが、やはり戦争に絶対は無い。
古今東西名将は数多けれど無敗の者などいないのが歴史だ。
儂に必勝の信念があろうとも運無く敗北する事はあり得る」
「確かに。戦いに敗北はつきものでありますが」
「そうだ。
勝った場合は問題ない。
勝てば官軍、先の大戦(第一次世界大戦)後の我が国を含めた連合国のやり様を見ればわかろう。
しかし、敗北した場合は問題だ。
日本はどのような処遇を受けるのか……
現状では不確定要素が多すぎてわからん。
だが、最優先事項としてやらねばならぬ事はある。
それは陛下の安全と皇統の存続だ」
「仰る通りです。何よりも優先せられるべきものは陛下」
「確かに。戦争に負けても陛下と皇族の方々の安全は確保しなくてはなりますまい」
「その通りですな」
「そこでだ。我が案を聞いてほしい。そして諸君に頼みたい事がある。
それは……」
それまでよりも声を潜めた閑院宮総長の話しを聞き終えた者達は苦悩する。
「……かっ閣下。それは……」
「そ、それは違法です!」
「閣下……」
「それはあまりにも……」
「……」
「ならば、万が一、戦争に負けた場合どうする。
陛下の身を差し出すのか?」
「そ、それは……」
「……」
「……」
「し、しかし……」
「……」
「儂とて苦渋の決断だ。本来ならば、このような事はやりたくはない。
しかし、陛下の御身を考えた場合、こうした方が良いのだ。
それに既に全ての手配はとうに済ませてある」
「な、なんと!」
「そ、それは!」
「閣下!」
「閣下!」
「何と……」
その日、遅くまで話し合いは続けられ、そして全員が閑院宮総長の案に同意させられた……
【to be continued】




