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摂政戦記 0051話 陛下、御不例

 1941年9月2日 『日本 東京 皇居』


 その日の朝、陛下が起きて来る事は無かった。

 いつもは起こされる前に起きて来る方である。

 陛下の様子を見に来た皇后陛下が見たものは臥所で苦しむ陛下の姿だった。


「へ、陛下! 陛下! だ、だれか! 誰かきてぇぇぇぇぇぇ!」


 侍従と女官が大わらわで駆けつけ、さらに後には侍医が呼ばれる。


 陛下、御不例。

 病に倒れたのである。

 

 病名ははっきりしなかった。

 だが何らかの毒を盛られた可能性が高かった。


 侍従達は震撼した。 

 陛下が毒を盛られたなどあってはならない事である。

 陛下は現人神でありこの日本そのものである。

 陛下に弓引くような大罪人など陛下のお傍に、いやこの国に存在してはならない。

 これは国を挙げての大不祥事。


 もし、これを外国に知られでもしたら、それこそ日本は世界に恥を晒す事になる。

 三流国家と見られてしまう。


 故に百武侍従長の判断で内々に隠蔽される事が決まる。

 侍従と女官達に厳しく箝口令が言い渡され、全てを極秘にする事にされた。


 その一方で毒を盛った犯人探しも始まった。


 しかし、それは直ぐに判明する。

 厨房を預かる大膳職の主厨長が首を括って自殺しているのが発見されたのである。

 彼が犯人と目された。

 理由は不明……


 百武侍従長は、外部に対して陛下はあくまでも急な病での御不例として発表し、毒を盛られた事も犯人らしき主厨長が自殺した事も秘匿した。

 宮内省のトップたる松平宮内大臣にも極秘にされたのである。

 知っているのは皇后陛下と百武侍従長、侍医、陛下傍仕えの侍従と女官のみであった。


 陛下が毒を盛られた事が外部に漏れる事はなかった。

 しかし、陛下の病状が思わしくなく御公務には当分復帰できそうにないと侍医が判断した事から、政府では深刻な問題に直面する。


 今、日本は戦争になるかならないかの瀬戸際にいる。

 それなのに陛下は御不例で何も判断できないのである。

 これは緊急事態と言えた。

 戦争か否かを政府が陛下の御裁可も無しに勝手に決定する事は許されない。


 これにより翌日に予定されていた御前会議は中止される事となる。 


【to be continued】

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