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ダンジョン・カルテット  作者: 蝟太郎
歪時間の迷宮主の場合
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 ……、思考に靄がかかる。


 粘りを帯びた白い何かが、思考を埋め尽くし、真っ白な空間へと誘い始める。視界は白み、鈍い痛みが警鐘の様に頭にも響くのだ。


 目を覚まさなければならない、と。


 私という意識が、白い何かに埋め尽くされ始めている事にようやく気づくと、奥歯をかみ締めるようにして、それに耐える。

 喉の奥から湧き出る様な吐き気と、嫌悪感。そして、私という存在が剥がされていく恐怖。

 何も存在しない空白の場所へと誘われる圧倒的な不快感に、背筋が凍るような恐ろしさに身を竦め、絶え続ける事しか出来ない。


 だが、その恐怖が覚醒を促したのだろうか。思考の靄は徐々にだが、確実に薄れ始めていた。


 ようやく意識がはっきりと覚醒しだしたのを確認し、私は大きく安堵の息を吐き出す。

 同時に、少し前から消えなくなった慢性的な頭の痛みが響き、僅かに眉を顰めた。


 目の前には幾つもの本が乱雑に散らかった机。辺りを見回せば、本で埋め尽くされた本棚が幾つも存在していた。


 少しの思考の後、ようやく私は図書館にいる事を思い出す。

 どうやら、また私は、睡魔に襲われてしまっていた様だ。


 それを理解し、私は思わず舌打ちを漏らしてしまう。今の私には、時間がない。眠気を無理やりにでも追い出し、本を手に取る。

 しかし、本の内容に集中する事が出来ない。眠気も理由の一つであるが、それ以上に問題なのが、本に載っている内容だ。迷宮生命体やら冒険者やら、私にとっては空想世界の中の言葉が所狭しと埋め尽くしており、全く理解が進まない。


 作業は思った以上に、上手く進んでいない。

 そもそも、迷宮の創造と云う大前提すら、私にとっては雲を掴む様な話にしか感じられない。


 迷宮とは何か。

 私という意識は、どこから生み出されたのか。


 本を読む為の前提となる知識が圧倒的に足りない。だが、知識を得る為には、これらの本を読まなければならない。完全なる悪循環に足を踏み入れてしまっている。


 これを打破する為には、やはり無理にでも本を読み込んで、少しずつでも知識を深めていかなければならない。

 その為には、多少の時間をかけてでも、出来るだけ多くの知識を本から得なければならないだ。だから──……






 そう考え、悪戦苦闘しながらも本を読み進めていた私だが、しばらくしてこう考えた。

 諦めよう、と。


 もう、私は諦める事にしたのだ。





 何を諦めたのかと云えば、この世界の仕組みを現実として理解する事を諦めたのだ。その代わり、この世界は妄想の世界であると捉える事にしてみた。


 手始めに、迷宮の魂に蓄えられた生命力の事を、DPダンジョン・ポイントと呼ぶ事にした。


 ある意味、究極の現実逃避と云えるこの思考が功を奏したのか、ようやく世界の仕組みを理解していくという段階に思考を進める事が出来始めたのだ。


 捉え方を変えた例としては、この世界に存在するらしい『魔法』という現象である。

 そもそも最初から魔法陣という言葉が出てきている以上、魔法の存在は意外ではなかったが、諦める前の私が受け入れる事に難色を示す事しか出来なかったモノの一つだ。


 ちなみに魔法とは、迷宮生命体や魔獣、冒険者などの一部が体内の精神力を使用し、常識では考えられない理外の力、本当に妄想世界のような超常現象を生み出す術の事らしい。


 この魔法を使用する際に必要となる、体内にある精神力の事をMPマジック・ポイントと呼称した。MPが、迷宮の魂に吸収されDPに変化すると捉える。

 その間にある変化の過程などは、全てそう云うモノだと理解する事にした。


 他にも調べていく中で見つけた、理不尽な現象。



 例えば、迷宮階層を行き来する魔法陣を設置した場所の半径2メートル以内は、罠の設置が不可能であり、迷宮生命体も侵入する事が出来ない。


 例えば、来る為の魔法陣と、進む為の魔法陣の間は、最低でも人間が通行可能な1メートルの立方体が収まる空間で繋がっていなければならない。



 それらは、ただそういう約束事であると考える事にした。


 これは少し考えれば、冒険者や魔獣が入った瞬間に、天井を落として潰してしまえば楽にDPを稼げたり、そもそも魔法陣を壁で囲んでしまえば進めずに迷宮を守れたり等の行為が可能になる。それらのある意味裏技的な行為を禁止する為の約束事であると、捉える事にしたのだ。


 どうにも、迷宮というのはこの様に、一方的に私が有利になる罠や階層創りを禁止する事が多い。


 それとは逆に、迷宮階層に創造した壁・天井・床は、魔獣や冒険者は元より、創造者の私にすら破壊する事が不可能など、捉えようによれば私に有利になりそうな約束事もあった。


 ちなみに創造した壁は、同じようにDPを使用する事で位置を変更したり、存在そのものがなかった様に破棄したりする事も可能らしい。詰まる所、迷宮で生きていくには、何をするにもDPが必要なのだ。


 この様な思考のお陰で、迷宮の理解と共に、この世界の仕組みも理解する事が出来た。



 世界の名は『冥創大地』。冥王が創造した大地である事からそう呼ばれているらしい。


 冥王や世界創造などの知識については、まだ深い知識は得ていない。それに宗教論になってしまうので、一先ず後回しにしているのだ。

 更に『冥創大地』には、幾つかの国が存在しており、その中でも有力な国は五ヵ国程存在していた。


 技術等はそれぞれ国によって、多少の差はあっても、中世程度の発展具合。その代わりに、科学と同じように魔法も日常に密に関係しているらしい。


 その中には魔法組合などの、私の常識では考えられない組織も存在していると書かれてあった。

 ちなみに、魔法組合は国を超えた連盟であり、魔法を基盤に人々の生活を支えているとの事だ。

 具体的には、魔法を使った街灯を設置する施設や浄水施設など様々な施設から、魔法兵器などという物騒な武器を研究する魔法兵器研究所の運営などである。


 施設運営に使用される燃料は、石油等ではなくMP。故に当然ながら、これらの施設運営には、常に莫大なMPが要求されるそうである。


 それを解決する為、活用しているのが、迷宮である。

 現在は迷宮生命体の遺体を利用し、その内部に残るDPをMPに再変換する事で、施設の維持や発展を続けているらしい。どうやら、DPをMPに変換する装置を魔法組合は、創り上げてしまっているとの事なのだ。


 迷宮側からすると何とも迷惑な話ではあるが、そもそもDPがMPを変換して蓄えられるモノである以上、どっちもどっちな存在でしかない。


 魔法組合はその様な理由で、迷宮攻略を目論む冒険者から生命体の遺体の買い取りを行うなど、冒険者を金銭的にバックアップする組合の一つとなっていた。


 また、状況によっては魔法組合の組合員も迷宮攻略を行ったり、魔法兵器の貸出す行為なども行ったりしているらしい。これも、厄介な話である。


 そして、更に冒険者を纏めている厄介な組織が、この冒険者組合だ。

 この組織は、魔法組合よりももっと分かりやすい形で、冒険者を援助している。そもそも成り立ちが、個々で迷宮攻略に挑んでいた冒険者達が、より攻略しやすい様に情報を教えあった事から、生まれた組合だから、当然と云えば当然である。


 故に、冒険者に欠かせない武器や防具の販売はもちろん、迷宮攻略情報や迷宮生命体に関する情報の売買なども行っている。更には一般人に被害が及んでいる魔獣の討伐や、街から街への護衛等を請け負う、荒くれ者が多く集まる何でも屋の様な組織だ。



 因みに、冒険者には、実力に応じた等級が発行されるそうだ。


 その等級に応じて、潜る事が出来る迷宮と、出来ない迷宮などが分けられるらしい。これは実力の伴わない冒険者が迷宮に入り込み、無駄に迷宮を肥えさせない為の様だ。


 此方側からしてみれば、何とも嫌な規則だ。

 だが冒険者側は、迷宮内の生死が自己責任としているにも関わらず、迷宮内でも冒険者の死を嫌う。



 まあ、一人二人なら気にも留めない筈だ。しかし、その数が数千、数万など冒険者組合の許容量を上回った時、雪崩れる超一流の冒険者のパーティーが大量に迷宮へ押し寄せて、蹂躙しつくしていく。冒険者達が過ぎ去っていった後は、ブタクサすら残らないだろう。


 全く、迷宮を始める前だというのに、なんとも憂鬱な話だ。


 そもそも、この規則が制定された理由は、ある言伝えからくるモノであった。

 多種多様な伝聞が元となっている言伝えである以上、ある程度の脚色もされているだろうが、この言伝えは童話にすらなっており、図書館にも幾つかの絵本に記載されていた。


 その童話を要約すると、以下の様になる。



 嘗て最も栄えていた国があり、悪い国王がいた。

 国王は迷宮を悪用しようと、罪人を迷宮の中で殺し、迷宮生命体を生み出させ続けたのだ。その国には迷宮生命体をいとも簡単に葬る事が出来る兵器があり、どれだけ強い迷宮生命体が出てきても、簡単に狩る事が出来たのだ。

 そんな事をしていく内に、迷宮はどんどんと肥えていき、その階層はどんどんと膨らんでいく。それでも、人々は罪人を迷宮で殺し、更にはそれで足りないと侵略した街の人間も迷宮で殺していった。

 そしてある夜の事、いつもの様に罪人が迷宮の中で殺された。

 その瞬間、地獄の底から轟く様な声が響き、迷宮から巨大な竜が現れた。

 現れた龍は迷宮から飛び出すと、栄えた国の上空を飛び、口から黒い炎を吐き出した。だが、その炎は、大地を抉る事も、建物を壊す事もなかった。

 ただ、その国に生活していた人間、家畜、更には動植物全ての身体も生命も、まるで最初から存在していなかったかの様に、その地から消えたそうだ。

 残ったのは、人が住めなくなった街と、不毛になった大地のみ。

 大地から生命を奪い取った竜は、満足げにそのまま空へと消えていった。



 ──、これが童話の内容である。


 生き物が全て消えたのに、何故竜が出てきたのが分かるのかとか、色々と言いたい部分は存在しているが、どうにもただのお伽噺では無い事は確からしい。現に、この竜が暴れた土地には、今も草木が生えずに不毛の大地となっている。


 ちなみに、人々は竜の呪いだと言って、竜呪の地と呼んで恐れているらしい。

 私としては、今も不毛であるのは呪いではなく、おそらく土に住んでいた微生物なども全て消え去り、砂漠化している事が原因であると推測している。


 しかし、現在呪いが存在していなくても、過去に呪いと云える程の『何か』が起きた事は間違いない。その『何か』によって人間はもちろん微生物すらも消し去ってしまったのだ。


 それが迷宮によるものか、それとも国で行っていた何らかの実験の結果であるか私には判断する事が出来ない。だが、冒険者は竜の呪いを恐れて必要以上に迷宮を肥えさせる事はしないのだ。



 残念な話だ。


 ここを処刑場にでもしてくれれば、楽にDPを集められたのだが、どうにも冒険者達と歩み寄り、平和的にDPを集める事は不可能に近い。



 余談であるが、この伝承の所為か、迷宮の事をこの世界の人間は『竜の巣穴』とも呼ぶそうだ。迷宮の魂は竜の卵であり、人間の生命力を吸って育っているとの事だ。


 かなり話は逸れてしまったが、これが迷宮を必要以上に肥えさせない理由である。だからと言って、迷宮を見つけ次第駆逐してしまえば、生活する事すら出来なくなるので、そこは臨機応変に対応していくというのが、今の冒険者組合の方針らしい。



 つまり、肥え過ぎもさせず、駆逐もし過ぎない。そして、ある程度期間が経てば、迷宮を崩壊させる。冒険者組合は、これを長年続けているのだ。

 随分と消極的であり、受け身であるイメージを受ける。

 だが、その戦略が続けられる程度には、この世界には【竜の巣穴】が生まれてきているのだろう。


 どちらにしても、私からしてみれば厄介な話である。


 さて、これらの組織を考えるだけでも、迷宮はこの世界の人間と密接に関係している事が分かる。

 更に迷宮は私のモノ以外に幾つも存在しており、迷宮の中で死ぬと迷宮にDPが加算される事を世界の人間にある程度は知られてしまっている事も分かる。


 これもまた、厄介な話である。ただ、迷宮と云う存在が知られておらず、いきなり軍が本気で侵略しにくる様な事がないのが救いと云えば救いなのだが。



 何より気になるのが、先程の童話。

 そして──、『竜の卵』。


 先ほどの童話を再び思い出し、頭の中で反芻する。

 迷宮の魂の姿を思い出すが、確かに莫大な生命力を感じた。中に竜という強大な生物が眠っていても不思議ではない程の強大な生命力だ。まあ、竜など見たことはないのだが。


 それでも、あの虹色の玉を思い出し、私は疑問に思う。


 私は、何の為に迷宮を創造するのだろうか。

 迷宮の王になる為と、彼女は答えてくれた。だが、迷宮の王という言葉は、調べた中には一つも出てこなかった。何を持って、迷宮の王となるのか、何も分からない。



 では、本当に竜を育てる為なのだろうか。



 ──、一瞬考えた予想に、少しだけ背中から冷や汗が流れた。



 神の様な存在が、私を操り、竜を育てている。私は竜の世話をする為に生み出された、それだけの人形。そんな反吐が出る様な、気味悪い想像が頭の中に浮かんでしまったからだ。

 それが、ないとは言い切れない。いや、伝承を鵜呑みにするのであれば、そちらの方が可能性的にも十分にあり得る。


 記憶も知識も無い所為で、どんな些細な可能性でもあり得る様に思えてしまう。特に、こんな非常識な状況であれば尚更。



 ……考えていても、仕方がないか。


 何度も考えた、答えの出ない疑問を頭の中で打ち切ると、本を手に取った。



 どちらにしても、迷宮を創らなければ、冒険者に攻略されてしまう事は間違いない。そうすれば、待っているのは死だけだ。

 嫌になってくるな。

 吐き捨てる様に小さく呟いた後、私は本のページを捲る。


 一体、誰が何の為に私から記憶を奪い去ったのか。今、私が持っている知識が、この世界に即さない知識であれば、一体何の、どこの世界の知識なのか。




 とめどなく湧き上がる疑問を、無理やり塞ぎながら私は本の世界へと静かに沈んでいった。






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