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鉄の扉は、『時計仕掛けの宝石姫』が誕生した時点で、その全てが解放されていた。
それどころか、現時点において迷宮内に封じられていた全機能が一部を除き、起動可能になった──、らしい。
中には料理設備や風呂などの生活に関わる事から、迷宮階層創造や迷宮生命体創造などの理外を超えた機能まで、多種多様なモノが存在している──らしい。らしいのだが、それを教えられても、はっきり言って現実味が湧かない。
所詮、それらは彼女の口頭から聞いた機能でしかない。それに生命体創造などの超常現象が可能なのか、疑っているつもりはないが、それでも半信半疑にしかなれなかった。
そもそも、流されるままであった今の状況も、本当に理解しているのかと尋ねられれば、私は首を傾げるしかないのだ。
だから、私は理解する事から始めた。
幸いな事に、解放された部屋の中には『図書館』が存在していた。他にも『工房』や『菜園室』『娯楽室』など変わった部屋も存在していたが、それは一先ず置いておくことにする。現状を考えると、他のモノに気を取られている暇などないからだ。
まずは、得るべきものは知識であり、理解。
現状を把握する為の土台だ。
その為に、私は彼女を連れて食事後すぐに図書館へと向かった。
若干埃臭い図書館の中には、巨大な本棚が何台も備えられ、そこに所狭しと本が押し込められていた。
すぐに、彼女に定期的に飲食物を運んでくる様に頼み込むと、この多種多様な本と迷宮の手引きを読み漁る為に、しばらく図書館に籠る事にする。
この知る為の期間を、私は四日間に設定した。
彼女の言葉が正しければ、七日後には出入り口が設定され、冒険者や魔獣などと云った物騒な輩が入ってくる事になる。つまり、少なくとも七日後には迷宮を創りきっていなければならない。
しかし、だからと云って焦って無計画な迷宮を創造してしまえば、簡単に冒険者に攻略されかねない。
今、私が目指さなければならないのは、七日に間に合いつつ、最も攻略され辛い迷宮を創る事なのだ。
故に、期間限界までは、『迷宮について』『世界について』を知る事が重要になると考えた。何も分からない世界に、裸で飛び込むような無謀な真似は流石に出来ない。
図書館に詰め込まれた書物から、最低でも『今、私は何ができるのか』『どの様な外敵が存在するのか』『生き残る為に何が必要か』などの項目ついてある程度の目途を立てなければならない。
その為の、知識集めであった。いや、あったのだったが──、
誰もいなくなった図書室の中で、私は大きくため息を吐き出す。
どうにも、理解する為の一歩目で、私は早くも躓いてしまったのだ。
ざっと図書室を見回すと、絵本や小説などの物語から、図鑑や教科書の様な手引書の様なモノまで収められている。更に微かに発光する迷宮の手引書を覗くと、迷宮階層構築のページや、迷宮生命体創造などが書かれたページも確かに存在していた。
得るべき知識は山程ある。
だが、一向に頁を捲る手は動かない。最初に選んだ本ですら、まだ読破出来ていない散々たる結果であった。
ちなみに選んだのは、迷宮の説明が事細かに書かれているだろう迷宮の手引き。
手引には目次から始まり、それぞれ迷宮独特の言葉、迷宮の機能の発動手順、最後にはa~zの索引も記録されている。挿絵も添えられており、まるで説明書の様な書かれ方であった。
本を読むのに、苦手意識はない。むしろ、好きな方だと自覚している。
だからこそ、自信満々に文章を読み漁っていたのだが、頁が進むにつれて、私はどんどんと頭が痛くなっていくのを感じていく。
目覚める前の記憶はないが、私は頭は悪い方ではないと考えていた。
だが、迷宮の手引きに記載されている常識を逸脱した文章に、私は困惑をし続ける事しか出来なかった。何故なら、内容の理解以前に、それを現実と受け入れる作業に難航してしまったのだ。
例えば手引きには『一定の条件を達成する事により、創造できる迷宮の階層が増える』と記されている。言葉の意味は分かる。けれども、理解できるからこそ、それが妄想世界の設定集でも読んでいる様な感覚に陥ってしまい、現実のモノと認識する事がない。
条件を達成する事と、迷宮の階層が増やせる事。条件にもよるが、この二つにどの様な因果関係があるのかだろうか。本に書かれた最初の条件が『迷宮内で、13体以上の生物の殺害』というモノである。正直、意味が分からない。
他もそうだ。
例えば、迷宮階層の創造には迷宮の魂に溜められた力を消費しないが、その他の物質を創造する場合は物質に応じた力を消費する。
例えば、迷宮の階層から次の階層へ移動する為に、魔法陣は必ず移動できる場所に設置する必要がある。
そんな事を教えられても、それを現実に置き換えて理解する事が出来ないのだ。
何故、迷宮の魂に込められた力を使用して生命体を生み出せるのか。
そもそも、魔法陣っていうのは一体どういった原理なのか。理外を超えた内容に、困惑を通り越して絶句する事しかできず、頭は正常に働かないのだ。
長い溜息を吐き終わると、私は思わず項垂れてしまう。
頭が固いと言ってしまえば、それまでかもしれない。だが、これをすんなりと現実と受け入れられる人物がいたとして、それはそれで問題なのではないだろうか。
思考が逸れそうになるのを必死に修正しながら、私は気力を振り絞って迷宮の手続きを読み進めていく。
例え真剣に取り組もうが、投げ出そうが時間は平等に流れているのだから。