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赤穂騒乱編 其の参

藩士も領民も藩札交換に追われる毎日が続く中、赤穂に入った商人達による家財の買い叩きが起きていた。

藩が改易されると勤めている藩士は皆浪人となり職を失う。

それだけではなく、その藩に住み続ける事も許されない。

なので他所へ引越しせねばならなくなる。

その為に処分せねばならない家財が出てくるので、商人はその足元を見て安く買いに来るのだ。

入ってくるのは商人のみならず、それを標的にする盗賊の類の出入りもあり、藩士達はこれの対処も行わなければならなかった。


ただでさえ忙しくてイライラしているというのに、拍車をかけるように百姓達は改易を餅をついて祝っていた。

通常百姓は年貢として四割を藩に納め、六割を自分のものにできた。

しかし赤穂藩では五割、多いときは六割を納めなくてはならなかった。

これは赤穂城築城費と氾濫の多かった千種川の治水費用に当てられているが、一番の理由は他藩に比べ三倍の軍事力を持っている浅野家の軍備費用だ。

天下太平の世において軍縮に走る大名の多いなか、三倍の軍事力を持ちその維持に税を増やしていたのだから百姓にとっては赤穂藩の改易は願ったり叶ったりだった。

それを見る藩士は堪ったものではないのだが、領民に手を出すわけにもいかず、溜め込むしかなかった。


藩札交換は十日ほどは不眠不休で働かねばならなかったが、ようやく勘定方は交代で休憩が取れる程度には落ち着き、それぞれが自分の身の振り方を考える時間が取れた。

この頃、赤穂城では今後の方針を決める評定が連日行われていた。

幕府から赤穂城の引き渡し要求が届いたのだ。

だが藩士達は幕府が長矩に切腹させ、上野介にはお咎めなしという裁きに納得していなかったのだ。

藩士達にしてみれば此度の喧嘩は吉良側が原因を作ったものであり、喧嘩両成敗の定法に反している。

それゆえに幕府の意見に従う道理は無い、ということだ。


藩士の意見は三つ。

ひとつ、城明け渡しを迫る幕府に対して徹底抗戦。

ふたつ、城を閉ざして篭城して抗戦。

みっつ、城を枕に切腹。

以上いずれかの方法をもって幕府に抗議し、過ちを認めさせるつもりであった。


「野戦じゃ野戦じゃ! 地の理は我らにあり、軟弱幕府など蹴散らしてくれるわ!」


「何を申すか、野戦となると領民に迷惑がかかるわ! ここは篭城の一択よ!」


「いや、ここは藩士一同による殉死以外にあるまい!」


三つの意見が熱く交わされ、一向に結論は出ずにいた。

その中には新三や松之丞の姿もあった。

松之丞は熱心に意見を出しているが、新三は隅の方でぼんやりとその様子を眺めていた。


「新兄ぃ」


その新三に声をかけてきたのは右衛門七だった。


「あれ、右衛門七? 長助さんはどうしたんだ?」


このような評定の場合はまだ正式に役目を受けていない右衛門七ではなく、長助が参加するはずだ。


「父上は藩札交換の疲れで倒れて……」


「おいおい、大丈夫なのか?」


「まあ」


右衛門七は曖昧な笑みを浮かべた。おそらく大丈夫ではないのだろう。


「薬とか必要なら言えよ」


「新兄ぃって意外と金あるよな」


「普段使わないからな。だから遠慮するなよ」


そう言っても右衛門七は遠慮するだろうから、新三はあとで長助の様子を見に行こうと思った。


「で、どうした?」


「別に用があるってわけじゃないけど、新兄ぃはどう思っているのかなって」


「そういう右衛門七は?」


「とうぜん城を枕に切腹殉死だ!」


ふんす、と鼻息荒く右衛門七は答えた。


「ふーん、犬死ごくろうさん」


「新兄ぃ~」


「だってそうだろ。幕府にしてみれば赤穂藩士が一斉に腹を切ったところで痛くも痒くもないんだから。むしろ下手に抵抗されるより楽にすんで良かったと思われるだろうな」


「だったら抗戦か?」


「それは一番ありえないね。領民を巻き込んでみろ、浅野家の名折れだ」


「ということは篭城か」


それもまた良しと右衛門七は頷くが、新三は半眼であった。


「篭城も駄目だ。攻め難く守り易い赤穂城なら篭城すれば半年は持つだろう。でもその間は城下を幕府の軍が占領することになる」


「あ……」


右衛門七も新三の言わんとすることを悟った。

幕府軍が居座っていては領民は商売や農作業どころではなくなってしまう。


「それにな右衛門七、幕府に逆らったら僕たちは意地を見せて死ぬだけだからいいけど、残された家族は逆賊の汚名を着たまま残りの人生を生きなきゃいけないんだぞ。お前は母上や妹達に肩身の狭い人生を送らせるつもりか?」


「それは……」


どうやらそこまで頭が回らなかったようで、右衛門七は俯いてしまった。


「見てみろよ右衛門七」


新三は周りを見るよう顎で指す。


「今ここに何人居る?」


「何人って……あれ?」


ざっと見回したところこの大広間には百人に届かないくらいしか居なかった。

藩の行く末を決める評定であるのだから、三百余名の藩士が勢揃いしていてもおかしくはないはずだ。


「なんでこんなに少ないんだ?」


「お前はずっと両替所で忙しかったから気付かなかったんだろう。誰だって沈む船にいつまでも乗っていたくないって事さ」


「まさか!?」


「そのまさか。逃げたんだよ」


今この場に居ない藩士のほとんどは既に逃げている。

いかに忠義が侍の美徳とされていても生活と秤に乗せて取れる者は少ない。

名誉では腹は膨れない。高楊枝とはいけないのが現実だ。


「そんな……」


「逃げた人達を責めるなよ。誰だって家族もあれば生活もあるんだ。お前も長助さんとよく話し合って決めるんだぞ」


「新兄ぃは……?」


不安げに右衛門七は新三を見る。


「僕は独り者だ。沈むのに付き合うのも一興ってなものさ」


笑みを浮かべながらひらひらと手を振る新三の姿は既に諦めの境地なのか、それとも何も考えてないいつもの阿呆なのか右衛門七には判断つかなかった。

結局この日は結論が出ず、翌日に持ち越す事になった。

右衛門七は新三が質問に対して質問で返し、自分の意見を口にしていない事には気付かなかった。

赤穂城は周囲を海と川に囲まれ、一度に大量の兵を投入するのが難しい難攻不落の城となってました。

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