千代田城裁き・下
未の刻(午後3時)
刃傷より約五時間後、勅使の宿所である伝奏屋敷では浅野家家臣が対応に追われていた。
勅使饗応役は新たに佐倉藩主戸田忠真に替わったため、赤穂藩は道具類を全て運び出さなくてはならなかった。
堀部安兵衛もそんな対応に追われる浅野家家臣の一人である。
安兵衛は苛立った様子で門の前をうろついていた。
堀部安兵衛、越後国新発田藩溝口家家臣の中山家に長男として生まれるも浪人となり長い間を過ごすが、当代一とも言われる江戸は小石川牛天神下にある堀内正春の道場に入門すると天性の才を発揮し、すぐさま免許皆伝を得て堀内道場四天王の一角となった。
そんな安兵衛の転機となったのは義理の叔父の契りを交わしていた同門の伊予西条藩士、菅野六郎左衛門が行った高田馬場の決闘である。
この決闘に助っ人として活躍した安兵衛は一躍時の人となった。
剣客安兵衛を家臣にと多くの家が望み、安兵衛が選んだのは中山姓のままで構わないから婿養子にと異例の条件を出してきた赤穂藩家臣堀部家であった。
この堀部家との縁組を受け、安兵衛は浅野家家臣となった。
閑話休題、安兵衛は赤穂へ変事を知らせる為の早籠を待っていた。
「安兵衛!」
そんな安兵衛の下へ片岡源五右衛門が駆け寄った。
片岡源五衛門、側用人・児小姓頭を勤め長矩に重宝され寵愛を受けている。生まれは尾張藩徳川家家臣熊井家の長男だが、母が側室であったために正室の子が生まれると嫡男の地位を失った。
八歳の時に浅野家家臣片岡家に養子となり、翌年養父が死去したために家督を相続。この時より小姓として長矩に仕える。
年が同じということもあってか、長矩とは主従を越えた仲として信を深めた。
「源五右衛門、書状は用意できたか?」
「ああ、ここに。だがこの書状は誰に持たせるのだ?」
「無論オレが行く」
言うと思った、と源五右衛門はため息を吐いた。
「それは困る。今お前に江戸を離れられると危険だ」
「どういう意味だ?」
「郡兵衛ら武芸者連中は俺では抑えられん」
源五右衛門のように武より政が得意な文官たちは武に優れた武官たちとあまり仲がよくない。
その武官の代表格が安兵衛であり、源五右衛門も正直ソリが合わないのだが他の頭の中身まで筋肉の連中よりはマシである。
「あいつらが頭に血が上ったら何をするかわからんぞ。お前の気持ちもわかるが、ここは他の者に行かせてくれ」
「……わかった」
しぶしぶといった様子だが安兵衛は承諾した。
「早水! 萱野!」
代わりの人間を安兵衛が呼ぶと、慌しく早水藤左衛門と萱野三平が駆け寄った。
「お前達はオレの代わりに此度の件の書状を赤穂へ持っていってもらう。オレが行きたいのだが、そうもいかんらしい。オレが行きたいのだが」
くっ、と安兵衛は奥歯を噛み締める。
「だからこの書状をオレの代わりに命に代えても一日も早く赤穂のご城代にオレの代わりに必ず届けろ、本当はオレが行きたいのだがな!」
「安兵衛、しつこいぞ」
源五右衛門の言葉は当然安兵衛の耳には入っていない。
「いいか二人とも、腹にさらしをきつく巻いておけよ。早籠の揺れを甘く考えるな。罪人を乗せろという冗談が何故作られたかすぐにわかる……口から内蔵が飛び出るぞ」
「こ、心得ました」
もの凄く真剣に言う安兵衛に若干引きながら早水は頷く。
しかし早水、萱野の両名はすぐに安兵衛がまるで脅しつけるように忠告した事の意味を知る事になる。
「片岡、殿の様子はまだわからんのか?」
「刃傷の後、蘇鉄の間にて取調べという沙汰の後は一向にわからん」
「くそっ、せめて殿のお姿だけでも見ることができれば」
「ん、待て」
源五右衛門はこちらへ向かってくる役人の姿をみつけた。
「申し上げる。浅野内匠頭殿は平川門より田村家へ身柄を送られ既に場内にはおらぬ!」
「な……!」
「平川門だと!?」
平川門は普段は女中の通用門なのだが罪人や遺体が出される門でもあり、不浄門とも呼ばれている。
このことにより浅野長矩が罪人扱いとなったことは明白だった。
「浅野殿は今宵、田村邸にて即日切腹」
「切腹……」
「浅野殿が送られたのは半刻前。それがわかったら早々にこの場から解散されよ」
今まさに解散するために片付けをしているのだが、邪魔だから早く出ていけと役人は赤穂藩士を追い立てに来たのだろう。
「お役人殿、殿の沙汰を伝えくださり感謝いたします。して、喧嘩相手の吉良殿に対する沙汰は?」
源五右衛門は冷静に訊ねた。
隣で安兵衛が今にも役人に掴みかかりかねないような顔をしているので、かえって冷静になれた。
「吉良殿は場所柄をわきまえ、手向かいしなかった。よってお咎めなし。下城して傷の養生せよとのお達しである」
「な!?」
これには源五衛門も耳を疑った。
「何故だ! 殿には即日切腹を申し立てておきながら吉良殿には何のお咎めも無しだと? これでは喧嘩両成敗の定法が通らぬではないか!」
「安兵衛駄目だ!」
我慢しきれず役人に飛び掛ろうとした安兵衛の袖をかろうじて掴む事に成功した源五右衛門はそのまま安兵衛を羽交い絞めにした。
「くぅっ……」
さすがの安兵衛も源五右衛門を振り払ってまで役人に詰め寄ろうとはしなかった。
「安兵衛、今は殿だ。お役人殿、お騒がせした。沙汰を伝え下さり感謝いたします」
源五右衛門がそう言うと安兵衛も目だけで礼をした。
「田村邸は愛宕下でそう遠くはない。一刻も早く道具を片付けて向かおう」
「……わかった」
安兵衛がそう言うと源五右衛門は安兵衛を開放した。
●
酉の刻(午後6時)
陸奥一関藩主田村建顕邸では身柄を預かった浅野長矩の切腹の準備が大急ぎで行われていた。
田村家では即日切腹とは思いもよらず、当分の間の預りだと考えていた。
しかしそれから半刻ほどで検使役として大目付、庄田安利と副検使役で多門伝八郎、大久保忠鎮らが到着すると切腹と言い渡した。
これに田村家は慌てて場を整えはじめた。
その用意された切腹の場所は庭先だった。
通常では上様より切腹が命じられた際は部屋の中でという暗黙の了解があった。
これは罪を罰するというよりも、武士の名誉を認めるという意味だ。
にもかかわらず庭先で腹を斬らすなど理不尽であった。
「浅野殿は五万三千石の大名ですぞ」
「このような庭先で切腹とはどういう了見でござるか?」
多門と大久保の両名は庭先切腹を命じた庄田に断固抗議する。
「ふん、上様は此度の喧嘩にひどくご立腹とのこと。なればこそよ」
「点数稼ぎのおつもりか!」
「ご機嫌取りに武士の切腹場所を利用など、恥を知られよ!」
多門も大久保も此度の裁きに納得いっていない。
特に取調べを担当した多門は浅野長矩に同情的であったために引く気は無かった。
「ええい黙れ! 内検使役は私だ! お前達は黙って言う事を聞いておればよいのだ!」
だが二人の抗議を押しのけ、庄田は強引に庭先切腹の段取りを進めてしまった。
そんな愚挙を止める事ができなかった多門と大久保は長矩に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
だからなのか、田村邸の前で中の様子伺っていた者達の姿を発見した。
「浅野殿、整いましてござる」
「お役目ごくろうでございます」
準備が全て終わり、多門は長矩を案内して廊下を進む。
二人は無言で進む。長矩は潔く心静かに最後の時を迎えようとしていた。
長矩は庭の梅の樹を見た。
すっかり花の散った梅の樹を見て、今年はまだ花見をしていなかったことを思い出した。
赤穂の桜はもう散った頃だろうか、と赤穂に思いを馳せる。
のらりくらりと捉え所の無い内蔵助、その内蔵助をよく支える将監、実の子のように想っている可愛い松之丞。
もう会えない事をひどく残念に思う。
「浅野殿、あちらの庭を」
「目付殿? ……!」
ふと多門は長矩に庭の一角を見るよう促した。
長矩は不思議に思い庭に目をやると、そこには片岡源五衛門の姿があった。
「げ、源五右衛門……目付殿、これ…は?」
「さあ、私には庭と星しか見えません」
多門と大久保が長矩にしてやれるせめてもの事、それは浅野家家臣に最後の面通りをさせてやることだった。
切腹に際して主君に一目会う事もできす遺体を引き取るのは家臣として無念以外のなにものでもない。
「殿っ!」
「源五右衛門……」
「なにか、なにかありましょうか」
さすがに屋敷の中に入れるのは一人くらいが限度であったために源五右衛門が選ばれた。
最後の言葉、それを聞く役は長矩と最も近くで苦楽を共にした源五右衛門以外にありえなかった。
「このような主君に仕え苦労させる。後のことは内蔵助と相談せよ」
「はっ!」
「源五右衛門、お前が居てくれたから私は一端の藩主としてやってこれた。感謝する」
「勿体無いお言葉」
「皆にも感謝を……さらばじゃ」
「ははっ!」
源五右衛門は両膝を地に付け頭を下げる。
しかし決してその目は主君からはなれなかった。
とめどなく溢れる涙で視界がぼやけていても、敬愛する主君の最後を焼き付けるように。
「目付殿、重ね重ね感謝します」
「いえ、私にはこれくらいしかできません」
この日、浅野長矩という大名が死んだ。
長矩は辞世の句に無念の内を詠っている。
風さそふ 花よりもなほ 我はまた 春のなごりを いかにとやせん