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千代田城裁き・上

浅野長矩が殿中にて刃傷事件を起こした事は瞬く間に広まり、千代田城は蜂の巣をつついたかのようになった。

そんな中、時の将軍徳川綱吉はそんなことが起きているとは知らず、新しい愛犬を愛でていた。


「デュフフフ、可愛いのう。この耳がたまらんケモノミミ最高!」


「上様!」


「ふにゃあああ!?」


襖を開けた柳沢の目の前には下半身を露出して犬を抱き締めた綱吉の姿があった。


「………」


「………」


綱吉は無言だった。

柳沢は無言で襖を閉めた。

しばらくして、襖の向こうから「よいぞ」と綱吉の声が聞こえて柳沢は襖を開けた。


「上様、申し上げます。この度、場内にて変事失態にございます」


「ふむ、変事失態とは穏やかではないのう。何があった?」


上座にてあぐらをかいた将軍徳川綱吉は扇子を手の中でパシパシと叩きながら続きを促した。


柳沢は何も見ていなかった。

綱吉は何もしていなかった。

それでいいのだ。それで平和だ。平和万歳である。


綱吉が袴を掃いていない上に、ふんどしが横に丸まっているが何の問題もない。


「実は先ほど松之廊下にて刃傷の変事起きましてございます」


「何じゃと、刃傷とな! して相手は?」


「吉良上野介殿と浅野内匠頭殿にございます」


「吉良と浅野がか。吉保よ、詳細はどうなっておるのじゃ?」


「まだ取り調べ中にございますが、どうやら浅野殿の一方的な刃傷だと」


これはその場に居合わせた梶川の証言であり間違いない。梶川はこの事を日記にも残しており『梶川日記』として後世の残っている。


「血で穢れが出たとなると、すぐにでも残りの儀の場所なども替えなくてはなりません」


「それは余がこの部屋から移動しなくてはならんということか?」


「そうなります」


「紅蓮討鬼丸の居るこの部屋から出ろと?」


「ぐ、紅蓮? ええ、そうなります」


綱吉は前衛的な名前を犬に付けたがるのだか、また前衛的な名前を犬に付けたらしい。

ちなみに他には雪花如来院、金剛錦龍丸、天上満陽号などがいる。


「お……」


綱吉がプルプルと震えたのを見て柳沢は耳を塞いだ。


「おのれええええええええ!!!」


将軍は小さな事は気にしない。

だが面倒くさい事は大嫌いだった。

さらに言えばお楽しみを邪魔されたことも怒りの一因であろう。


「浅野は打ち首じゃ!」


「お、お待ちを!」


綱吉の沙汰に柳沢は待ったをかけた。

予定とは違い事が大きくなってしまったが、この状況は柳沢にとって好都合であったので最大限に活かすつもりだった。

しかし柳沢とて武士である。

天下百年の為とはいえ犠牲として切る浅野長矩に不名誉な死を与えるのは忍びなかった。


「浅野殿とて武士の端くれ。打ち首となれば末代までの恥となりましょう」


「それが何じゃ?」


余の知ったことではないとばかりの綱吉だが、柳沢はこの将軍の操縦方法を熟知していた。


「切腹させてやることで浅野殿の名誉は守られます」


「殿中で刀を抜いただけでなく刃傷を起こした者など打ち首で充分じゃ」


「ですがそこをあえて切腹させてやることで、上様は武士道を重んじる侍の心を解するお方だと広く知らせる事ができましょう」


「む?」


「武士の情けにございます」


「おお、武士の情けか!」


「上様の評判もぐんぐん上がります」


「ぐんぐんか、よいな! よし浅野は切腹じゃ」


「ははっ。して吉良殿は?」


「吉良は斬られただけであろ、構いなしじゃ、養生せよと伝えておけ」


殿中で刀を抜くのはそれだけで極刑となる重罪である。それが正当防衛であっても、刀を抜くのは死罪なのだ。

しかし吉良は応戦しておらず、刀を抜いていない。

綱吉の裁きは真っ当と言えた。


「口上の原案はいつものように考えておけよ」


「はっ、では私はこれで」


「待て」


綱吉は丸めて放っておいたふんどしを柳沢に投げる。


「さっき驚いて糞を漏らしたのじゃ。拭け」


そう言うと綱吉は四つん這いになり柳沢に尻を向けた。


「わ、私がですか!?」


「他に誰が居るのじゃ?」


犬なら居るが、犬も糞の付いた尻を舐めたいとは思わないだろう。仕方なく柳沢はふんどしで綱吉の尻を拭いた。


「どうじゃ綺麗になったか?」


「はい輝いてございます」


「そうかそうか」


どうやら満足したらしく、吉保は安堵した。


「……むらむらするか?」


「日の高いうちからは致しませんよ」


「むう、吉保がいけずなのじゃ。母上に言いつけてやるのじゃ」


その一言で柳沢はぎょっとした。

綱吉の母である桂昌院は絶大な意見力を持ち、城内外に多大な影響力を持つ。

その上綱吉を溺愛している。

最悪の場合側用人から降ろされることもありうるだろう。

柳沢はとっさの判断で犬を引き寄せ、綱吉の尻に鼻先を押し付けた。


「おおう!?」


犬は鼻先を押し付けられて迷惑そうにしながらも、ピスピスと尻の匂いを嗅ぐ。


「ふ、ふおおぉぉ」


犬はしばらく匂いを嗅ぐと、軽く暴れて吉保の手から逃れて柳沢を見つめた。

その顔はなんとなく「これ無理」と言っているように感じた。


「上様、恐れながら申し上げます。脱糞した直後の尻は犬でも無理だそうです」


「むう、犬でも無理か。ならば仕方ない、下がって良いぞ」


「ははっ」


柳沢は内心犬を褒め、今度褒美に骨でもくれてやろうと頭の中の備忘録に書き加えた。

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