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山科屋敷を訪れる者達

久しぶりの更新ですが、今回は完全におふざけ回です。


全話行間を開けました。少しは読みやすくなったかと。

大石内蔵助は山科へ移ると母方の姓である池田を使い、名を池田久右衛門と称した。

元赤穂藩家老の大石内蔵助では色々と動きづらいという事もあったが、山科周辺では池田久右衛門こと大石内蔵助というのは、周知の事実であった。

池田久右衛門を名乗る事を内蔵助は気楽な隠居生活のためなどと嘯いているが、どこまで本気なのかは本人のみぞ知るところであった。

実際に山科に移ってからの内蔵助は日がな一日縁側で碁や将棋、庭で土いじりと隠居人らしい生活を送っていた。


「頼もう!」


その内蔵助を訪ねて来るものは少なくない。

その応対を任されているのは新三だった。


「こちらに大石内蔵助殿はおられるか?」


「はて、こちらは池田久右衛門の屋敷ですが」


相手も池田久右衛門こと大石内蔵助であることがわかっているだろうが、とぼけておく。

これで帰ってくれるなら楽だからだ。


「拙者は松山藩が出身、中村小五郎と申す。この度は亡き主君浅野内匠頭の仇討ちに望まれる大石殿の心意気に感服し、是非助太刀にと」


新三の言葉は完全に無視して中村とやらは話す。

どうやら池田久右衛門の正体が大石内蔵助である事はご存じのようだ。

それなら池田と言い張るのは無駄だと新三も諦めた。


「仇討ちとは物騒ですな。大石は仇討ちなど考えておらず、お家再興を目的としております。ですのでどうかお引き取りを」


仇討ちの助太刀を名目にどこぞの食い積めた浪人がやって来るのは日常茶飯事となっていた。

こういった輩は義によって仇討ちに助太刀した侠客という看板を持って仕官の先を探すのが狙いである。

肝心の仇討ちの際には何だかんだと理由をつけて参加しないのは目に見えている。

はじめの頃は丁寧に対応していたのだが、今ではもう面倒なので早く帰ってくれとばかりに、適当にあしらっている。

内蔵助が新三に応対を任せているのも、単純に面倒だからだ。


「そこをなんとか!」

「お引き取りを」


「一目、せめて一目大石殿に!」

「お引き取りを」


「必ずや役に立ってみせましょう!」

「お引き取りを」


「拙者はこれでも松山にその人ありと……」

「叩き斬られたくなかったら帰れ」

「……はい」


軽く腰のものに手を添えると中村とやらはすごすごと帰っていった。

その程度の胆力でよく仇討ちの助太刀をなどと言えたものだが、この太平の世では腰に大小を差していても、本気で命のやり取りに望めるような者は、安兵衛のような一部の例外を除いて存在しないのだ。


「頼もう!」


中村とやらが帰り、しばらくしてから再びの来訪者に屋敷の掃除中だった新三はうんざりしながら玄関口へ向かった。


「はいはい、どちらさんでえええええ!?」


そこに居た者を見て新三は驚愕のあまり大声を出してしまった。

大変な人物だったのだ。


顔を隠す頭巾と一体化したマントを風になびかせ、下は褌一丁。

手には斧を握っている。


大変だ。とんでもなく大変だ。

叶うことなら見なかった事にしたい。


「某は亜理亜藩の男留手牙と申す」


「どこ!? 亜理亜藩ってどこ!?」


日ノ本には二百を超える藩が存在するが、亜理亜藩などという藩は聞いたことがなかった。


「この度はこの屋敷の主人が巨悪を討つと聞き馳せ参じた。某も魔王を倒し平和な世を作るため故郷を旅立った身ゆえ、力になれよう」


「いいえ、そんな大袈裟な話ではありません。帰ってくださいお願いですから!」


「しかし某がやらねば息子に勇者という過酷な宿命を背負わせてしまう」


「大丈夫だから! あんたが一人で頑張らなくても大丈夫だから帰って、本気で帰ってすぐ帰って!」


新三の必死の説得により男留手牙は帰っていったが、一度振り返り、仲間になりたそうにこちらを見てきた。


「さよなら」


男留手牙は寂しそうに去っていった。


「……暑くなると変な人って出てくるんだよな」


七月に入り気温は上がっている。

海辺だった赤穂と違い山科は蒸し暑い土地だ。

早く忘れる事にして新三は屋敷の掃除に戻る事にした。


「頼もう!」


「また来た。はーい、どちらさんで?」


今度の男は足元は地下足袋、裾の広がった股引きを腰で荒縄で止めており、腹にさらしを巻いてその上に金文字の刺繍が入った紫色の長半纏を羽織った奇妙な出で立ちの若者だった。

とりわけ奇妙なのが、どのような油を用いているのか、前方へつき出すように固められた前髪に、深い剃りの入った側面という髪型だ。


(えっと、こういうの何て言うんだっけ。傾奇者? まだ居たんだ。どこの田舎から出てきたんだよ)


木刀を肩に担ぎ、威嚇するような目を向けてくるので、新三は目を合わせないで歯を見せず回れ右して帰りたかった。


「手前ェは武州賭博巣連合の特攻隊長張らせてもらってる真柴っつーもんなんで夜露死苦!」


大きな声で挨拶されても夜露死苦する気は起きなかった。

武州と言えば治安最悪の無法地帯。

役人が死体を見つけても面倒だからと隣の管轄地へ放り込み、その隣の管轄地の役人は面倒だからと隣の管轄地へ戻し、その繰り返しが行われると言われているくらいだ。

そんな所からやってきて、大声で隠そうともせずに幕府に禁じられている賭博を行っている者だと言い張る男など恐ろしくて関わりになりたくない。


「あ、あの、どのようなご用で?」


新三は完全に怯えていた。


「ここに大石っさん居るだろ? 大石っさん出せよ」


「お、大石にどのようなご用でしょうか?」


「んなもん決まってんだろタコ! いいから大石っさん出せつってんだろ三下が!」


「ヒィィィ、おおお大石は出掛けておりまして……」


「いつ戻んだ、ああん?」


額がくっつきそうな至近距離でギラギラした目を睨まれ、新三は泣きそうになった。

もういっそ松之丞を代わりに差し出して逃げようとすら思ったくらいだが、さすがに可愛そうなので我慢する。


「大石はお家再興の為に昼夜を問わず駆け回っていますので、いつ戻るかは……」


「お家再興だぁ!?」


「ははははい、そうです!」


「仇討ちじゃねえのかよコラ!」


「違います違います違います」


しばらく特攻隊長真柴は帰ってくれと願う新三を至近距離で色々な角度から眺めると、舌打ちした。


「帰ぇるわ」


新三の願いが通じたのか、特攻隊長真柴は踵を返し去っていった。

その哀愁漂う背中には大きく大将軍上等の刺繍が入っていた。

ここまで捕まらずに来れたのが不思議だが、おそらく役人も関わりたくなかったのだろう。


「い、行ったか?」


特攻隊長真柴の姿が完全に見えなくなると門の影に隠れていた内蔵助が出てきた。


「ご城代、僕もう嫌です。なんなんですかあれ、本当に怖いんですけど」


「そう言わず頼まれてくれんか。今のはワシでも怖いし」


「次変なのが来たら通しますから、ご城代が直接話してくださいよ」


「絶対嫌じゃ! 通すなよ、通したら近所の奥方達に有ること無いこと言い触らすからな!」


「それが家老のすることですか!?」


「元家老じゃ!」


赤穂藩改易の騒動の後始末を終え、山科に居を移した内蔵助はようやく心休まる日々を送れていた。

お家再興の為に方々へ働きかけてはいるが、それも相手の出方待ち。

元より長丁場は覚悟しての事なので、のんびり構えることができるのだ。

その平穏を守るためなら新三くらい喜んで生け贄にする。


「おかず一品減らしますよ」


「こ、この鬼畜め!」


一方、松之丞は玄関先で騒ぐ恥さらし二人とは関係ないという顔で書類仕事を進めるのだった。


「……平和だなぁ」

新作『ブルームフォーミュラ』執筆に時間を取られてるので、次回更新時期は未定。

また気長にお待ちください。半年は開けないつもりです。

気が向いたら『ブルームフォーミュラ』も夜露死苦!


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