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赤穂騒乱編 其の陸

ま、また月間になってしまった。

安兵衛、孫太夫、郡兵衛の三人は用意された部屋で歯噛みしていた。吉良を討つ同士を得られないのなら何のために赤穂まで来たのか。


「くそっ、大学様を立ててお家再興だ? そんな夢物語を本気にしてやがるのかよ!」


「郡兵衛、声が大きいぞ」


安兵衛が嗜めるが郡兵衛は畜生と拳を畳に叩きつけた。


「やれやれだ、ご城代に完全にしてやられたな」


孫太夫が肩をすくめる。


「あの昼行灯に? どういうことだ孫太夫」


「わからねえか。安兵衛はどうだい?」


「俺はむしろ阿呆にやられた気分だ」


「くくく、ありゃあグルだな。二人してあらかじめ示し会わせてたに違えねえ」


面白そうに口の端をつり上げる孫太夫に、面白くなさそうに憮然とした安兵衛。

そんな対称的な二人に置いていかれている郡兵衛であった。


「なあなあ、どういうことだ?」


「しょうがねえな、郡兵衛は。ちょいとオッサンが説明してやるよ。いいか、評定の意見は割れて収集がつかなくなっていた。そこに阿呆の突拍子もねえ意見だ」


「燃やしちまうってやつか。あれは驚いたな」


「そう、それだ。驚きのあまりそれまで籠城、殉死と叫んでた連中も開いた口が閉じなくなっちまう」


安兵衛はあそこで新三に若輩者が口を出すなと言わなかった事を今更ながら後悔していた。


「城を燃やすなんて古株連中には耐え難い事だ。間のとっつぁんがキレたのも無理ねえよ」


間喜兵衛などそれこそ食べる分を切り詰めて築城資金に当てた世代である。

赤穂城に対する思い入れは人一倍であろう。


「その一騒動も計算の内だろう。騒動が収まって落ち着いたところでご城代が口を開けば皆聞く。上手いもんだぜ」


「まさか、あの昼行灯がそこまで考えていたってのかよ……」


「影響力の高い奥野殿が一番に賛同したのも大きいな。あれで完全に持っていかれた。あるいはそれすら計算の内だったのかもしれねえ」


「おいおい、冗談だろう?」


大石内蔵助と言えばろくに仕事もせずに絵を描き花を愛で遊び暮らしている昼行灯のはずだ。

それが人心の妙を突き評定をまとめあげるなどありえない。


「昼行灯、誰が申したのか知らんが、よく表してやがる」


「あん? 昼行灯ってのは役立たずって意味だろう」


昼間の行灯、つまり邪魔なもの、役に立たないもの、そんな意味だ。


「逆だ郡兵衛」


安兵衛が横から口を挟んだ。


「行灯とは昼こそ使い道が無いが、夜には光るものだ。赤穂は殿という光を失い夜の闇の中にある。その無明の闇を照らす光、それが大石内蔵助という行灯だ」


その光に飲まれようとしているのが今の自分達だというのなら、まるで虫だ。


「面白くねえ」


舌打ちをすると安兵衛はごろりと寝転がった。


「なんだあ安兵衛、ふて寝か?」


「うるさい」


「くくく、まあ気持ちはわからんでもない。まんまと誓約書に書名させられちまったんだからな」


藩士一丸となってお家再興を目指すと誓約させられ、勝手に動くことができなくなった。

安兵衛にとって一番面白くないのはそれだった。


「まあご城代の口から仇討ちを引き出させたのは流石だ。今回はそれで良しとしておこうぜ」


一矢報いたというわけではないが、孫太夫の言うように今回はそれで良しとしておくしかない。


(まあいい、しばらくは様子見だ)


どのみち江戸詰めの者だけで吉良を討つ事はできない。

幕府に抗議するには藩士一同の団結が必要不可欠なのだ。

あの時感じた殺気は本物だった。

どうせお家再興は成るはずがないのだから、あの殺気が解き放たれるのを待てばいい。

今は雌伏の時と安兵衛は目を閉じた。



城内の内蔵助私室では内蔵助、松之丞、新三が集まっていた。


「こんの阿呆!」


開口一番内蔵助は新三を罵倒した。


「打ち合わせと全然違うではないか! 燃やすとか正気か!? そもそも他藩の軍が迫ってきとる事は皆を動揺させぬように伏せておくと決めていたではないか!」


「本当にすいません! まさか江戸からあの三人が来るとは思ってなかったものでして」


額を擦り付けて謝る新三であった。


「特に安兵衛さんが来たのが駄目でした」


「まあそこはワシも認めよう。あのままでは安兵衛を主力として籠城討ち死にと意見が持っていかれたであろうからな」


堀部安兵衛の武名は天下に轟いている。

その安兵衛がいるならばと、籠城派の勢いは増していた事は用意に想像できる。


「合戦や籠城の意見を黙らせるには赤穂が既に包囲されていることを明かすしかありませんでした」


「それを決めるのはワシじゃ阿呆め。だがまあ良い。結果としては上々じゃ」


「ですよね?」


「調子に乗るでないわ。偶々上手くいっただけに過ぎん!」


大学を立ててお家再興を目指すという意見を通すのが目的であったのだが、城内の意見をどう纏めるのかが問題だった。

そこで内蔵助と新三が画策したのが新三に一騒動起こさせて頭が沸騰している連中を一度冷ます事だった。

新三は若輩者の上に台所役という高いとはとても言えない身分でありながら一目置かれる阿呆である。

新三ならば何かやらせても「また阿呆か」となる。

それでいて「こいつの言うことなら」と聞くだけ聞いてみようと思われ無視されることもない。

なにかをやらせるには新三という存在はうってつけだったのだ。


「よかったな新三、これでお前の阿呆っぷりは更に上がったぞ」


冷ややかに松之丞は言った。


「よりにもよって城を燃やすなどと申すとは」


「本人の名誉の為に黙っておくけど燃やすって言い出したのは僕じゃないぞ。僕は一騒動起こすにはちょうどいいと思ったから、その意見を利用させてもらっただけだ」


「言い出した阿呆が誰だか知らんが、お前はそれ以上の阿呆だ。阿呆だ阿呆だと思っていたが、どうやら私が思っていた以上の阿呆だったようだな」


「友人の理解が深まって嬉しいよ」


「死んでいいぞ? もちろん切腹なんて名誉ある死に方は許さん。石でも抱いて海に飛び込め」


もはや凍えそうになるほど冷たい目で言う松之丞だったが、当の新三はへらへらと笑っていた。


「仲間外れにされたからって拗ねるなよ」


「な!?」


今回の評定の事を松之丞は何も聞かされていなかった。

包囲されているという事を聞いていただけであり、内蔵助の真意がお家再興であったことや、新三が茶番劇を行うことは一切聞かされていなかったのだ。


「そ、そこに直れ!」


「既に正座してるよ。図星だからって怒鳴るなよ」


「う、うるさい!」


激昂する松之丞をからかって更に煽る新三。

つい先程まで藩士全員の生死のかかった評定が行われていたとは思えない見慣れたいつもの事に内蔵助は頭を抱えた。


「やめんか二人とも。どうしてお前達はそうなのじゃ…」


喧嘩するほど仲が良いとは言うが、内蔵助は将来が不安にならずにはいられなかった。


「松之丞、ワシは別にお前を仲間外れにしたわけではない。お前は腹芸は不得手ゆえ、何も伝えず自然な反応をさせた方が良いと考えたのだ。決してお前を信用していないから黙っていたわけではない。わかってくれるな?」


「……はい」


そう言われても実子である松之丞より新三を頼りにされたのは事実なので、松之丞としては心中複雑であった。


「新三もあまり松之丞をからかうでない」


「もはや習慣みたいなものでして…あ、いえ、申し訳ありません」


あまり反省している様子のない新三に内蔵助は嘆息した。


「お前という奴は……。まあ良い、今回は本当に過程はともかく結果は上々。安兵衛らも署名させられたのは大きい」


良くも悪くも堀部安兵衛という名前は特別である。

その安兵衛が誓約書に署名したからには江戸の武闘派も軽はずみな行動には出ないだろう。


「安兵衛殿か……」


「青い顔してどうした、まつ?」


「いや、流石の迫力だったなと」


「うむ、ワシも正面で相対して正直小便漏らすかと思った」


「ご城代、それはちょっと……」


「それぐらい恐かったのじゃ! 目を見て思ったわ。あ、こいつ絶体人斬った事ある、とな!」


思い出したのか内蔵助はプルプルと震えだした。

先程までの威厳ある家老の姿はどこにもなく、そこには情けない昼行灯の姿があった。


「まあ斬ったから有名になったわけですし」


「怒らしておらんかな? ワシ怒らしとらん?」


「ち、父上への怒りが私に向けられたらどうしよう……」


「安兵衛さん恐い人ではありませんよ。あれで気さくな人だし」


「「嘘だ!!」」


この後、恐々と震える大石親子をなだめるのに新三は半刻を費やすことになるのであった。

次こそは月間にしないぞ!

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