殺さない
「……今、上げるね」
鯨が佐奈を引き上げる。なんとか窮地を脱した二人だが、柚希の声が頭の中で反響していた。
人殺し。
何度も何度も、二人に襲い掛かる。
「……立てる?」
「……うん」
鯨に促され、佐奈は立ち上がり歩き出す。螺旋階段はいつの間にか消えてなくなり、普通の学校の階段が現れていた。階段を上がり、儀式を行った部屋に辿り着く。周囲には相変わらず人の気配がなく、戸を開けると出た時と変わらない教室が広がっていた。
「……おまじない、早く、止めよ」
「………」
「……鯨」
「……うん、解ってる」
鯨が魔法陣の紙を隅に置いて、準備を始める。
佐奈は黙って見ていた。
閉ざされた二人の世界。
残された二人の世界。
見回す周囲には誰もいなく、見渡す範囲に人はいない。
「鯨」
「ん、なに?」
こちらを向く無垢な鯨。無垢だろうか。でも、邪魔はいない。たった二人だけの、世界。
「……おまじない、止めなくてもいいかも」
「え……?」
「もう、大丈夫だよ」
優しく語り、甘く語る。叶った佐奈のお願い。
「もう、叶ったよ」
艶美に笑う佐奈の口元が、淫靡に染まる。
世界は閉ざされ、世界が終わる。
(END:佐奈の願い)