柚希
「柚希っ!」
柚希を選んだ。
体力的に、佐奈よりも柚希の方が危ない。だが、それを見た佐奈の表情は、悲観に染まる。
「……鯨」
「大丈夫っ! 大丈夫だからっ! 佐奈! ちょっと待って!」
鯨によって引き上げられる柚希は、恐怖に震え、思うように動けないでいた。
それでも、柚希は信じる。これが柚希だ、と。
いつものバカな姿を否定するわけじゃない。
けれど、これだって、柚希だ、と。
なんとか柚希を引き上げ、すぐに佐奈飛びつく。
「柚希! 手伝って!」
「はっ、はっ、はっ……!」
声をかけるも、吐息荒く柚希は未だ混乱の中にいた。死が目前まで来たのだ。生きることを何よりも愛し愛おしく接してきた柚希にとっての、天敵が。
「柚希っ! 手伝ってっ!!」
「だ……だって、また……そこ……」
鯨の叱責に、柚希は頭を振って拒否する。また、死へ近づくのが嫌だった。また、死が目の前に行くのが嫌だった。せっかく助かった命を、危険に近づけたくない。バカにされた対価を、貰っただけ。
「あんたが助けなくて、どうすんの!?」
その言葉に、殴り飛ばされた。顔を上げ、見た視線の先に鯨がいる。柚希を助けてくれた、友人が。佐奈と仲のいい、柚希とは対価を支払う仲の、人が。
「友達でしょ!」
違う、と叫ぼうと思った。あんたらは良い想いをして、バカにして、浸っていたいだけだろと。だから助けてもらうのは当然だと、これ以上は不平等だと、叫ぼうと思った。気が付いたら、佐奈の腕を掴んでいた。
「……え?」
「ほらっ! しっかり持って!」
いつの間にか、考えるより先に、体が動いていた。ダメ、怖い、嫌だ、死にたくない。感情が理性と本能に呼びかけ、退避を命じる。命じた結果、柚希は佐奈の腕を引き上げる。何をやっているのだろうか。何をしているのだろうか。なんで、こんな事をしているのか。解らない。
「んっ」
力を振り絞り、佐奈を引き上げることに成功した。鯨は疲れ座り込んで、佐奈は息荒く震えていた。茫然と見ていた柚希の頭を、力ない手がポンと叩く。
「ありがと」
鯨が疲れた笑顔で、言ってきた。それが凄く、不思議だった。
柚希に声をかける鯨を見ていた佐奈の心には、不満が募っていた。なんで、自分よりも柚希を先に助けたのか。柚希なんかより、自分を先に選んでくれなかったのか。不満は嫉妬に代わり、嫉妬は蓄積していく。
「く、鯨……」
柚希が鯨を見る。佐奈は選ばれた柚希を見る。膨れる憎悪が、収まらない。今すぐにでも、突き落としたい。
「なに?」
「……なんで」
二人が会話することが許せない。二人が一緒にいることが許せない。鯨に関わることを、許せない。
「なんで」
黙れと言いたかった。けれど、
「なんで……私を助けたの?」
柚希の言葉に、止められる。
「なんで、佐奈の方が仲良いのに、先に私を助けたの?」
本当に理解できないと、顔が言っていた。佐奈も思った。その通りだと。なんで、仲がいい、鯨をこんなにも愛している佐奈ではなく、柚希を先に助けたのか。
「はぁ……」
鯨はため息をついて、「わかんない」と。
選択肢→①虚像
➁虚構