虚構
「……わかん、ない?」
「わかんないよ。佐奈との方が仲良いとは思うけど、佐奈なら大丈夫と思ったの」
「でも……」
「佐奈なら絶対に大丈夫だって、信じたのかもね」
「鯨……」
「それに」
今度は軽く、柚希の頭を叩いた。
「あんたはほら、バカだし。何するか解んないじゃない」
「……バカ、か」
ああ、いつも通りだなと、思った。やはりバカだから助かる。柚希の役割はバカで、バカだからこそ助かった。柚希の生き方は間違いではなく、正しいと証明された。
「うん、バカ。すっごいバカ。いつもバカばっかり言って、バカの癖に、バカのふりしてる超絶のバカ」
「バカのふりって……え? 気づいてたの?」
「何が?」
「だから、バカのふり……」
「え、バカのふりしてたの?」
「え、え? 今、鯨が言ったんじゃ」
「だから言ったじゃん。わかんないって」
ごろんと横になって、手足を投げ出す鯨。
「わかんないよ、何考えてるかなんて。だから、おまじないなんてものに頼ったの」
「………」
「佐奈が何考えてるかだって解んないし、柚希が何考えてるかも、解んないよ。でも」
解らない。鯨は解らないと言う。柚希は解っていた。人との繋がりが脆く嘘だと。仮面を被れば簡単に繋げることができると。鯨には解らず、柚希には解った。
「ごめんね」
こんな事に巻き込んで、ごめんと謝った。
結局、解らない。どう接すればいいのか、何が正しいのか。
「……うぅん~いいよ~別にぃ~」
仮面を被る。笑顔を取り繕う。これを手放すわけにはいかないし、手放したらどうしたらいいか解らない。鯨は何か気づいているかもしれないが、それでもこれは、柚希の生き方だ。
「やめてよ、それ」
そんな柚希に、佐奈が言った。沈んだ表情で、暗い表情で。
「それ、なんか腹立つ」
「さな、ちゃん……」
「ちゃんとか、それも嘘だったんだ。つか、信じた鯨を裏切る真似、しないでよ」
感情が戻る。
佐奈は悔しい。恥ずかしい感情と思うが、それでも妬みは止まらない。蓋をしても底から漏れてくる。
鯨の信じてるという言葉は嬉しかった。
柚希のことは、何か解っているのが悔しかった。
二人は佐奈が知らない繋がりがあると思ってしまったのが、嫌だった。
何も解っていない佐奈は、悔しいけども、柚希をバカとしてか見ていなかった佐奈は、知った。柚希という人間をちゃんと見ていた、鯨に。見ていても解らなかった鯨だけど、もっと解らないのは佐奈だ。見てさえ、いなかったんだから。
「てかあんた、蹴ったよね?」
「え?」
「落ちる時、ちくしょうとか言って蹴ってきたよね? あっちが本性でしょ」
「な、なんの事かなぁ~?」
「その甘えたバカっぽい言い方やめろって言ってんでしょ。まぁバカのふりしてるみたいだけど、バカだからバカのふりしなくてもバカはバカよ」
「……佐奈ってさ、国語能力バカだよね」
「はぁ!? 人をバカ呼ばわりすんなし!」
「佐奈が先っしょ。バカにバカにされるってバカじゃない?」
「それがあんたの本性かっ! ちょっと蹴らせろ!」
「うわっ!? 危ないし! やめてよねそういうの、あーやだやだ、バカの相手は疲れるわぁ~」
「っこんの! 最後の言い方ムカツク!!」
「……は、あはは。あーなんだ、みんなバカか」
おまじないをもう一度したら、怪奇現象は起きなくなった。
そもそも、螺旋階段から助かった時点で戻っていたのかもしれない。
結局、鯨は想い人に未だ赤い糸を繋げられず、柚希は柚希でみんなの前では仮面を被るが、三人だけだと少し、仮面がずれる。仮面がずれた柚希は聡明で、頭がいい事が解った。頭がいいからこそ、バカを演じることができるのかもしれない。
「くそっ、なんであたしが柚希なんかに勉強教わらなきゃならないのよっ……!」
「あー佐奈、そこ違う。バカじゃん?」
「うっさい黙れバカ! 答え合わせしてみないと解んないでしょ!」
「答え合わせしなきゃ解らない時点でバカなの。ほら、答え違うじゃんバカじゃん」
「うがぁー!!」
「きゃー佐奈が怒ったぁ~襲われるよぉ~同性愛者に襲われるぅ~」
「うっざ! あんたなんか襲わないしっ! てか同性愛者って言うなぁ!」
二人のバカを横目に、鯨はテスト勉強を進める。あのおまじないは本物だったのだろう。だが、途中でやめたせいで誰の願いも叶わなかった。鯨の想い人にも届かなかったし、佐奈の願いも届かず仕舞い。柚希はお守りからして、自身の安全を願ったのかもしれないが、果たしてそれはどこまでの安全だったのか。
そもそもあのおまじないは、本当に願い事を叶えてくれる類のものだったのか。
三人で行わなければならないルール。そして、おまじないのルーツの三人。
被害者の彼女に、彼女の親友に、彼女の想い人。
もしかしたら、佐奈が言うようにこれは、おまじないではなく、お呪いなのかもしれない。
意味は同じかもしれないけど、字面が違う。不気味になる。
被害者の彼女は鯨で、親友の役割が柚希だ。その親友は、彼の恋人だったのだろう。
だから、仮面をつけ誤魔化し騙していた役割は、やはり柚希。
彼の役割が佐奈で、驚くことに佐奈はあの後、告白してフラれた。
恋をしていたのだ。フッタのは鯨。
おまじない。何のための、おまじないだったのか。
何も変わらない日常が戻ってきただけで、柚希も生き方を変えず、佐奈も鯨も今まで通り。ただほんのちょっと、近づけた気はした。気のせいのような、わずかな距離だけども、離れたが正しいかもしれないけど、近づきすぎる関係より、一歩離れた関係も大切だ。高校生なんてバカしかいない。バカばっかりだ。みんなバカだから、笑ってバカをする。
簡単なことを難解に、難解なことを曲解し、曲解したことを理解しない。
こんな骨董無形な出来事も、未来の鯨は懐かしい思い出として語るのだろうか。
変な体験したけど劇的なことはなく、おかしな日だったけど決定的なことはなく。ただ学生生活の大切で大事な一日として、過ごした時間の一部でしか、ないのかもしれない。バカ二人が取っ組み合いを始めたので、そろそろ仲裁しようと鯨はノートで頭を叩く。
「ほら、バカ二人。赤点取りたくなかったら勉強して」
「私、今回ちゃんとやるから、赤点はないけど」
「いつも赤点ぎりぎりの癖に」
「ふーん、じゃあそのバカに負ける佐奈はさらにバカだから……わぁ~さなちゃんバカバカだねぇ~」
「があああああ! うっざっいっ!」
いつまでも喧嘩まがいの漫才を続ける二人を残し、鯨は飲み物を取ってくるため席を立つ。リクエストを聞くと、二人とも同時に抹茶と言い、真似をするなそっちこそと火種はつきない。
カラスの鳴き声が聞こえた。
ドアを開け、階段を下りる間も口元が緩んでしまうのを防げない。
階段を下りていく。
テストまで時間はない。柚希は今回、ちゃんと点数を取りに行くと言っていたので、果たして本当の柚希の偏差値はどれくらいなのだろうかと、楽しみにしている鯨がいた。
階段を下りていく。
佐奈は佐奈で、柚希に対し負けず嫌いなところが出てきたようだ。
階段を下りていく。
それから、それで……柚希は階段を下りていく。
いつまでも、ずっとずっと、螺旋の階段を下りていく。
もういない二人を、底に消えた二人を、想いながら。
二人して私を謀って、影で笑っているのだろう。
私が彼の事を好きなのを知っていながら、平然と彼と付き合う親友。
屋上から世界を見上げ見下ろし、私はナイフを片手に瞼を閉じる。
死んでやる。殺してやる。
信じていたのに裏切られた。あの二人を許さない。
首尾は上々、細工は流々。
彼を犯人に仕立てることも、親友を傷つける準備もできた。
世界は真っ暗だ。
誰か一人でも信じることができれば、こんな下らない結末なんてなかったのに。
彼女は謡う。
恋する事が嫌いだから
愛する事にしました
愛する事が嫌いだから
恋する事にしました
恋する彼女は嘆かわしい
愛する彼女は汚らわしい
愛は求めて求められ
恋は与えて与えられ
恋なんかじゃ埋まらない
愛なんかじゃ染まらない
愛の溝を埋め込んで
恋の色を染め上げて
恋は稚拙で甘く軽々しく
愛は鈍感で苦く重々しく
愛は華麗に綺麗で望郷を
恋は甘美に優美で青春を
恋に終わらない愛を掴んで
愛に終わらない恋を掴んで
私の恋愛は今日も焦がれてく。
願わくば、未来永劫続く、螺旋のように終わりなく、虚像のように陰らず、覚えていてくれることを、望みながら……
(END)