表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/13

3 敵の正体

「いやー、やっぱりイザというとき、まとまった金がないとダメだな。土壇場で踏ん張れないから、強く生きていけないよ」

 店主はしみじみと言う。

「どうだい、ハナコさん? こういうときのために、金歯という形でまとまった財産を身につけておくというのは。いい歯医者を紹介してくれないか?」

「やめといた方がいいですよ。裏路地で暴漢に襲われて、歯を引っこ抜かれるのがオチですから」

 助手はノートパソコンのキーを叩き、書類をプリントアウトした。紙には、シモヤマ氏に紹介してもらった消費者金融のデータが載っていた。

 なんとびっくり、金利36%という消費者金融である。

「闇金です。警視庁のサイトにも名前が出てます」

「古典文学風に言えば、高利貸しだな。高金利で財をなした連中と言えばメディチ家を連想するが、彼ら闇金も今世紀のメディチ家を目指しているのかもしれない。文学として読むだけならともかく、実際に借りるとなると緊張もひとしおだな」

 店主は言いながら立ち上がって、服装を正した。腕の偽ローレックスに眼をやる。

「もう四時だ。早くしないと闇金が閉まってしまう。留守を頼んだぞ」

 そう言って、何でも屋から出て行こうと歩き出した。

 その店主の後ろ姿めがけて、助手は黒電話の受話器をぶん投げる。

 受話器が足に絡まり店主はバランスを崩す。手を振り回しながら床に叩きつけられた。室内に積まれたオフィス機器が軋んで、埃を舞いあげた。

「あうち!」

 店主が苦痛の呻きをあげた。

 助手がゆらりと立ち上がる。床に這いつくばる店主を見下ろして口を開いた。

「なぜ……お金を払うことが前提なんですか?」

「いや、請求されたら払わにゃいかんだろ、君」

 店主は至極まっとうなことを言ったつもりだが、助手は顔をしかめる。

「ニュースを見ていないんですか?」

「ニュース? はて。なぜ、そんなものを見ていると思うんだ?」

 店主は当惑した顔で言う。そして、逆に助手に尋ねた。

「景気は悪いか?」

「ええ」

「タイガースは今年も負けている?」

「はい」

「今年の風邪はたちが悪い?」

「そのようです」

「見ろ! ニュースなんか見てなくても、世の中がどうなっているか俺は完全に把握している。ニュースなんて時間の無駄だよ」

 助手は腰に手を当てて口調を強める。

「とにかくですね! 店主はエロ・サイトにアクセスなんかしてないんです! あのシモヤマとかいう野郎は、エロ・サイトという響きの疚しさと、他人の良心を利用して金を騙し取ろうとしている、ケチな悪党なんです! なんで気づきませんかね!」

「いや、でも、俺は本当にピンキー・パラダイムにアクセスしていて、登録したのを、すっかり忘れているという可能性もありそうだぞ」

「それはないです。店主のアクセスは私が全部監視しています。少なくともこの職場では店主はアダルト・サイトにアクセスしていません」

「ん?」

 店主が助手の放ったひどく不穏当な発言に反応しかける。

 助手は切れ目なく言葉を続けて、都合の悪いところに店主が食いつくのを防いだ。

「あっちは何やかんや脅してきますけど、あっちには何の力もありません。電話越しにリスクなしで、嘘とハッタリだけを武器に、無防備でおめでたい一般市民から金をかすめる奴らなんです。詐欺師の風上にもおけないゴミなんです。金なんて払ったら負けなんですよ!」

 なおも合点がいかない顔つきの店主。その店主に、助手は敵の正体を明かした。

「これは架空請求詐欺ですよ!」

「架空請求詐欺……」

 店主は、うっと呻いて、己が頭を抱えた。

 脳の奥深くに封印された古傷がこじ開けられ、吐き気を催す記憶があふれ出てくる。トラウマをヤスリで抉られるようなものだった。

 架空請求詐欺……。それは、過去に葬り去ったはずの亡霊だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ