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勇者と王女のワールドエンド  作者: 小来栖 千秋
第一章 エレナ王国、旅立ち編
9/83

(7)

 

 エレナ王国のほぼ中央に位置するそれなりに栄えた町。

 ケンブル。

 その町の中で一番豪華な宿屋の一階に併設されている酒場に、大地はいた。大地の隣にはリーシェが座っている。

 場違いな空間に居づらさを隠せないでいる二人の前に、王女と名乗ったエリーナが護衛隊長のマルスを従わせて座っていた。

 明らかに子どもの大地とリーシェ。そして大人たちが集まる町の酒場に王女がいる事に、他の客が困惑している事が見なくても分かる。

 それらの視線も意に介した様子もなく、エリーナは口を開く。

「それじゃ、少し詳しく説明させてもらうわね」

 エリーナはすぐさま大地を宮殿へ招待すると言って聞かなかったが、マルスが夜の平原を越えるのは不安が大きいという事で、今夜はケンブルで一泊する事になっていた。

「は、はぁ……」

 気付いたら異世界にいた事や勇者かもしれないと言われた事、いきなり目の前に王女と名乗る少女が現れた事など驚きの連続で、大地は思った以上に疲れていた。

「元気がないわね。まぁ、話さえ聞いてもらえればいいんだけど」

 少しむっとした表情を見せるが、エリーナは気を取り直して話を進める。

「大地、と言ったかしら。あなたはどこまで知ってるの?」

「どこまでって?」

「この世界の事、よ」

「……とりあえずパンゲアっていう巨大な大陸があって、パンゲアに住む人はみんなオーブっていう特別な力を持ってることくらいしか――。後はおとぎ話に登場する勇者が俺なのかもしれないって言われたくらいで……」

「そう。この世界の大まかな事は聞いたってことね」

「あ、あぁ」

「私が大体話しました」と隣に座るリーシェが言った。

「そう。それだけ知ってれば十分って言いたいけど、もうちょっと補足させてもらうわ」

 そう言って、エリーナは待機しているマルスに合図した。

「君の言う通り、我々の世界は巨大な一つの大陸で形成されている。パンゲアと呼んでいるが、この大陸には長らく同じ国が存在しているのだ。それらの国は大陸の統一を掲げている。厳密に言えばノーラン公国は違うのだが、ノーラン教の教えはそう変わらない」

「ノーラン公国?」

 ノーラン公国やノーラン教と新しい単語が出てきた事に、大地は戸惑う。

「パンゲアに七つある国の一つだ。貴族の領地といったほうが正しいだろうが」

「ともかく」とエリーナが話を無理矢理戻す。

「七つの国は長い間大陸統一を掲げてきたの。それは今も変わらない。だから、戦争はずっと続いてる」

「姫様の言う通り、戦争はもう何年も続いている。この状況を打開したいと、姫様はずっと思っておられた。それを為し得るのが、おとぎ話に登場する勇者、という事だ」

 おとぎ話の勇者はパンゲアを旅して、大陸統一を為せる強大な力を持つ宝玉(オーブ)を手に入れた、と校長先生もエリーナも言っていた。

「じゃ、じゃあ、俺はおとぎ話の勇者のように大陸統一を達成するための宝玉(オーブ)を手に入れなきゃいけないって事なのか?」

「君が勇者になる、というのなら」

「というのならって――」

「決めるのは私たちじゃない。大地、あなたの意思よ。勇者となって旅をする事はとても過酷だと思うわ。伝承だと言われるおとぎ話もただの作り話で、宝玉(オーブ)なんてものも存在しないのかもしれない。酷いお願いだけど、そんな未知の旅でも私は大陸統一を為すために、勇者の力を借りたいと思ってる」

「…………」

 大地は言葉に詰まった。

「大地、あなたの望みは?」

「お、俺の望み……」

 そんなもの決まっている。

 大地の望みは、元の世界へ帰る事だ。

「でも、どうすれば……」

「勇者が旅の末に手に入れた宝玉(オーブ)は強大な力を持つもの。それを使えば大陸統一も夢じゃない。大地が元の世界へ帰るほどの力も持ってるかもしれない」

「……っ!? そ、それは、本当なのか!?」

「あくまでも可能性よ。おとぎ話にだけ登場する誰も見た事のない宝玉(オーブ)って言われたら、なんだかとても魅力的じゃない?」

 エリーナは笑って言った。

「……魅力的って――」

 大地は、エリーナのようには思えない。

 でも。

 宝玉(オーブ)の力で帰れるかもしれない。

 その一言はとても強烈だった。勇者となって旅をする事は過酷になる。誰にでも出来るその不安の予想をはるかに超えるほどの希望だった。

「すぐに返事しなくてもいいわ。一晩でもそれ以上でもじっくり考えてほしいの」

「……分かった」

 短く、そう答える事が今の大地の精一杯だった。

「ありがとう」

 金色に輝くブロンドの髪のように、明るい笑顔をエリーナは見せた。

「この国にいる間は、君の生活は我々が困らせない。その点は安心してほしい」とマルスがつけ加えて、エリーナは席から立ち上がった。

「それじゃ、また明日の朝にここで。あなたにも迷惑かけてしまったわね」

「い、いえ」

 いきなり話を振られて、リーシェは恐縮する。

「アーリ町への馬車はもう出ていないでしょう? 今晩は同じようにここに泊まって頂けるかしら? 私と同じ部屋で構わない?」

「は、はい。ありがとうございます」

「ふふっ。敬語で話す必要はないわよ。堅苦しいのとか好きじゃないの」

 そう言われても、自国の王女を前にして校長先生に話しかけるような口調はさすがに(はばか)られた。

「そんな恐れ多い――」

「そう? まぁ、あなたが話しやすい言葉で構わないわ」

 もう一度挨拶をして、エリーナは先に取った部屋へと歩いていく。護衛の男たちは交代制で宿屋の周辺を警備するらしい。

 王女と護衛隊長が席を外して、二人はようやく落ち着けた。

「……校長先生の言ってた通りになったな」

「そうだね。どうするの?」

「少しゆっくり考えたいんだ」

「そっか。そうだよね……」

「でも、元の世界へ帰れるかもしれない力がある事は分かった。こっちの町に来て良かったよ、ありがとう」

「ううん、どういたしまして」

 大地の感謝の言葉に、リーシェも笑顔で返した。

 エリーナの輝くような笑顔とは違って、リーシェのそれは柔らかくて落ち着かせてくれるような優しい笑顔だった。

 

 

「私まですみません」

「いいのよ、気にしなくて」

 申し訳なさそうに言うリーシェだが、エリーナは笑顔で言った。

 二人がいるのはエリーナが取ったケンブルの宿屋のとある一室である。王女であるエリーナが急遽宿泊するという事で、この宿屋で一番高級な部屋を取っている。

「ありがとうございます」

「だから、その敬語もいいのに」

「そ、そんな。でも……」

「言葉遣いにうるさい人もいるだろうけど、私は違うわ。身分や年齢で相手に対して自分の話し方を変えたくないっていうのかな。私自身がそうだから、相手にもそうしてほしいって願望かしらね」

 苦笑しながら、エリーナは口にした。

「……い、いいの?」

「もちろんっ」

 頷いたエリーナは、二人分のカップにお茶を注いだ。

「私、あんまり友達いなくて」

「そうなんで――、そうなの?」

 慌てて言い直す。

「うん。憧れてるのかもね」

「友達がいるって事に?」

 少しおかしそうにリーシェは尋ねた。

 エリーナからカップを受け取って、リーシェは温かいお茶に口をつける。同じようにエリーナも一口飲んでから答えた。

「えぇ。こういう言い方は良くないかもしれないけど、私たちの生活ってちょっと違うと思うから――」

「……そ、そうなんだ」

 なんとなく分かる。

 王女であるエリーナがどのような生活をしているのか、リーシェには分からない。豪華な暮らしをしているのだろう、と大体の予想が出来るくらいだ。

「話を変えようか?」

「え?」

「リーシェはどうして勇者――大地を助けようと思ったの? 大地は全くの他人だと思うけど」

「お人好し、なの。困ってる人を見たら放っておけない性格だから」

「優しいのね」

「そんな――」

「大地が初めて接触した人がリーシェで良かったわ」

「え?」

 エリーナの言葉に、リーシェはカップに落としていた視線を上げた。

 その先にいるエリーナは少し浮かない表情をしている。

「別の世界から勇者となる人物が降臨するって話は、予見者の中では有名なの。それが近々だってヨーラが予見してね。急いで来たってわけ」

「ヨーラ?」

「えぇ。私たち王族に仕えてる予見者よ」

「その人が、大地が来る事を……」

「そういう事。もちろん他の予見者も見てるわ。だから、なんとしても先に勇者を見つけてたかったの」

「どうして?」

「私のように、勇者を自分の国へ連れ込みたいって思ってる人たちは他にもたくさんいるって事」

 影を落としたような暗い表情は変わらない。事実を述べたエリーナの口元が微かに震えていた。

「ありがとうね」

「そんな……。お礼を言われる事なんて何も――」

「ううん。おとぎ話に登場する勇者はとんでもない力を持ってたでしょ? その力を狙う人はたくさんいるわ。私もその一人。自分の願いのために勇者の力を利用しようとしてる事は認める。でも、もっと現実的に力を利用しようとしてる連中だっているわ。私が言うのもなんだけど」

 自虐が含まれた言い方だった。

 それでも。

 エリーナの目的。夢を叶えるためには、勇者の力は必要不可欠だ。そのためなら、エリーナは何でもする覚悟があった。

「大地が首を縦に振ってくれたらいいんだけどね」

「自信ないの?」

「そういう訳じゃないんだけど……。戸惑う事ばかりで、そう簡単に答えなんて出せるのかなって――」

(そうだよね)

 リーシェも思う。

 アーリ町で出会った大地は、生まれたばかりの赤子のようだった。見知らぬ土地で、向けられる奇異の視線に怯えていた。幼年児のような好奇心を見せたのは、ケンブルへ向かう馬車に乗ってからだ。

 でも。

「大丈夫。大地ならきっと自分のためになる覚悟をするわ」

「え?」

 途方に暮れていた大地が、リーシェが励ますために言った一言で、すぐに決意を見せたように。

 元の世界へ帰れるかもしれない力があると知った大地なら。

 いや。

 大地だからこそ。

 どんな覚悟も決意もするだろう。

 

 

 一方。

 エリーナが取った別の部屋には大地がいた。

 薄暗い月明かりが、閉じた窓から部屋をほんのりと彩っている。月明かりは窓際のベッドも照らしていた。そのベッドに、大地は横になっている。

 大地は、先ほどリーシェとマルスから聞いた話を思い出していた。

(パンゲアを救う冒険)

 エリーナはそう言っていた。

 大陸統一を掲げて、長い間争いを続けているパンゲアの国々。詳しい事情や歴史を大地は知らない。それでも、授業で習ってきた戦争という単語が持つ恐怖は何となく分かる。

(俺が、この大陸に住んでる人を救う……?)

 大陸統一を成し遂げたいと夢を語ったエリーナ。パンゲアを救う発言は、大陸統一を成し遂げて、パンゲアに住む人に平和に暮らしてほしいからだと大地は考える。

 そのためなら、力になりたい。

 大地はそう思った。

(よく知らない世界だけど、人が死ぬのはどこだって辛い事だ。元の世界へ帰る方法を探しながら、冒険をするのも別に……)

 悪くはない。

 むしろ。

 元の世界へ帰る方法も、パンゲアを救う方法も、たった一つに宝玉(オーブ)で出来るかもしれない。そう言われると、その宝玉(オーブ)を追い求めるしか思い浮かばなかった。

(俺に出来るのなら――)

 不安はある。

 しかし。

 それも、この宝玉(オーブ)が掻き消してくれるかもしれない。

 ベッドの脇にあるテーブルに置いてある石は、月明かりに照らされて、銀色の光沢を輝かせていた。

 


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