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勇者と王女のワールドエンド  作者: 小来栖 千秋
第二章 クルニカ王国、伝承の地編
44/83

(26)

 

「や、やった!」

 クルニカ王国の公道が敷かれている平原をどれくらい走っただろうか。大地たちは決死の思いで、『四人の処刑者(クアトロ・エヘクトル)』から逃げ出す事が出来ていた。

「……えぇ、やりましたね」

 ゴルドナ兵士を圧倒していたティドも、少ない傷を負い呼吸が乱れていた。エレナ王国のエリート騎士たちの集団とされる王族特務護衛隊に所属しているティドですら、簡単には勝てない相手だったのだ。

「エリーナ様、無事ですか?」

「えぇ、リーシェが治してくれたわ」

「良かった」

 ホッ、と胸を()で下ろす。

 エリーナはリカルドの攻撃によって深い傷を負っていた。リーシェのオーブによって回復したとはいえ、無理は出来ない状況だった。

 一方で。

 勇者のオーブを使用した大地も虚脱感が身体を襲っていた。いや、それだけじゃない。大地の身体は――手は震えていた。それは達成感からくるものではない。それを大地ははっきりと認識していて、手の震えを止める事が出来なかった。

「どうしたの、大地?」

 心配したリーシェが声をかけてきた。

「あ、いや、何でもない。――それで、どれくらい離れた?」

 と、大地は誤魔化した。

 不思議に思ったリーシェは首をかしげている。大地の様子に気付いたリーシェは疑問に思ったが、エリーナの身を心配していたティドは気付いていなかった。

「分かりません。けど、すぐには追ってこないでしょう。僕のオーブから簡単に覚めるとは思えませんから」

「お前のオーブってそんなに強いのか?」

「珍しいオーブなのよ」

 隣にいるエリーナが身体の具合を確かめながら答えた。

「珍しい?」

「オーブは親からの遺伝によって種類が決まりますけど、僕のオーブは一族秘伝と言えるようなタイプなんです。一族間だけで代々受け継がれてきたもので、『ガルドル』って言います」

「ガルドル?」

「はい。歌に呪いを込めるようなオーブですよ。相手の五感に訴えかけるオーブですから、なかなか効果が切れないんです」

 それを聞いて、大地もようやく心から安堵した。

「そっか。じゃあ、とりあえず助かったか」

「はい。それでも警戒はしたほうがいいでしょう。あのレベルの部隊が出てくるなんて思いませんでしたから」

「あいつらは有名なのか?」

「軍人の間では有名ですよ。ゴルドナ帝国が誇る処刑者たちです」

「処刑者?」

「ゴルドナ帝国が国の治安維持活動のために設立した部隊です。国内活動が主な任務で、他国への軍事行動にはあまり出てこないって聞いていたんですけど――」

「本来ならそうなんでしょうね。私の事を知らないって、よっぽどよ」

 と、エリーナも自嘲(じちょう)気味に口にした。

 しかし、エリーナの言う通りだ。『四人の処刑者(クアトロ・エヘクトル)』の四人は、エリーナの事をほとんど知らない様子だった。そんな国内専門の最強部隊を送りこんできたという事は、ゴルドナ帝国がそれほど本気になっているという証拠だ。

「……ともかく本来の目的に戻りましょう。向こうもそこまでは気付いていないでしょうから」

「エリーナはもう大丈夫なのか?」

「大丈夫よ。リーシェが治してくれたし、この程度の傷くらいどうってことないわ」

「もちろんエリーナ様に無理はさせられませんけど、少し急いだほうがよさそうですから――」

「急いだほうがいい?」

 そして、ティドにはもう一つ懸念している事があった。ゴルドナ兵士や『四人の処刑者(クアトロ・エヘクトル)』と戦っている時から頭にちらついていた疑問だ。

「ゴルドナの兵士や『四人の処刑者(クアトロ・エヘクトル)』のような特殊な部隊までクルニカのこんな奥まで入ってきていたんです。セイス大河の橋が一つ落とされたからといって、行動があまりに早い。最初の追手に足の速い部隊を送りこんできた事も引っ掛かります。もしかしたら、最初から狙いは二人にあったのかもしれません。」

「――っ!?」

「そ、それて――」

「はい。戦争――ゴルドナが軍を動かしたのは(おとり)の可能性があります」

 ティドははっきりと云った。

「せ、戦争が陽動?」

 驚愕の表情を見せているのは、エリーナを除いた大地とリーシェ、リシャールの三人だった。

「そ、そんな……」

「驚いている場合じゃありませんよ。もしそうなら、追手はまだ続きます。だから、急がないと――」

「トマッシュ地方か。東部の森の中にあるって話だったけど……」

 大地たちは追手に迫られて、途中で馬車を降りてしまった。現在の正確な位置は把握できていないが、海まではまだまだ距離があるだろう。当然、歩いて行ける距離ではないはずだ。

「近くの町か村に寄って、馬を調達しましょう。エリーナ様や大地は消耗が激しいですし、のんびり歩いてまた追手に追いつかれるのは避けないと」

「……そうね。ここらへんで一番近い集落はどこ?」

 エリーナの問いかけに、ティドは地図を広げて答えた。

「……馬車を降りたのがこの辺りですから、少し北に歩くと町があります。一時間近くは歩かないといけませんが……」

「文句は言ってられないわ。その町に向かうわよ」

 皆異論なく、大地たちはティドが示した町に向けて歩き始める。

 北にあるという町には程なくして辿り着いた。

 その町は、リーシェの故郷であるアーリ町と同規模の小さな町だった。違うところはアーリ町は農業を主な生業としている事に対して、この町はクルニカ王国の中央部に位置すると言う事から商業が盛んという点だ。

 大地たちはこの町で、旅業や商人向けの宿屋が貸し出し用の馬を飼っている事を知り、ティドの交渉でその馬を買い取る事に成功した。

「良かったのかな?」

「こちらは緊急事態ですし、貸し出しする場合の倍以上の金額は払いました。向こうも満足はしているでしょう。それでも気になるのなら、無事にトマッシュ地方に着く事が出来たら、後で返しにいけばいいだけですよ」

「……そうか」

 ティドの言葉に、大地も渋々といった感じで納得した。

 買い取った馬の数は、五頭。大地、エリーナ、リーシェ、ティド、リシャールと五人全員分である。

「ところで、本当に大地も一人で乗るの?」

 少し不安そうにエリーナに聞かれた。

「あぁ。二人乗りは何かあった時に不便だろ。これ以上足手まといにはなりたくないんだ」

 以前、エレナ王国の王都に向かう時はエリーナの馬に一緒に乗っていた大地だが、いい加減一人で乗れるようになろうと考えていたのだ。

「分かったわ。隊列はティド。あなたが決めて」

「了解です」

 それぞれが馬に乗る。

 初めて一人で乗る大地は、リシャールに教えてもらいながらゆっくりと乗馬した。

「こ、こうか?」

「そうだよ、良い感じ」

「な、なんとなくコツがつかめたかも」

 年下のリシャールに教えてもらう事に情けない感情を抱くが、危機が差し迫っている現在はそうも言っていられない。少しずつではあるが、大地も一人で馬に乗る事に慣れていった。

 しかし。

「まだ全速で走るのは危険ですね。リシャール、大地を先導してあげてください。最後尾を僕が走りますから」

「わ、分かった」

 そうしてエリーナとリーシェを先頭にして、大地たちは全速力とはいかないが先ほどよりも速く平原を駆けていく。

 どれくらいの間、公道沿いの平原を走っていただろうか。

 大地たちの間には方向指示程度の掛け声や時折それぞれがみんなの調子を確かめる程度の会話しかなくて、馬が地面を駆る音だけが響いていく。

「…………」

「……」

 誰も口を開かない。

 黙々と馬を走らせて、目的地だけを見据えている。ゴルドナ兵士や『四人の処刑者(クアトロ・エヘクトル)』との連戦で疲弊(ひへい)していて、言葉を発する元気もないのだろうか。それとも、追手が背中に着々と迫っているイメージから、懸命に逃げるためにトマッシュ地方だけを見つめているのか。

 そんな中、大地は一人で必死に馬を走らせながら考えていた。

(ゴルドナって国が俺とエリーナのために、わざわざ軍を動かした……)

 それは、ティドが言った一つの可能性だ。

 それほどに勇者という存在はそれぞれの国にとって大きいのだろう。別の世界からやってきた身である大地にはあまりピンとこない。それはパンゲアの歴史も語り継がれているおとぎ話についても詳しく知らないからだ。

 しかし、より一層気をつけたほうがいいのだろう。ティドの言う通り、ゴルドナ帝国はあれほどの部隊を投入してきた。ゴルドナ帝国という国がどのような国なのか知らないが、本気である事は大地も十分に感じ取っていた。

(――つっても、俺に出来る事なんて警戒するくらいしか……)

 エリーナのように決断力や圧倒的な力があるわけでもなく、ティドのように知識が豊富なわけでもない。リーシェのように回復に特化したオーブを持っているわけでもなく、リシャールのように利便性があるオーブでもない。もっと言えば、大地のオーブは具体的な効果も分からないオーブなのだ。

 勇者として冒険に出ると決めた覚悟や決意はあるが、大地には足りないものや知らない事が多すぎた。

 そんな事を悶々(もんもん)と考えていると、

「あ! ね、ねぇ、あれ!」

 リーシェが興奮したように声を発した。

 その声を受けて、大地たちも視線を向けた。ふと視界の先に平原が途絶えている景色が見えたのだ。

「あれは――」

「海!」

 視線のずっと先には、視界よりもずっと広い海があった。

 本当に広い。地平線が途切れた途端にさらに奥まで広がっているような水平線が登場してきたのだ。雄大な景色に、馬の上で大地たちは全員が圧倒されていた。

 パンゲアは統一大陸だ。一つの巨大な大陸によって世界が成りたっていて、海など見た事がないという人がほとんどだ。それはここにいるメンバーもそうだった。

「す、すごい……」

「うん。あれが海――」

「あぁ。久しぶりに見たな」

「そっか。大地は見た事があるんだ」

「あぁ。俺がいた世界で」

 そうだ。

 このパンゲアに来てから、海を見た事はなかった。海と見間違えるほど大きなセイス大河を見た程度だ。

「……本当に綺麗なんだね」

 視界いっぱいに広がる海は太陽の光を浴びて、きらきらと輝いて見える。それは今まで見たどんな景色よりも綺麗だった。夏本番前の穏やかな気候が、海をさらに綺麗なものに変えていた。

「そうですね。僕もこんな景色を見るのは初めてです」

「ぼ、僕もだ」

 ティドもリシャールも、ただただ広大な海に圧倒されていた。

 近づくたびに、海はさらに大きくなっていく。どんどんと海はその存在感を増していき、何かを大地たちに訴えてきているように思えてくる。

「あの先に世界は広がっていないのか?」

「えぇ、そうらしいわ」

「らしいって?」

「ずっと昔からどの国も調査団を編成して送りこんでたみたいだけど、成果を上げた国はないってことよ。それから世界は、この大陸だけって結論したみたい」

「へぇ~」

 そうして。

 大地たちは海岸沿いまでたどり着いた。

 そこは小さな(がけ)になっていて、波が絶え間なく打ちつけていた。白い波飛沫が飛び散っていて、海と同じようにきらきらと輝いていた。

「うわ~、本当に大きいんだね」

「海って本当にしょっぱいのかな?」

「それも知らないのか?」

 本当に海を知らないんだな、と大地は驚いた。

「崖になってたら確かめることもできないわね」

暢気(のんき)ですね、みんな」

 と、呆れたのはティドだ。

「いいじゃない。ここまで来ればもう大丈夫よ」

「……まぁ、そうかもしれませんけど」

 しかし、ティドの言う通りである。そのうちに日が沈みはじめるだろう。夜中に馬を走らせるのは危険が伴う。さらに、今日の疲労度を考えれば、それまでに目的のトマッシュ地方に辿りついていたかった。

「でも、もう少しなんだろ。ここから南に行けば森があるんだよな」

「えぇ、そうね」

「それで、その森の中にトマッシュ地方だった町があるってことか」

「お爺ちゃんはそう言ってたね」

「それじゃ、南に行って森を目指しましょうか」

 感動した海を名残惜しみながら、大地たちは南へと馬を走らせていく。

 その先に、おとぎ話の元になった伝承が誕生したと言われるトマッシュ地方があるはずだ。


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