(1)
太陽の光が眩しい。
自分の顔に日射しが降りかかっている事に、工藤大地は自分が地面に倒れているのだと気付いた。
(どうして?)
疑問が思い浮かぶ。
しかし、何故自分が地面に倒れているのか思い出せなかった。
「……っ!?」
(なんで、身体が痛いんだ?)
そう思いながら、大地は地面に倒れていた身体を痛みに耐えながら起こした。すると、大地は自分が今いる場所があまりに異質である事にようやく気が付く。
大地がいた場所は、見た事もない場所だったのだ。
(……どこだ、ここ!?)
視界に広がる景色は、先ほどまで自分がいた場所とは大きく違う――見慣れぬ場所だった。その事に気付いて、大地は困惑する。
大地の視界に広がる景色は長閑な田園地帯のそばにある小さな町だった。
その町の中に、大地はいたのだ。
(たしか、俺は……)
授業が全て終わり放課後になったから、家に帰ろうとしていた。
(はずだ……。それなのに、なんでこんなところに――?)
それが、気付いたら全く知らない場所にいた。
(……なんで、こんな町の中に? ってか、ここはどこだ? ……外国なのか?)
町の建物の外観を見て、大地は真っ先にそう思う。
煉瓦作りが目立つ建物は、大地の視界の端から端まで並んでいる。それらの建物は、大地の国ではまず見ない造りになっていた。
それら町の様子に目を奪われていると、通りを歩いている人たちがこちらをじっと見ている事に大地は気付いた。
(……? なんで、こっちをじろじろと見て――)
やけに視線が集まっている事に、大地は不思議に思う。
しかし、その疑問もすぐに解消された。
大地の服装が視線を向けている人とはあまりに違ったのだ。通っている学校の制服を着ている大地と違って、それらの人が来ている服は民族衣装のようにも見える洋風な衣裳ばかりだ。
その衣裳や視線を向けてくる人の容姿があまりに欧米人さながらである事に、大地はやはりここが外国であると思う。
(……なんで、外国なんかに?)
その疑問だけは拭えなかった。
気付いたら外国にいた。
そんな現象が起こるはずがない、と。
リーシェ・ウォルスは生まれ育った、見慣れた町を歩いていた。
初夏が始まる前のような日に日に暖かさを増していく外気が、リーシェの肌にゆっくりと汗を浮かび上がらせる。その汗を拭う事もしないで、リーシェはポニーテールの髪を揺らしながら、歩いている。その両手には、茶色い袋が抱えられている。袋には緑豊かな野菜がいっぱいに詰められていた。
頼まれていた買い物を終えて、家へと帰っている途中だった。
(早く夏の準備をしないと――)
道行く人々も、季節の変わり目を感じさせる服装をしている。
雨季も過ぎて本格的に夏が始まるのね、とリーシェは思った。
「やぁ、リーシェ」
「こんにちは、コリンさん」
「買い物帰りかい?」
「えぇ。野菜を切らしてたから――」
「お家の手伝いとは偉いね」
「お母さんが私に料理を任せてくれないんですよ。もう大体は作れるようになったのに」
「ははっ。今度お店に行った時に、お母さんにそう言っておいてあげよう」
「ほんとですか!? お願いしますよ」
表情を明るくさせてリーシェはお願いした。
「あぁ、任せなさい」
トンと胸を叩いて言うコリンに、リーシェは笑顔を見せる。
「私の息子も、リーシェくらい手伝いしてくれればいいんだけどね~」
「そんな。フレッドも頑張ってますよ?」
「騎士になるって言って聞かない息子だぞ~? 王宮の護衛なんかより、私の後をしっかりと継いでほしいんだけどね」
「……心配ですか?」
「たった一人の子どもだからね」
「大丈夫ですよ。フレッドはそんなに弱くないですから」
「そう?」
「えぇ。私の知ってるフレッドはそうですよ」
笑顔を見せて、コリンを安心させる。
「ありがとう、リーシェ」
「どういたしまして、です」
「それじゃ、またお店で」とコリンに会釈をして、リーシェは再び歩を進める。
ゆっくりと昇っていっている太陽の光は衰える事を知らない。日射しはますます強くなっている一方だ。
その日差しから少しでも逃れようと日陰を歩いていると、リーシェは広場の方が何やら騒がしい事に気付いた。
(何だろう?)
憩いの場である町の広場は、いつも賑わっている。しかし、今日の賑わいは楽しそうな雰囲気とはとても思えなかった。
騒ぎの中心となっている広場へ足を向けてみると、そこには人だかりが出来ていた。
(商人でも来てるのかな?)
と、リーシェは人だかりの後ろから背伸びをするようにして騒ぎの元を見る。しかし、人の多さに首を伸ばしても騒ぎの元はなかなか見えない。興味津々な様子の住人たちが壁になっていた。
ひそひそ声でしている会話が、リーシェの耳にも入ってくる。
『この町の人間じゃないわよね?』
『見た事ない服を着てるわ。帝国の人間かしら?』
『なんで帝国の人間がこんな田舎に?』
『偵察――とか』
『そんな、まさか』
聞こえてきた会話に、リーシェは騒ぎの中心が人なのだと理解した。
さらに興味をそそられたリーシェは、別の場所から騒ぎの人物を見ようと人だかりを迂回する。広場の反対まで行くと、その人物がようやく見えた。
(男の子……?)
視線の先にいる騒ぎの元になっている人物は、リーシェには自分と変わらない年頃の少年のように思えた。きょろきょろと周囲へ顔を動かしている少年の様子は、どこか不安そうに見える。
それだけじゃない。
向けられている奇異の視線に怯えているようにも見えた。
(どうしたんだろう?)
少年の格好が、たしかに見た事もないものだとリーシェは気付く。というよりも、少年の雰囲気そのものが、リーシェが見た事のないものだった。
「こっちよ!」
見かねたリーシェは思わず大声を出していた。
「……っ!?」
途方に暮れていた少年が、リーシェの声に驚いた仕草を見せる。リーシェの方を振り返った少年は、手招きしているリーシェに安堵のような表情を浮かべた。
「き、君は?」
「それは後で! 今は私についてきて」
困惑している様子の少年を促す。
リーシェに言われて、ようやく立ち上がった少年は広場から逃げるように走り出す。その視線は真っ直ぐリーシェに向けられていた。
「お、おい、リーシェちゃん」
「知り合いなのかい?」
少年に不安を感じさせるほど強い視線を向けていた人たちがリーシェに声をかけてくる。
それらの声をリーシェは無視して、荷物を抱えたまま走り続ける。
見慣れた町を、見知らぬ少年を連れて。
強い日射しのように、奇異の視線を向けていた人たちから少年を助けて。