その7
世界王陛下に反抗的な態度のメイドの行き着く先なんて、考えるまでもない。勢いで何も考えずに言ってしまった言葉は取り消せない。
(逮捕…される?)
悪い事をした覚えはないと胸を張って私は言える。だけど、人間、体は正直なもので顔からは、ものすごい勢いで血の気が引いていくのが分かった。
『趣味に走るのはいいけど、物事はちゃんと考えて発言したほうがいいよ?』
遠くで忌々しい幼馴染の声が聞こえるような気がする。
城勤めするようになって疎遠になってしまったけれど、近所の腐れ縁で私に何かと構ってきた口うるさい男。
いつもならそれを思い出しては、一人でイライラするところだけど、今日ばかりはそんな気持ちも湧いてこない。
そんな私の顔を面白そうに覗き込む陛下に妄想半分、恨み言半分を抱きながら私は言葉を失う。だけど―――
「まあ、それもそうだね。君だけを罰するのは確かに不公平だろう。分かったよ。下がってくれていい。」
「………へ?」
あまりの気の抜けた声とはいえず、もはや鳴き声のような音に、陛下の後ろに立つウォルフが笑いをこらえきれずに噴出したのが分かった。
しかし、それに恥ずかしさを覚えるよりも、陛下のあっさりし過ぎとしか言えないお言葉に私は訳が分からなくなる。
「あああ、あのっ、それは無罪放免だけど、もう小説は書いてはだめだという事ですか!?」
教会は私の夢と愛を取り締まるつもりだと、先ほど陛下は言っていた。
どうやら逮捕はなさそうだけど、例え逮捕されずとも小説を書けなくなっては私にとって死活問題!!
「逮捕されるよりはマシだろう?」
その言葉に頭は真っ白……になっている場合じゃない!!ちょっと待て!!
「逮捕される方がマシです!だって、牢獄に入っても小説は書けますから!!」
後から考えれば恐ろしい事を言っているなと、自分でも思う。(実際はどっちかと言われて、選べる次元ではないと思う)
だけど、この時の私はもはや怖いものもわからなくなって、陛下の前にある机に手をついて言い放つ。自分でも出したことのない大声に、言い切っただけで息が上がる。
陛下はほんの少しだけ目を見張って、その後、どこかの写真で見たことがあるのと同じ本当に優しげな笑みを浮かべる。
まるで天使。まるで女神。ああ…私が初めて抱いた陛下への印象そのものの表情に、上がった息さえ思わず飲み込んだ。
「その内容はともかく、君は本当に小説を書くことが好きなんだね。心配しなくても大丈夫だよ。ねえ、ウォルフ?」
「……はい。実際、取り締まりを行う段階まで踏み切ろうとしたらしいのですが、教会もその量があまりに膨大であったのと、意外なところから反対意見が出たらしく断念せざるを得なかったようです。」
え!?取り締まり直前までいっていたっていう事?!
そんな情報は全然聞いていないし、ウォルフの言っている言葉の意味はよく分からないけど、要するに乙女の夢と愛の前には教会も太刀打ちできなかったってことね!!
思わず両手を上げて喜ぼうとした所で、こちらを見ている陛下と目があって、反射的に両手を背中に隠した。
「あ、えっと、それでメイドは続けていいんでしょうか?」
「ん?ああ、勿論続けてくれ。こちらも王妃の侍女探しが難航していたものだから、思わず脅すようなことを言ってしまったけど、君が嫌だというのであれば仕方ない。また、他をあたることにするよ。」
「ほ、本当ですか!?」
「怖がらせてしまって悪かったね。もう、いいからこのまま仕事に戻ってくれていいよ。」
にっこりとほほ笑む陛下の顔は、本当に穏やかでお優しい。かけられる言葉に思わず涙ぐむ。
(よかった。本当に良かった)
安堵の息をつくと同時に、先ほどまで陛下にうすら寒い気配を感じていたことに申し訳なさを感じた。メイド風情にまで悪かったと言ってくれる、こんなにお優しい方なのに!!
うん、きっとあれは気が動転してしまった私の幻覚?私も妄想のしすぎよね(笑)まあ、あれはあれで妄想の種として申し分ないから問題ないわ!
終わり良ければ全て良し!少しだけヒヤリとしたけど、結局は何にもないまま生世界王陛下を拝める僥倖が訪れるなんて、私の日頃の行いの賜物に違いない!神様~ありがとうございます!
と、まあ自分でも笑っちゃうくらいの浮かれっぷりでいるけれど、仕事に戻っていいと言われてしまっては、まだ陛下が見たりないので居座らせて下さいとは、さすがの私も言えず退出しようとする。
「それでは失礼いたしま―――ブフッ!!」
それでも名残惜しいとばかりに後ろを振り返りながら、部屋のドアを開けた瞬間、部屋に入ろうとしていた人に正面衝突する。相手は私より大きい人らしく、弾かれて私はひっくり返りそうになる。
「おおっと、ごめん!怪我はないか?」
心の中で『前見て歩け!!最後に見た陛下のお姿が目に焼き付けられないじゃない!!』と自分の事はそっちのけで悪態をついた言葉を、そのまま口に出さなくてよかった。
片腕を掴まれて見上げた相手は、きらきらと金髪の輝きが眩しい美丈夫!!!
「来たか。オーギュスト。」
あらゆる意味で妄想を掻き立てる人物の登場に目が釘付けになるけれど、そんな私の視線も一切気がつくこともなく、かかった陛下の言葉に彼―――オーギュスト・ロダンが目を輝かせるのを私は確かに見て直観する。
―――これはまさしく恋する男の瞳!!
私は大きく胸が高鳴るのを感じた。
活動報告に後書きがあります。