その6
私の嫌な予感というのは、大抵当たる。そして、今回もまた当たってしまった。
陛下の『体でモデル料を払う』の意味は、私的には生唾物の言葉であったけれど、それはすなわち誰もが嫌がる仕事を押し付けられることだったのだ。
―――王妃付き侍女
とはいっても、今はまだ仕えるべき王妃はおらず、実際には来月、レディール・ファシズ史上初となる特殊な王妃の侍女。
その人は不入の荒地の向こう側にある、不浄の国オルロック・ファシズの女性なのだ。
この話が知らされた数か月前、城内は震撼。神を信じない国の人間が、神の子である世界王の妻になるなんて、許されることではないと大きな騒動にも発展した。
その感情は私にも理解できた。
世界王とは、妄想とは別次元で、私たちにとっては神と同じくただ敬い、崇拝する対象だ。同時にオルロック・ファシズとはそれと対極にある、嫌悪し蔑むべき対象。
その二つが並びえることなんて、常識上考えられないことではある。理性ではなく、生理的に受け入れられないのだ。
それはこの城に仕える誰もが同じことで、王妃の身の回りを世話する者の人選に女官長が困難を極めているという話を、他人事のようにうわさで知ってはいたけどまさか、それが自分の身に降りかかるとは!!
「言っておくが、君に拒否権はないよ?王妃付き侍女にならないというのであれば、君は二度と私をモデルとした小説を書けなくなる上に、すぐに教会に捕えられることとなる。ご実家にも多大な被害を覚悟してもらわないといけない。」
「なっ!!」
不敬だと理解していても、その言葉に思わず大きな叫びが上がる。
それを咎められることはなかったけれど、私のそんな様子を心底楽しそうに眺めながら陛下は言葉を続ける。
(ああ!こんな悪人顔でも、陛下のお美しさは損なわれない。いいえ、寧ろ、いつもの柔らかい表情よりも、色っぽさが半端ないわ、って私!今は煩悩を捨てて自分の事を考えろ!!)
「国民感情としてオルロック・ファシズの王妃に仕えることが苦痛だということは、私も無論理解しているつもりだよ。だけど、どうかな?君にとってそれと、小説を書けなくなる事や逮捕される事はどちらが嫌かな?」
「そ…それは―――」
小説が書けなくなることは絶対に嫌だし、逮捕されるなんて考えたくもない。
ぐらぐらと揺れる感情の中、まだ見ぬオルロック・ファシズの王妃への想像がムクムクと膨らむ。
<以下、ルッティの想像です>
王妃の部屋で机の端を指でなでると、凶悪な顔をした王妃がニタリと笑う。(顔はまだ見たことがないので、私の中で一番恐ろしいと認識されているお局先輩メイドの顔を代用)
「あらあ?こんな所に埃がたまっているわ。」
「も、申し訳ありません!!」
私は土下座をせんばかりの勢いで床に這いつくばって、許しを請う。だけど、王妃の顔は獲物を見つけた肉食獣の顔になる。
「謝って済む問題じゃなくてよ?まったく、神を信じるしか能のない民族というのは、ほとほと能天気で愚かだ事。ですが、何でも許してしまう貴方のお優しい神とは私は違いましてよ?」
いいながら王妃が取り出したるは、黒い皮でできた鞭。彼女がそれを空で一振りすると、ヒュン、バシンッと音だけ聞いても痛々しい様子が十二分に伝わった。
それを聞いて青ざめる。
「お、お許し下さい!!!どうか!」
「許すわけないでしょう?さあ、私が罰を与えてあげる。」
そうして、王妃は私に鞭を振り上げ―――
(きゃああああ!無理無理無理!私、痛いのとか絶対に嫌だから!!)
あまりの想像の恐ろしさに、現実でも青ざめる私はぶんぶんと首を横に振る。
「無理です!陛下、私には王妃付侍女なんてとても勤まりません!!」
「じゃあ、逮捕される?」
「それも嫌です!大体、この手の小説を書いているのは私だけではないはずなのに、どうして私だけ罰せられなければならないんですか!」
恐怖のあまり、もはや陛下に対する言葉遣いも気にしていられない。だけど、私も必至だった。
後書きは活動報告にてさせて頂いています。