その2
かの人はきっとこの世の人ではない。
輝く金色の髪は、まるで太陽の光を集めたかのように神々しく、オルドリンともフェリスタとも見紛う瞳は宝石より美しく、艶やかで滲み一つない肌は雪のように白く、絹のように滑らかだ。
それらで形作られた顔も体も、爪の先までまるで神に造られたかのごとく、寸分の狂いもなく完璧な美しさは、彼がその場にいるだけで全ての人を平伏させる。
そんなかの人が淫らに、艶めかしく乱れるその姿を独占するために、男たちは虎視眈々と野心を蓄え、愛憎を募らせる。それが美しくもおどろおどろしき『裏後宮』。
―――『美王様の裏後宮』第一巻より抜粋
世界王陛下のお姿を初めて拝見したのは、今から5年ほど前。
まあ、新聞の一面の写真を見ただけで、拝見したというのもおこがましいのかもしれないけれど、その姿を見た瞬間に私はビビビときた。
白黒で画像も粗い新聞の写真であっても、彼の美しさは霞むことなく鮮やかで、私の頭の中には雷に打たれた様な衝撃が走った。
同時に駆け巡った様々な空想という名の妄想…普通の娘なら、妄想しても精々自分と彼とのラブロマンスがいいところだろうが、私の思考回路の中ではすぐさま彼と彼をめぐる男たちの愛憎劇が展開された。
そして、私の頭の中だけでは納まりきらなくなった妄想が、気が付くと紙の上にぶちまけられ、少なくはない同じ趣味を楽しむ友達の間で大層な反響を得た後、それは彼女たちの協力を経て自主制作の本となって、あっという間に一部の乙女たちの間で人気となった。
(うんうん。あんなおいしいネタを目の前にぶら下げられたら、皆、妄想しないわけがないんだよね)
だけれど、当時、世界王陛下という希望に対してある種の畏れを抱いていて、それを形にするのが憚られていた部分はあったんだと思う。
それを形にしたのが、多分、私が最初だった。だから、第一巻はものすごい反響を得たんだと思う。
だけれど、第二巻が出たあたりでは、すでに世界王陛下をモデルにした類似作品が数多く存在して、まあ、私もしっかり楽しませてもらったけれど、私の『美王様の裏後宮』もその中に埋没する一つになってしまっていたんだ。
(だけど、私の妄想はそんなたくさんあるうちの一つとは訳が違うのよ!!)
新聞を見た瞬間に走った衝撃は今も忘れられない。
どんなに一生懸命その衝撃を言葉にしようとしても、いまいち上手く伝わっていない気がする。何かが足りないような気がしてならないの。
それは侍女として働き始めても変わっていない。私は毎日それについて数多を悩ませる日々を送っていた。そんなある日だった。
「ルッティ・エブリエ、話がありますから付いていらっしゃい。」
メイドというのもいろいろ種類があって、私は清掃を主な業務としている。その責任者の人に私は呼び止められたのだ。
ここで働き出していくらか経ったけれど、そんな人に呼び出されることが初めて私は何かまずいことをしたのかと、何気ない様子を装っていたけれど内心は心臓バクバクだった。
そして、私たちはとある扉の前で立ち止まる。
「ここからは貴方一人で行きなさい。」
そういって、さっさと私を置いていく彼女を呆然と見送って私は途方に暮れた。