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閑話 アイルフィーダの二つの困惑

アイルフィーダ寄りの第三者視点です

 さて、ルッティを颯爽と助けた世界王妃アイルフィーダ。また、この物語の中ではルッティにとって、最上の憧れの人物アルマリウスに瓜二つ(ルッティ独断でだが)のために、妄想の糧と化しているアイルフィーダ。

 そんなことは知らないまま彼女は、現在二つの要因に混乱をきたしていた。


「アイルフィーダ様?」


 だけど、二つ同時に混乱の解消はできないだろうと判断して、一つは後でルッティに聞いてみようと思い、まずは重要な事の方に意識を向ける事とする。


(どうして【こんなもの】がここに?)


 手の中にあるもの…キラキラと光るクリスタルの置物。一見するとちょっと洒落たインテリアか、どこぞの土産物のような風体だが、アイルフィーダにはそんなありふれた物には見えなかった。


「聞こえてますか~?アイルフィーダ様ぁ…あの助けていただいてありがとうございます!!あのお面野郎を踏みつけた時のアイルフィーダ様!!!もう、うっとりするほどかっこよくて…キャー!!」


 アイルフィーダの心あらずなのをいいことに、先程の事を思い出して一人ハイテンションで悶えるルッティ。

 そんな彼女たちをどうしていいか分からず、更に室内の異様な雰囲気に口を出せず、ただ見守るに徹するしかない兵士たち。

 立ち込めるぬる~い空気、それを断ち切る様に大きく音を立てて扉が開く。そして、それは無言のまま侵入してくると兵士たちを押しのけ、顔を赤らめ悶えるルッティを突き飛ばし、アイルフィーダに勢いよく何かを被せた。


「うわっ!…フィリー?」


 我に返ったアイルフィーダは、先程まではいなかったはずのフィリーの突然の登場や、頭から被せられた布に驚く。

 そんな彼女を憮然とした表情で見つめるフィリー。


「寝巻で後宮をうろつくな」


 と言われて、改めてアイルフィーダが布を見るとフィリーの上着だと分かる。どうやらこれを着ろという事らしい。別に寝巻と言われても隠れるところは隠れているし、むしろこれを着ると動きにくいんだけどと思いつつも、フィリーの無言の圧力に抵抗するのも面倒なので、大人しく袖を通す。


「君たちは一旦、部屋の外で待機していてくれるか?」


 美しく優しげな表情の底にうっすらと鬼気迫るものを滲ませるフィリーに、戸惑っていた兵たちが一目散に逃げ出していく。

 それを見ながら頭の上に大きな『?』を浮かべて状況を全く理解していないアイルフィーダに対して、ルッティは『陛下の焼き餅☆ですわね!』とテンションを一気にあげる。


「後宮の警備兵が王妃に後れを取るとは情けない。レグナに兵の訓練を強化させないとな」

「別に彼らは悪くないわよ。私がこういう状況にじっとしていられないだけの話でしょ?それより、さっきまで後宮にいなかった割に、ここに来るのが早くない?」


 アイルフィーダがルッティの悲鳴に部屋を飛び出た時は、まだフィリーは後宮には来ていなかった。すぐに報告は入るだろうが、執務室から後宮まで移動してきたというには少々早い。


「たまたま、お前が飛び出た直ぐ後くらいに帰ってきたんだよ。部屋にいた侍女が泣きそうになりながら、パニックになってたぞ」

「あら、可哀そうなことしたわね。後で謝っておかなくちゃ」


 言葉では反省していますと言いつつも、その声は非常に軽い。


「それにそんな物騒な武器を何処で手に入れた?」


 フィリーの視線はアイルフィーダの右手にある、細身の剣に向けられる。


「え?兵士さんに貸してもらったのよ?」

「貸してもらったじゃなくて、奪ったの間違いだろう。王妃に武器を奪われましたと半泣きの兵が廊下に転がってたぞ」

「あれ?そうだったかしら?私ったら…ごめんなさい。ルッティの悲鳴を聞いて無我夢中だったから」


 『ごめんなさい』に一切の感情がこもっていないアイルフィーダにため息をつくしかないフィリーと、それとは対照的に喜びをあらわにするルッティ。

 そんな二人を気にすることなく、アイルフィーダはあくまでマイペースに問いかけた。


「ねえ、ルッティ?」

「あ、はい!」


 にこりと笑いながら、アイルフィーダは手の中にあるものをルッティに見せる。


「これは貴方の物かしら?」


 それを確認したルッティは何の戸惑いもなく頷いた。その様子をアイルフィーダが注意深く見つめている事など露知らず。


「あれ、落ちてました?原稿を机に置いておく重石にちょうど良いんですよ!!」

「そう、重石…にしては、綺麗でおしゃれね。誰かからの贈り物かしら?」


 アイルフィーダの口調が優しいのでルッティは気にしていないが、フィリーにはアイルフィーダが何かを聞き出そうとしていることに気が付く。だが、たかが置物一つが何だというのだと、首を傾げる。


「いいえ、拾ったんです」

「拾った?何処で?」


 アイルフィーダは穏やかだった口調を急に変え、その表情も険しくする。

 ルッティも何事かと表情を強張ら…せるかと思いきや、何やらうっとりとした表情でアイルフィーダを見つめ返しつつ答える。


「えっと…後宮の庭です。アイルフィーダ様のトレーニング中に庭を見ていたら太陽の光に反射しているのを見つけまして…あの、アイルフィーダ様の凛々しい表情は眼福なのですが何かあるのですか?」


 するとアイルフィーダは今度は考え込むように眉を顰めながら、置物を見下ろす。ルッティもフィリーも訳が分からないといったように、顔を見合わせる。


「アイル、何が言いたい?」


 黙っていては埒が明かないと、問いかけるフィリーにアイルは置物を投げてよこす。


「置物に刻まれているサインを見て」


 それを危なげなく受け取って、『サイン?』と思いながらフィリーは置物を眺める。すると、アイルフィーダが言ったように、確かに石自体に文字が刻まれており、フィリーはそのサインに目を見開いた。


「ドクター・サルマン?!」


 声を上げたフィリーにアイルフィーダは苦笑する。


「魔導研究所にいた事があるなら、フィリーもやっぱり知っているわね。なら、あのマッドサイエンティストが自分の開発した発明品には、芸術家を気取って『作品』と称してサインを入れる事も知っているわよね?」

「ええ!?じゃあ、これって―――」

「そうレディール・ファシズじゃ知られていない人物だろうけど、サルマンと言えばオルロック・ファシズじゃ名の知れた科学者よ。頭に『狂』という文字が付く変人だけど、その発明はオルロック・ファシズの発展に大きく貢献している」


 どうやら、一見するとルッティが重石くらいしか役立ちそうもないと拝借した置物は、何やら怪しげな人物の発明品らしい…と理解してルッティもフィリーが持つクリスタルを覗き込む。

 だが、何度見たって何の変哲もない普通の置物でしかない。


「だが、どうしてそんなものが後宮に落ちていたんだ??」

「多分、落ちてたんじゃなくて、置いてあったんだと思う」

「どういう意味だ?」


 意味が分からないと言ったフィリーにアイルフィーダは続ける。


「フィリーも訳が分からないと言っていたでしょう?この間の<神を天に戴く者>たちが、どうしてああも簡単に転移魔導を使えたのか」


 城内には筆頭魔導師ヤウによる妨害魔導障壁が常に展開されている。

 それにより城内では簡単に魔導を使用することは難しく、特に転移魔導については妨害を強化している…にも関わらずアイルフィーダの言うように、<神を天に戴く者>に所属する侵入者たちは次々と転移魔導を使って城内に入り込んでいた経緯がある。

 その理由は調査を続けているが未だ不明で、フィリーたちも困惑の度を強めていた所ではあった。


「さっきの侵入者もそう。侵入者は私の前から転移魔導で鮮やかに逃げた。まるで妨害魔導障壁なんてないかのように…。これは私の推測にすぎないけど、多分、それを可能にしているのが『ソレ』だと思う」


 アイルフィーダはヒタリとフィリーの手の中にある置物に視線を据える。


「こっちに来る前の事だけど、軍事機密の一つとしてサルマンが新兵器を開発したものを見せてもらったの。それはクリスタルが二つあって、その片方の場所から、もう片方の場所まで、魔導妨害があったとしても、どんなに距離が離れていても確実に転移を可能にするというもの。転移魔導による移動ではなく、異空間にトンネルを作ることによる空間移動…だったかな?私も専門的な話はうろ覚えなんだけど、画期的な発明だったから良く覚えている。もし、侵入者たちがこれを持っていたとしたら、そして、何らかの方法で城内にこれをあらかじめ散らばらせて置いておくことができたなら、彼らが鮮やかに転移魔導で侵入したり逃げたりできたことが説明できる」


 考えを纏める為か、アイルフィーダは狭い部屋を歩きだし、机のあたりで止まる。


「それが私の推測通りサルマンの発明品だと思った時、目的は分からないけど、さっきの侵入者はオルロック・ファシズのスパイの可能性が高いと思った。発明品を見たのも、こっちにくるすぐ前で軍部でも実用化にも至らない時期だから、存在だって極一部しか知らないはずだもの」


 フィリーもそれに頷く。

 遠く離れているとはいえ、敵対する国のそんな画期的ともいえる発明が一般的になったのなら、世界王に情報が届かないはずがない。


「だけど、侵入者は私を『王妃』と呼んだ。オルロック・ファシズのスパイともなれば、私の元同僚の可能性は非常に高いのに、彼らが私を『王妃』と呼ぶはずがない。まあ、下手な演技をしている可能性もないとは言えないけど」


 それにあっという間に私に倒されるなんてあまりに弱すぎだったし、と付け加えるアイルフィーダのコメントにはとりあえず触れず、フィリーはアイルフィーダの意見をまとめた。


「要するに侵入者の素性の可能性として、オルロック・ファシズかレディール・ファシズの人間か選択肢がある訳だな。それもレディール・ファシズの人間であれば、<神を天に戴く者>に属する可能性がある……」


 フィリーはここで言葉を一つ区切ると、大きく息を一つ吐いた。


「更に言えば侵入者の素性如何にしろ、城内には妨害魔導障壁関係なく転移可能な装置がこれ一つと限らずある訳か…最悪だな」

「溜息つくと幸せが逃げるわよ」


 疲れた様子のフィリーに、アイルフィーダが茶化すようにそう言ったが、表情は彼を心配するようなものだった。

 それを見てフィリーは眉を少し上げて笑った。穏やかな表情を崩さない世界王らしからぬこんな笑みを、ここ最近アイルフィーダも度々目にしてきた。


「アイルフィーダさえ、その気になってくれれば俺はすぐ幸せになれるけど?」

「とりあえず、その置物と同じものが城内にないか探すのが先決じゃない?」


 フィリーの冗談めいた本気の言葉を、ニコリと笑って完全スルーを決め込むアイルフィーダ。そして、そんな二人の様子に息を顰めつつも、目を爛々と輝かせるルッティ。

 狭いルッティの自室に微妙な雰囲気が立ち込めたが、フィリーも状況が状況なだけに話をそれ以上引っ張ることはなかった。


「仕方がないが、今日は徹夜だな。ちなみにこの装置は誰でも使えるのか?これを使って違う装置の所に転移するのが、一番手っ取り早いんだが」

「私が聞いた時の説明だと【鍵】が必要だったわ。もちろん、改良されている可能性はあるけど…その辺り、詳しい事は私からオルロック・ファシズに照会しようか?」

「そうだな。頼む。だが、今日はもう遅いから、アイルはもう休んでくれ。状況報告はまた早朝に後宮に使いを送る」


 探索を手伝いたいのは山々だが、城内をくまなく探索する作業は多くの兵を投入するのが効率的となる以上、王妃であるアイルフィーダがそれに交じる訳にもいかない。


「ルッティ、君も賊が侵入した部屋で一人で一夜を過ごすのは嫌だろう。他に部屋を用意してもいいがどうする?」

「……とりあえず、アイルフィーダ様のお部屋に行かせて頂きます。何だか寝れそうもないですし」

「そうか。また、君にも話を聞くかもしれないが、後をよろしく頼む」


 そう言ってフィリーは出ていった。後に残されたのはアイルフィーダとルッティの二人だ。

 ルッティは憧れのアイルフィーダと二人きり、それも自室でというあまり普段にないシチュエーションに、理由もなく胸を高鳴らせるが、それは一瞬で凍りつくこととなる。


「ねえ、ルッティ。こんな状況でなんだけど、部屋に入った時から気になってて……この壁にたくさんある絵って、画風は様々だけどフィリーに似ているのが多くない?」


 困惑の理由のもう一つ、ルッティの部屋の壁に貼られたたくさんのポスター群を眺めながらアイルフィーダは尋ねた。

 それはルッティ愛読の漫画や小説の挿絵の作家たちの素晴らしき作品たち。更にアイルフィーダが言うとおり、デフォルメは多少なりしもあるが、フィリーがモデルだということが丸わかりなポスターも多い。


(げえええええ!!私ったら、色々ありすぎて自分の部屋の状況をすっかり忘れてた!!)


 侍女の自室と言えば掃除などは各自で行うのが常で、自身が招かなければ他人が入ることのない絶対領域に近い場所だ。その気安さから、小説を書く場としてだけではなく、狭い場所であろうが自分の大切な宝物を多数持ち込んでいたりするルッティ。

 その部屋は彼女には癒しの他の何物でもないだろうけど、たくさんの男たちが輝く美しさで絡むポスター、乙女が好む文字と絵で彩られた数々の小説や漫画。そして、その登場人物たちを何分の一かのスケールで再現したリアルな人形。そんなもので埋め尽くされた部屋は一般人からしてみれば異様な部屋としか言いようがないだろう。

 乙女的思考に支配されつつも、侍女としての良識も頭の片隅には存在するルッティにもそのくらいは分かっている。

 寧ろフィリーが良くこの部屋を見て突っ込まなかったと安堵すべきか…、いや、今は状況が状況だけに見逃してくれただけで、きっと後日何かしらあるに違いない…と、ルッティは人知れずブルルと震える。


「それに…えっと、原稿って言ってたけど、ルッティは小説を書くのね。ちょっと見てもいい?」

「そ、それは!!!」


 うっかり、フィリーの恐ろしさに震え上がっていて意識を逸らした隙に、部屋を見回していたアイルフィーダが、とりあえず部屋の感想についてはそれ以上述べずに、書きかけほやほやの小説を読みだしてしまう。


「あれ…これって―――」


 あまりの展開に完全に固まってしまったルッティが、原稿を奪い返すこともできずにいると、アイルフィーダは何かに気付いたように小首をかしげる。


(ジーーーーザースッ!!)


 ルッティは現実では完全に表情を無くしていたが、心の中では訳の分からない叫びと共に涙を滝のように流していた。

ルッティ番外編はこの後1話で区切りです。さて、突然ですがアイルフィーダに小説の事がばれた?ルッティは果たしてどうするのか?

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