その14
本編第八章後の展開に話が飛んでます。
怒涛の展開があった誕生祭後、城内は一見すると以前と変化がない日常を取り戻したかのように見えた。
相変わらず、ほとんどを後宮で過ごすアイルフィーダ様。ほぼ毎晩、後宮に通う世界王陛下。そして、その他大勢、諸々も変化なし。
そんな感じで確かに表面上は、何一つ変わっていないんだと思う。
だけど、それは無理やりに変わるまいとしているような、誕生祭にあったことは全て夢か幻かのように、皆が皆、そ知らぬふりをしているような、そんな不自然な白々しさを孕んでいる。
何しろ政治やら情勢やらに疎い私ですら、その白々しさに眉を顰め、その裏に潜んでいるピリピリとした緊張感を感じている今日この頃なのだ。
だ・け・ど!
私にとってはそんなもの、本当に、当たり前に、まったくもって、超、スーパー…段々重ねる言葉の意味が分からなくなってきたけど、とにもかくにも、どうでもいい事なの。
グレイはそういう裏事情的な事も王妃の侍女としてアンテナを張っておけと口うるさいけど、私がキャッキャとアイルフィーダ様にはしゃいでいれば、その辺りは面倒見のいいグレイが情報を仕入れてきてくれるに決まっている。
何もしていなくても入ってくる情報にわざわざアンテナ張るくらいなら、身近で次々に零れ落ちるラッキーショットを逃さないことに神経を要することの方が私には重要!
それに侍女やメイドの情報網、それも私の同属性の女たちのそれは多分グレイが思うより全然ディープで正確だったりするのだ。それに対してはビンビン、アンテナを張っている。
え?どうディープで正確かって?
そうね、例えば敬虔な教会の司教様と反教会派の【名もなき十字軍】の某幹部が幼馴染同士だなんて、あの事件がなければグレイは知るはずがなかったでしょうね。
実は少し前、教会の司教が【名もなき十字軍】に誘拐されたっていう大事件が起こったんだけど、その司教と彼を誘拐した主犯は少し前から、私たちの世界では注目されていた人物だったりしたのよ。
何しろ二人は中々の美男子同士で、幼馴染だったのに、大人になって相対する立場での再会…うふふ、聞いているだけで、色々妄想が広がる設定でしょ?
何処の誰が仕入れた情報かは知らないけど、その噂が出回って以来、私の仲間内ではこの二人を題材としたと思われる小説や漫画がチラホラ見られていたのよ。私もいくつか美味しく頂きました!
だけど、微妙にきな臭いなと感じたのは、何やら二人が密会を重ねたり、強い口調で言い合いをしていたなんて目撃証言が聞こえてきた辺りだった。
仲間内ではついに現実で恋人になった?とか、痴話喧嘩?とか騒ぎながら、キャイキャイと楽しませてもらったけど、その少し後に起こった誘拐事件のニュースに思わず食べていた朝食を噴出したのを覚えている。
―――敵対する陣営に属する二人が、それを乗り越えて愛し合うようになった。だけど、立場がそれを許さない。かくして、二人は手に手を取り合って逃避行。教会側はそれを誘拐として扱い、二人に追っ手を差し向けた
これって実は私が読んだ小説の大まかなあらすじだったり?
思わず妄想が現実になったのかと思って、ちょっと怖くなったくらいだった。
だけど、現実には愛の逃避行でもなければ、リアル・ラヴでもなく、敬虔な教会の司教様は苦しむ国民に教会という立場ではなく、【名もなき十字軍】として助けの手を差し伸べたいという思いからの脱走?みたいなものだったらしい。
その際に幼馴染で軍の幹部だった幼馴染を頼ったというのが現実らしいけど、教会の情報部よりも先行して、まるで事件を先読みしていた小説や漫画ってすごくない?
ちなみにその小説の作者は、先読みをするつもりもなく、ごく自然な妄想の結果、その小説を書いたんだと思う。対立する立場の幼馴染(男性同士)が急接近した結果、妄想した産物がその小説なだけ。
要するに私たちは結構重要な情報を、細やかな観察や、何気ない日常に萌える日々の中で知りつつも、溢れる乙女の感性で現実とは違うものに変換しているのだろう。
だけど、それをよくよく冷静に分析すれば、裏事情的な事も教会の情報部に引けを取らない情報の量と質で得る事ができる気がするのよね。
まあ、今までそういうものに興味がないからスルーしてきたけど、グレイが言うように私が萌えに萌えているアイルフィーダ様に関わる事なら、そうも言ってられない。
グレイからの情報や噂の類には、今までにない観点からも推測が必要だなと意識を新たにもしていたりする。だって、私は王妃付きの侍女だしね!
ちなみにそんな私の日常は、白々しい日常とは打って変わり大きく3つ変化した。
「99,100,101―――」
そのうちの一つ、後宮のど真中の庭園で一人、腕立て伏せに励む人影。
その人影が基本インドアな私じゃないことは当たり前で…というか、後宮の庭園で堂々と腕立て伏せしても咎められない人物は現在二人。
そのうち一人は日中はいないため、残るのはこの後宮にいるたった一人の妃。だけど、今までこの後宮でこんなにも堂々と腕立て伏せをしていた妃がいただろうか?
「153,154,155―――」
ちなみにこの腕立て伏せ以外に、既に腹筋にスクワットなどなど、私なんかでは10回も続かないであろうトレーニングをこなしていたりする。
私はそれをタオル片手に見つめているだけ…まあ、タンクトップに短パンという目にも美味しい姿で汗を流されているアイルフィーダ様は眼福だけど。
そもそも、どうしてこんな状況になったかと言えば、その強さが誕生祭の時、白日の下にさらされることとなったアイルフィーダ様。
騎士たちを差し置いて陛下を助け出したアイルフィーダ様の活躍は、事件に箝口令が敷かれようとあっという間に多くの人に知られることとなった。更にその後、陛下と何やら話をつけたらしいアイルフィーダ様は、その翌日からトレーニングをすると言い出した。
曰く『体がなまっているから、鍛えなおしたい』んだそうで…、まあ、そもそも後宮からほとんど出ることもなく、日がな一日ボーっとすることも多かったアイルフィーダ様なので体を動かしたいと思う事もあるだろう。
アイルフィーダ様の言葉を聞いた後宮の使用人たちは、それを比較的軽い気持ちで受け止めていた。
だけど、アイルフィーダ様が始めたのは、そんな私たちの想像をはるかに超えるトレーニングというか、もはや修行的な領域に入っているもので……一体、どこから出してきたのか分からないダンベルやら何に使うのか分からない機械を、部屋や庭に放り出すと嬉々としてそれにむかうアイルフィーダ様は、こういってはなんだけど私が見た中で一番輝いて見えたり、見えなかったり。
(ああ、少年のような笑顔頂き☆)
なんて心の中でだけ思ったことは内緒。
それにしても、元軍人という経歴の割に筋肉隆々という雰囲気ではないアイルフィーダ様だけど、その細く引き締まった体は私が想像もつかないくらい鍛えられたものだった訳である。
そのスタイルは羨ましいほど細く、それでいて女性的な曲線や柔らかさは残している。にも拘らず、厳しすぎる筋肉トレーニングを難なくこなすその姿は、今や色々な意味で後宮侍女たちの間で広く騒がれるほどになっていたり。
「一体、どうしたらあんなスタイルを保てるのかしら?」
「はあ…アイルフィーダ様、かっこいいわよねぇ」
変化その2がこれ。
うっとりと、はたまた羨望の眼差しの同僚を私は同意半分、面白くない気分半分で見やる。
ついこの間まで『オルロック・ファシズの人間なんて怖い』とかいっちゃっていたはずなのに、なのに、なのに!
この変わり身の早さってどうなの???と、グレイに愚痴ったら、
『お前だって王妃がアルマリウスに似ていると思った瞬間、変わったじゃねーか』
と痛い所を突かれた。
だけど、私の方が先にアイルフィーダ様のファンになったんだから、愚痴る権利は私にあり!まあ、アイルフィーダ様に好意的な人が増えるのは良い事なんだけどね?ただ、それとこれとは別問題っていうか。
『なんか最近、侍女の皆がやっと打ち解けてきてくれたような気がするの』
それにアイルフィーダ様は嬉しそうだし…うん、いいの。それに、
『これもきっとルッティのおかげね。彼女たちと私を取り持ってくれたんでしょう?ありがとう』
な・ん・て、にっこりと笑顔付でお褒めの言葉を言われたら、一生着いていきます!って気持ちにもなるってもんよ!(実際には私は何もしてないんだけど)




