その12
それは私にとってはまさしく鼻血ものの光景。すなわち、リアル・アルマリウス様降臨という興奮が、冷めやらぬ夜の事のことだった。(実際、薄ら鼻血を出してしまったことはご愛嬌ということでご容赦を)
そもそも、今日という日はすごすぎた。
平和といえば聞こえはいいけど、ひたすらに退屈な日常から一転、妄想の中だってそうありえないくらいに立て続けに起こったイベント、もとい事件。
思わず色々なフラグを妄想しちゃ…まあ、それは置いておいて。その多さに傍観者の立場の私ですら少々疲労気味。(私を疲労させるなんて相当よね)
その内容を振り返ると、まずは巫女リリナカナイ様との火花散る女の戦い。
総合的に判断して今回はリリナカナイ様に軍配が上がった感じもするけど、そもそも巫女の離宮じゃ、アイルフィーダ様にとってはアウェイも同然!そんな中で最後まで毅然としていたアイルフィーダ様は女性という面から見ても、とてもカッコ良かった。
お次は近衛団長レグナ様や騎士ランスロットとの一悶着。
アワアワする男二人を手玉に取り翻弄する。あれぞ私が大好きなスイッチが入ったアルマリウス様そのもの!
更には襲い掛かる侵入者!!あれは私もビビりまくった。
まさか、城内にあんな堂々と侵入者が現れ、事もあろうにアイルフィーダ様のお命を狙うだなんて!!
正直、あっという間の出来事過ぎて、アイルフィーダ様が雄雄しく、勇敢だったことくらいしか、私には理解できなかったけど、私達侍女を庇ってくださったアイルフィーダ様は本当に素敵。
あれには私だけでなく、同じように庇われた侍女たちも感銘を受けたようで、彼女たちとこっそり後々はアイルフィーダ様のファンクラブを結成しようと約束した。(誕生祭が終わったら、打合せする予定よ)
ああ、なんて濃密な一日!!今日を思い出すだけで、私は妄想のおかずにしばらく事欠かない。
だ・け・ど!今日という日は、これだけに留まらないわ!!実は更なる私的メインイベントがこの後、待ち受けていたの。
―――それはアイルフィーダ様と陛下の……きゃっ!恥ずかしいぃいい!
はっ、失礼。興奮しすぎて、思わず前後不覚に…ちゃんと順を追って説明させて頂きます!
そのイベントの始まりは、まあ、今説明したとおりのハードスケジュールにさすがに疲れたと言って、ご入浴された後、早々に眠りにつくことにしたアイルフィーダ様。
後宮に侵入者が現れたということで、陛下のお渡りを私に断るように申し付けた時は、すでにそのお顔に疲れが滲み出ていた。今までは思ったことがなかったのに、そんなくたびれた表情すらキュンときてしまうなんて、乙女の夢って盲目☆
そんな理由でアイルフィーダ様の願いを本日の後宮の警備の責任者であるレグナ様にお伝えして、ちょっと時間が経ったころだった。
アイルフィーダ様が寝てしまったとはいえ、交代の時間(基本、王妃様には24時間侍女が付いているので、夜から明け方にかけては私以外の侍女が控えの間で待機している)までは後宮に留まらないといけない。
アイルフィーダ様も眠ってしまったことだし、とりあえずは落ち着いて今日の出来事を整理しようと思っていた矢先、廊下がにわかに騒がしくなったのだ。
『―――ぃ。ま―――フィ』
段々と近づいてくる声に、まさかまた侵入者かもと様子を見るために扉を開けた瞬間、目の前に現れた人物に息を飲んだ。
「やあ、ルッティ。アイルフィーダは部屋にいるか?」
そこにいたのは、夜の暗く、兵士だらけの物々しい雰囲気の廊下であろうと、一段と煌びやかな空気を纏うフィリー陛下。
彼の周りだけキラキラ輝いて見えるのは、私の目がおかしいの?それとも、頭がおかしいの?
私の趣味を否定するしかしない人たちは(別に理解してくれとは言わない。だけど、それを悪い事だと決めつけられる覚えはない)、妄想モードに入ってしまった私を奇異の目で見て、笑い、嘲ることを隠しもしない。だから、グレイや趣味友の前以外では私はそういう自分をなるべく隠すようにしてきた。
でも、誰におかしいと笑われても構わない…今はそう思っている。
陛下に会えた衝撃、そして、今はアイルフィーダ様に仕えられるという興奮が全てを上回っているから、この輝きが興奮がときめきがなくなってしまう方が、私にとっては身を切るほどに辛いと本能が叫んでいるから。
だから、陛下を目の前にして湧き上がる笑みを耐えることも、アイルフィーダ様相手に自分の妄想も隠すことも、全部やめよ。やめ!
「ルッティ?」
「え、あ、はい!」
でも、仕事だって重要。(使えない奴とアイルフィーダ様付きから外されたら、今となっては目の当てられない)
自分で言うのもなんだけど、相当怪しげな笑みを浮かべていただろう私を訝しむような陛下に、すぐさま返事を返す。
「ですが、アイルフィーダ様は既にお休みになっていますが」
「そう。じゃあ、寝室だね」
そういうと何の躊躇いもなく、寝室に足を向ける陛下。
(ちょっと待て!)
その躊躇いの無さ加減に数秒呆気にとられた後、かろうじて声には出さずに突っ込む。
アイルフィーダ様が自分の心細さを推して、陛下のお渡りを断腸の想い(←ここ重要)でお断りしたというのに、それをぶち壊す様な事をするなんて!
……ん?でも、待って、私。このままいけば、寝室に陛下とアイルフィーダ様が二人っきり。それも、わざわざアイルフィーダ様のお気遣いを無にしてまで、陛下が後宮に来た理由は…まさか、陛下も色々限界っていう事なのかしら??ということは…こんな展開もありってこと???
<以下はルッティの妄想です>
疲れて眠りに落ちていたはずなのに、誰かが近くにいる気配に王妃は身じろぎをして眠気眼を僅かに開く。(ちなみに私の妄想の中の王妃=アイルフィーダ様はとりあえずアルマリウス様仕様なので、身体的には男性。設定としては美王の正室(男)って感じかなあ?まあ、まだ設定をあやふやで、名前もとりあえず保留で)
「起こしたか?」
ぼんやりとした意識に涼やかな声と共に、何かが優しく頭を撫でる感覚。それを心地いいと感じつつ、次第にはっきりしてくる意識に王妃は飛び起きた。
「陛下?!どうして!!」
「どうして?そんな当たり前のことを聞くのか?」
疑問に疑問で返しながら、美王は王妃の長い髪の一房を取るとそれにそっと口付ける。そんな気障ともいえる仕草が妙に様になっているのと、そんなことができてしまうほど近い距離に王妃は動揺し、顔を赤らめる。
騎士を圧倒し、侵入者にも屈することのない雄雄しい王妃のそんな愛らしい姿に美王は相好を崩す。
「心細くしているだろうお前を慰める役目を、他の男に任せる訳がないだろう?」
「なっ!?」
「それとも何か?お前は我が妃でありながら、それを他の男にさせるというのか?」
そんなつもりがないことは百も承知だが、普段は感情の色を見せない王妃の珍しい表情に美王の加虐心は酷く刺激された。
(さて、これからどう出る?そんなことはあるはずがないと泣くか?それとも、その高いプライドが邪魔して、怒りだすか?)
これまで数々の恋の駆け引きをしてきた美王には、この後の展開など容易に想像がつく。だが、予想が付くそんな反応すら、この王妃に至っては見てみたいと思わせる何かがある。
その理由を美王はまだ掴めていないが、胸を去来するその感情は彼を不思議と暖かな気持ちにさせた。
「慰め…ですか」
だが、返ってきたキョトン顔は美王が想像したどのシチュエーションとも違うものだった。
「その必要性を私は全く感じなんですけど……ていうか、この手は何ですか?」
心底の疑問を口にしたというのに、何やら面白いものを見つけたかのように笑みを浮かべて、更には太もも辺りで動く不埒な手を跳ね除け、その主を睨み付ける。
睨まれた美王と言えば、王妃の予想していなかった反応に嬉しいやら、楽しいやら。鈍いのか、はたまた、演技をしているのかは知らないが、どちらでも構わない…そんな彼にしては珍しい感情抱いていた。
その感情は王妃が物珍しいだけなのか、彼を好ましく思っているからなのか、美王自身にも判じる事は出来ない。だが、今はそれもどちらでもいい。
彼にとっては、この目の前で冷静を装いつつも、明らかにテンパっている王妃を如何にして喰うか…今はそれだけが大事なのだ。
「ちょ、ちょちょちょ、待って!待ってください」
手を撥ね付けようが、体を押しやろうが、無言で何度も迫ってくる美王にさすがの王妃もジタバタと暴れ出す。
彼が本気になればこの不埒な男を叩きのめす事くらい簡単だ。だけど、今まで一度たりとも彼に手を出そうとしてなかった王の突如の変化に驚き、慌てている彼は微妙にいつもの自分の力を発揮できない。
あれよあれよというまに広いベッドの奥まで追いやられ、気が付けば完全にマウントポジションを取られている状態。
押し倒し、押し倒される者同士が無言で見つめ合う。
百戦錬磨な色気を醸し出す美王と、そんな彼の雰囲気に完全に飲まれごくりと唾を飲み込むしかない王妃。そんな彼を見て、殊更淡く微笑むと美王はそっと囁く。
「お前は可愛いな」
吐息を漏らすように発せられた甘い甘い言葉に、免疫のない王妃は今度こそ完全に固まった。体も、心も。
だから、反応できない。微笑みながら段々と近づいてくる美王の美しい顔も、体を這いまわる手も、王妃はただそれを固って享受するしかできず…そして―――
<以上、妄想一旦中断>
……うーん。未だにいまいち、アイルフィーダ様も陛下も性格が掴み切れなくて、妄想の方向性がはっきりしないわ。これじゃあ、ただ二人が絡んじゃうだけの普通の十八禁小説と変わらないわ。(私は大好きだけど)
それにこのシチュエーション。何となく、どこかで見たことがある気がしてならないと思ったら、完全に『はぐれ騎士物語』のアルマリウス様とその恋人リヒャルのやり取りと同じかも?
まあ、元々アイルフィーダ様と陛下が、二人に重なる部分はあるから仕方ない部分もあるのかもだけど、ただ、それだけしかないなら単なる模倣と変わらない。
『はぐれ騎士物語』のお二人は大好きだけど、私はまた別なものを表現したい!プリーズ、オリジナリティ!!
『美王様の裏後宮』の設定を継続していけば、たくさんの側室のいる美王が、ついに本気の愛に目覚める的な展開になるのかな?
政略結婚の相手(アイルフィーダ様)に反発しつつもいつの間にか惹かれあうっていうのは王道中の王道な展開よね。
だけど、それじゃあ新鮮さも何もない。まあ、もちろん、王道展開っていうのは誰しもが求めている展開なんだから、それはそれでいいんだけど…何となくアイルフィーダ様と陛下だとその斜め上をいく展開が待っている気がする。
(私の妄想の限界を超える展開が……あの扉の向こうに―――)
なんて、思いながら私は陛下が消えていった寝室の扉を盗み見る。(別に私以外は誰もいないので、盗み見る必要は全くないのだけど)
ねっとりと見つめたところで、さすがの私も透視能力はないので、扉の向こうは何も見えない。しかも、物音一つしないので、中で何が起こっているか外からでは全く窺い知ることはできない。
(……ちょっと、くらいならいいわよね?)
『うん』と私の心の中の問いかけに、私の欲望が勢いよく返事をした。
次は出歯亀編(笑)