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その11

 アルマリウスはプライドが傷つけられ激昂するファウゼンに向かって、それは清々しく笑っていった。


「貴方が強い?……ハハ、笑わせるなよ?」


 それまでまるで借りてきた猫のように大人しくファウゼンの嫌味を耐え忍んでいた優男の突如とした反撃に、それまで威圧的だったファウゼンはたじろいだ。

 そこにいるのは女性と見紛う弱弱しい青年ではなく、自信と経験に裏付けされた戦う強さを持つ男の気配。

 どれだけの猫を被っていたのかは知らないが、あまりの変わりようにファウゼンは目を白黒させて呆気にとられるしかない。

 その間抜け面には、先ほどまでアルマリウスを侮り、蔑んでいた時の表情の面影はなく、その様子を見てアルマリウスはより一層、その穏やかな容貌に嫣然とした笑みを深めた。

 その美しさと強さに怯えるように身を竦ませながらも、ファウゼンは高鳴る鼓動を感じていた。



<場面変更>



「アルマリウス、逃げて!!」


 立ちはだかる敵を前に、自分を逃がそうとするファイの悲鳴に似た声をアルマリウスは黙殺した。敵が狙うのは間違いなく彼であり、寧ろ叫んだファイをそれに巻き込むわけにはいかないのだ。


「貴方に何かあれば、私がリヒャル様にお叱りを受けるのよ!お願い、貴方だけは―――」


 彼女を守るように敵の前に立ち動こうとしないアルマリウスに、縋りつくように告げるファイの言葉は、しかし、最後まで発せられることはなかった。

 しびれを切らして放たれた敵の攻撃が二人に向かって一直線に突進してくる。

 アルマリウスに気を取られ、敵の攻撃に反応が遅くなったファイは瞬時に自分が逃げ切れないと判断し、襲い来るだろう衝撃に身を固くした。

 だが、衝撃は予想していたものとは、別方向から、その規模もかなり縮小して訪れた。気が付くとファイは地面に倒れこみ、自分を襲うはずだった攻撃は背後にあったはずの木々を薙ぎ倒している。

 何が起こっているのか分からなくて、混乱する彼女の耳に聞こえる涼やかな声。


「どこを狙っている?貴様の相手は俺だろう?」


 声のする方に視線を向ければ、悠然と相手を挑発するように軽口をたたくアルマリウスの姿がある。それを見て、ファイは自分が彼に付き飛ばされて攻撃を避けられたことを知った。

 護衛対象者に助けられるなんてもっての外。ましてや、彼は彼女の主にとって一番大切な人間となるかもしれない相手。だが、このままではその相手は、自分を守るために敵に向かっていくこととなる。


「だめ!!アルマ―――」


 彼を止めるために絞り出される声。だが、その声はまたしても黙殺され、アルマリウスはファイに背を向けて走り出した。



▼▼▼▼▼



「ふひゃ~~」


 活字を読んでいるだけなのに、上がってくる体温とテンションを我慢し損ねて、自分でも訳の分からない声が上がった。

 でも、どんな声が出たって気にならない。何故なら今は乙女の羞恥心より、この『はぐれ騎士物語』が私は好きだぁ!!という気持ちが勝ってしまうから。

 私の中のそんな熱い感情は、城内にある自室のベッドの中で漏れる声と笑みを何とか抑えようとして、抑えきれないでいた。

 いつもは全部で十八巻ある物語を日をかけて初めから終わりまで読むのが習慣で、飛ばし読みなんて邪道だと思っている私。だけど、今日ばかりは見たいところだけを拾い上げて、何度も目を通す。

 該当箇所は今まで何度も読み込んでいるし、更に割と好きな部分でもあったので、何巻のどの辺りにあるかすぐに分かる。


「ウイフフフ」


 そこを何度も見ては漏れる、自分でも気持ち悪いと思う奇妙な笑い声。

 何せいつもは文字を追い、それを頭の中で映像化する場面が、今日は現実でお目にかかることができたのだ。それもリアル・アルマリウス様が…あああ!!!

 きりりとしたあの横顔を思い出して、私は再びベッドの中で悶え騒いだ。


―――ガン!!


 薄い壁の向こうから壁を強く蹴る音。それは騒ぐ私に怒りをあらわにする隣室の侍女仲間の無言の攻撃というやつで、瞬時に動きと息を止める。しかし、次の瞬間には顔がにやける。

 部屋の薄明かりに浮かび上がるのは小説の挿絵。敵と相対し、不敵な笑みを浮かべるアルマリウス様の横顔が大きく描かれているそれに、改めてホウッと息を吐き出す。


(どーして、今まで気が付かなかったんだろう?)


 グレイに指摘されるまで、その可能性すら疑っていなかった。

 挿絵はこの手の小説仕様のため、正直、現実の人間離れした美形として描かれているアルマリウス様ではあるけど、その髪や目の色、雰囲気なんかがアイルフィーダ様に似ているのだ。

 アイルフィーダ様は確かにこれと言って特徴がない顔をしているけど、それは良く言えば真っ新な状態ということで、考えるに化粧映えするタイプ…じゃないかなぁと思ってみたり。そもそも素材は悪くないとは思っていたの。

 アイルフィーダ様がお洒落に興味がないのか、はたまた侍女である私を信用していないのか、私にその手の相談が持ちかけられないどころか、着替えや化粧を手伝ったことがほとんどないので確信は持てないけど(だって、アイルフィーダ様、何でも自分でやってしまうんだもん)、あそこをああして、ここをこうすれば…うん、私の予想だとアルマリウス様に限りなく近い感じも不可能じゃないと思うんだよね。


 そんな感じでグレイに言われたその日から、意識してアイルフィーダ様を見ていたら、段々とアルマリウス様とダブって見えるようになり、それは今日、完全に重なった。


―――重なったもの、それは『私の大好きな笑顔』


 それは何度も見すぎて端がよれてしまっているページに描かれた、アルマリウス様の笑顔が全面に描かれている挿絵。(ちなみに保存用がもう一冊あるので、思わず涎が垂れても大丈夫)

 彼の持ち味を存分に表現して男性であるはずなのに、女性真っ青なほど美しく描かれている笑顔。それでいて、何故だか、そこらの厳つい騎士なんかより酷く頼りがいがあって、それでいてぞくりとするほどの色気すら漂わせたこの笑顔は私の中で三本の指に入るくらいお気に入りの挿絵。


―――今日、アルマリウス様に重なったアイルフィーダ様は、この表情によくにた笑顔、いや、正しくこの笑顔を浮かべた


 これまでいまいち何を考えているか分からない感情の見えない表情から、鮮やかに変わったその笑顔に私は一瞬で魅入られてしまった。

 あのプレイボーイと名高い巫女付きの騎士ランスロット(顔はいいけど、軟弱すぎる雰囲気とグレイから聞き及んでいる数々の悪行に私はあまりいい印象を持っていない)をコテンパンに叩きのめし、襲い来る侵入者には毅然と立ち向かい続けたあのお姿!(詳しくは『愛していると言わない』本編第四章参照)

 生き生きとした笑顔を浮かべ、まるで別人かと思えるほど人が違って見えたアイルフィーダ様に、私は一撃で心臓を打ち抜かれた。

 リアル・アルマリウス様なんて現実には存在不可能だと思っていたけど、アイルフィーダ様は私にとっては、まさに生きる神!!だって、自分が一番憧れている存在の権化のようなものじゃない?!

 それに私は見てしまったのだ。


「うふふふふ」


 布団にもぐりこみながら、それまでのスランプが嘘のように満ち満ちてくる妄想。うん、もういいよ妄想で!何が悪い?妄想で!!

 なんてったて、リアル・アルマリウス様なアイルフィーダ様と、私の妄想の帝王たるフィリー陛下のラブシーンよ??ああ、覗き見た様子の美しい事!!

 好物を二つもぶら下げられた上に、それを殊更に美味しく料理されたようなまさに据え膳状態の光景は、スランプなんてぶっ倒して、ゴミ箱行きにしてしまった。


 かくして、私はこれまで構想を練っていた全てを破棄して、新しい物語の構想を頭の中で練り始めたのである。

次話からは『愛していると言わない』本編レグナ視点話で謎のままになっていた、フィリーはアイルフィーダに何をしたか?の謎に迫ります。ですが、あくまでルッティ視点によるものなので、脚色激しい展開となりますのでご容赦を(笑)

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