表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/20

その10

今回はルッティの妄想は小休止。

「で、俺の所に来たのか?」


 仏頂面、甚だしい顔の男の問いかけに、私は戸惑いなんて一切なしに頷く。

 彼をあまり知らない人間はこの顔と雰囲気に気圧されがちだけど、付き合いが長い私からすればこんなの気にするほどのものじゃない。うん、いつもの彼の他の何者でもない。


「わざわざ騎士の宿舎まで来て俺を呼び出したかと思えば、こんな下らない理由で―――」


 言いながら、わざとらしく溜息をついてくる。


「何言っているの。ものすごい大問題じゃない」


 本当に『何言っているの』だよ!これ以上の問題なんて、そうそうあるはずがない。そう言い切ると、ガクリと仏頂面のまま肩を落として、降参するように両手を上げた。

 彼の名前はグレイ・アズレイ。私の幼馴染で、巫女付の騎士という華々しい場所にいる青年だ。

 ちなみに幼馴染と言っても商家出身の私と違って、お貴族様のご令息だったりする。

 どうして、そんな身分違いの幼馴染がいるかといえば簡単な話で、母親同士が身分を超えた友情で結ばれていて、気が付くと私たちもそこそこ仲の良い幼馴染として定着していたというだけのことなんだけど。

 そんなグレイは友情の賜物と言おうか、昔から私の妄想…いやいや、乙女の夢を否定しないたった一人の男子だった。

 ちなみにこれを言わないと後で怒られるので言わせてもらうと、グレイ自身はその手のものを愛好している訳じゃないらしい。彼的には、


『別に俺に迷惑がかからないんなら、勝手にすればいいんじゃない?』


 といった立ち位置に自分がいるとしている。

 私的には乙女の夢を理解する男性っていうのはポイントが高いと思うんだけど、その辺りをグレイは頑として譲らない。……私の持っている小説や漫画も抵抗なく読んでいるから、ていうか積極的に読んでいるような気がするから、愛好家だと私は思うんだけどなぁ。別に男子が好きでもいいじゃない…ねえ?

 ちなみに、どうして私の趣味がグレイにばれたかと言えば、常日頃持ち歩いていた乙女のバイブルが偶然彼の目に留まったせいなんだけど、その時のグレイと言えば、


『お前、俺に、こんな妄想してたりしてたのか?』


 嫌悪とか、否定とかじゃなくて、そんな言葉が妙に真面目くさった顔から発せられたときは、思わず口を開けたまま固まってしまった。

 こういっては何だけど、色々美味しい要素をちらほら持っているグレイではあるけど、彼には決定的な欠点があるんだ…フツーなんだよね。顔が。いや、不細工って訳じゃないのよ!!うんっ、別にフツーは悪い事じゃないし…まあ、私は美しいものが大好きだけどね!

 うん?待てよ…世の中には平凡な主人公が美形に言い寄られるっていう王道もあるくらいだから、妄想するのにフツーでも全然問題ないわ……てことは、やっぱり私とあまりに距離が近すぎて妄想できないってことなんだろう。深く考えたことないし、考えるつもりもないけど。

 とにかく!そういう対象で見たことがないというか、そういう考えを思いつきもしていなかった私は、グレイのある意味非常に自意識過剰な危惧に対して、それは絶対ないと断言した。

 きっと、安心すると思っていたら、それはそれでグレイは何とも微妙な表情を浮かべて、私にしては珍しくその心情を測りかねたことが記憶に残っている。


 顔は怖いし、何事に関しても妙に真面目なのか、適当なのか、長い付き合いだけど未だに判別しにくい幼馴染だけど、昔から私のどんな我儘にも付き合ってくれたので、趣味がばれたことをきっかけに、書き溜めていた小説を初めて見せた。

 当時の私は本当に自分だけが楽しむためだけに小説を書いていて、誰かに見せることに勇気を出せずにいたんだけど、その辺り、グレイなら大丈夫だという変な安心感があったんだと思う。

 かくして、拒否されるかもとも思ったけど、意外とあっさり私の処女作(今となっては封印したい駄作)を読んだ後の一言もまた忘れられない。


『これを読んでも気持ちが変わらないって、俺も相当だよな』


 何のことを言っているかさっぱりだけど、その後に続いた感想は至極まっとうだったので、小説を書き続けていくにあたって、グレイの書評というのは中々役に立ち、小説の事にとどまらず(主にはそれだけど)何かに行き詰ると気が付くと私はグレイに相談することがあたり前になっていた。(だって、結構真剣に相談に乗ってくれるし)


―――だから、この原因不明のスランプにぶち当たった今、グレイに相談をしに来たというのに


「どーして、何も言ってくれないの?」


 自分でも相当不細工な顔をしているだろうなと思いつつ、ぶーたれると表情は変わらないけど、呆れたようにため息を吐いてグレイは言う。


「そんなもの自分でどうにかしろ」

「どうにかならないから、相談してるんじゃない!!」


 いつになく突き放されたことに、かっとなってると、冷静な視線のまま彼は私を射抜いた。


「『どうにかならないから』じゃなくて、『どうにかしようともしない』の間違いだろう。スランプなんて往々にして他人がとやかく言った所で解決しないのが定石だ。俺に相談したところで解決策は見えないぞ」

「ヒドイ!アルマリウス様ならそんな事、絶対言わないし!!」

「空想上の生き物と俺を同列に並べるな」


 『アルマリウス様』というのは、私の永遠のバイブル『はぐれ騎士物語』の主人公の名前で、私にとっては永遠の憧れ的存在なの!!

 語りだすと丸3日は時間が必要だから、とりあえずはアルマリウス様の設定だけ軽く説明するわね。

 『はぐれ騎士』という騎士でありながら、王や貴族ではなくて困っている人のために剣をふるう型破りな青年アルマリウス様は、女性のような繊細なお顔立ちで、覇気ややる気はなく、弱そうで、全然頼りがいもない感じなんだけど、いざ剣を持って戦うとなると、鬼のように強く、悪人をばったばったと爽快に打倒したかと思えば、不器用な優しさで苦しんでいる人々を救ってしまう、スーパーヒーローだ!

 それでいて物語の中では彼には様々な辛い過去が彼に影を落としつつも、それに立ち向かう勇敢な姿…それに恋をする様々ないい男たち…ハッ!軽くと言ったのに結構語ってしまったわ!!

 まあ、確かにそんなアルマリウス様とグレイを比べること自体、無意味すぎるだろうけど。それとこれとは話が違う。


「何よ!」


 返す言葉が咄嗟に出なくて癇癪を起こしてしまう私に、グレイがまた大きくため息をつく。それがより癪に障る。


「……はあ。いいか?小説書くことも大事かもしれんが、お前も王妃付きの侍女なんて大役任されてるんだから、今はつまらない失敗だけはしないようにしろ。王妃に何かあれば侍女であるお前にだって責任がかかってくる」

「何かって?」


 含みのある言い方に、怒りを忘れて首を傾げる。


「別に具体的に何かある訳じゃないが、王妃はオルロック・ファシズの人間だ。それを快く思わない人間は多い。そういった害意がいつ襲ってくるかわからんだろう。まあ、後宮の中にいるなら、問題ないだろうが」

「それなら、大丈夫よ!アイルフィーダ様、私がこうして悩むくらい、大人しくて、いい人だもの。あの調子だと、このまま一生、後宮から出ないんじゃない?」


 その従順さはある意味、不幸なほど無個性だ。

 いっそ暴れたり、脱走でもしてくれたら、面白いネタが手に入りそうな気もするけど、そうなればグレイが言うように私にも監督不行き届きのお咎めがあるだろう。ある意味、ないもの強請りなんだろうとは、自分でも自覚している。何より…


『彼女が後宮から出ないように、見張るのが君の当面の仕事かな?もしもの時は…分かっているね?』


 爽やかな笑顔の裏で、言い知れぬ圧力を滲ませたフィリー陛下の言葉が思い出されて、ゾゾゾと色々な意味で寒気が背中を走った。


「はあ…王妃付きの侍女なんてやっぱりやめておけばよかったかも」


 確かに陛下に会えたり、ラッキーショットに出くわしたり、王妃付きの侍女じゃなきゃ拾えないネタはたくさんあるんだろう。

 だけど、あの後宮の閉塞感は半端ない。ほとんど毎日同じ人間しかおらず、変化のない毎日は刺激がなさ過ぎて、アイルフィーダ様ではないにしても私だって退屈で死んでしまいそうだ。


(アイルフィーダ様はよくあれで怒りださないわよね)


 そうされても困るけど、外に出られない事に寂しそうに笑うアイルフィーダ様の表情を思い出して、私は小さく息を吐いた。

 そんな私を見てグレイは少し意外そうにする。


「何だ。お前、王妃の事、嫌いなのか?」

「別に嫌いじゃない…なんていうか好きとか嫌いとか、そういう感情が湧く以前の問題かなあ?」


 要するには無関心なんだろう。

 ネタにもならないし、かといって主従としても私とアイルフィーダ様では関係が希薄すぎるんだと思う。


「何でそんなこと聞くの?」


 問い返す私にグレイはほんの少し言い淀んで(表情は変わらないけど、私にはそう見えた)答えた。


「王妃はお前の好きなその【アルマリウス様】に似ているだろう?」


 だから、てっきりファンにでもなっているんじゃないかと思っていたと仰るグレイに私の思考は完全停止した。

H24.7.9 脱字訂正しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ