その9
『おーほっほほ!レディール・ファシズの愚か者たち、私の前に跪きなさい!!』
甲高く声を上げながら、ビシリと鞭を振り回す漆黒のドレスと赤い口紅が似合いすぎる美女。
『ははあっ』と思わず平伏したくなった瞬間、美女は霧散して代わりに違う人影が現れる。
「貴方が私の侍女をしてくれる人?」
のんびりとした口調で、にこりと笑みを浮かべるその女性。
美しくもなければ、醜くもない。強いて言うなら全体的に色々なところが薄い印象を受けるその女性の手には当たり前だけど鞭はなく、侍女として仕えるのであれば、本来『ああ、優しそうな主でよかった』と思うところなんだろう。
だけど、それを見てとりあえず私が思ったことは
(……チッ普通すぎてキャラとしては使えないわね)
これが私の主である世界王妃アイルフィーダ様への第一印象。
一応、分かっているのよ?これが普通の侍女としての感性からはかけ離れていることぐらい。
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アイルフィーダ様は私がビクついていたのが馬鹿らしくなるくらい、普通だった。
レディール・ファシズの人間だからって私を虐げることもなく(寧ろ私たち仕えている側の方が余程アイルフィーダ様を差別している)、我儘をいう訳でも、恐ろしい儀式をする訳でもない。本当に私たちと変わらないごくごく普通の女性。
「私はアイルフィーダと言います。これからよろしくお願いします」
普通すぎて侍女相手に敬語を使われた時はビックリを通り越して、悲鳴を上げてそれを止める羽目になるくらい。
後宮の侍女達はオルロック・ファシズの王妃に仕えるのは嫌だという感情は捨てきれないようだけど、何も問題を起こさないアイルフィーダ様にとりあえずは安堵の色が濃い。
(はあ…がっかりしているのは私だけよね)
いや、まあ、ねえ?勿論、私の想像通りの王妃様、もとい女王様でなかったのは良かったわよ?うん。
オルロック・ファシズの人間というだけで怖い人を想像していたのが、今となっては申し訳ないくらいアイルフィーダ様は模範的な主だ。
だけど、これとそれは別問題。美王様に嫁いできた王妃を次の作品に採用する予定だった私は、そのモデルをアイルフィーダ様にしようと思っていたのに、今のままのアイルフィーダ様ではどうしようもない。
ならば、アイルフィーダ様をモデルにするのをやめれば?とも思うんだけど、それはそれでありきたりな感じしか思いつかない。
先日、陛下にお会いしてインスピレーションは確かに爆発した。
自分の持つ語彙が少ないことを悔いるくらいに湧き上がってくる言葉と想像。更には美王様のお相手にもここしばらくは事欠かない。
秘書官のオーギュスト様にウォルフ様、近衛騎士団長のレグナ様を始めとした騎士様、魔術師部隊だってよくよく見れば粒揃い…何から書き始めていいやら、本当に迷っちゃうくらい!
そんな感じでお相手に合わせた妄想やらシチュエーションは様々に想い浮かぶんだけど、そこに先日お会いしたフィリー陛下を当てはめた時、どうにもしっくりこないのよ。
(どうして???)
今まではそんなことに悩むことなんて一度もなかった。
まあ、ある意味、自分が書きたいものを勢いだけで書いていた節があるから仕方ないのかもしれないけれど、妄想は浮かぶのにいまいち気乗りしないなんて私も自分で自分が気持ち悪かったり。
だから、気分転換に美王様と恋人たちを邪魔するキャラクターとして王妃を採用しようと思っていたというのに、これではあまりにインパクトに欠ける。
だって、例えば…うん、美王様の恋人役は昨日手に入れた連日ブロマイドが宮廷内で300枚売れているという魔術師団きっての美少年ユイアーノ君。
明るく愛くるしい様子ははそこら辺の美少女顔負けで、まさに紅顔の美少年ということばがぴったり!金髪に近い茶色の髪に紫色の瞳はとても神秘的で、彼を純粋にかわいいと愛でたい女子から、私みたいなよからぬ妄想を抱く乙女までその守備範囲はともかく広い。
かくゆう、私もやっとさっき入手が厳しいブロマイドを手に入れたばかりで…ジュル、はっ!涎が思わず…失礼しました!
と、ともかく、とりあえず彼を美王様の恋人として仮定して、王妃とやり取りをさせてみよう。
<以下はルッティの妄想です>
美王様の恋人の一人である魔術師部隊ユイアーノ。
彼は突然何者かによって攫われた。その首謀者はすぐに分かった。拘束され床に倒れた自分を酷く楽しげに見つめる、先日、美王様が政略結婚した王妃である。
『あらあ、お可愛らしい魔術師様だこと。そういう服装ですと男性だとはとても思えませんわ』
言われた言葉に恥ずかしさでユイアーノは顔が赤くなった。
何と彼は体を拘束されているだけに留まらず、気が付けば貴族の令嬢が着るようなドレスを纏い、うっすらと化粧までされていた。
その表情は恥ずかしさと共に怯えに歪み、美しい紫の瞳には涙が溜まっている。それをみて王妃の嗜虐心は大いに刺激された。
『ふふふ、その表情素敵よ。陛下がご寵愛されるのも納得…だけど』
言いながらユイアーノの顎を強くつかむ。長い爪が顔に食い込んでユイアーノは痛みと恐怖に震える。
『陛下は私だけの愛しい方。貴方のような泥棒猫に渡しはしない…今からどうしてくれようかしら?』
<妄想終了>
うんうん。ここまでは順調よ、私。
で、その後は暫く王妃がユイアーノを苛めて(内容はあんまり大声では言えないので自粛するわ)、絶体絶命の所で美王様が救出に現れて王妃は成敗され、最後は二人のラブラブな展開…と私が何度か既に書いたような物語になってしまう。
じゃあ、試しに実際の普通すぎるアイルフィーダ様で同じように妄想を試みるとこうなる。
<再びルッティの妄想に戻ります>
『……………可愛らしいお姿ですわね。ですが、ユイアーノ様は男性でいらっしゃいますし、ドレスはおやめになったほうが良いのではないでしょうか?』
いきなり現れた夫の恋人らしい男の娘的な美少年に目を白黒させながら、慎重に言葉を選らぶ王妃。
そんな彼女の言葉など聞かずに、ユイアーノはびしっと指を突き付けて叫んだ。
『貴方が王妃かもしれないけど、陛下は絶対に渡さないんだからぁ!!』
『はあ』
『僕のこの愛らしい魅力でメロメロ…なんてキャー!!』
『……』
一人ハイテンションで顔を赤らめて照れ出したユイアーノを、酷く冷めた目で見つめるしかない王妃であった。
<妄想終了>
……まあ、これはこれでありなのかしら?
だけど、これだと私が求めるドロドロで激しい愛に悶えるような作品には酷く遠ざかってしまうような気がするのよね。
大体、アイルフィーダ様そのままのキャラクターじゃ、美王様と恋人を引き裂くようなお邪魔虫キャラにはなれないし……あーもう!どうしたらいいの!?
久々に本当に行き詰ってしまった私は、こうなったら仕方ないと、とある人物に相談に行くことに決めた。
相変わらずの下らない展開で申し訳ありません。
ルッティの妄想を考えるにあたって、普段読まないジャンルをネットで探したりして、色々勉強させて頂いています(笑)
皆様、ネタやお勧めがありましたら是非教えてください!