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三毛猫ミーのクリスマス

作者: 武田理感
掲載日:2026/03/11

目次

プロローグ 幽霊の正体見たり4ページ

1/20話 カラスなぜ鳴くの6ページ

2/20話 夢かうつつか幻か9ページ

3/20話 見方が変われば敵も変わる12ページ

4/20話 足るを知る猫は16ページ

5/20話 この腰巾着が目に入らぬか22ページ

6/20話 戦わなければ無敵27ページ

7/20話 逃げるが勝ちだよね32ページ

8/20話 猫を飼う自由と責任39ページ

9/20話 猫のぬいぐるみが大人気です45ページ

10/20話 ガキの頃からパンチが強く49ページ

11/20話 さっきの悲鳴!まさか?56ページ

12/20話 これらの猫を捕まえておきます61ページ

13/20話 本物の猫愛なんだ66ぺージ

14/20話 狙うモンのほうが強いんじゃ76ページ

15/20話 強みを活かして戦わなくちゃ85ページ

16/20話 僕は人間が好きだよ90ページ

17/20話 ワレ奇襲ニ成功セリ96ページ

18/20話 え?気づかれた?101ページ

19/20話 戦い終わって日が暮れて110ページ

20/20話 そういうことだったの116ページ

エンディング あとがき(ネタばらし)129ページ



 吊り橋といっても、厳密には、植物のつるで橋桁を両岸から支えている原始的な斜張橋だから、猫四匹でも少々ゆれる。

「ねーねー。猫の幽霊って、いるのかな?」


 最後尾を歩いている黒猫クーが、わくわく感を両目に宿して訊ねた。

 あたしとショーは、

「いるよ」

と答えた。先頭を歩くロシアンブルーのシャドーは、

「いないよ」

と答えた。


 もうすぐ橋を渡り終えそうになった時、対岸に、突如として、ブチ猫ブーと子分たちが現れた。何十匹いるだろう。


 まるで、仁王立ちのように四肢を踏ん張って立つブチ猫ブーが、

「おい!三毛猫。さっきは、よくもバカ呼ばわりしてくれたな」

と、がなり立てた。先頭から二番目のあたしも負けじと、首を伸ばして、怒鳴り返した。


「バカにバカと言って何が悪いんだっつーの!それに、あたしには三毛猫ミーって名前があるんだから、覚えときな、バカ」

「またバカ呼ばわりしやがったな。もう許せねえ」


 ブチ猫ブーが重戦車よろしく猪突してきた。そのあとを、子分たちが、縦隊で続く。


 先頭から三番目のショーが振り向いて、

「ここは場所が悪い。回れ右して、逃げろ!」

と、最後尾の黒猫クーへ指示した。


「わかった。今こそ、逃げるが勝ちだよね」

と、二匹が踵を返すと、最後尾の黒猫クーが、今度は先頭になって、来た道を走って戻った。その後をショーが続く。


 あたしは正面衝突したかったが、敵に後ろを見せて最後尾になってしまったシャドーが、退路を塞ぐ位置に立っているあたしへ、

「逃げよ?ね?」

と促した。


 仕方がない。あたしもUターンして走った。

「待てえ!」

 ブチ猫ブーたちが追ってくる。何十匹が橋の上に乗っているのだろう。橋は大きく上下に揺れた。


「早く!」

 橋のたもとで、黒猫クーが待っていた。

「こっち!」


 黒猫クーに導かれるがまま、あたしたちは、追尾を撹乱するように獣道を走り、山を登り、川を下り、やっと追手を巻いた。


「ショーとシャドーに、はぐれちゃったね」

「きっと無事だよ」

 黒猫クーは毛繕いしながら、

「お腹が空いたね。そうだ、観光客に何か食べさせてもらおう」

「観光客?」

「うん。さあ、行こう」


「僕も一緒に行っていいですか?」

 木の上から、シャルトリューの声が落ちてきた。


 シャルトリューという種類の猫は、賢さを象徴するように頭でっかちで、おでこが異様に広い。


「もちろん。一緒に行こうよ」

 友好的な黒猫クーは二つ返事で答え、

「シャルトリューのリューは、物識り猫のリューと呼ばれているくらい、いろんなことを知っているんだ」

と紹介してくれた。


 その物識り猫リューが、

「あなたを見るのは初めてですが、新入りですか?」

と訊ねてきた。あたしは適当に、

「ん、まあ、ね」

と答えた。


「では、この島の予備知識を授けましょう」

と、人差し指を突きたて、説明してくれた。


 猫ヶ島は、三つの収入源で成り立っている。猫に触れ合いたくて集まってくる観光客向けの観光業と、猫の毛糸を使った紡績業と、ペット業界からの寄付で成り立っているらしい。


「寄付?ペット業界って、寄付できるくらい大きいの?」

と、物識りリューへ訊ねると、

「はい。ペット業界は、スポーツ用品業界と肩を並べる規模の大きさです」

「スポーツ用品と比べられても、よく分かんない」

「たとえば、化粧品業界よりも、市場規模は大きいんです」

「へえ」

「カタログ通販業界や、喫茶店およびコーヒーチェーン業界よりも大きいんです」

「分かった分かった。なんか、大きそうね」

「市場規模は一兆二千億。中でも、ペットフード市場が最も大きくて三千億。メーカー数は百社弱」

「ふーん」

「ペットフードだけで、クリーニング業界やカラオケ業界に引けを取らない大きさです」

「ペット業界のうち、ペットフードだけで?」

「ひとくちにペットフードといっても、ドライフードや缶詰、カップ型、真空パック、レトルトパックといった保存形態のみならず、味の種類も含め、いろいろなペットフードがありますから」

「たとえば?」

「牛乳、パン、ケーキ、せんべい、おせち、弁当、ラーメン、たこ焼き、ビール、ワイン、スポーツドリンク、アイスクリーム……」

「分かった分かった。他に大きいのは?」

「動物病院の二千億」

「残る八千億は?」

「ペット服やトイレやカート等のペット関連製品が四千億」

「残る四千億は?」

「沢山あります。まず、登録件数が一万五千軒ものペットショップ」

「ペットの生態販売ね」

「二万人のブリーダーや、卸売や、オークション販売は別に勘定するとして」

「中には悪質な業者もいるみたいね」

「一部の悪質な業者のせいで、大多数の善良な業者が風評被害を受けてしまうのは、どこの業界も一緒でしょう」

「獣医さんも、そうね」

「そうです。獣医師といっても、一人の人間ですから、その人の考え方によって、やり方は千差万別です」

「ほぼ善良な獣医なんだけど、ね」

「獣医と来たならば、ペット用の医薬品販売が百社弱」

「インターネットでも買えるみたいね」

「医療に医薬とくれば、ペット保険。契約件数八十万件。保険会社十社の代理店数は三千店。保険料収入は二百億」

「今に、保険金殺ペット事件が起きるかもね」

「保険とくれば、ペット葬儀にペット霊園。ぜんぶ合わせて二百五十億」

「へえ」

「ペットと一緒に泊まれるホテルや、ペットと一緒に旅行できるペットツーリズム」

「ふーん」

「ペットマッサージに、トリマー。美容室ですね」

「マッサージ?お金を払って、自分のペットを他人にマッサージさせるの?」

「はい。マッサージ師というよりも、飼育アドバイザーといったほうがいいでしょう。認定試験もあります」

「驚いちゃうね」

「トリマーも同じです。美容師というよりも、病気を発見する獣医に近いかも知れません」

「獣医がいるのに?」

「獣医と違って、資格は必要ありませんが、トリマーの資格がなければ、現実的には、トリマーになれないでしょう」

「就職しづらいってことね」

「まだあります。移動シャンプーカー、ペット型の動くロボット、猫カフェ、ドックカフェ」

「分かった分かった」

「それらペットビジネスが専門の経営コンサルタントまでいます」

「ペットビジネスを相手に、ビジネスしているの!」

「それを言ったら、ペットシッター資格講座や、ペットビジネス学科なんて学校まで」

「こうして挙げてみると、意外と大きな業界なのね」

「ペット業界では『猫ヶ島へ寄付せずんば、猫で商売すべからず』という格言まであるくらいです」

「猫で食べさせてもらっているのに、猫へ食べさせないのは、おかしいってことね?」

「はい。儲けさせてもらいますが、でも利益は還元しません、独り占めしますなんて、不買運動とまでいかなくても、イメージダウンは避けられないでしょう」

「ペットは、身近な存在だからね」

「単純計算で、三世帯に一世帯が、犬か、猫を飼っていて、バブル崩壊後も、毎年、前年比五%で成長し続けています」

「五%?よく分かんない」

「バブル景気の経済成長率と同じです」

「それだけ好景気な業界ってことね」


 話しているうちに港へ出た。ちょうど、船が入港したらしい。

 ペットフード名の入ったダンボール箱が大量に陸揚げされ、フォークリフトに載せられている。

 その電動フォークリフトは、トレーラつきの大型トラックが何台も入りそうな巨大倉庫へ次々と吸い込まれていく。


「あれは?」

「僕たち食事。ペットフードメーカーからの寄付です」

「何百箱あるんだろう?あんな大量に」

「僕たち猫のことを心配してくれている証拠です」

「違うね」

と、あたしは思ったが、口を閉ざしていた。


 確かに、猫を可愛がる気持ちや、持ちつ持たれつの情もあるだろう。しかし、ペットフードメーカーにしてみれば、ボランティアではなく、商売である。商売は、感情で動かない。利で動く。


「やってやった。やってもらった」

という、どちらか一方の負担が重くなる可能性を孕んでいる感情論を持ち出さず、徹頭徹尾お金で解決する損得勘定で成り立っている島なんだと、あたしは感心した。


8/20話  猫を飼う自由と責任 


 どうせチンケな港だろうとタカを括っていたあたしは、思わず目を見張った。中々どうして立派な港である。


 それもそのはず、荒波うねる外洋を快適に航海できる七千トン級の船が発着する港である。小型船舶やボートを係留する程度の港であろうはずがない。


 物識り猫のリューが言うところによると、映画で有名な客船タイタニックは四万六千総トン。二十世紀最大の客船クイーンエリザベス2は七万総トン。


 猫ヶ島を母港とする七千総トンの貨客船「猫丸」は、QE2に比べて十分の一に過ぎないが、津軽海峡フェリーのブルーマーメイドが八千総トン、東京の竹芝埠頭と小笠原諸島を結ぶ定期船おがさわら丸が六千七百総トンだから、それくらいの大きさだと思えば、当たらずも遠からず。


 コンクリートで固められた広大な埠頭には、十棟の巨大な倉庫が建ち並ぶのみで、港の埒内と埒外の境すら存在しない。囲いの建築費が無かったのか、治安が良い島なのか、他に理由があるのかどうか分からないが、なんとも開放的な港だった。


 柵やフェンスが無いため、四方八方から続々と猫が集まってくる。


 週一回の定期便が来れば、おいしいものを得られることが分っているのだろう、埠頭に集まる猫の数、およそ数千。暴走族の集会の比ではない。

 猫が自由に出入りできるように、波止場の場内と、場外を仕切っていない。


 早速、船から降りてくる観光客と猫たちの触れ合いが始まった。 

「わー、可愛いー」

「猫ちゃーん」

「おいでー」

と、タラップを降りるか降りないかのうちにしゃがみこんでしまう観光客がいるため、船から埠頭へ降りるタラップの後ろがつかえてしまう。船員が、

「しゃがまないで、先へ進んで下さーい」


と声を枯らして叫んでも立とうとしない。列の後ろから、

「なに止まってんだ?」

「早く降りろよ」

という不満が聞こえては、やっと列が動き出す。そして、また止まる繰り返し。


 埠頭のあちらこちらで、猫をなでたり、抱き上げたり、食べものをあげている姿が散見される。不意に、どこかで、


「痛いっ!」

という悲鳴が上がった。一人の観光客が、抱き上げた猫に引っかかれたらしい。顔に、赤い切り傷が走っている。


「どうしました?」

 清掃用具を持っている島のスタッフが駆け寄った。引っかかれた女性は、

「見てよ、これ。血が出ているじゃないの。顔よお?顔。傷が残ったら、どうしてくれんの」


と血相を変えて喚いている。スタッフは、ポケットから消毒液を取り出し、

「とにかく、一刻も早く消毒して下さい」

と、脱脂綿に消毒液を浸して渡し、

「さ、早く、診療所へ」

と促して連れ立っていった。消毒液を常備していたということは、よくある事故なのだろう。


 二人が去ったあとの埠頭では、観光客たちが口々にヒソヒソと、

「猫を無理に抱き上げちゃダメだって」

「引っかかれるに決まってんじゃん」

「無理強いすると、猫は必死になって抵抗するんだから」

「それさえ知らずに来たのかな」

「ここを、どこだと思っているんだろうね」

「ここの猫は、ペットじゃないのに」

「ペットだって、無理やり抱き上げられたら、怒るよ」

「乗船時に渡されたパンフレットにも、そう書いてあったのに」

「事故が起きても、自己責任だって、乗船を申し込む時に、言われなかったのかしらん」

「私は言われたよ。だから、旅行保険に入っておいた」

「ちゃんと言われたはずなのに、守らないから」


 どれもこれも一理あるが、傷つけられた上に、悪者扱いされては、踏んだり蹴ったりである。


 自分が同じ目に遭っても、そのように自分を責めるのだろうか?自分を責めて、傷が治るのだろうか?


 それとも、引っかかれた女性のように、他人を責めるのだろうか?  

 自分さえ正しければ、それでいいのだろうか?他人の間違いを攻撃する資格があるのだろうか?


 同じことを思ったらしく、黒猫クーが、

「いくら悪くたって、非難する前に、大丈夫?の一言くらい、かけてあげなよ」


と、観光客の足元でニャーニャー鳴いて抗議していた。しかし、抗議の声は勘違いされ、

「あら、小さい黒猫ちゃん。お腹が空いているのかな?」

「何か食べる?」

「サンドイッチ、あげようか」

と、一人が紙袋からサンドイッチを取り出して、千切って食べさせようとした。


 黒猫クーは、クンクン匂いを嗅いでいたが、タマネギが入っていたのか、やがてプイとソッポを向いて離れて行った。


 猫や犬にタマネギは禁物で、たまねぎ中毒を起してしまう。嘔吐、貧血、血尿、下痢になるこの中毒に、解毒薬は無く、加熱しても毒性は消えない。もちろん、大量に食べなければ問題ないが、個体差があるので、食べさせないに越したことはない。


「それさえ知らずに来たのか」

と、あたしは、人間の身勝手さ、無責任さに、腹が立ってきた。これだから、捨て犬や捨て猫が、野良になる。


 あたしたち猫だって、野良として、生きたくない。可愛がってくれる飼い主と、死ぬまで一緒にいたい。


「でも、捨てられてしまったら、野良として生きるしかない」


 あたしの独り言を耳にしたのか、物識り猫リューが、人差し指を突き立てて反論した。

「いいえ。裏切りという意味でしたら、野良よりも悲惨です」

「裏切り?」

「信じきっている飼い主が、動物愛護センターへ自ら持ち込む猫の数は、年間数万匹」


(ここから目を覆いたくなる現実が載っていますので、読まないほうが良い猫好きがいるでしょう。ここで読むのを止め、

9/20話  猫のぬいぐるみが大人気です

へ、お進みください)


「飼い主が持ち込む?何万匹も?」

 動物愛護センターは、犬猫を愛護してくれる施設ではなく、ガスで窒息死させる施設である。ナチスドイツのアウシュビッツ収容所(大量殺戮のガス室)と何ら変わりない。


 ただし、愛護センターの名誉のために付け加えると、好きで殺しているのではなく、持ち込む人が後を絶たないため、職務上、やりたくなくても殺処分せざるを得ないのであって、持ち込む人がゼロになれば、あるいは、持ち込まれる全ての犬猫に、新しい飼い主が見つかれば解決する話。


「どのみち、野良になった時点で、殺される運命ですが」


 野良になって、誰かにエサをもらい、苛酷な野外環境で、必死に生き抜いた末に、飼い主以外の誰かに捕えられ、動物愛護センターへ持ち込まれる数も、年間数万匹。

 こうして、年間数万匹の猫が消えていく。


 そのうちの九割が、ガス室の中で、もがき苦しんで死ぬ。ガスが致死量に達しなければ、生きたまま焼かれて死ぬ。


 死骸は焼かれ、廃棄物として捨てられる。死して屍拾う者無し。

 奇跡的に、新しい飼い主に拾われたり、引き取られるのは、たったの一割。


 その一割の幸運を、里親探しのボランティアが私財を投じて支えていたり、非営利団体が善意で支援活動しているが、中には、その善意を騙って犬猫を引き取り、実験施設へ売り渡して小銭を稼ぐ、猫さらいもいる。


 実験施設へ売り渡された犬猫には、語るも無残で悲惨な末路が待ち受けている。ペットの問題が抱える闇は深い。


 犬や猫を可愛がる自由は、誰にでもある。その自由の裏側には、責任がある。


 そんなことを考えながら、あたしは、浮かれる観光客を眺めていた。

「この島の中に、猫さらいがいる」

と、不吉な予感に包まれながら。

 











9/20話  猫のぬいぐるみが大人気です 


 さながら、お祭りの縁日のような賑やかさだった。


 埠頭いっぱいに陽気な音楽が流れ、何十もの屋台が密集し、さまざまな猫の着ぐるみが愛想を振り撒き、人々は笑い、語らい、食べ、飲み、時に歌い、歓声を上げ、猫との触れ合いを楽しんでいた。


 写真撮影で人気が集まる着ぐるみは、毛長の顔が凛々しいメインクーンのニャッキーと、折れ耳が可愛らしいスコティッシュホールドのニャニーで、順番待ちの列すらできている。


 ユニークなのは屋台で、大小すべての販売車両が、猫を模って(かたどって)いた。


 猫型のバスは、ファミリーレストラン。ニヤけた顔の猫の外観が愛らしい。


 猫型の二トントラックは、コンビニエンスストア、弁当、惣菜、立ち飲み、パブ。これら猫型屋台の外観も人気で、絶えず写真撮影のフラッシュが光っている。


 猫型のワンボックスは、ピザ、ハンバーガー、フライドチキン、牛丼、アイスクリーム。行列の絶えない人気屋台が多い。


 猫型の軽トラックが最も多く、うどん、そば、ラーメン、やきそば、コーヒー、サンドイッチ、ホットドック、ジェラード、たこ焼き、焼き鳥、いか焼き、クレープ、調理パン、ケーキ、バームクーヘン、ケバブ、トルコアイス、餃子、焼売、豚まん、カレー、おにぎり、粥、おでん。軽トラックごとに異なる猫の種類を模っていて、見ているだけでも楽しい。


 そのほとんどが、フランチャイズ本部の直営店で、船の出入港がない日は、巨大倉庫の中で、屋台村として営業している。


 荷台の扉が跳ね上がってステージになるウィングボディトラックの上では、猫の着ぐるみショーや、アイドルグループ『夕焼けニャーニャー』の歌とダンスが上演されている。


 派手なリヤカーだけは、猫を模らないワゴン販売車で、よくありがちなキーホルダー、Tシャツ、トレーナー、マグカップ、工芸品、雑貨、食品、和菓子、洋菓子、特産品が並んでいた。


 猫ヶ島の特産品は、猫の毛で編んだ衣類や雑貨らしい。

「衣服は、セーター、マフラー、ベスト、カーディガン、ストール、プルオーバー、スカート、オーバーコート、ネックウォーマー、毛布、ひざ掛け、毛糸のパンツなど、動物繊維ならではの保温性に優れた秋冬物が多いですね。ニット編みで珍しい下着は、ブラジャーやキャミソール」

と、物識り猫リューが、人差し指を突き立てながら、教えてくれた。


「ニット編みの帽子も売れます。よく、毛糸の帽子といわれるニット帽です。ネコ耳つきの帽子が最も売れますが、ボンボン付きの正チャン帽や、ベレー帽も人気です」


 確かに、クリスマスイヴだからか、ニット帽をかぶった観光客が目に付く。


「雑貨は、本物の猫毛で出来ている、猫のぬいぐるみが大人気です。他には、シュシュ(髪飾り)、帽子やマフラーに付けるポンポン、毛糸のブレスレット、クリスマスリース、ポットカバー等々。もちろん、自分で編むための毛糸そのものも人気です」


 猫のぬいぐるみ一つとっても、色とりどりで、形や大きさも様々で、何百もの商品点数が揃っている。


「ぬいぐるみで人気なのは、アンジェリーナと、アンジョリーナと、ジョリーと、ジェリーの四種類です」

「トムとジェリーじゃなく、アンジョリーナとジェリーねえ」

「人間同様に、猫毛で作った猫用の寝具や衣類もあります」


 どれもこれも、化繊に比べれば高価だが、希少なので、飛ぶように売れる。


「すべて、この島の工場で作っているんですよ」

「猫毛で、毛糸を作るの?」

「そうです。猫の毛は、立派な毛糸になるんです」

「へえ。もの好きな」

「そうでもありません。羊の毛はウール、カシミヤはヤギ、アンゴラはウサギ、キャメルはラクダ、みんな動物の毛です。シルクに至っては、虫ですよ、虫」

「動物繊維の種類って、意外と少ないんだね」

「だから、猫の毛も有りなんです」

「なるほど」

「猫毛で編んだセーターや帽子が欲しいって人は、世界中にいますし、ぬいぐるみが欲しいって人もいます。飼い猫の毛を集めて毛糸にして形見を作って欲しいという特別注文も来ます。世界中から、いろんな注文が来るんですよ」


 確かに、猫の毛を集めて、毛糸にして、細々と商売している人は、数こそ少ないものの、いる。

 しかし、世界各国へ向けて大々的に商売しているなんて聞いたことがない。


 世界中には、我が子のように猫を飼っている人が大勢いる。飼われている猫の数は、日本だけでも、一千二百万匹にのぼる。これが、世界市場となると、意外に見落とされていた巨大市場かも知れない。


「そこに目をつけ、紡績業を興したのがローコーなんです」

「どうやって毛を刈るの?」

「毛を刈ろうとすると、猫は暴れますから、刈りません」

「じゃあ、どうやって、毛を集めるの?」

「簡単ですよ。毎日、ブラッシングしてあげるだけで、相当量の毛が取れますし、猫自身、ブラッシングして欲しくて、自ら進んで工場にやって来ます」

「うまい具合に出来ているのね」

と、あたしは売店へ視線を移した。そこには、ネコロポリスで見た猫柱も売っていた。それを観光客が、

「可愛い」

と喜んで買っていく。猫たちが生きた証も、観光客にとっては、可愛かわいい土産になるのだろう。

「猫柱?」

 あたしは不意に違和感を覚えた。この違和感は、何だろう?





10/20話  ガキの頃からパンチが強く 


 何百人と何千匹が埠頭を埋め尽くしているのだろう。


 そのうちの九割が、船内に一泊して、翌日、帰る。残り一割は、次の船まで一週間、あるいは、それ以上の長期滞在になるらしい。


「観光客は、どれくらい来るの?」

「船が週に一往復ですから、月間五千人。それに加え、各国からの視察や旅行、ペット業界が主催するツアー等で、年間で十万人くらいです」

「道理で、観光業が成り立つわけね」

「一泊二日の客単価を三万とすると、観光だけで三十億の収入になります」

「三万じゃ済まないでしょ」

「長期滞在や、船代も含めると、それ以上は確実でしょうね」

「一日に百人くらい宿泊できる施設はあるの?」

「ここは火山島で、温泉が出ますから、長期滞在者には、湯治場のようなセルフサービスが人気です」

「温泉も、観光の目玉なのね」

「そうです。一泊の短期滞在者向けには、旅館がありますし、倉庫の中に常設されている屋台村で、食事を採ることもできます」

「この島が、クリスマスイヴでも暖かいのは、火山島だから?」

「いいえ。北緯三十度に位置しますから、冬でも泳げますよ」

「ということは、バカンスや海水浴客もいるわけだ」

「そうですね。島全体が、手付かずの自然のリゾートですね」

「手付かずの自然な景観を保つために、ペット業界の看板や広告が一切ないのね」

「オフィシャルスポンサー制度ですからね。天然の景観を壊してまで、看板を作って広告しなくても、自然な形で広告できるようになっています」

「オフィシャルスポンサー制度?」

「オフィシャルスポンサー制度とは、島の発電や上下水道といった社会インフラの運営を、スポンサー企業へ一任する制度で、島を訪れるビジターに、商品名や企業名を、売り込むことなく、伝えられます」

 たとえば、発電を担当している企業ならば、

「この猫ヶ島の電力は、ペットフードAを作っているB社が発電しています」

と、島のパンフレットや観光案内版で宣伝できる。

「島以外のコマーシャルでも、猫ヶ島の名称や猫の写真、ビジュアル、キャラクター、ロゴマークを、スポンサーのみ使用できます」

「スポンサーも巻き込んで島を運営しているのね」

「はい。島へ物資を運ぶ船舶、船が出入港する港湾、ヘリポート、上水道、下水道、パイプ類、電気、ガス、電話、道路、診療所、郵便、公園、ごみ処理、廃水処理、消防、車両、銀行、物流、それらの建造物すべてがスポンサー企業の寄付で運営されています」

「へえ。こんな小さな島に、ヘリポートまであるとは、ね」


 とはいえ、しょせんは孤島。銀行といってもATMが一つあるだけだし、銀行や郵便といっても、警備員詰所と一体になっている交番程度の規模に過ぎない。


 車両は主に自転車で、自動車は電動のエコカーのみ。ガスを排出する車両は一台もない。


 要するに、小さな村と何ら変わりない規模だが、猫が好きで移住してくる島民の雇用を確保し、それによって猫ヶ島を運営するシステムであった。


「その仕組みを作ったのが、ローコーとスケサーとカクサーです」

「あの人たちの前身は、何者なの?」

「スケサーとカクサーは、ローコー大統領が現役の社長だった頃の右腕と左腕で、本社の重役でありながら、子会社の社長も任されていましたが、ローコー大統領が会社を売却する際、彼を慕って一緒に辞めて付いた来た腹心中の腹心です」

「彼らが計画的に作った島なのね」

「彼らの発想力、行動力、営業力、人脈あっての猫ヶ島なのです」

 そう言って物識りリューは、人差し指を突き立て、

「では、僕も何か食べてきます」

と、人混みの中へ紛れていった。


 入れ替わるように、ぼやき猫のモンクーが、

「なんや、三毛猫ミーはんやないけ」

と、千鳥足で近づいて来る。かなり、またたびを舐めた様子。


 またたびは、安全が確認されていないため、あげ過ぎは良くないのだが、それを知らない観光客が持参してきて、欲しがるだけ、あげたのだろう。

「ミーはんも、どや?」


 モンクーは、またたびの粉が茶色く附着した肉球を差し出した。

「何それ。要らなーい」

「もらえるものは、もらっておきなはれ。くれるだけで充分やんか」

「キミ。それ、私が君へ言ったセリフじゃないか」

とショーの笑い声が聞こえた。


 人の背中に乗るのが好きなアメリカンショートヘアのショーは、ハリウッド女優に生き写しな金髪美女の背中の上に乗って遊んでいる。


 黒猫クーは?というと、聖母マリアのように優しげな老年の女性に抱きしめられて御満悦の様子。


「男って奴ぁ、どいつも、こいつも」

と舌打ちすると、

「そう、とんがるなよ」

と声をかけてきた白猫がいる。


「猫と女は相性がいいんだぜ?オレら猫に似て、声が高いしな」

「誰だい?あんた」

「問われて名乗るも、おこがましいが、ガキのころからパンチが強く、ご意見無用の喧嘩一代、無法無頼の一匹狼、白猫ジョーってのはオレのことだ」

「一匹狼?あんた、狼じゃなく、猫でしょ?」

「うっ」

 白猫ジョーは、気まずそうに、そっぽを向いて座った。


 そこへ、眼帯アイパッチで片目を覆った不細工な猫がやってきて、

「ジョー!まだロードワークの途中だぞ!そんなところで油売ってんじゃねえ!」

「そう、とんがるなよ、おっつぁん」

「うるせえ!さっさと立て!立つんだ」

「だって、みんな楽しそうじゃねえか。オレだって、仲間に入りてえよ。それを横目に、ただ走り続けて、汗水たらして、これで本当にチャンピョンになれんのかよ?え?おっつぁん」


 おっつぁんと呼ばれたアイパッチ猫のダンペーは怒って、

「バカヤロー!チャンピョンになれるかどうかなんて、お天道様だって知らねえや。おめえ、知ってんのかよ」

「知らねえよ。おっつぁんは知ってんのかよ?」

「ワシも知らん。誰も知らねえから、やってみるんじゃねえか」


 それを聞いたあたしは、

「待ちな」

と割って入って、白い袋の中から、群青に光るパワーキャンドルの“ダメ元の心”を取り出した。


「チャンピョンになれなくたって、いいじゃないさ。何したって、どうせ九割はダメなんだ。世の中すべからく、ダメで元々さ」

「おいおい。それじゃ、夢も希望も、ねえだろう」

と、白猫ジョーは不服を申し立てたが、構わず、

「ダメで元々だから、何も取り組まず、何も挑まず、ダラダラと生きるのも自由だし、ダメで元々だから、結果なんざ運を天に任せ、本気になって打ち込んでみるのも自由。さて、どっちにしますか?ってことさ」

「ダメで元々かあ」

「やれば失敗。やらなければ大失敗さ」

「やっときゃ良かったって、いつか後悔したところで、時は取り戻せねえしな。時間は、売ってねえしな」

「平均寿命十三年のうちの、一年間、毎日毎日、徹底的に苦しんでみたって、バチは当たらないさ」

「ダメ元だと思えば、気持ちも軽くなるしな」

「一年間でいいから、燃え尽きてみなよ」

「わかった。オレ、燃え尽きてみる。真っ白に」

「あんた、もともと白い猫じゃないの」

「う」

「これ、クリスマス・プレゼントに、あげる」


 群青色の中心部から白い光を放つ“ダメ元の心”は、ジョーの白い左胸に吸い込まれて消えた。


 その光景を見ていたアイパッチ猫のダンペーが、

「あんた、ブチ猫ブーとやりあった三毛猫じゃねえか?」

「そうだよ」

「女だてらに度胸あるじゃねえか。面白れえ。あんたなら、ボクシング・チャンピョンになれるかも知れねえ。もしも、ボクシングやる気になったら、ワシのジムに来な」

「ジム?」

「ああ。猫パンチングジムと言やあ、誰でも知ってらあ」

と誘ってから、

「さあ、ジムへ帰ったら、シャドーボクシングだ!」

と、ジョーの尻を叩いて走って行った。


 彼らが走り去った後、

「シャドーボクシング?」

 あたしは、また違和感を覚えた。



















11/20話  さっきの悲鳴!まさか? 


 埠頭の至る所で、猫が顔を洗っていた。猫が顔を洗うということは、雨が降る予兆か、あるいは、満腹になった証拠である。


 猫は、腹が満たされると、寝場所を求めて姿を消す。そうして一匹一匹、いつの間にか、埠頭から猫は消えていった。


 それでも残っているのは、なでられるのが好きな猫か、甘えん坊の猫か、元は飼い猫か、何があっても超然としている神経の太い猫のみ。

 猫が減れば、人も減る。猫が目当てで観光に来たのだから、猫がいなければ用はない。


 温泉へ入りに行く人もいれば、宿へ向かう人もいれば、散歩に出かける人もいれば、船中で一泊するために再乗船する人もいる。


 いつしか、埠頭は、猫も人も、まばらになり、屋台の数も減り、夜の帳が下りる頃には、あちらこちらで、酔客だけが、酒の肴に夜空を眺めて、宴会を催していた。


 やがて「朝焼けは雨」の言い伝え通り、雨粒が一つ、二つと落ちてきた。酔客たちは、

「雨だ」

「避難しよう」

と散っていく。


 あたしたち猫も、人間以上に、雨や水を嫌う。雨に濡れないよう、大急ぎで、クリスマス・プレゼントを隠した猫ヶ森へ戻り、岩のくぼみが天蓋になっている横穴へ入って丸くなった。


 こうして、クリスマスイヴの夜は更けていった。


 どれくらい眠っただろう?いつの間にか雨は止んでいた。 

 遠くで、二十四時を告げる鐘の音が聞こえる。

 取り壊す予定の古い教会から移設した鐘の音が、一回、二回と響き渡る。


 鳴り終われば、翌二十五日。クリスマス。

 十回、十一回。


 ひときわ大きく鐘の音が鳴った。

 十二回。


 その数を確認してから、あたしは再び眠りに落ちた。


 数時間後、クリスマスの朝を告げる曙光が、あたしの碧眼をオレンジ色に染めた。今日も雨になるかも知れない。


 昼よりも夜が長い半年間に終わりを告げる冬至の直後は、なかなか朝日が昇らず、寒さを嫌う猫たちにとって苦手な時期である。

「寒いな。もう少し、寝ていようかな」

と思って、モゾモゾと寝返りを打ったのが悪かった。


「あそこに一匹いるぞ」

 人間の声がする。濡れた枯れ草をモソモソと踏みしめる音が近づいてきた。


 あたしは耳をそばだてて、周囲の音に耳を済ませた。人間には聞こえない高音域の超音波まで猫は聞き取ることができる。


 枯れ草を踏む音は、一方向からのみならず、三方向から聞こえる。逃げ場のない岩のくぼみにいては、まずい。


「移らなくちゃ」

と、移動し始めた瞬間、

 バサッ

と網が落ちてきた。


 あたしは、紙一重でかわし、大木の上へ登った。見下ろすと、奇怪なゴーグルを付けた人間が、口径の大きな虫取り網を抱えて見上げている。

「ちっ、逃げやがった」

 もう一人の男が、早口で、

「仕方ねえ。撃て」

と命じた数秒後、目の前の幹に、長さ五十センチの矢が突き刺さった。


 長さ五十センチということは、片手で撃てるピストル・クロスボウの矢ではなく、威力の強いフルサイズ・クロスボウの矢である。あたしは、飼われていた頃にテレビで見た覚えがあった。


 ボウガンの矢と呼ばれることもあるが、ボウガンは商標につき、新聞やテレビの報道では、クロスボウ、あるいは、洋弓銃と呼ばれる。


 引き金を引くと、銃弾ではなく、矢を放つ。


 その矢を突き刺したまま、水面を泳ぐ野鳥や、野良猫の歩く姿が、動物虐待のニュースで報じられて久しい。



 クロスボウの全長は一メートル。弓の幅は五十センチ。重さは四キログラム。飛距離は百メートル。高性能機になると三百は飛ぶ。


 防犯用に市販されていて、誰でも購入、所持、使用できるが、初心者には扱えないフルサイズ・クロスボウを携帯しているということは、慣れた熟練者と見ていい。


「これは、相当やばい」


 急所へ命中すれば即死の攻撃力がある。急所から外れても、しばらく身動きできないだろう。


「殺されるかも」

 一気にアドレナリンが噴き出した。


 木から飛び降り、敵の姿かたちを記憶しようと振り向くやいなや、第二の矢が、十センチ横の木の幹に、

 カッ

と突き刺さった。


 朝まだ開けきらない暗然たる猫ヶ森の中にしては、照準を正確に合わせている。

 走って逃げるわけにはいくまい。時速七十キロで走るあたしといえども、時速百六十キロで飛んでくる矢には敵わない。


 的にならないよう、木々を楯にして、短く移動しながら、徐々に後ろへ下がった。


 あたしたち猫は、わずかな光さえあれば、暗がりでも目標を視認できる。それに比べて人間は、猫の六倍もの光量を得なければ、暗晦で、何も見えない。


 敵は、あたしの姿を見えていなければ、足音も聞こえていないだろう。今のうちに、影のごとく、粛々と後退を続ける。


 ここまで離れてしまえば、あとは一気に走って脱け出せる。その距離を感覚で計っていると、

「いたぞ!」

と、第三の方角から声が上がった。


 あとで分かったことだが、暗視ゴーグルを装着すれば、暗闇の中でも、猫並みに視界を確保できるという。


 しまった!見つかった?


 あたしは、観念した。クロスボウで射られるか、網でからめとられるか、それとも、別な武器が襲ってくるか、戦々恐々とした。


 ところが、男達の足音は、徐々に遠ざかって行った。三人の足音と、草を踏む音が、十時の方角へ集中していく。そのうち、

「ギャッ」

と断末魔の悲鳴が聞こえた。他の猫が見つかって、魔の手にかかったのか?それとも、別の何か?


 確認する余裕はない、今がチャンスだ!あたしは脇目も振らずに走った。


 木々をかいくぐって猫ヶ森を抜け、猫ヶ原を突っ切り、つづら折りになった獣道を走り切ると、見覚えのある場所に出た。

 

 そこは、この島で無くなった猫たちが眠るネコロポリスだった。吹きつける潮風の音が、まるで、無数の猫の霊が啼いているように、

 ニャアアアアア

と聞こえる。

 その音を耳にしたとたん、昨日まで漠然と感じていた違和感の正体に気づいた。

「シャドーは?」

 吊り橋ではぐれた後、ロシアンブルーのシャドーの姿を、一度も見ていない。


「さっきの悲鳴!まさか?」

 あたしはローコー邸へ急いだ。無事ならば、今ごろ朝ごはんを食べているに違いない。




12/20話  これらの猫を捕まえておきます 


 息せき切ってローコー邸へ到着すると、数百匹の猫たちが、平和そうに朝ごはんを食べていた。

「どこ?どこにいるの?」

 猫たちの間を探し回ったが、シャドーの姿は見当たらない。その辺の猫へ、

「見なかった?」

と聞いても、

「いや」

と、にべもない。隣の猫へ、

「あんたは?知らない?」

「知らないね」

と、すげない返事。別な猫へ、

「シャドーは、どこ?」

「シャドー?そんな猫、いたっけ?」


 驚いた。内気で目立たない灰色の猫とはいえ、存在すら知られていなかったとは。

「そうだ。ローコー大統領に話してみよう」

 あたしは、猫ヶ森で起きた出来事を伝えに、ローコー邸の中へ入った。


 折りよく、ローコー大統領とスケサーとカクサーの三人が、囲炉裏を切った板の間で鍋を囲み、朝食を採っていた。片隅に、見覚えのある奇怪なゴーグルが転がっている。


 あたしはローコー大統領へ、

「シャドーが、いないんだ」

と訴えた。

 ローコー大統領は、何か聞こえたように顔を上げたが、また視線を椀の中へ落とした。


「ちょっと、聞いてよ。あたしも、さっき殺されかけたんだ。あたしたち猫に危害を加える人間が、観光客の中に絶対いる。もしかしたら、シャドーも、やられちゃったかも」


と、まくしたてたが、ローコー大統領は、

「はて?」

と再び顔を上げ、

「猫の声が、聞こえる」

と呟いた。

 それを聞き取ったスケサーが、

「は。確かに、聞こえたように思います。が、みな、外で朝ごはんを食べておりますので、ご覧の通り、家の中には、猫の子一匹おりません」


 どうやら、あたしの声は聞こえても、姿は見えないらしい。


 道理で、カラスを追い払ったあと、あたしに気づかなかったのも頷ける。枯れ草が保護色になって見えないのだろうと思っていたが、本当に見えていなかったようだ。


 ブチ猫ブーと一騎打ちになった時も、スケサーが、ブチ猫ブーだけに水をかけ、あたしにはかけなかったのも、見えていなかった証拠。


 どうして、他の猫は見えるのに、あたしだけ見えないんだろう?


「確かに、猫の姿は見えんが、声が聞こえるのは、齢のせいか、空耳か」

「きっと、外の猫の声が聞こえたのでしょう」

と、カクサーが野太い声で答えたあと、

「御ローコー。先ほどの話に戻りますが」

「ふむ」

「ブチ猫ブーを可愛がるお気持ちは分かりますが、そろそろ、避妊手術するか、止すか、お決めになる潮時かと」


 べっこう柄の三色模様が物語るように、ブチ猫ブーはメスである。


「オレ様」や「てめえら」と伝法な口をきく巨体の猫だが、メスである。


 まだ避妊手術していなかったため、手下のオス猫どもを引き連れ、巨躯を活かし、我がもの顔で暴れまくっているが、避妊手術しなければ、仔猫を生み、繁殖してしまう。


 ただでさえ、捨て猫たちが愛護センター送りにならないよう、毎月百匹以上の猫を引き取っている島なのに、これ以上、島内で繁殖させるわけにはいかない。


 そこへ、ローコーの妻のローバーが、お茶を運んできて、

「獣医のドクトル・ゲーに相談してみては?」

と促した。老婆だからローバーという名ではなさそう。

「御ローバー。それは名案です」

と言ってカクサーは立ち上がり、

「早速、ブチ猫ブーを捕まえて、ゲー先生の動物病院へ連れて参ります。ごちそうさまでした」

と足早に出かけていった。


 避妊手術したら、あの利かん気の強いブチ猫も、さぞかし大人しくなるだろう。

 手術後、あたしは自分の牙で縫合の糸を噛み切ったが、あいつも、自分の牙で抜糸するだろうか?

 避妊手術すると、ますます太るだろうから、噛み切ろうとしても、太鼓腹がつかえて、体を折り曲げられず、ひっくり返るんじゃなかろうか?

と想像していると、可笑し味が込み上げてきた。

 あとに残ったスケサーが、

「御ローコー。ブチ猫ブーの他に、どの猫を捕まえましょう?」

と訊ねた。


 ローバー大統領は、

「うむ。これが、連れて行く猫のリストだ」

と一枚の紙を広げて見せた。


 覗き込むと、そこには、ざっと三十匹くらいの名前や種類が一覧表になっている。

 スケサーは、一覧表を受け取り、

「では、これらの猫を捕まえておきます」

と言ったものだから、

「猫を捕まえる?」

と、あたしは驚いた。

「信じきっている飼い主が、動物愛護センターへ持ち込む猫の数は、年間数万匹」


 こいつらが、猫さらいだったのか!


 そういえば、あたしを虫取り網で捕まえようとした男たちも三人組だったし、何よりの証拠に、奇怪なゴーグルが転がっている。虫取り網も壁に立てかけてある。


 いい人たちだと信じきっていたのに、まんまと騙された。

 猫は、驚き過ぎると、脱力して、俗にいう「借りてきた猫」状態になり、動かなくなってしまう。あたしは、体を動かせない代わりに、脳を動かして考えてみた。


 猫ヶ島は、猫の生きた貯蔵庫で、必要に応じ、猫を捕まえ、実験施設か何処かへ連れて行く。


 表向きは、猫の楽園だから、猫を捨てたい人たちが、自ら進んで、無料で猫を提供してくれる。ペット業界も支援してくれる。


 しかも、原材料が無料の猫毛で紡績業を営める他、猫をテーマにした観光業も成り立つ。それらの事業によって、年間数十億、いや数百億が入ってくる。元が経営者らしい算盤勘定である。


 その計画を実現させるために無人島を購入したとなれば、なんと巧妙に仕組まれた罠だろう。


 あたしは、やや動き出した体を引きずるように、じわりじわりと表へ出た。

 一刻も早く、この島に棲む全ての猫たちに教えてあげなくては。








13/20話  本物の猫愛なんだ 


 外に出ると、黒猫クーにバッタリ出くわした。物識り猫のリューも一緒だった。


 あたしは、堰を切ったように、ローコー大統領一味の陰謀を語って聞かせた。


「……というわけなのよ。これって、やばくない?」


 それを聞いた黒猫クーと物識りリューは、お互いの顔を見合わせて爆笑した。


「何を笑っているの?何がおかしいの?」

「ミー姉ちゃんは、想像が豊かだね」

「その陰謀説は、空想です」

「どうして?」


 物識りリューは、いつものように人差し指を突き立ててから、解説し始めた。

「第一に、三人組であること。これは偶然でしょう。世の中に三人組など、掃いて捨てるほどいます。古いところでは、お笑い三人組のチャンバラトリオ、レッツゴー三匹、てんぷくトリオ。お笑い芸人でしたら、ネプチューンやダチョウ倶楽部など今でも沢山います。ミュージシャンではアリス、アルフィー、海援隊、いきものがかり、ブリリアントグリーン、レミオロメン。アイドルでしたら少年隊、シブがき隊、キャンディーズ、わらべ、シュガー、パフューム。アニメなら、ヤッターマンのドロンジョ一味、妖怪人間ベムとベラとベロ、ルパン三世と次元と五右衛門。文学では、三銃士。歌謡曲では……」

「ああ分かった分かった」

「つまり、三人組であることは、何の根拠にもなりません。しかも、グループを結成していなければ、顔見知りの個人が三人そろっていたというだけの話になります。たとえば、元祖御三家の橋幸夫、舟木一夫、西郷輝彦。新御三家の野口五郎、郷ひろみ、西城秀樹。ゴルフでビッグスリーといえばアーノルド・パーマー、ジャック・ニクラス、ゲーリー・プレーヤー。プロ野球ですと……」

「もういいって。じゃ、奇怪なゴーグルは?」

「お話の内容から察すると、暗視装置つきの暗視ゴーグルですね」

「暗視ゴーグル?」

「真っ暗でも見える眼鏡です。装着すると、暗闇の中を、私たち猫並みに見通せます」

「猫並みは、言い過ぎじゃない?」

「いいえ。近ごろでは、熱線映像装置、いわゆる、サーモグラフィ付きの暗視装置もありますから、侮っては危険です」

「怖っ」

「その暗視ゴーグルなら、島民三千人のうち、猫の飼育に関わる全員が持っていますので、珍しくも何ともありません」

「虫取り網は?」

「小学生でも持っています」

「大人が持っているのって、変じゃない?」

「暴れる猫を、動物病院へ連れて行くために捕まえる場合、洗濯ネットや虫取り網を使いますから、何ら不思議ではありません」

「じゃあ、一覧表は?リストに載っている猫を捕まえるんだって」

「新しく飼ってくれる里親へ引き渡すために捕まえるんです。リストに載っているということは、里親が見つかった証拠ですから、幸運な猫たちです」

「ブチ猫ブーの避妊手術の件は?」

「連絡が取れない里親か、もしくは、引っ越しか何か、何らかの事情で、今すぐに引き取れない里親でしょう。しかし、勝手に避妊手術するわけにはいきません。仔猫の誕生を希望する里親もいますからね」

「それに、ローコーは僕たちの飼い主じゃないから」

「じゃあ、何なの?」

「里親が見つかるまで、預かってくれているんです」

「里親が見つからなかったら?」

「ネコロポリスで海を見ながら眠るんだ」


 なんだ、そうだったのか。警戒心の強いあたしは、我ながら、自分で自分が嫌になった。

 ガックリ肩を落としていると、黒猫クーが慰めてくれた。

「気にすること無いよ。親子でもないのに、ましてや、相手は人間でもないのに、見返りのない無償の愛情を注ぐなんて、裏に何かあると怪しんで当然だよ」


 確かに、その不可思議さが、猜疑心を生んだのかもしれなかった。


「でも、本当に、何もないんだ。一緒に暮らしていれば、よく分かる。あの人たちの猫愛は、すべて本物の猫愛なんだ」

「そうです。三百六十五日、雨にもマケズ、風にもマケズ、雪にも夏の暑さにも負けぬ、丈夫な体でエサを配って回り、慾はなく、猫が粗相しても決して怒らず、いつも静かに笑っている、そんなことができるのは、心底、猫を愛しているからでしょう」

「彼らの猫へ対する献身的な愛情が、猫さらいではない最大の証拠だよ」


 彼らを疑ったあたしが悪かった。

 これで、謎は解けた。

「謎は、まだ残されています。第一に、ロシアンブルーのシャドーは、どこへ消えたのか?」

「そうね」

「第二に、断末魔の悲鳴を上げたのは、猫なのか?猫だとしたら、無事なのかどうか?」

「猫じゃなければ、いいね」

「第三に、三毛猫ミーさんを襲った連中は誰なのか?以上三点の謎が残されています」

 あたしは心の中で思った。

「まだまだ、謎は、残っている。どうして、あたしの姿が、人間には見えないのか?どうして、アメリカンショートヘアのショーは“あたしの心”を受け取らなかったのか?いずれ、その理由が分かる時が来るとは、どういう意味なのだろう?」


「どうしました?」

 物識り猫のリューが、顔を覗き込んだ。


「ううん、なんでもない」

とはぐらかして、三つのキーワードを挙げた。


「違和感を感じたのは、猫柱と、ネコロポリスと、ボクシングだったっけ」

「物と場所とスポーツか。三つに共通するヒントがあるはず。まずは、猫柱が立っているネコロポリスへ行ってみよう」


 あたしたち三匹は走り出した。猫ヶ森を抜けると、急に視界が開け、遠く水平線を望むネコロポリスの丘に出た。潮騒か、海鳴りか、ぐずる女の泣く声か、

 ニャアアアアア

と、強風が空へ吹き上げられるような音がする。


「まさか、もう既に、ここに眠っているなんてことは?」

「それは有り得ません。もしも、誰かが埋葬されるとしたら、前もって、何らかの動きがあるはずです」

「じゃあ、誰もいないのは一目瞭然だね」

 三匹は、渺茫たる丘を眺めて確信した。ここには、いない。

「よし。次へ行こう」


 隣接する吊り橋へ近づくにつれ、

 ニャアアアアア

という風の音が大きくなっていくのは、気のせいだろうか。

 ニャアアアアア

「あれ?誰か、助けてって言った?」

「ううん」

「誰も、一言も発していませんが?」


 もう一度、耳を澄ましてみる。  

 ニャアアアアア

 まるで、この世のものではない何かが救いを求めるように「助けて」と啼いている。


「間違いなく、助けを求めてる。急ごう」

 あたしたちは、吊り橋へと急いだ。しかし、吊り橋の上に立ってみても、ネズミ一匹いない。

「おかしいなあ。確かに、声が聞こえたんだけど」

 聞こえた方角は合っている。

「誰もいませんね」

「だったら、逆転の発想で、吊り橋の下から見上げてみよう」

「それ、名案かも」


 あたしたちは、急斜面を駆け降りて、川辺に立った。すると、頭上から、

「助けてええええ」

と弱々しく叫ぶ声が落ちてきた。


 吊り橋を見上げると、ロシアンブルーのシャドーが逆さ吊りになってブラ下がっている。

「助けてええええ」


 ネコロポリスで風の音だと思って聴いたのは、この叫喚だった。

「ニャアアアアアア」


「いま助けるから、待ってな」

 急ぎ、吊り橋の上へ戻ってシャドーを引き上げた。引き上げられたシャドーは、グッタリした様子で、

「助かったあ。ありがとう」

と座り込んだ。


「一体、何があったんだい?」

「ブチ猫ブーたちから逃げる最中に、吊り橋が大きく揺れて、橋の外へ放り出されたの」

「それで?」

「その時、後ろ足の爪が、植物のつるに引っかかって、落ちずに済んだのは良かったんだけど」

「それで?」

「上がることも、下がることもできずに、一晩中、逆さづりになっていたの」

「なんじゃ、そりゃ」

 あまりのアホらしさに、一同、呆れて立ちすくんだ。


 呆れ顔の黒猫クーは、

「猫なんだから、前足のカギ爪で、よじ登ればいいのに」

と言って聞かせた。

「そうしようと思ったんだけど、お腹が空いて、力が出なかったの」

「心配したんだよ?」

「ごめん」

「事の経緯よりも、問題なのは」

と、あたしは真顔で詰め寄った。


「あんたがいなくなったことに、誰も気づいていなかったってこと」

「え?」

「存在感が無いってことさ」

 あたしは、白い袋の中から、赤い発光体を取り出して、シャドーへ手渡した。

「これ、クリスマス・プレゼント」

「何?これ」

「これは“魅せる心”といって、あんたの魅力を引き出してくれるのさ」

「わたしに魅力なんて無いよ」

「あんたもブチ猫レベルのバカね。魅力の無い猫なんて、いないよ」

「ここにいるよ」

「自分の魅力に、気づいていないだけさ」

「そうなの?」

「今まで、魅力を磨いて来なかっただけさ」

「どんな魅力?」

「あんたは、内気で、自己主張しなくて、居るか居ないか分からないくらい静かだよね?」

「うん。そう言われる」

「だからダメってことじゃない。それを良いように翻訳するのさ」

「どういうこと?」

「内気だから、非社交的で、自己否定的だと、自分で自分のことを思ってるでしょ?」

「思ってる」

「違う違う。非社交的ってことは、人嫌いか、でなければ、恥かしがり屋ってことさ」

「うん。恥かしがり屋さん」

「自己否定的ってことは、純粋ってこと。たとえば、純文学には、自己否定的でピュアな主人公が登場するよね。だから、どいつもこいつも自殺しちゃう」

「なるほど」

「思い悩んで自殺するくらい純粋な主人公の物語だから、純文学なのかも」

「不純文学なんて、ないもんね」

「ところが、純文学の主人公たちは、時代を超えて愛されている。何故だと思う?」

「純粋ってことは……」

「守ってあげたい母性本能、父性本能をかきたるのさ」

「主人公のことを?」

「そう。あんたのことも」

「私のことを?」

「そう思わせてしまうのが、あんたの魅力の一つさ」

「みんな、そう思うかな」

「もちろん、守ってあげたい人には魅力だけど、守ってもらいたい人には魅力でも何でないよ。でも、それでいいのさ。二兎を追う者は一兎をも得ずってね」

「他には、どんな魅力があるの?」

「自分で探しなよ。でも、そうやって、空気を読まずに、思ったことをハッキリ言ってしまう天然ボケも、魅力の一つさ」

「へえ。ボケも魅力になるんだね」

「食事の件で、ブチ猫ブーに、クレームをつけた時のように、ね」

「あれはボケているつもりじゃ無かったんだけど」


 シャドーは恥かしそうに笑った。

「怖いもの知らずの天然ボケに見えたんだね」

「内面ばかりじゃないよ?あんたには、ロシアンブルー特有の、ビロードのような被毛があるじゃない。あたしなんて雑種の三毛猫からすれば、うらやましくて仕方がないよ。要らないなら、くれる?」

「それは無理」

「だったら、活かしなよ。守ってあげたいお姫様のようなメス猫になりな。あたしは、逆立ちしたって、なれないけど、あんたなら、なれる」

「わかった。ありがとう」

と、シャドーが礼を言うと、赤い発光体は、ビロードのような被毛の中へ吸い込まれて消えた。


















14/20話  狙われるモンより狙うモンのほうが強いんじゃ

 


 一晩中、宙吊りになっていたのだから、大事をとって、シャドーを動物病院へ連れて行くことにした。


 動物病院の前は、黒山の猫だかりで、立錐の余地もなかった。おそらく、千匹は下るまい。


「こんなに混んでいる動物病院を見るのは、初めてですよ。どうしたんでしょう?理由が分かりません」

と、物識り猫のリューが困惑していると、黒猫クーも、

「中だけじゃなく、外まで猫が溢れかえっているなんて」

と驚いている様子だった。


 そこへ、

「おおう?黒猫のクー坊じゃねえか」

と、クリーム色の猫が接近してきた。


 あたかも、黒いタレ目のサングラスをかけたように、両目の周りだけが黒ずんでいる。


 顔の中心部が黒く、全体的にクリーム色ということは、シャム猫の混血種なのだろう。


 筋肉質で細身のシャムにしては立派な体格だが、無数の傷跡で、つややかな被毛が所どころ禿げている。美しき歴戦の勇士といったところか。


「あっ、カシラのジロチョー。この混み具合は、どうしたの?」

「どうもこうも、ヘタすりゃ戦争になるかも知れねえ」

と、カシラのジロチョーは、狼狽しながら事情を説明してくれた。


「ウチの若いモンが、矢を打ち込まれて、猫ヶ森で殺されているのが見つかったってワケよ」


「え!」

 あたしたちは顔を見合わせた。あの時の断末魔の悲鳴は、やはり、猫だったのか。

「そいつを、ここへ来る途中のカクサーが見つけて、運んできてくれたってワケよ」


 矢を打ち込まれたとなると、人間の仕業であることは明白。

「奴らの仕業に違いない」

と、あたしが呟くと、カシラのジロチョーが、

「姐さん、何か知ってるのかい?」

と訊ねてきたので、今朝の襲撃を話して聞かせた。


 すると、

「姐さん!ちょっと来ておくんなせえ」

と言い捨ててから、病院前にたむろしている猫たちへ向かって、

「おい!てめえら、道を開けろ!」

と命じると、海が割れたように、一本の道が、病院玄関へと延びた。


 威令が行き届く組織の猫で埋め尽くされていることが分かる。

「さ、さ、こちらへ」

 両側を塞ぐ猫の壁に守られるが如く、一本道をカシラのジロチョーが先頭に立って進む。その後を、あたしたち四匹が続く。


 病院内へ入ると、診察室へ通された。診察台の上に、矢の突き刺さった猫が横たわっている。


 その猫を見下ろすかたちで、眉間にシワを寄せた猫が台の上に立っていた。


 気難しそうに口元をヘの字に結び、眉間にシワを寄せているのは、エキゾチックという種類の猫の特徴である。いつも、困っているような、怒っているような、泣いているような、読み取りにくい顔でムッツリしている。


 その猫の元へ、カシラのジロチョーが進み寄り、何か耳うちしたかと思うと、エキゾチックは、


「何じゃと?」

と、あたしへギョロリと視線を向け、

「そいつは災難じゃったのう」

と頭を下げた。


 黒猫クーがヒソヒソ声で、

「あのエキゾチックは、この島で最大の縄張りを持つ、ボス猫のダーだよ」

と囁いたと同時に、


「わしゃあ、ダーっちゅうモンじゃ」

 低くてドスの利いた声に対し、あたしも負けじと低音で、

「あたしゃあ、ミーっちゅうモンじゃ」

と自己紹介した。


 ボス猫ダーは笑って、

「面白い姐さんじゃのう。ところで、あんたを襲った三人組の顔、見たんかいのう?」

「見えなかった。いや、見る余裕さえなかった」

「ほうかい」

「暗視ゴーグルを付けていたしね」

「それじゃあ、見たとしても、面は割れんのう」


 見ていないと答えているのに、見たとしたらと仮定するあたり、相手の言葉を容易に信用しない用心深い性格が覗える。あたしは一言半句に注意しながら、

「唯一わかっていることは、クロスボウという飛び道具を持っていること」

と証言し、横たわった猫を貫通している矢へ一瞥をくれてから、

「あの武器には、敵わないよ」

と、正直な感想を吐露した。すると、ボス猫ダーは、

「そがな考えしとると、スキができるぞ」

と忠告した。


「殺られると思えば、逃げ腰になる。逃げようとすれば、敵に後ろを見せる。敵に後ろを見せれば、スキができて、殺られる。そんなもんじゃ」

「そうね」

 確かに、あの時あたしは、戦わずに逃げようとした。逃げて逃げまくった末に、殺されていたかも知れない。


 たとえ戦っても、殺されていたかも知れない。いずれにしても、殺されていたかも知れない。


 ところが、殺されたのは、あたしじゃなかった。

 言い換えれば、あたしの身代わりになって殺された猫がいて、その猫が今、目の前に息絶えて横臥している。


「許さない」

 怒りに身を震わせていると、黒猫クーが、

「冷静に、ね?」

と抑止したが、燃え出した怒りの炎は消えない。


 すると、カシラのジロチョーが、

「お天道さまは許しても、俺達が許さねえ」

と牙を剥いた。ボス猫ダーも頷いて、

「わしらが仇を討たにゃ、死んだモンに、スマンけえのぉ」


「あたしも、やるよ」

 それを聞いた黒猫クーと物識りリューが、

「エッ?」

と鳴いた。

「一人でも、やる。最初に狙われたのは、あたしだからね」


 カシラのジロチョーは、

「カタギのモンを巻き込むわけにゃいかねえ」

と止めたが、勝気で負けず嫌いのあたしは、もう止まらない。

「だって、今日の船で帰っちまうかも知れないんだよ?そうなったら一巻の終わりさ」

 物識りリューが続けた。

「やつらが武装しているということは、その気で、戦う気で、島へ来たということです」


 ボス猫ダーが質した。

「その気って、何なら?(広島弁で、何だい?)」

「猫を殺したり、いじめる目的です」

「なんで分かる?」

「はい。三つの理由があります。先ず、猫さらいでは無いこと。猫さらいなら、生きて捕らえて売り渡そうとしますから、洗濯ネットで充分です」


「二番目は?」

「軽くて小さくて安い洗濯ネットで充分だったはずなのに、重くて大きくて高価で持ち運びにくいクロスボウを、わざわざ持参して来たということは、島へ来る前から、危害を加える意思があった証拠です」


「三番目は?」

「ストレス発散です。猫のみならず、自分よりも弱いものをいじめて快感を得る人間は結構います」

「快感を得る?」

「快感を得るという表現が不穏でしたら、面白がる、楽しむと言い換えてもいいでしょう」

「面白がる?楽しむ?」

「いじめたり、殺したりする様子を、誇らしげにインターネットで公開して、逮捕された輩がいるくらいですから」

「自分の楽しみで、いじめたり、殺したりするなんて、狂ってる」

「そうでもありません。告白していないだけで、結構います」

「なに?」

「本人の好むと好まざるに関わりなく、産まれながらにして加虐性の強い人もいれば、経験によって加虐嗜好になる人もいます」

「そんな人が、いるなんて」

「サドやサディストといえば分かりやすいかも知れません。個人の趣味として楽しむ範囲でしたら問題ありませんが、危害を加えるとなると、犯罪者になる危険性が高く、要注意です」

「強さを誇示するのとは違うのね?」

「そういう人もいます。弱いものを制圧して、自分は強いんだと思いたい弱者ですね」


「他には?」

「幼児性です。子供が虫を殺して遊ぶのと一緒で、誰にでも攻撃性や残虐性はありますが、成長するにつれ、自律、制御するようになります」

「わかる」

「しかし、それが出来ない人もいます。特殊な環境で育った人や、病人ならばともかく、そうでなければ、図体だけ成人した子供です」

「頭の中は、小学生のままってことね」

「突き詰めれば、犯罪心理学の分野になりますから、詳しくは学問に譲るとして、いじめたり殺したりしてストレスを発散する犯罪者予備軍がいることは確かですし、犯罪者になるかどうか、見た目では判別つかないだけに厄介です」


 確かに、事件が起きると「あの真面目そうな人が」とか「普通の人でしたよ」というインタビューを見聞きするが、世間は、普通の人ばかりで、異常に見える人は少数。むしろ、異常が故に普通を装う。


 それに、異常な人が事件を起すとは限らない。事件は、普通の人の狂気が引き起こす。


「人は誰しも、誰かに認めてもらいたい、誰かと繋がっていたいと思う社会性を持っています。だから、徒党を組むのですが、おそらく今回の犯人たちも、徒党を組み、武器を持たなければ、弱いものさえいじめることができない弱者であろうと推察できます」


 弱いから、武器を持つ。確かに、北斗神拳の使い手が武器を持つ必要はない。

「か弱い女の子だって、銃があれば、プロレスラーを斃せるからね」

「引き金を引くことができれば、の話です」

「どういうこと?」

「引くのが狂気で、引かないのが正気です」

 ということは、見た目は普通な狂気の弱者が三人、猫を殺傷して楽しんでいるということに他ならない。


「彼らは、もう既に一匹を殺しましたから、歴とした犯罪者です。動物の虐待を、法律で取り締まる国は多く、日本の場合、殺したり傷つけた者は、二百万円以下の罰金。またはニ年以下の懲役」

「他の国では?」

「オーストラリアの場合、五百万円の罰金が課せられます」

「払えなければ?」

「強制的に身柄を拘束され、刑務所の中で軽作業させられます」

「刑務所!」

「働く場所が刑務所内ですから、実質的には懲役刑と同じですね」

「就職先が、塀の中みたいな」

「日当五千円換算で、払い終わるまで働かされます。二百万円ですと、四百日間、刑務所の中で働くことになります」

「一年以上もタダ働きするのね」

「それには、法の裁き必要です」

 裁かれてこその犯罪者であって、裁かれなければ、何も無かったかのように、のうのうと島をあとにするだろう。


「その犯罪者が、もしかしたら、今日の船で帰っちまうかも知れないんだよ?そうなったら、もう仇は討てない」

「味をしめて、また、いつか、ネコ狩りに来るやも知れません」

「その時は、人数が増えているかもね」

「もしも、今日の船で帰らなければ、最低一週間は滞在することになります」

「一週間もあれば、どれだけの犠牲者が出ることか」

「もしかしたら、二週間。三週間。一ヶ月の滞在かも知れません」

「長ければ長いほど、次々と襲われる危険性は高くなるし」

「次に狙われるのは、ボス猫ダー親分かも知れませんし、カシラのジロチョーさんかも知れませんし、三毛猫ミーさんかも知れませんし、黒猫クーかも知れませんし、僕かも知れません」

「いずれにしても、今ここで仇を討っておかなくちゃ、また誰かが殺される」

「そういうことなら、力になっちゃるけん」

と、ボス猫ダーが言った。

「狙われるモンより、狙うモンのほうが強いんじゃ」









15/20話  強みを活かして戦わなくちゃ 


「お前たち、まーた喧嘩の相談してんじゃないだろうね」

と、一匹のブチ猫を抱いた女医が入ってきた。


 眉毛のシールを貼ったのか?と思うほどクッキリした太い眉だった。抱かれているブチ猫ブーは、牙をむき出しにして、ボス猫ダーへ、


「てめえ。よくも、オレ様の縄張りを、荒らしやがったな」

と食ってかかると、ライバル関係にあるらしいボス猫ダーも、

「猫ヶ島に、親分は、二匹も要りゃせんのじゃ」


「だったら、てめえが子分になりやがれ」

「ゴロ売るなら、もちっとマシな売り方せえや」

「余裕かましやがって。退院したら、ブッ殺してやる」

「殺るんなら、今ここで殺りないや、能書きは要らんよ」

「こちとら忙しいんだよ。これから避妊手術でな」

「おまえみたいな馬鹿とは、話する気もせん」

と罵り合っている。すると、白衣の女医が、

「ニャーニャーうるさーい」

と叱った。


 若くて美人な女医だが、男勝りで、言動が粗暴で、汚れた白衣をだらしなくはだけ、そのくせ、化粧だけは完璧だった。

「ほらほら、ボス猫ダーたちは出て行きな。これからブチ猫ブーを手術するんだ。どけ」

と、足で蹴散らす真似をした。


 その足を避けながら、あたしは黒猫クーに、

「誰だい?あいつ」

と訊いた。

「ゲーだよ。ドクトル・ゲー」

「ドクトル?ドイツの獣医?」

「ううん。普通の獣医」

「じゃあ、どうしてドクトルなの?」

「ドクターGだから、ドクトル・ゲーなんだ」

「だったら、何もドイツ語じゃなくたって、ドクターGで、いいじゃない」

「Gは、ドイツ語で、ゲーでしょ?」

「そうだね」

「ゲーだから、ドクトルなの」

「意味わかんない」

「だから、名前がゲーなの。眉毛のゲー」


 眉毛が特徴のゲー先生だから、呼び易く、ドクトル・ゲーと呼んでいるらしい。

 とても本名とは思えないが、何となく腑に落ちるほどインパクトが強い眉毛の持ち主だった。


 病院を追い出されたあたしたち千五匹は、貨客船の猫丸が停泊している埠頭へ向かった。

 埠頭には、猫丸内で一泊した乗客が大勢いる。ここにいれば、敵も手出しできまい。そこで作戦会議することにした。


「三毛猫の」

と、ボス猫ダーが言った。

「力になると言った以上、二言はない。わしと、千匹の手下の命は、あんたに預けるけぇ、好きぃに使いなや」


「いいのかい?さっき会ったばかりのメス猫に采配を預けちゃって」

「わしも格好つけにゃぁ、ならんですけぇ」

「全員が、無事に済むとは限らないよ?」

「猫ヶ島のケンカいうたら、殺るか殺られるかの二つしかありゃせんのでぇ」


 彼の目を見つめながら、あたしは頷いた。

「わかった。必ず勝つから」

 そう約束して、戦略を発表した。

「強みで戦う。猫ヶ原で野外決戦だ」

と宣言し、

「誰か、船の出港時間を調べて来て」

と頼んだ。

 すかさず、ボス猫ダーが傍らを振り向き、

「行って来い」

と指図するように、船へ向かって、あごをしゃくると、手下の一匹が走り出した。


「なんで猫ヶ原を選ぶんじゃ?」

「人間は、狭い隙間を認識できるけど、猫は、狭い隙間を認識できないからさ。木々が鬱蒼と茂る猫ヶ森や、墓木が並み立つネコロポリスじゃ、強みを発揮できないのさ。だから、だだっ広い猫ヶ原じゃないと」

「強みって、何なら?」

「こっちには、千匹の猫がいる」

「それは強みだね」

と黒猫クーが言った。「強みを活かして戦わなくちゃ」

「そう。猫対人間とはいえ、千対三。この強みを活かして、敵を知り、己を知り、有利に戦える猫ヶ原へ誘導し、勝って然るべく戦う」

「天下分け目の、猫ヶ原の戦いだね」

「先んずれば制すじゃ。いっぺん後手に回ったら、死ぬまで先手は取れんのじゃけん。先制攻撃じゃ」

 しかし、敵の顔が分からなくては、攻撃しようがない。

「大丈夫。探さなくても、向こうから探しに来てくれる」

「どういうことだい?」

と、カシラのジロチョーが訊ねた。

「やつらが、猫狩りに来ていることは確かだね?」

「ああ」

「猫を殺しに来たのが目的ならば、この埠頭や温泉で、まったりしているはずがない」

「そうか。今も、どこかで、いじめる猫を探しているはず」

「だから、千匹の猫が伝令になって、島の猫すべてに、猫殺しが来ていることを伝えてあげて」

「よし。特に、クロスボウには注意するよう言っとく」

「注意を呼びかけ終わっても、戻って来ないで、そのまま、島のあちこちに散らばって、猫殺しを探して」

「すぐに見つかる。あっちも、こっちを探しているはずだから」

「不意打ちを喰らわないよう、できるだけ二匹一組で動いて。一匹づつ離れ離れにならないでね」

「一匹に何かあっても、もう一匹が復命できるように、な」

「何が動きがあったら、情報を伝えに戻ってきて」

「わかった。他に、ねえか?」

「伝令部隊のリーダーを決めておいて」

「よっしゃ」

と、カシラのジロチョーは立ち上がって、千匹の猫へ、

「てめえら!分かったか?」

と問うと、千匹の猫が一斉に、

「応!」

と答えた。


 観光客たちが目を丸くしている。それもそのはず、千匹もの猫が一斉に、

「ニャー」

と大合唱して、一挙に散らばって行ったのだから、驚くのも無理はない。










16/20話  僕は人間が好きだよ


 しばらくすると、出港時間を調べに行った猫が戻ってきて、

「午後三時に出港」

の予定を伝えてくれた。会戦時間を考慮すれば、正午までに敵を見つける必要がある。


「できれば、夜戦に持ち込みたい」

と独り言ちると、黒猫クーが、

「どうして?」

と訊ねた。あたしは指折り、

「猫の強みは七つある。柔軟な体。すばしっこい動き。走るスピード。ジャンプ力。するどい爪。よく聞こえる耳。夜でも見える目」

「そうだね」

「このうち、夜目が利くのは、夜だけさ」

「やつらだって、暗視ゴーグルを付けているよ」

 すると、物識り猫のリューが、人差し指を立てながら、

「暗視ゴーグルは、静止した目標を探すのに適していますが、動き回る標的を捕捉するのには向きません」

「どうして?」

「被写体が動くと、映像がブレるからです。機械の目を通して見る限界です」

「裸眼で見るのとは違うんだね」

「はい。それに、映像がフルカラーではなく、緑の単色で見えますから、物体を濃淡で見分ける他ありません」

「僕たち猫も、暗闇では、白黒テレビのように見えているけど?」

「慣れの違いです。人間にはフルカラーが当たり前。夜の猫にはモノクロが当たり前」

「それなら、確かに、見づらいだろうね」

「さらに、約一キログラムものゴーグルを頭部に装着しますと、頭が重くて、バランスを取りにくくなります」

「なるほど」

「また、人間の目は、遠くを見通すのに適していますが、光量の少ない夜ですと、遠くが見えませんから、不利です」

「その点、猫は、遠くは見えないけど、近くは、少ない光量でも、よく見えるもんね」

「そうです。夜間の狩りに適した目を持っています」

「かなりハンデがあるね」

「最大の難点は、視野です。人間の視野は、左右あわせて二百度ですが、暗視ゴーグルを付けると、四十度まで狭まります」

「五分の一!」

 あたしはニヤリと笑って、

「横から攻撃されても見えないってことさ」

と付け加えた。それなら楽勝。

「接近戦になれば、重い暗視ゴーグルが、かえって邪魔になるはず」


 そこへ、伝令が戻ってきた。

「敵、発見!」


 伝令の話によると、敵の三人組は、島の中心部に位置する火山の火口付近にいるらしい。


「他に情報は?」

 ボス猫のダーが、身を乗り出して訊ねた。

「被害は出ていない模様」

「なんで分かるんじゃ?」

「あれから猫の子一匹見つからねえ、と文句タラタラの様子」

「おうおう、探しても見つかんけぇ、カバチたれるしかありゃせんのじゃろが」


 あたしも身を乗り出して、

「他に何か言ってなかった?船がどうとか」


 伝令は、首を捻って、一生懸命に思い出そうとしていたが、やがて、

「そういえば、早めの昼食を採りながら、夕飯をどうするとか」

「それよ!よく思い出して」


「えっーと。夕メシ、どうする?屋台のジャンクフードは飽きた。それじゃあ、旅館でメシを食う?旅館のメシは高いだろ。じゃあ湯治場に帰って自炊する?仕方がない、そうしよう」

「湯治場に泊まっているだね?」


 決まった。やつらは今日の船で帰らない。最短でも一週間は滞在する。

「決戦は、今夜。猫ヶ原にて。そう、みんなに伝えて」

と伝令に頼んだ。


「やつらが移動しても、常に居場所を捉えておいてね」

 ハンゾーという伝令は一言、

「承知」

と、短く答えて、消えるように去っていった。


「それじゃ、作戦開始まで、寝て、体力を蓄えておいて」

と、あたしは、見晴らしの良い大木を登り、太い枝の上に座った。黒猫クーも、あとをついてくる。

「ミー姉ちゃん、一つ聞いてもいい?」

「なに?」

「どうして、人間を嫌うの?」


 あたしは不意を突かれて周章した。


「そんなつもりじゃ」

「そうかな。思い過ごしかな」

「そうだよ」

「僕は、人間のところで生まれて、途中まで人間に育てられて、母親と一緒に捨てられたけど、人間に拾われて、ここで人間と一緒に暮らしているから、人間を嫌う気持ちが分からないんだ」

「そう」

「だから、どうして人間を嫌うのか、教えてくれない?」


 あたしは話を逸らしたくて、答えずに、


「お母さんは、どうしたの?」

「新しい飼い主が見つかって、里親のところで暮らしているよ」

「あんたは一緒じゃなかったの?」

「まだ、僕が小さな頃だったから、大きくなるまで、この島で育てるって約束になっているみたい」

「じゃあ、いつか、お母さんと一緒に暮らせるのね」

「うん」

「良かったじゃないの」

「うん。僕は、人間が好きだよ」


 黒猫クーの体験談を聞いて、つい、本音を漏らしてしまった。


「あたしは、人間が、嫌い」

「どうして?」

と問われて、答えるのに躊躇っていたが、意を決して、

「あたしの夫が、人間に殺されたからさ」


「え?」

「ショーに似ているアメリカンショートヘアーの優しい猫だった。名前も同じショーだった。あたしたち猫は、通い婚だから、あたしが夫の家へ行ったり、夫が来たりして、結婚してから十一歳になるまでの十年間、仲むつまじく暮らしていたのさ。ところが、ある日、飼い主が、夫を動物愛護センターへ連れて行ってしまったのさ。新しい引越し先では猫を飼えないからって理由でね。たった、それだけの理由で、あたしの夫は、ガス室に入れられ、もがき苦しみながら死んでいったのさ。それでも彼は、飼い主を恨んじゃいないと思う。楽しかった飼い主との十年間を思い出しながら、笑って死んでいったと思う。安らかな死に顔だったと信じたい。そう思うと、やりきれない気持ちでいっぱいになるのさ。そんなあたしが、どうして、人間を好きになれる?」

と、一気に打ち明けた。それを聞いた黒猫クーは、

「ごめんね。つらい過去を、思い出させちゃったね」

と謝り、しばらく、沈思黙考していたが、やがて表情を明るくして、

「強みで戦うって言ってたよね?」

「そうだよ」

「僕は、僕なりの強みで、戦うよ」

「え?」

「これから準備を始める。それじゃ」

と言って走って行った。

 ボーッ

と船の汽笛が鳴る。出港が近いようだ。

 低く雲が垂れ込めた埠頭に、乗船客が続々と集まって来ては、順序よく船へ乗り込んでいる。

 やがて、船は埠頭を離れ、港を出て、暗雲が迫り来る海の遥か彼方へ消えていった。













ここから戦闘シーンが始まります。戦いが嫌いでしたら、

20/20話  そういうことだったの

へお進みください。


17/20話  何事だっ?


 遠くの雷雲が稲妻に反射して光った。

 海の彼方から遠雷が聞こえる。

 今日も雨になるだろう。

 雨は苦手だが、今夜ばかりは仕方あるまい。やるなら今だ。


 日没後、あたしたちは行動を開始した。敵の位置は、常に把握している。


 猫ヶ原で、千匹の本隊を前にしたあたしは、戦略戦術を発表した。


 本隊は、猫ヶ原に隣接した猫ヶ森に潜んで、敵を待つ。


 誘導部隊の伝令ハンゾーら、十匹は、敵を、猫ヶ原へ誘き出す。


 敵は今、湯治場へ戻って、夕食の準備に取りかかっているらしい。


「楽しい夕餉を、メチャクチャにしてやりな」

と指示すると、伝令のハンゾーが、

「承知」

と短く答えて、忍者のように、素早く姿を消した。


 敵が、猫ヶ原に現れたら、待ち伏せた千匹が一斉に襲いかかる。


 クロスボウのような飛び道具に対しては、暗視ゴーグルの死角になる背後や横から、敵の頭部へ飛びつき、転倒させ、するどい爪で、あらゆる皮膚を破る。


 転んでしまえば、飛び道具の攻撃力など無きに等しい。あとは、ガリバーよろしく、敵の体に群がり、するどい爪で切り裂くのみ。オスの成猫の体重は約五キログラムだから、二十匹も乗れば、身動き出来まい。


 戦略目標は、この島へ二度と来させないことだ。

 そのためには、敵の生死を問わない。あたしたちも生死を賭けて戦うのだから、当然であろう。


 その頃、湯治場では、三人の若者が夕食を採ろうとしていた。以下、伝令ハンゾーの後日譚。


 温泉水で炊いた白飯は、ふっくらツヤツヤもちもちで、削り節を乗せた上から醤油をかけるだけで充分に旨い。副食に温泉卵と温野菜、椀物の代わりにカップヌードルが湯気を立てている。

「さ、喰おうぜ」

「ああ、腹減った」

「いただきまーす」

と、箸を取るのを待ちわびていたかのように、十匹の猫が食卓の上にドサドサ落ちてきた。十匹で体重は計五十キログラム。


 食卓が引っくり返り、醤油さしが舞い、茶碗や皿が滑り落ち、ガラガラガッシャーンと騒々しい音をたててて割れ、カップヌードルが熱湯を撒き散らして転がった。


「熱ッ!」

 不意を突かれた三人の若者は、慌てふためいて絶叫した。


「うわあっ!」

「なに事だっ!」


 落ちてきた猫たちは、悠々と、散乱した削り節をウニャウニャおいしそうに食べている。伝令のハンゾーが「役得」と笑う。


 怒った一人が箸を投げつけた。

「この畜生が!」

と罵しりながら慌てふためいている。太ももにかかった熱湯が、熱くて堪らないらしい。


「あの猫ども、感電死させてやる」

と、棒状のスタンガンを構えて、放電スイッチを押した。

 バチバチ

と激しい音を立てて、四十センチの棒の先に、青い電流がほとばしった。電気ショックで相手の動きを止める防犯用具である。


 スタンガンの悪用による傷害事件、暴行事件、殺人容疑で逮捕に至る実例は日本にもあるが、市販のスタンガンは、身動きを止めるのみで、気絶させるほどの威力は無い。それでも、人間に比べて躯体の小さな猫には大変な脅威になる。


 もう片手には、電動マシンガンを持った。プラスチック製の丸い六ミリBB弾を、空気圧で発射する。


 片手で撃てて、連射が安定していて、威力はガスガンを上回るが、殺傷力は皆無に等しい。


 とはいえ、初速が新幹線並みの時速三百キロもあるため、眼球を直撃すれば失明する危険性、大。十数メートル離れて被弾しても、かなり痛い。


 電動ガンにしても、ガスガンにしても、改造の疑いを持たれると、銃刀法違反で、家宅捜査の対象になる。それほど、実用の武器に近い性能を持つ。


 もう一人は、ピストル・クロスボウを手に取って、

「ぶっ殺してやる」

と弓を引いた(コッキングした)


 フルサイズ・クロスボウを室内でコッキングするのは、安全性のリスクが高く、手間もかかる。その点、片手で打てるピストル・クロスボウならば簡便に扱える。

 それでも、コッキングするために、利き手を空けておく必要があるため、二種類の飛び道具を持てない。


 もう一人は、スリングショットを持った。スリングショットも、コッキングするために、利き手を空けておく必要がある。二種類の飛び道具は持てない。


 いずれにしても、猫にとっては、恐ろしい武器ばかりであることに違いはない。


 他にも、部屋のあちこちに、催涙ガスを撒き散らす手榴弾のグレネードや、二十メートル先で散弾するランチャー、吹き矢、警棒、手裏剣、催涙スプレーなど、物騒きわまりない得物が転がっている。これら、すべて、市販されている防犯用具ばかり。


 何に使うつもりで島へ持ち込んだのか?想像するのも恐ろしい。

 すかさずハンゾーは短く、

「皆の者!退散」

と命じると、十匹の猫は、窓から外へ、影のように、ヒラリヒラリと飛び出した。猫の小柄な体躯と、俊敏さと、跳躍力を活かした奇襲戦術であった。


「逃がすか!」

 若者たちは、得物を手に追いかけた。


 追いかけても、時速五十キロメートルで走る猫には敵わない。ハンゾーたちは、嘲弄するように、追いついて来るのを待ち、わざと追いつかれては走り出した。


 走りながらでは、姿勢を固定して狙撃するフルタイプ・クロスボウは使えない。虫取り網も使えない。


 ピストル・クロスボウなら、使えるには使えるが、走りながらだと照準が安定せず、無駄撃ちすれば、いたずらに矢を失うのみ。


 電動マシンガンも、走りながら撃てるが、数十メートル先を走る小さな猫に痛撃を与えることはできない。


 やがて、誘導部隊は、無傷で、湯治場から猫ヶ原までの一キロメートルを、数分で走破した。


 できるだけ猫ヶ原の中央へ誘い込み、退路から遠ざけたい。逃げられては困る。


 誘導部隊を追う敵の三人組が、猫ヶ原の中央付近へ達し、

「あの猫ども」

「どこへ行った」

「見つけ出してやるっ」

と立ち止り、辺りをキョロキョロ見回していると、黒い森の中から千匹もの猫が一斉に姿を現わした。


 夜の帳が下りて、すっかり暗くなった草原いっぱいに、千匹の猫の目が、二千、光り輝いている。







18/20話  え?気づかれた?


 突如として森の中から現れた千匹もの猫に我が目を疑って立ちすくむ三人組だったが、やがて気を取り直し、

「ここで会ったが百年目」

「みな殺しにしてやる」

「これだけの猫がいれば、楽しめそうだ」

と、スリングショットを持った男が、ウエスト・ポーチからパチンコ玉を取り出した。


「スリングショット!」

と、物識り猫のリューが慄いた(おののいた)


「何?それ」

 俗に、パチンコと呼ばれる玩具の威力を高めた防犯用具で、V字型のフレームの両端にゴムバンドを結び付け、ゴムバンドの中央にパチンコ玉をあてがい、引っ張って(コッキングして)狙いを定めてから、パチンコ玉を飛ばす。


 構造は原始的だが、たかがパチンコと侮るなかれ。スリングショットから弾き出される直径一センチ弱のパンチコ玉は、ガラス瓶を粉砕し、飲料缶を貫通し、飛ぶ鳥を射落とす。


 ガスガンや電動ガンよりも破壊力があり、もはや、銃といっていい。所持も使用も合法だが、人や動物を標的にすると違法。


 そのスリングショットを構えた男は、標的を求めるように、ゆっくり左右を見ましている。


 不用意に出て行っては、スリングショットの餌食になるばかり。


「あたしが先陣を切るか」

と立ち上がった真横を、一匹の白い猫が、

「オレが一番槍だぜ」

と走り抜けていった。白猫のジョーだった。


 真っ暗な猫ヶ原の中央部へ向かい、ただ一匹ひた走る白猫へ、スリングショットの照準が合う。

 ビシッ

と、むちを打つような音と共に、鋼製のパチンコ玉が、時速三百キロで飛んだ。


 速すぎて、弾道は見えない。しかし、空気を切り裂く弾丸の音を、猫の耳は捉えていた。


 猪突する白猫ジョーの身体が沈んだ。ひざをまげて重心を落とし、頭を下げて攻撃をかわすボクシングの防御ダッキングで弾をよけた。


 ところが、ダッキングするために速度を落としたのが災いし、別の角度から連射された電動マシンガンのBB弾が、初速三百キロの猛スピードで飛来した。


 白猫ジョーは立ち止まり、上体のみ左右へ移動させて攻撃をかわすボクシングのウィービングで、次々とBB弾をよけた。


 そこへ、不幸が襲った。立ち止まり、ウィービングで弾をかわすのに気をとられていたジョーへ、的確に照準を合わたクロスボウから放たれし矢が突き刺さった。


「うっ」

と白猫ジョーは、突き飛ばされたように倒れた。


「ジョー!」

 あたしは思わず飛び出した。


 スリングショットも、クロスボウも、第二弾を発射準備コッキングするまで、数秒かかる。


 その隙を逃さず、カシラのジロチョーが、

「かかれ!」

と号令をかけたが、威令の行き届いた組織であっても、生来、猫科の動物は争いを好まず、微動だにしない。


「しまった」

と、あたしは後ろを振り返って、ほぞを噛んだ。


 猫に団体戦を求めるのが無理だった。しかも、的にされ、軍神の血祭りになるために、戦いの火蓋を切る猫など一匹もいなかろう。


 背後で、ボス猫ダーの怒声が聞こえた。

「ここらで男にならにゃあ、もう舞台は回って来んど」

と、手下たちへ喝を入れている。奮った千匹は一斉に飛び出した。


 迫り来る千匹。


 迎え撃つ三人。

 その時、棒状のスタンガンを持った男が、戦闘服のカーゴ・ポケットから、フラッシュライトを取り出した。


「あれは!強力な懐中電灯!」


 目くらましの効果を知っていたあたしは、咄嗟に地面へ顔を伏せた。その強烈な閃光を知っている猫だけが、あちらこちらで顔を伏せている。


 男は、千匹の猫へ向けて、フラッシュライトを照射した。

「まぶしい!」

「見えない!」

 まばゆい光が視界を奪う。目がチカチカして、歩くことさえ侭ならない。

 闇を払って光った千ルーメンもの明るさに、明順応できず、立ちすくんでいる猫たちへ、フラッシュライトを持った男が、口笛を吹きながら楽しげに近づき、長さ四十センチの棒状スタンガンの先を、一匹ずつ、丁寧に押し当てていく。


 スタンガンが一閃するたび、感電した猫が一匹、また一匹と倒れた。

かすかに焦げ臭い匂いが漂う。


 動いている猫には、スリングショットの弾や、クロスボウの矢が飛んでくる。暗視ゴーグルをつけているだけあって、狙いは正確無比。


 猫たちは、置き物のように、たやすく感電させられ、あるいは、撃たれ、次々と倒れていった。


 このままでは全滅する。

「なんとしてでも、射程の間合いに入らなければ」

 間合いに入って、接近戦になれば、飛び道具など役に立たない。  

 しかし、間合いに入ろうと動けば、矢か、弾が飛んでくる。八方ふさがりになった。


「負けるかも知れない」

とは思わなかったが、徐々に恐怖感が高まってきた。その恐怖を煽るかのように、黒い海の彼方から、雷鳴が近いづいてくる。


「どうしよう?」

と、地に伏せて考えを巡らせていると、カシラのジロチョーが這うように近づいてきて、

「このままじゃ、やられる一方だ」


「まず、飛び道具を封じなければ」

「接近戦に持ち込もう」

 さすが、百戦錬磨の猛者は、話が早い。

「賛成」


「クロスボウの男と、スリングショットの男、どっちを狙う?」

「殺傷力が高いクロスボウから先に黙らせよう」


 お互いの目が合った。言わなくても分っている。どちらかが囮になって、やつらの目をそらしている隙に、もう一方が死角から忍び寄るしかない。


 うまくいけば良いが、危険を伴う策であることは確か。囮には、最悪、死が待っている。

「あたしが囮に」

「いや。オレが囮になるから、走って、間合いの中へ入れ」

「だって」

「遠まわりに迂回するのは、足の速い姐さんのほうがいい」

「わかった」

 カシラのジロチョーは、あたしの目を見つめ、黙って頷くと、クロスボウの男めがけて飛び出した。すかさず、クロスボウが照準を合わせる。


 その隙に、あたしは大きく迂回して、クロスボウの男の背後に回ろうとした。


 すると、突然、クロスボウが、あたしの方を向いた。

「え?気づかれた?」

 予期せぬ出来事だった。

 おとり作戦が見抜かれたのか、それとも、猫殺しの単なる気まぐれか、忍び足で回り道するあたしを、間違いなく狙っている。

 ブン

と、弓の震える音がして、矢はクロスボウから勢いよく放たれた。

「ギャッ」

と射抜かれて転がったのは、どこからともなく現れたボス猫のダーだった。


 あたしを庇うために飛び出して、楯になってくれたらしい。

「親分!」

 目の前に転がっているボス猫ダーへ、あたしはすがりついた。

「しっかり!」

 ボス猫ダーは、弱々しく、

「おまえの前で殺られりゃ、本望じゃい」

「バカ。死ぬんじゃないよ」

「間尺に合わん仕事したのう」

「生きるんだ!生きて勝ち残るんだ」

「わしらの時代は終わりじゃけん」

と、咽の底から声を絞り出すように呻いて、静かに目を閉じた。

「親分!親分!」

 目を、一粒の水滴が濡らした。


 雨が降ってきた。雨脚は、徐々に強まりつつある。海に落ちる稲妻の雷鳴が、稲光に遅れて低く轟く。


 あたしは、ボス猫ダーの体から身を起こし、憤怒に燃えさかる目で、クロスボウの男を見据えた。


 その視線の先に、カシラのジロチョーが、忍び足で、男の背後へ回り込もうとしているのが見えた。


 結果的に、あたしが囮になったことで、リューは間合いへ入ることに成功したようだ。


「よし!」

 あたしは、再度おとりになるべく、男へ向かって突進した。


「チャンスだ」

 男の背後から、リューが、背中めがけて飛びかかった。肩甲骨の辺りに飛び乗り、無防備な首筋の後ろへ、するどい前爪を食い込ませた。


「痛え!」

 暗視ゴーグルの死角から急襲してきた猫を、男は片手で掴んで引き離そうとするが、厚手の防護グローブをはめているため、なかなか掴めない。


「ちくしょう」

と男は、防護手袋を外して、またもや掴もうとした、その手の甲に、リューが噛み付いた。


「痛え!」

 悲鳴に応じ、スタンガンを持った男が、助けに走り寄ってくる。弾切れになった電動マシンガンは、置き捨てたらしく、もう所持していない。


 スリングショットを構えた男も、猫を射落として救援すべく、目一杯ゴムを引いて、じっくりと照準を合わせてから、パチンコ玉を弾き飛ばした。

 ビシッ

と、弾は、猫を引き剥がすのに躍起なクロスボウの男の口元に当たった。

「痛え!」

 衝撃で、歯が口腔を傷つけたのか、口元から血が流れた。クロスボウの男は、スリングショットへ向かって、

「撃つな!俺に当たるじゃねえか!」

と命じ、なおも猫を振り落とそうと、腰を回して上体を振った。


 振り回せば振り回すほど、振り子のように猫は振られ、体重五キロを支える前足のかぎ爪が、どんどん深く食い込んでいく。


 あまりの痛さに耐えかねた男は、腰のホルダーから鋸刃つきのサバイバルナイフを取り出し、うしろにブラ下がっている猫を突き刺そうと、目暗滅法に突いた。


 鋭利な刃物が、振り回されているリューの体を何度も切り裂いた。


 鮮血が、クリーム色の体毛を深紅に染めた。それでもリューは、しがみついている。


 次の一刺しが、男の肩に突き立った。自損した男は、

「ガアッ」

と咆哮し、サバイバルナイフを落として肩を抑え、前かがみになった。そのはずみで、リューは前方へ放り出された。

「今だ!」


 あたしは男へ向かって跳躍した。顔面の暗視ゴーグルに飛びつき、

「みんな!」

と、振り向いて、

「かかれ!」

と号令すると、コウモリの大群が空を覆って移動するかのように、猫の大群が地を這って襲来し、次々と、男の顔面めがけて飛びついた。


 猫の体重が加算されて体を支えきれなくなった男は、ふらつき、やがて膝を突き、折り崩れるように倒れた。


 その上に、容赦なく猫たちが殺到し、爪を研ぐように、男の皮膚や戦闘服を引っかいている。


 男は、痛みと恐怖で気絶した。

 それを見届けたあたしは、血だらけで倒れているリューのそばへ駆け寄った。 

「しっかり!」

 激戦で、息も絶え絶えのリューが、

「し、仕留めたか?」

と、弱々しく訊ねた。

「うん」

と頷くと、

「そうか」

と微笑み、

「あとは頼んだ」

と、気を失うようにガクリと首を落とした。

「こんなところで死ぬな!」

と叫んでも、目を開けることはなかった。




19/20話  戦い終わって日が暮れて


 降りしきる雷雨の中で、戦闘は激しさを増していた。


 クロスボウの男を斃したことで、猫たちは闘い方を学んだ。


 猫は、親から狩りを学ぶ。学べば、生まれもったハンターの才能が、学習を自ら応用して戦うようになる。


「次は、スリングショットの男だ」

と、あたしたちは、飛び道具を封殺すべく、スリングショットの男へ走り寄った。男は、

「この猫どもが!」

と猛り狂いつつ、パチンコ玉をつがえては発射しているが、なかなか猫に当たらない。


「初速三百キロの弾丸が、一発も当たらない?」


 不思議に思って、しばし男を観察していると、致命的かつ重大な欠陥を発見した。


 スリングショットの強靭なゴムを、何十回、何百回と引けば、腕の筋肉の疲労が著しく、射出される弾の速度も威力も落ちる。


 開戦時に比べると、弾を避けやすくなったのが疲労困憊の証拠。反撃のチャンスが近い証拠だった。


 もう一つ気づいたことある。

 もしも仮に、千匹の猫に対して、一匹につき一個のパチンコ玉を費やすとすると、千個のパチンコ玉が要る。


 パチンコ玉の重さは約五グラム。千個で五キログラムになる。五キログラムとなると、市販のコメ一袋に等しい。


 小さなウエスト・ポーチの中に、補給用のパチンコ玉が千個も入るはずがない。せいぜい二百個か三百個が関の山だろう。


「もうすぐ、弾が尽きる」

と確信したあたしは、弾よけに専念するよう檄を飛ばした。


 やがて男は、ウェストポーチの中を覗き込み、不覚を取ったように眉根を寄せ、スリングショットの本体を、猫の群れの中へ、渾身の力を込めてブン投げた。それが最後の一撃だった。


「チャンス到来!」

「弾が切れた!」


 男が、腰のホルダーへ手を伸ばしてサバイバルナイフを引き抜くよりも早く、暗視ゴーグルの死角から猫が一匹、また一匹と飛びついた。学習の応用が早い。


 ナイフを奪うべく指先に噛み付き、自立を奪うために脚へ爪を立て、押しつぶすように肩や背中へ飛び乗った。


 ついに男は、バランスを崩して、横倒しに倒れた。


 すぐさま、数十匹の猫が殺到し、全身へ乗りかかり、百キロ超の重量で、布団蒸しならぬ、猫蒸しにして、失神させてしまった。


「最後の一人は?」

と、あたりを見回すと、数百匹の猫たちが、スタンガンの男を遠巻きに取り巻いて、進退の自由を奪っていた。


 男は、片手に棒状スタンガンを持ち、もう片手にサバイバルナイフを持ち、腰を引いて、腕いっぱいにスタンガンを伸ばし、ゆっくりを弧を描くように廻りながら、ナイフを振り回し、猫らが近づかないように威嚇していた。


「近寄るんじゃねえ!」


 言われなくても近づけない。飛び道具と違って、サバイバルナイフも、棒状スタンガンも、間合いの中が攻撃範囲になる。安易に近づくのは危険だった。


 しかし、雨の中でスタンガンは使えない。放電すると雨水に反応し、自分自身も感電してしまう危険性がある。


 同心円の中心に位置する男から三メートルほど離れて、猫たちは、まるでミステリーサークルのように、円形に取り囲んだまま、しばらく膠着状態が続いた。


 刹那、いかづちの閃光が、夜の闇を昼のように照らし、ほぼ同時に、落雷が轟いた。一匹の猫が、

「わっ」

と耳を塞いだ。低くて大きな音を立てる落雷が大嫌いな猫たちは、

「まずい」

「危険だ」

「来る」

と口々に騒ぎ出した。


 雲の中で放電が起こっている。その雲放雷が、頭上を覆い始めた。見上げると、あたかも、雲の中で、竜が火焔を噴き、遊弋しているようだった。

「逃げよう」

「逃げるんだ」


 不安が伝播し、数百の猫たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ散った。

 

その時、あたしの脳裏に、ボス猫ダーの言葉が蘇った。

「逃げようとすれば、敵に後ろを見せる。敵に後ろを見せれば、スキができて、殺られる。そんなもんじゃ」

「そうか。挑まずに、逃げて敗れるんじゃ、負け犬だ。挑んでこそ、活路は開ける」


 名案が浮かんだ。あたし一匹残り、わざと男へ近寄り、棒状スタンガンの先が届く位置へ進んで、ヒラリヒラリと左右へ飛び跳ね、逃げるように後退し、また近寄っては、愚弄するように座り、寝転び、縦横無尽に翻弄した。


 苛立った男は、

「チョロチョロと、目障りな!」

と、サバイバルナイフを振り回していたが、動きが俊敏な猫に、かすり傷一つ負わせることができない。

「くそッ」

 つい、頭に血が上ったのか、

「くたばれッ!」

と、手裏剣よろしく、あたしへサバイバルナイフを投げつけ、かわされたと見るや、


「たかが猫の分際で」

と、棒状のスタンガンを突き出して、

「これでも食らえ」

と、放電スイッチを押した。


 そのとたん、かみなりが猫ヶ森へ落ち、直撃した大木を、真っ二つに引き裂いた。


 スタンガンの放電が影響したのか。

 地面に突き刺さったクロスボウの矢が導雷針になったのか。

 男たちが落としたナイフに反応したのか。

 金属製のスリングショットやクロスボウが雷を呼び寄せたのか。

 それとも、ただの気象現象か。


 第二波の雷が、猫ヶ原に落ちた。

 電流は、地を這う大蛇のような誘導雷となって、スタンガンを持った男の足元へ襲いかかった。


 一瞬の出来事だった。男は激しく体を震わせ、

「ぎゃあっ」

と悲鳴を上げて倒れた。

 数メートル離れていたとはいえ、あたしも感電して倒れた。痛みや熱さは感じなかったが、串刺しにされたように硬直して動けない。

「死ぬかも」

と思った。

「でも、いいや。勝ったんだから」

 三人すべてを斃した安堵感からか、急に気が遠のく。


 瞼の裏に、ボス猫ダーの気難しそうな顔が浮かんだ。あたしは意識の中で、

「必ず勝つと約束したよね?」

と話しかけた。そして、

「約束通り、勝ったよ」

と報告した。気難しそうな顔が、微笑んだように見えた。


 血だらけになって倒れているカシラのジロチョーの姿も見えた。

「勝ったから、もう安心して、ゆっくり眠りな」

と声をかけた。


 霞がかった視線の遥か先に、ヘッドライトのような光が、四つ、六つ灯った。やがて光は、徐々に数を増し、あたしの視界を真っ白く染めた。


 夢かうつつか、黒猫クーの声が聞こえる。

「そんなところで寝てたら、風邪ひくよ?」


 もうろうとした意識の中で、

「この光景、どこかで見たことがあるような気がする」

と思った瞬間に、あたしの視界は暗転し闇に溶けた。
















20/20話  そういうことだったの


「そんなところで寝てたら、風邪ひくよ?」

「おばちゃんじゃナーイ!」

「おばちゃんとは言ってないよ」


 声に気づいて目を開けると、黒猫クーが心配そうに覗き込んでいた。

「大丈夫なの?」

「んん?ここは?」


 一瞬、状況を把握できなかったが、徐々に鮮明に思い出した。

「そうだ、戦いが終わったんだ」

「うん、猫ヶ原の戦いは、終わったよ」

 無秩序に停めた数十台の車のヘッドライトが、猫ヶ原ぜんたいを照らしていた。


 漆黒の上空から爆音が聞こえてくる。


 ほどなくして、闇の一点に着陸灯の点滅が現れ、ヘリコプターが垂直に高度を落とし、風を巻いて着陸した。


 着地したヘリから、二人の警察官が、風を避けるように降りてきた。

 警官たちは、島の警備員と何か話していたが、やがて、後ろ手に手錠をかけられて座り込んでいる三人組へ近づき、その身柄を引き取ってヘリへ戻った。

 ヘリが飛び立つ。


 あたしは黒猫クーに、

「どういうこと?」

と訊ねた。


 三人組は、これからヘリで強制送還されるという。動物愛護法を犯した罪で裁判にかけられ、犯罪者として、数百万円の罰金か、一年以上の懲役を言い渡され、間違いなく刑務所行きになるだろう。


 刑期が終わって、出所しても、この島には出入り禁止となり、二度と足を踏み入れることが出来ないはず。


 その証拠となる現場の写真を、スケサーとカクサーが撮影している。彼らへ知らせたのは誰だろう?

「ちょっと遅かったけど、僕は、僕なりの強みで戦ったよ」

と、黒猫クーが、得意げに鼻を鳴らした。


 黒猫クーの異常な啼き方に異変を察したローコー大統領が、パトロールするようにスケサーとカクサーへ命じたのだという。

「僕の強みは、人間が好きなこと。人間も、僕たちを好きになってくれる。だから、言葉は通じなくても、伝えたいことが分かり合えるんだ」


 そうかも知れない。だから人間が動いたんだと、あたしは思った。

「人間とペットは、共存できる。お互いに幸せになれる。ペットの犠牲の上に、人間の幸福が成り立つなんて、おかしいと思わない?」


 東の空へと雷雲は過ぎ去り、いつしか小雨になっていた。急激に気温が下がりつつある。温暖な猫ヶ島らしからぬ寒さになってきた。


 あちこちで倒れている猫を、何十人もの島民が介抱していた。


 不幸中の幸いか、普段からケンカ慣れしている猫ばかりだからか、命を落とした猫は一匹もいない模様。


「そうだ、ボス猫ダーは、どうしたんだろう?」

と、彼が横たわっていた場所へ駆けつけると、そこにドクトル・ゲーがしゃがみこんで、

「ああ、もう、矢が刺さっているというのに、元気な猫だね」

と、ボス猫ダーを押さえつけて触診していた。


 元気な猫?

 見ると、ボス猫ダーがジタバタ暴れている。


「生きていたんだ」

と、あたしは嬉しくなって駆け寄ろうとすると、ゲー先生が、

「病院へつれて帰って、麻酔かけてから、矢を抜くから」

と、暴れるボス猫ダーへ「うるさい!」と一喝してから、助手へ、

「包帯でも巻いて、猫カゴの中へ放りこんでおきな。全治一ヶ月の入院」

と言い捨て、あとを助手に任せ、次に、血だらけになっているカシラのジロチョーを見つけて歩み寄り、抱き上げて心臓に耳をあてると、

「死んだように」

と言った。

「熟睡している。神経のズ太い猫だこと」


 カシラのジロチョーは、イビキをかいて眠っていた。猫だってイビキをかくし、夢も見る。

 激戦で疲れたのだろう。

「派手に血が流れているように見えるけど、創傷数が多いだけで、どれもこれも傷は浅い。ほれ、起きろ」

と言って、ゲー先生は、ジロチョーを助手へポーンと放り投げ、

「丸刈りにして、傷薬をつけておきな。全治一ヶ月の入院」

と言い放ってから背を向け、他の倒れている猫のもとへ歩いて行った。


「がらっぱちで大雑把な女医だなあ」

と、あたしは少し親しみを覚えた。


 猫ヶ原の中央では、白猫ジョーが仰臥していた。その脇で、アイパッチ猫のダンペーが、

「立て!立つんだ!ジョー」

と声を張り上げているが、白猫ジョーは、

「無茶いうなよ、おっつぁん。矢が刺さってんだぜ?」

と鼻白んでいる。


 あたしはジョーへ駆け寄り、

「矢が足に刺さったのね。でも、大丈夫そうで良かった」

と声をかけた。ジョーは遠い目をして、

「燃えたよ、燃え尽きた、真っ白にな」

と微苦笑した。


「あんた、もともと真っ白い猫じゃないの」

とは茶化さずに、

「お疲れさん」

と労った。


 あたしも疲れた。猫ヶ森で休もうかと思った瞬間、

「あれ?猫ヶ森?」

と、大事なことを思い出した。


「しまった!クリスマス・プレゼント、まだ四つしか渡してない!」

 もうすぐクリスマスの夜が終わる。この島には何千匹もの猫がいるのに、今から配ったんじゃ間に合わない。


 あわてて、クリスマス・プレゼントを隠した場所へ急行した。

「無い!」

 探しても探しても、隠したはずのクリスマス・プレゼントが見つからなかった。

「なぜ?」


 訳が分からず、ボーッとして呆然と棒のように突っ立っていると、どこからかアメリカンショートヘアのショーが姿を現し、

「大丈夫。私が配っておいたから」

と微笑んだ。


「ショー!あんた、どこへ消えてたの?こちとら、大変だったんだから」

「ああ、知ってるよ。とても忙しそうだから、君の分のパワーキャンドルも配っておいた」

「どういうこと?」

「私も、君と同じで」

「同じ?」

「サンタクロースの代理で、プレゼントを渡すように頼まれたんだ」

「え!」

と驚いたのは、うしろを付いてきた黒猫クーだった。


「サンタクロースの代理?」

「そうだよ」

「サンタクロースって、本当にいるの?」

「この世には、いない。あの世に、いるんだ」

「あの世から来るの?」

「年に一度のクリスマスに、ね」

「そうだったの」

「私と三毛猫ミーも、サンタと一緒に、あの世から来たんだ」


 いつの間にか、物識り猫のリューもいる。

「あの世から来たということは、もう既に、亡くなっているということですか?」

「そう。亡くなったあと、天に召され、天国で暮らしているんだ」

「天、すなわち神様に召され、天国、すなわち神の国で暮らしているということですか」

「そこに、虹の橋という七色の橋がある。私たち猫は、その橋にいるんだ」

「虹の橋で、どういう風に暮らしているのですか?」

「神々のお手伝いをしながら暮らしている。忙しいけど、楽しいよ」

「忙しいとは?」

「ああ。世界中で毎日、何かしらの祭り事、祝い事、願い事があるからね」

「ああ、そうですね。日本だけでも、全国各地それぞれの神を祭る祭事がありますからね。全国共通なのは、織姫と彦星が会う七夕の星祭。夏祭りの灯ろう流し。お正月の初詣は神社仏閣へ詣でますから、神事ですね。インドやネパールのホーリー祭や、キリスト教の復活祭も神事ですね。フランスでは、酒神バッカスに捧げるブドウの収穫祭。スペインの三大祭りといえば、バレンシアの火祭り、セビリアの春祭り、パンプローナの牛追い祭。それに、ブニョールのトマト投げ祭り。タイの旧正月を祝う水かけ祭り。ハロウィーンも元々は民族行事ですからね。他には……」


 ショーが「もういいから」と苦笑いしながら肉球を振って制し、

「その中で、クリスマスの日は、サンタクロースを手伝うんだけど、サンタは、イヴとクリスマスの二日間で、世界各国二十億人の子供たちにプレゼントを渡さなければならないんだ」

「一日あたり十億人ということは、もし仮に、二万人のサンタがいたとすると、一人当たり、一日で十万人もの子供たちへ配ばらなければ、とてものこと、配り終えませんね」

「そういう計算になるね」

「でも、一時間に四千人ちょっとの子供たちへ配るなんて、不可能ですよ。仮に、一億人のサンタがいれば可能かも知れませんが、移動時間まで含めると、まずもって不可能です」

「大丈夫。サンタには実体がないから」

「実体が無い?」

「だから、世界各地に同時に出現できるんだ」


「あんさん、そらぁ」

と、いつの間にか、ぼやき猫のモンクーがいた。

「幽霊っちゅう意味かいな?」

「そう。心霊とも亡霊とも言われる。お化け、化け物、ゴースト、物の怪、化け猫とも言われる。だから、私たちの姿は、人間に見えないんだよ」

 道理で、あたしの姿が人間には見えないわけだ。



 そういえば、おととい、この島へ降り立った時も、あたしを見た人間たちが、

「もしかして、お化け?」

とか、

「出たあ!」

と騒いでいたっけ。あれは、あたしのことだったのか。


 物識り猫のリューが、人差し指を立てて説明した。

「千七百年前に実在した聖ニコラウスという司教がサンタクロースのモデルと伝えられています」

「その聖ニコラウスが亡くなって、サンタクロースになったんだよ」

「ほなら、サンタクロースは、聖ニコラウスの幽霊ちゅうわけやん」

「そうだよ。そのサンタクロースが、人間の子供たちへプレゼントを配るのに手一杯だから、猫には猫のサンタクロースを遣わしたという訳なんだ」

「三毛猫ミーさんも、それで一緒に来たんですか?」

「一緒じゃないよ。私が後から遣わされたんだ」

「どうして一緒じゃなかったんですか?」

「サンタクロースが言ってた。おてんばな三毛猫ミーは、何か事件を見つけては首を突っ込んで、プレゼントを配る使命なんか忘れるだろうから、お前がサポートしてやれって」


 結果的に、お見通しだったってワケね。それにしても、どうしてサンタクロースはショーを遣わしたんだろう?


 そのショーが、

「もうすぐ十二時になる。サンタクロースが迎えに来る時間だ。さあ、草原でサンタを待とう」

と言って歩き出した。あたしも続いて歩く。そのあとを、黒猫クーも、物識りリューも、ぼやき猫モンクーも付いてくる。


 いつしか小雨は、雪になっていた。暖かい猫ヶ島に雪が降るのは、とても珍しい。戦いが終わって、静寂を取り戻した草原に、雪が降り積もる。


 草原が、薄っすらと白くなり始めた頃、二十四時を告げる鐘が鳴り始めた。もうすぐサンタがやってくる。あたしが、

「みんな、元気でね」

と、別れを告げると、ぼやき猫のモンクーが、

「また来てや」

と、寂しそうに、消え入りそうな声で言った。


「ミーはんから貰うた“足る心”な。大事にするわ」

「うん」

 鐘の音が五回、六回、鳴った。

 物識りリューも、別れを惜しむように目を潤ませ、

「あの世のことを、猫の世界では“虹の橋”というんでしたよね?」

「そうだよ。あたしたちは、いつも虹の橋にいる」

「いつか僕も、虹の橋に行くでしょう」

「間違いなく、ね」

「そこで必ず会えますよね?」

「もちろんさ。待ってる」


 鐘の音が七つ、八つ鳴った。

 黒猫クーが、鼻まじりの声で、

「また会えるよね?」

と、涙を流しながら言った。深緑の目から、涙がポロポロとこぼれ落ちた。


「大丈夫。きっと会える」

「きっと?きっとだよ?」

「約束する。あたし、約束は守るよ」

 鐘の音が九つ、十と鳴った。

「さあ、もう行こう」

とショーが促すと、ひときわ大きく鐘の音が十一、十二と鳴った。


 しかし、サンタクロースは現れない。日付は二十六日になった。

「あれ?」

 ショーは、不思議そうに夜空を見つめて首をかしげた。

「どうしたんだろう?」

「もしかして、このまま猫ヶ島に?」

 黒猫クーが言った。

「それもいいんじゃない?」

「どうかな」

「もう二十六日だよ?」

「サンタさん、どうしちゃったんだろう」

と、猫たちが口々に騒いでいると、夜の空一面が、金色に染まった。


 金色に彩られた夜空から、赤鼻のトナカイがソリを引いて現れた。ソリを引くトナカイのルドルフも、千七百年前に亡くなったトナカイらしい。


 赤いソリは、上空を大きく旋回しながら、ゆっくりと下降し、やおら羽毛のような静けさでフワリと着地した。


 ソリに乗ったサンタクロースが、

「いやあ、悪い、悪い。遅刻しちゃったよ」

と降りてくる。


 早くも一杯ひっかけたように顔が赤い。それを見咎めたショーが、

「もしかして、もう飲んでる?」

「あれ?バレちゃった?」

「ああ、もう、クリスマスは終わったよ?」

「バーカ。だから飲むんじゃん。今年の仕事は、昨日で終わり」

とサンタは機嫌よさそうに、

「ほれ、帰るぞ」

とソリへ乗り込んだ。


「今年のクリスマスも疲れたぜ。とっとと帰って、飲み直しじゃ」

と、出身地のトルコ酒・ラクを取り出して、グビグビ飲み始めた。自動操縦よろしく、トナカイのルドルフがソリを引くので、飲んでも宜しいという解釈らしい。


「ほれほれ。ミーとショーも、さっさと、乗った乗った。うぃ」


 釈然としない気分で、あたしたちがソリへ乗り込むと、ソリはフワリと上空へ浮かび上がった。あたしは急いでソリの中から、

「みんなー、さよーならー」

と手を振ると、みんなも、

「さよーならー」

と手を振っている。

「また来てねーっ」

「また会おうねーっ」

 みんなと過ごした昨日と今日が、幻となって消えてしまうような寂しさに襲われ、涙がポロリとこぼれた。


 ソリの中で、シクシクと独り泣いているあたしへ、ショーが優しく語りかけた。


「独りじゃないんだ。もう泣かないで」

 あたしが泣きべそ顔を上げると、ショーは、

「私のことに、まだ気づかないのかな?」

と微笑みながら訊ねた。あたしが首を振ると、ショーは高らかに笑って、

「ずいぶんと冷たいね」

と、わざと怒った顔つきで、

「私は、君の夫だったアメリカンショートヘアのショーだよ」

「え!」

「サンタは、それを知っていたから、私を遣わしたんだ」


「それが本当なら、初対面の時、どうして名前を訊いたの?知っていたはずなのに」

「教えていないのに知っていたら、おかしいと思うだろう?だから、知っていても、知らんふりして、敢えて訊いたんだ」

「どうして、虹の橋で会えなかったの?」

「虹の橋といっても、広いからね。それに、君が来たのは、つい先日だろ?」

「つい先日って?」

「今日のクリスマスから遡ること二十日前。十二月六日。午後四時」

「知っていたの?」

「サンタから訊いた。虹の橋に、君が来たって」

「本当?本当に、ショーなの?」

「また会えたね」

「こんなところで逢えるなんて」

「そう。だから“あたしの心”を受け取る必要がないって言ったじゃないか。もう持っているからね」

「そういうことだったの」

 あたしはショーに抱きついた。

「これからは、虹の橋で、ずっと一緒だね」

「うん。そうだね」

「あ、忘れてた」

「なに?」

「一日過ぎちゃったけど、メリークリスマス」


 上空から見下ろすと、猫たちの心の中へ入ったパワー・キャンドルの数々が、七色に美しく彩られ、猫ヶ島を覆いつくして、満天の星空のように輝いてた。


                 三毛猫ミーのクリスマス【完】










 この物語はフィクションです。実在の人物や団体、地名、商品名とは関係ありません。

 また、聖ニコラウスが亡くなってサンタクロースになったという説や、誘導雷が地面を電導する等々は作者の創作です。


エンディング あとがき(ネタばらし)


 三毛猫ミーのクリスマス、いかがでしたか?

 お気づきになったと思いますが、この物語の中には、有名な作品を彷彿とさせる名ゼリフやキャラクターが登場します。

 どういう基準で選んだかというと、単純に、筆者である、わたくし小笠原の好みで選びました(笑)

 好きな作品やキャラクターにオマージュを捧げ、本歌取りのように、ダブルパロディにさせて頂きました。

 まず、水戸黄門の御老公と、助さんと、格さんが登場しました。格さんの「控えい!この紋所が目に入らぬか」という決まり文句を知らない日本人はいないといっていいでしょう。

 その水戸黄門役の、ローコー大統領にはモデルが実在します。

 十数年前から、私財をはたいて捨て猫を拾ってきては動物病院へ連れて行き、元気になってから里親に出している方で、本業とは別のアルバイトで月間十数万円の活動費を捻出しています。

 たかが猫好き程度で出来ることではありません。本業以外の全ての時間を、捨て猫の保護に充てています。

 そんな彼に敬意を払い、重要な役まわりのモデルにさせて頂きました。彼は、まさか自分がモデルにされているとは夢にも思っていないでしょうけどね(笑)

 そして、白猫ジョーは、名作アニメ『明日のジョー』

 ボス猫ダーは、仁侠映画の金字塔『仁義なき戦い』で広能ひろのう親分を演じた名優の菅原文太さん。この物語を書く前月の十一月に帰らぬ人となりました。その追悼の意を込め、物語の風情に不釣合いとは思いましたが、敢えて交戦シーンを山場にして、その中心的な役割に設定しました。

 ボス猫ダーの台詞は、ほぼ『仁義なき戦い』の中で実際に使われた台詞そのままです。物語の会話の中に、映画の台詞を組み込むのは苦労しましたが、お陰で楽しく書き進めることができました。

 三毛猫ミーは、筆者が飼っていた猫の名前です。十二月に、十三年と半年の天寿を全うしたので、同じ十二月のクリスマスを舞台に書きました。

 おてんばで、勝気で、やんちゃな猫でしたが、その面影を、物語の中に反映させることで、十年後、あるいは二十年後に読み返してみて、

「ああ、そんな猫がいたっけなあ。そんな物語を、書いたっけなあ」

と、筆者自身の記念碑にもなると思い、現在の自分に発揮できる全力を尽くしてストーリーを考え、小説風に初めて書き起しました。

 書き始め当初は、処女作のビジネス書『あなたが会社の利益を殺す犯人だ』に挿入した短編小説のように短く仕上げるつもりでしたが、書いている最中に三毛猫ミーとの思い出が走馬灯のように脳裏を駆け巡り、書き終わってみると、中編にしては長く、長編にしては短い、中長編になってしまいました。

 この物語を、虹の橋へ旅立った三毛猫ミーに捧げます。

 つたない物語でしたが、最後まで完読して下さいまして、ありがとうございました。

エンディング あとがき(ネタばらし)


 三毛猫ミーのクリスマス、いかがでしたか?

 お気づきになったと思いますが、この物語の中には、有名な作品を彷彿とさせる名ゼリフやキャラクターが登場します。

 どういう基準で選んだかというと、単純に、筆者である、わたくし小笠原の好みで選びました(笑)

 好きな作品やキャラクターにオマージュを捧げ、本歌取りのように、ダブルパロディにさせて頂きました。

 まず、水戸黄門の御老公と、助さんと、格さんが登場しました。格さんの「控えい!この紋所が目に入らぬか」という決まり文句を知らない日本人はいないといっていいでしょう。

 その水戸黄門役の、ローコー大統領にはモデルが実在します。

 十数年前から、私財をはたいて捨て猫を拾ってきては動物病院へ連れて行き、元気になってから里親に出している方で、本業とは別のアルバイトで月間十数万円の活動費を捻出しています。

 たかが猫好き程度で出来ることではありません。本業以外の全ての時間を、捨て猫の保護に充てています。

 そんな彼に敬意を払い、重要な役まわりのモデルにさせて頂きました。彼は、まさか自分がモデルにされているとは夢にも思っていないでしょうけどね(笑)

 そして、白猫ジョーは、名作アニメ『明日のジョー』

 ボス猫ダーは、仁侠映画の金字塔『仁義なき戦い』で広能ひろのう親分を演じた名優の菅原文太さん。この物語を書く前月の十一月に帰らぬ人となりました。その追悼の意を込め、物語の風情に不釣合いとは思いましたが、敢えて交戦シーンを山場にして、その中心的な役割に設定しました。

 ボス猫ダーの台詞は、ほぼ『仁義なき戦い』の中で実際に使われた台詞そのままです。物語の会話の中に、映画の台詞を組み込むのは苦労しましたが、お陰で楽しく書き進めることができました。

 三毛猫ミーは、筆者が飼っていた猫の名前です。十二月に、十三年と半年の天寿を全うしたので、同じ十二月のクリスマスを舞台に書きました。

 おてんばで、勝気で、やんちゃな猫でしたが、その面影を、物語の中に反映させることで、十年後、あるいは二十年後に読み返してみて、

「ああ、そんな猫がいたっけなあ。そんな物語を、書いたっけなあ」

と、筆者自身の記念碑にもなると思い、現在の自分に発揮できる全力を尽くしてストーリーを考え、小説風に初めて書き起しました。

 書き始め当初は、処女作のビジネス書『あなたが会社の利益を殺す犯人だ』に挿入した短編小説のように短く仕上げるつもりでしたが、書いている最中に三毛猫ミーとの思い出が走馬灯のように脳裏を駆け巡り、書き終わってみると、中編にしては長く、長編にしては短い、中長編になってしまいました。

 この物語を、虹の橋へ旅立った三毛猫ミーに捧げます。

 つたない物語でしたが、最後まで完読して下さいまして、ありがとうございました。

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