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【一章完結】TS兵士が戦場で生き残るには~平和な世界で生きていたわたしが、どうしてこんな戦場に!?~  作者: 月星 星成
一章

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恐怖

「うっ……」


 目を覚ますと、そこはテントの中だった。絶え間なく前進を濡らす雨粒も、血の滲んだ泥も、あの冷たい空気も――ここには無い。あるのは、厚い毛布と、テントの中を照らすランプだけ。それ以外のものは、何もなかった。


「ここ、は……?」


 けれど、この場所のことを知らないわけではない。むしろ、戦場に来てから二か月の間に何度も使った場所だ。

 ここは、後方に下がって来た兵士たちが、寝泊りをするテント。前線と違って、この中だと誰にも邪魔されずに眠ることが出来る、癒しの場でもあった。……まぁ、癒しの場と言っても、外の地獄と比べればマシ、というだけの話でしかないだが。


 ただ、今はそんなことを気にしている場合ではない。


(どうして……わたしが、ここで目を覚ましたの?)


 その疑問だけが、胸の奥で重く沈んでいた。

 毛布の下の服は乾いていて、泥も血もついていない。誰かが、わたしをここまで運び、着替えさせてくれたのだと分かった。


 でも、その事実だけで安心することは出来ない。わたしが気を失っている間に、敵兵の突撃があり、部隊が壊滅的な被害を受けている可能性だってある。だから、自分の命があると言う事実だけで安堵することは出来ず、逆に誰かが()()死んでしまったのではないかという不安に襲われてしまったのだ。


 その時、テントの外から、聞き覚えのある声がした。


「入るぞー。……あっ、やっと起きたのか」

「ルーク、さん?」

「おう、どうかしたのか?」


 テントの中に入って来たのは、ルークさんだった。いつもの軽い調子の声なのに、どこか安堵が混ざっている。

 その表情を見た瞬間、胸の奥に張りつめていた糸が、少しだけ緩んだ……はずだった。


「わたし……どのくらい、寝てましたか?」

「丸一日。衛生兵が言うには、ストレスによって、身体が強制的にシャットダウンしたらしい」

「……一日?」


 せいぜい数時間だけだと思っていた。なのに、実際は丸一日も気を失っていたなんて……。グレン小隊長に何を言われるのか……いや、何をされるか全くわからない。

 ましてや、塹壕内で気を失ったという事実が、わたしをより追い詰めていく。後遺症は残らないと思うが、どれだけ厳しい体罰を受けることになるのだろうか。


「グレン小隊長は何か言ってましたか……?」

「いいや。セラのことは責めていなかったはず……あっ、さっさと起こして訓練させろとは言ってたけど」

「ある意味安心しましたよ。いつも通りで」


 どうやら、わたしが体罰を受けることは無さそうだ。あの人のことだから、わたしへの気遣いなどでは無く、ただ単に、そうする必要が無かっただけだと思われるが、それでも――胸の奥の重さが、ほんの少しだけ軽くなった。

 わたしは、兵士だ。兵士なんだ。だから、ここで立ち止まっているわけではない。この多くの罪を背負っている身体でも、誰かを守ることが出来るんだから、最後の最後まで働かないと。


 そう思って、立ち上がろうとした。

 けれど――


「っ……!」


 膝に力が入らなかった。

 まるで、自分の身体じゃないみたいに、ふらりと揺れてしまう。


「あの雨の中で、二日間も耐えていたんだ。疲れていて当然だろ。セラはまだ十四歳の少女なんだ。もっと安静にしとけ」

「でも、今のままだと、誰も守れないじゃないですか。だから、ちょっとの時間でも、訓練をしないと」

「はぁ。生真面目だな、ほんと。……わかったよ。ただし、訓練は禁止な。グレン小隊長が、ここ数日は安静にしろって命令を出しているからな」

「……わかりました」


 あのグレン小隊長が、そんなことを言うなんて、にわかには信じられなかった。でも、頭の何処かで、その命令に納得している自分がいる。

 あの大雨を二日間も浴び続けていたんだ。先輩たちの中にも、体調を崩しは人が何人かいて、体調を崩さなかった人も、かなりの疲れが残っている。そんな状態で訓練をするのは、非効率的で、勝ちが無い。


 小隊長は、冷酷で、戦争に勝つことしか考えていない人だが、その考え方はあまりにも効率的だ。……効率的すぎて、部下の命を部品のように扱ってしまっているのだが。


「ほら、手に掴まれ」

「ありがとうございま――っ!」


 ルークさんが、わたしに手を差し出して、立ち上がりやすいようにしてくれる。全身が疲れているせいで、自分の力だけでは立ち上がれない

 わたしにとって、本当にありがたい行動だったのだが、その手に触れた瞬間――思わず、手を引いてしまった。

 

「セラ?」

「どうし、て……」


 けれど、何でそんなことをしたのかわからない。自分の意識は、ルークさんの手を取って、立ち上がろうとしたはずなのに、無意識でそれを拒んでしまっている。なんで、ルークさんだよ? ずっと、わたしのことを助けれくれたルークさんの手を、なんでわたしは弾いているんだ?


 しかし、ルークさんは、混乱しているわたしを見て、どこか納得したように頷いていた。

 その目はとっても優しい目で、わたしに対する怒りのようなものは無く、どちらかというと、同情や哀れみに近しいものだった。


「ねぇ、俺のことが怖いと思う?」

「ルークさんのことは、怖くありませんけど」

「そっか。なら、無意識的な物なのかな」


 そうして、ルークさんが、わたしから少し離れた場所に座る。

 どうして、素おしだけきょちを取るのだろうか。いつもは、もっと近い距離で座ってくれるのに。


「ルークさん?」

「セラ、お真似はな……きっと、無意識で男性のことを恐れているんだ」

「え……?」


 言われた瞬間、胸の奥がひゅっと縮んだ。


 恐れている? わたしが……?


「いや、責めてるわけじゃないよ。むしろ当然だ。あんな状況を経験したんだ。身体が勝手に反応しても、おかしくない」

「でも、それだと、戦場じゃ……」

「そういう所が、生真面目なんだよ。なんで、最初に戦場って言葉が出るのかな……」


 まぁ、俺たちのせいだな……と呟きながら、ルークさんは視線を落とした。


「兵士だから、死ぬ覚悟をするのはいい。でも、それは自分のことを軽視していい理由にはならないんだ。だから、ちょっとは自分の心配をしろ」

「それは理解してますけど……男性恐怖症になってしまったら、前線で戦えないじゃないですか」

「まぁ、それはそうだけどな」

 

 自分のことを大切にするべき……そんなことは、わかってる! でも、わたしは兵士だ。死んでいった仲間の分まで、戦わないといけないんだ。誰かに否定されても、その思いだけは変えられない。

 今すぐに……少なくとも、次に前線に行く時までに、この状態を治さないと。


「ルークさん」

「なんだ?」

「近づいてきてください」

「……無理するなよ」

「わかってます」


 わたしの言葉で、ルークさんが少しずつ近づいてくる。やっぱり、ルークさんは優しい人だ。一気に近づいてくるんじゃなくて、数センチずつを時間を掛けて近づいてきてくれる。

 そのおかげで、わたしはある程度覚悟を決めることが出来ていた。


 けれど、わたしの症状は深刻なものだった。頭では、ルークさんは良い人であり、レオン二等兵がしてきたことなんてするはずもないと分かっていても、本能がそれを怯えてしまっている。

 ちょっとずつ近づいてくるにつれて、わたしの手が震え始め、それを恐れてしまっている。


 これは、本当にどうしようもない……。


「なんで……どうして……」

「セラ、無理するな……」

「わかってます!」


 治さないといけないのに、一向に治る気配が無い。ひょっとして、これがレオンを殺した罰なのかな?

 この戦場で、男性と関わることが無い場所なんて無い。指揮官も、仲間も、補給兵も、ほとんどが男性だ。だから、このままだと一生苦しみ続けてしまい、みんなの足を引っ張ってしまう。


 もう、わたしは味方を殺したくないんだ。足を引っ張りたくないし、負担になりたくない。味方のために、何かをしたいんだ。

 これが、自分の罪悪感を減らすためだってことは、分かっている。でも、それがどうした? たとえ、自分勝手で、傲慢な理由であろうとも、わたしという存在が誰かのためになるのなら、それだけで自分に価値が生まれてくれる。


「ルーク、さん」


 わたしは、震える腕を何とか抑えながら、ルークさんの手を掴んだ。

 怖い、怖い。でも、それがどうした。わたしには価値があるって、証明しないといけないんだ。

 もう二度と、誰かを犠牲にさせないために。


 ルークさんの視線が痛い。わたしのことを、憐れんでいるような……そんな視線が胸を締め付けてくる。

 けれど、わたしは、誰かの役に立つために、こうするしか、方法が無かったんだ。


「ほら……ルークさん。治りましたよ」


 震える手で、必死に笑顔を作って、わたしは言った。治っていないことなんて、自分が一番よく分かっている。

 でも、治ったと言わなきゃいけなかった。  そう言わないと、わたしには価値がない気がした。

 

「セラ、お前……。いや、よくやった。よくやったよ」


 痛々しい顔で、ルークさんがわたしのことを見ている。でも、これでいい。これでいいんだ。

 わたしは、まだ戦わないといけないのだから。


 ランプの光が揺れ、テントの中を淡く照らした。

 その薄い光の中で、わたしの震える手と、ルークさんの大きな手が触れ合っている。


 でも――その光景は、どこか歪んで見えた。

 


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