異変
そして、あれから数日たった。
わたしの時とは違って、後輩たちはすぐに前線に連れて行かれるということは無く、しっかりと訓練を積むことが出来ていた。とは言え、数日程度の期間で体力がつくというわけでなく、技術もまだまだと言ったところだった。
「まぁ、セラの時は早すぎたからなぁ」
「そうなんですか?」
「そりゃ、ここに来てすぐに前線に出るのは普通じゃないだろ。一応、銃の使い方とかは習ってたっぽいけど、さすがにあれは早すぎる」
「……やっぱりそうだったんですね」
今は、ルークさんとシス伍長、そして後輩たちと夕食を食べていた。
その夕食は、塹壕の中にいる時に食べるレーションでは無く、温かいスープであり、この時間が永遠に続いてほしいと思ってしまう。
でも、そんな都合のいいことはあり得ない。今までの経験からすれば、後方にいることが出来る時間はあと少ししかなく、また塹壕の中に戻ることになるだろう。
「セラさんって、すごいですね。そんな状況で生き残ることが出来たなんて」
「……すごくないよ。運が良かったのもあるし、致命的なミスをしてしまったから」
ルカが、純粋な尊敬の色を浮かべてこちらを見ていた。そのまっすぐな視線が、どこかくすぐったくて、でも胸の奥が少しだけ痛くなる。
わたしが生き残ったのは、アインのおかげであり、わたしの実力のおかげでは無いんだから。
でも、そのことを口にすることは出来なかった。幼馴染の死という刺激が強いことを、まだ戦場を経験していない後輩たちに聞かせることは出来ず、痛みを胸の中に押し込んで、表情を偽り誤魔化すことしか出来ない。
うん、これでいいんだ。アインの死は、わたしがずっと背負わなければらない罪。これは当然の苦しみで、でも前に進まないといけないんだ。
「ちっ」
レオンはあれからというもの、わたしのことをずっと敵視している。
年下の女の子に体力で負けたのが悔しい――その感情が全身から滲み出ていた。話しかけても返事はなく、視線を合わせようともしない。
でも、反骨心があるのは悪いことじゃない。むしろ、生き残るためには必要なものだ。悔しさは、成長の燃料になる。
わたしが嫌われるだけで、後輩が死なない可能性が上がるのなら、それでいい。
……まぁ、ちょっとは悲しいけどね。
それに対し、軍学校卒のレン伍長は、わたしに対して驚くほど丁寧だった。
普段はシス伍長と行動しているため、こうして一緒に食事をする時くらいしか話す機会はない。それでも、年下で階級も下のわたしに対して、彼は常に敬語を崩さない。
『わたしは、前線のことを全く知りませんから、セラさんに敬語を使うのは当然のことですよ』
そんなふうに、真顔で言ってくるのだ。
わたしとしては、むず痒いというか、申し訳ないというか……複雑な気持ちになる。
「ルーク、そっちはどんな感じなんだ?」
「レオンもルカも、一生懸命訓練に参加してるよ。俺らに比べたらまだまだだが、前線に出してもいいと思う」
「やっぱりやる気にさせるのが上手いよな。俺はそう言うの無理だ」
ルークさんとシス伍長が、珍しく真面目に会話をしている。
後輩たちがいる手前、シス伍長は酒を飲むのを自重しているらしく、今の彼は頼れる先輩そのものに見えた。
実際は、めんどくさくて、酔うとセクハラ発言を連発する厄介な人なのに──その本性は、まだ後輩たちにはバレていない。
(いつになったら、あの化けの皮が剥がれるんだろう)
前線から戻ってきたら、どうせ真っ先に酒を飲むだろうし、その時に全部バレると思うんだけどな。
むしろ、今のまともなシス伍長の方がレアだ。
「それで、レン伍長の方はどうなんだ? 出来るだけ早く、伍長として働けるようになってほしいんだが」
「絶対に無理。レンは教科書に載ってることしかしらねぇ。他の隊だと使えるだろうが、グレン小隊長の指揮には全く合わねぇよ」
「……それは、否定できませんね」
シス伍長の正直な物言いに、レン伍長は苦笑する。どうやら、自分でも自覚はあるらしい。軍学校で叩き込まれた知識は豊富でも、現場の空気に合わせるのはまだ苦手なのだろう。
……いや、それよりも、無茶な突撃を自分の能力で無理やり成立させているグレン小隊長がおかしいだけか。グレン小隊長以外があんな突撃をしたら、一瞬でハチの巣になってしまうからね。
「それで……その……グレン小隊長って、何をしているんですかね。初日以降見かけないんですけど……」
「上層部とぶつかってるんだろ。どうせ、兵をもっとよこせとでも言ってるんじゃないか?」
「ああ、あの人はそういう人だ。自分の隊に兵を集めることが、戦争に勝つ一番の近道だと思ってるからな」
うん、それは否定しない。ただ、他の隊のことを知らないわたしでは、グレン小隊長の意見が正しいと思えてしまうのだ。
ただでさえ、グレン小隊長は一人で戦況をひっくり返すことが出来る。それならば、より多くの兵を率いることが出来るのなら、もっと戦況を有利な方へ傾けることが出来るのではないかと思ってしまう。
でも、話を聞く限りでは、わたしたちの隊の死亡率はかなり高いらしい。それに伴う戦果も確かに大きいのだけれど、上層部にとってはそこがむしろ問題なのだろう。 勝てる部隊であると同時に、兵が消える部隊でもある――その評価が、どうしても重くのしかかってしまう。
兵士不足の状況では、勝ちよりも、兵士を消費しないことの方が大切なため、わたしたちの隊には、最低限の兵しか回されない。
「あの人の話は、このくらいしておくか。それより、軍学校でどんな内容をなろうのか教えてくれないか? 俺は、そういう所に通ってないから興味があるんだ」
ルークさんが話題を切り替えると、場の空気が少しだけ和らいだ。
シス伍長も、さっきまでの辛辣さを引っ込めてレン伍長の方を見る。
「……いいですよ。軍学校では、基本的な戦術、陣形、武器の扱い方、地形の読み方……そういった理論を中心に学びます」
「ははっ。その教科書に、魔導隊に正面から突撃するって書いてあるか?」
「シス伍長、改めて聞きますけど、それって本当の話なのですか? そんな無謀なことが事実だとは思えないんですけど」
「いいや、本当のことだ。セラなんて、ここに来て二日目で、その突撃に参加したんだぞ」
「えぇ……」
……やっぱり、あれは頭がおかしい突撃だったんだ。
あの突撃は、わたしが従軍してからの二カ月間でも、特に印象に残った一戦だった。忘れようとしても忘れられない。思い出すだけで、背筋が冷たくなる。
だから、あれが頭がおかしい突撃と称されても、驚きなんて何一つなく、むしろ頷くことしか出来ない。
「でも、セラはあの時、盾兵を一人殺したよな」
「あれは、運が良かったからですよ。もう一度やれと言われても出来るか分かりませんから」
「セラさん……二日目で……」
ルカが目を輝かせて、わたしの方を見てくる。正直、それはやめてほしい。未だ敵を殺すことを誇ることは出来ないし、毎日新たな罪悪感を増やしながら生きている。だから、そのような目で見られると、自分の醜悪さがより感じられるような気がして、気分が悪くなってしまうのだ。
それに、あの突撃の二日後に、わたしはとんでもない行為をして、アインを死なせてしまっているんだ。だから、ルカの尊敬の眼差しが胸に刺さる。
「ま、グレン小隊長の力を生かすのなら、それが正解なんだ。それに、あの人は俺らの命を最大限活用してくれる|。だから、それでいいんだよ」
ルークさんの言葉に、少しだけ違和感を覚える。でも、それが何なのかはわからない。この二カ月間で、何度か今のような違和感を感じることはあった、けれど、一度もそれが何なのかは察することが出来ず、今回もまたそれが何なのか察することが出来なかった。
それのせいで、嫌な予感が、頭の中で響いているというのに。
でも、わたしはそれに対して、何も問いかけなかった。
問い返せば、何か分かったかもしれない。でも、わたしは口を開けなかった。
理由は分からない。ただ、聞いてはいけない気がした。聞いたら、戻れない何かを知ってしまうような……そんな嫌な予感がしたから。
……そんな時、だった。
「お前ら、集合だ!」
グレン小隊長の声が、周りに鳴り響いた。
こんなことは初めてであり、前例がない。けれど、自然と体が動き、わたしは立ち上がって、グレン小隊長の方に急いで向かう。それは、ルークさんや、シス伍長も同じであり、躊躇いなんてものはどこにもなかった。
「えっ、なに?」
「――っ」
「まさか……」
後輩たちは、一瞬だけ動揺し、出遅れてしまう。でも、わたしたちの動きを見て、彼らもすぐに理解したらしい。
ルカが青ざめた顔で走り出し、レオンは歯を食いしばってついてくる。レン伍長は表情を引き締め、迷いなく足を運んだ。
周りの空気が変わっていた。冷たく、張り詰めていて、遠くで地鳴りのような音が響いている。
死が、確実に近づいてきていた。




