戦闘
「はぁ……寝れなかった」
「大丈夫か? ……いてっ!」
コイツ、昨日あれほど追い込まれていたのに、もういつもの雰囲気に戻ってる。
わたしは、人を殺したという事実に向き合ったせいで、まったく寝れなかったというのに。
(まぁ、元気になったのはいいことか。壊れかけた状態でいるよりずっといい)
幼馴染のあんな姿なんて、もう二度と見たくない。たとえ、より悪い方向へと変わっていたとしても。
「おまえら、ブリーフィングがあるから早く来い」
「は、はい!」
ルーク上等兵に呼ばれて、わたしたちは先輩方の元へと向かった。
足が重い。眠れていないせいだけじゃない。昨日の光景が、まだ頭の奥にこびりついて離れない。
けれど、アインは違った。
わたしの横を歩きながら、いつもの調子で鼻歌なんか歌っている。
(ほんと……どうなってるの、この子)
昨日のあの壊れかけた顔を思い出すと、胸がざわつく。
でも、今のアインは笑っている。
それが本当に戻った笑顔なのか、戻ったふりなのか、わたしには判断できなかった。
「おい、新人ども。遅いぞ」
グレン小隊長は、わたしたちを見て、そう呼び掛けてくる。
昨日、殴られてたことを思い出す。今まで、孤児院の子供たちに殴られたことはあったが、大の男に殴られたことが無かった。だから、グレン小隊長に見られるだけで、足がすくんでしまった。
「おい、この距離を走ることもできねェのか?」
「小隊長、もしかして昨日何かやったんですか?」
「あァ? 少々懲らしめただけだ」
「なんで、初めての戦場からそんなことをやったんですか? それなら足がすくんで当然でしょう」
「アイツらがいなきゃ、もっと進めたんだ。ゴフとベッツの死を無駄にしたんだぞ」
「はぁ、それはそうですね」
ルーク上等兵は、ため息をつきながらも小隊長に逆らう気配はない。
わたしとアインは、ただ黙って立っているしかなかった。
(……ゴフさんとベッツさんの死を、わたしたちのせいにするの?)
胸の奥がじわっと熱くなる。
怒りなのか、悔しさなのか、自分でもよくわからない。
でも、グレン小隊長の目がこちらに向いた瞬間、その熱はすぐに冷えた。
「おい、ガキども」
低い声。
昨日の殴られた痛みが、記憶の底から蘇る。
「今日の突撃は昨日よりキツいぞ。覚悟しとけ」
アインが小さく息を呑んだ。
わたしの手も、無意識に震えていた。
「昨日の分、取り返すんだよ。わかったな?」
「……」
「チッ」
「ストップストップ! まだ朝ですよ! お前らも返事!」
「「は、はい!」」
ルーク上等兵の声が、張り詰めた空気をわずかに和らげた。
でも、それは救いじゃない。
ただ、殴られるタイミングが後ろにずれただけ。
グレン小隊長は舌打ちをして、わたしたちを睨みつけたまま言った。
「今日からはおまえらに配慮をしねェからな。死にたくねェのなら、死んでもついてこい」
「……いや、小隊長の辞書に配慮なんて言葉は無いでしょうに」
「あァ? 何か言ったか?」
「なんでも」
昨日より辛くなる?
そんなの信じられない。昨日だって、わたしの人生で一番ひどい日だったのに。
「セラ、大丈夫だって」
アインが小声で囁いた。
その声は、昨日の夜よりずっと軽い。軽すぎて、逆に怖い。
「今日も俺が守るからさ」
笑っている。
なんで、笑えるの? 昨日は、あれほど人を殺したことに苦しんでいたのに。もしかして……。
(……壊れた?)
その言葉が頭に浮かんだ瞬間、心臓がぎゅっと縮んだ。
でも、すぐに打ち消す。
(違う、違うよ……そんなはずない)
否定したいのに、アインの笑顔は軽すぎる。
昨日の涙も震えも、全部なかったことにしたみたいに。
「ほら、立ってねぇで聞け。今日の配置を説明する」
グレン小隊長に指示されて、ルーク上等兵が地図を広げる。
その瞬間、胸の奥がざわっと波立った。
「ここだ。昨日より前に出る。敵も警戒してるだろうから、反撃は激しいはずだ」
昨日よりも、より奥にある塹壕。そこを目指して、わたしたちは突撃するのだ。
しかも、昨日とは違って、そこは完全な平地で、銃弾を遮る物は何一つない。今日の突撃は、昨日よりも危険なものになるということは、誰の目から見ても明らかだった。
「これで、終わり。十分後に突撃するから、準備をしとけ。一秒の遅れも許さねェぞ」
ルーク上等兵が地図を畳むと、周囲の空気が一段と重くなった。
突撃は、もう決まっている。わたしたちに選択肢なんてない。
「よし、突撃ィ!!!!!」
グレン小隊長を先頭にして、わたしたちは敵の塹壕へと走り出した。
敵兵もそれに気づき、銃弾の雨をわたしたちに向けて降らしていく。けれど、それらの弾がグレン小隊長に当たることは無かった。
「なに……あれ……?」
昨日は初めての戦場に戸惑って、気付くことが出来なかったのだが、改めて見ると、グレン小隊長が異次元なことをしていることに気付いたのだ。
まずは一つめ、グレン小隊長の目の前に、くの字のような、透明の盾が出来ており、それが銃弾をあらぬ方向へとはじき飛ばしていたのだ。
そして、もう一つ……それは、弾き飛ばした銃弾の中で後続に当たりそうな弾を、その手に持っている二本の剣で斬っていたのだ。あの銃から放たれた、目視出来ないほど速い銃弾を、そんなこと信じられるはずがない。
(銃弾を斬る? そんなことを出来るの?)
グレン小隊長のすぐ横を、何発もの弾丸が通り抜けていく。
跳ね上がる土。
砕け散る石。
後続の兵士が倒れる音。
なのに、彼だけは一歩も乱れない。
「走れェェェ!! 止まったら殺すぞ!!」
怒号が背中を叩く。
わたしは反射的に足を動かした。
考える余裕なんてない。
ただ前へ、前へ。
アインが横で笑っている。
その笑顔が、昨日よりずっと壊れて見えた。
「はっ、俺も敵を殺さないとな」
すぐ近くで発砲音がする。アレンの右手に握られている銃から出た弾は、敵兵の脳天を貫き、彼岸花のような血を噴き出し始めた。
思わず目を背けそうになる。でも、この戦場でそんなことをしてしまえば、一瞬で死んでしまう。
だから、それを見届けるしかなかったんだ。
「ははっ、まずは一人目」
(躊躇いが……無くなってる)
アレンは、昨日とは違い、躊躇う事無く銃弾を撃っていく。
アレンの指が、引き金を引くたびに軽く跳ねる。
その動きが、まるでゲームのボタンを押しているだけのように見えた。
(昨日まで……あんなに震えてたのに)
胸の奥がざわつく。恐怖じゃない。
もっと、嫌な感情。
アレンはもう、わたしの知っているアレンじゃない。
「セラ、遅いぞ!」
振り返ったアレンの目が、妙に澄んでいた。
澄んでいるのに、どこか空っぽで、底が見えない。
その目が、いちばん怖い。
その瞬間――赤い流れ星が降って来た。
「魔導隊だ! 避けろォ!」
グレン小隊長の怒号が響いた瞬間、地面が跳ねた。
赤い光が空を裂き、尾を引きながら落ちてくる。
「伏せろォ!!」
叫び声と同時に、わたしは泥の中へ身を投げた。
耳の奥がキーンと鳴る。
次の瞬間、世界が赤く爆ぜた。
熱風が背中を焼く。
泥が跳ね、破片が頬を切る。
肺に焦げた空気が流れ込んで、咳が止まらない。
(死ぬ……!)
目の前の塹壕から姿を現す、無数の盾兵とその奥に隠れた数名の魔導隊。そして、その中央に立つ無数の勲章を着けた兵士。どうやら、コレは彼らの仕業だったようだ。
盾兵たちは、まるで壁のように整列していた。 分厚い金属板に刻まれた紋章が、赤い爆炎の光を反射している。
その後ろで、魔導隊が淡々と詠唱を続けていた。
そして中央――勲章をいくつも胸にぶら下げた男が、わたしたちを見下ろしていた。
「撃てぇ――!」
再び放たれる赤い星々。
それらは大地に着弾し、その爆発に巻き込まれて何人かの兵士が焼け死んでいく。
「全員、散開しろ! 魔導隊を優先して潰せ!!」
グレン小隊長が叫び、剣を構えて爆炎の中へ突っ込んでいく。それに続いて、わたしたちも敵兵がいるところへと突撃した。
盾兵の列が揺れ、魔導隊が詠唱を早める。
また放たれた星々……けれど、それらが大地に着弾することは無かった。
「右方向二弾、正面三段、左方向一弾、すべて相殺しました!」
「よくやったァ!」
上空の爆発によって吹き降ろされる風で、わたしたちの髪と泥が一斉に後ろへ流れた。
耳鳴りがひどい。
世界の音が、爆発と怒号と詠唱でぐちゃぐちゃに混ざっている。
それでも――敵は止まらない。
「盾列、前進ッ!!」
勲章をつけた指揮官の声が響く。盾兵たちが、まるで巨大な獣のように一斉に動いた。
金属の壁が迫ってくる。その隙間から、黒い銃口がこちらを狙っていた。
けれど――
「オレを、なめるなァァ!!」
グレン小隊長の二振りの剣が、まるで紙を切るようにつ金属の盾を斬り裂いていく。
「きょ、狂鬼!!」
敵兵がその姿を見て叫ぶが、次の瞬間には体を真っ二つにされ、血飛沫を上げる噴水になる。
「オレに、続けェェェ!!」
グレン小隊長があけた穴を、わたしたちが食い破って、より大きな傷口へと変えていく。
盾兵は、重い盾と鎧を持っていて、近づいてしまえば、わたしでも対応出来るほど鈍かった。
「この小娘ごときにィ!」
頭の上を、重い盾が通り過ぎる。
でも、それをぎりぎり躱し、その鎧の隙間に銃口を突っ込んだ。
「ごめんなさい」
引き金を引く。ソレと同時に、鎧の隙間から赤い液体が飛び散り、わたしの頬にまで飛んできた。
温かい。
生きていた証が、わたしの肌に触れて消えていく。
盾兵の身体が、重い音を立てて崩れた。
その倒れ方が、妙にゆっくりに見えた。
(……殺した)
胸の奥が、ぎゅっと縮む。
でも、立ち止まる暇なんてない。
「味方ごとでも構わん! もう一度撃て!」
敵兵の指揮官がそんなことを言っている。けれど、もう二度と赤い星々がわたしたちを襲うことは無かった。
「てめェらの敗因は、オレの存在だァ!」
グレン小隊長が高く飛び跳ね、赤い星を斬り裂いていく。
そして……そのまま――
「くたばれェェ!」
敵の指揮官の身体をグレン小隊長の二振りの剣が十字に裂いた。
体中にある骨ごと、まるで柔らかい布のように。
その瞬間、敵の指揮官の口から声にならない息が漏れ、赤い液体が弾けた。
その身体が地面に落ちると同時に、周囲の敵兵たちの動きが止まった。
盾を構えたまま、震えている。
魔導隊の詠唱も途切れた。
「ひ、ひぃ……! 狂鬼だ……本物の……!」
「逃げろ! あんなの相手にできるか!!」
敵兵たちが蜘蛛の子を散らすように後退し始める。
その背中を、グレン小隊長が血まみれの剣を振り上げながら追う。
「逃がすかァァ!!」
怒号が空気を震わせる。
敵将を殺したというのに、未だ足を止めず、残る敵を斬り殺していく。
「今日死んだ奴らの命を、無駄にするなァァ」
そうして、わたしの二日目の戦闘が終わった。
五十人中、軽症者十八人、重傷者九人、死者八人という結果だった。




