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TS兵士が戦場で生き残るには~平和な世界で生きていたわたしが、どうしてこんな戦場に!?~  作者: 月星 星成


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16/16

友達

「いたっ」


 歩くたびに左腕の奥で何かが擦れるような痛みが走り、思わず声が漏れた。止血していたおかげで出血はほとんどないが、痛みだけはどうしようもない。戦闘中は気にならなかったのに、今になって急に重くのしかかってくる。

 でも、歩き続けるしかない。戦場には余裕なんてものは無く、自分一人で出来ることは、自分一人でするしかない。


「あ、見えて来た」


 野戦病院の白いテントが見えてくる。布が風に揺れ、忙しなく動く影がその向こうに映っていた。

 何度も来たことがあるけれど、いつも衛生兵に人たちは忙しくしていて、また仕事を増やすことになると思うと、少しだけ申し訳無くなってくる。やっぱり、怪我をしないことが理想なんだよね。


 そんなことを考えながら、わたしは負傷者の列に並んだ。そこにいるのは、わたしと同じ隊にいる人だけでは無く、他の隊にいる人たちも並んでいる。そのため、野戦病院の前にある負傷者の列は、かなり長く、その上より重症の人を優先して治すため、この傷を治してもらえるのはいつになるのか予想も出来なかった。

 まぁ、それは仕方がないことなんだから、別にいいんだけどね。


 痛みに耐え続けながら、わたしは自分の番が来るのを待ち続けた。

 それはとても大変なことで、頭がくらくらしてくるけど、わたしよりもっとひどい怪我をした人がいると思うと、その痛みにも耐え続けることが出来た。

 そして、四十分くらい経った時、ようやくわたしの番が来たんだ。


「次の人ー。あ、セラちゃんじゃない。大丈夫そう?」

「大丈夫だったらここに来てませんよ」

「それもそうよね」


 いくら魔力があるとはいえ、前線で戦う女性は珍しいようで、わたしの名前は衛生兵の人たちに覚えられていた。当然だよね、女性は筋力や体力が男性よりも劣るから、基本的に衛生兵や魔導隊に回されやすい。前線で突撃する女性なんて、銃を撃てるくらいの魔力しかない人だけだ。

 ほんと、わたしには才能が無い。


「また銃で撃たれたの? もう、お嫁さんになる前の女の子に傷をつけるとは、これだからスレブルグ奴らは」

「ははは……」


 わたしは、衛生兵の人たちにも可愛がられているようで、怪我をするたびにこんなことを言われていた。

 まぁ、誰かと結婚するつもりは無いし、傷が残っても構わないと思ってはいるから、どう返事をしたらいいのか分からない。


「うん、この傷は結構簡単だね。セラちゃん、嫌だったら嫌って言ってもらってもいいんだけど、ちょっといい?」

「いいですけど、急になんですか?」


 すると、衛生兵のお姉さんは少しだけ申し訳なさそうに笑った。


「今日から衛生兵として働く子がいてね、技術は及第点なんだけど、実戦経験が少なくて、その練習台になってほしいのだけど、いいかな? もちろん、嫌なら断ってくれてもいいのよ」


「……練習台、ですか」


 わたしは思わず左腕を見下ろした。脈打つたびに痛みが走る。正直、誰でもいいから早く治してほしい。でも、ここは戦場だ。贅沢なんて言っていられない。


「大丈夫よ。横でわたしが全部見てるから。変なことにはならないって保証するわ」


 衛生兵のお姉さんは、いつものように明るく笑った。その笑顔を見ると、不思議と不安が少しだけ薄れる。


「……分かりました。お願いします」

「助かるわ。じゃあ――ほら、入ってきて」


 呼ばれて、テントの奥から一人の若い衛生兵が姿を見せた。

 わたしと同じ年くらいの女の子で、白衣の袖口をぎゅっと握りしめている。緊張しているのが一目で分かった。


「こ、こんにちは……。あの、よろしくお願いします……!」


 声が震えていた。

 わたしは思わず苦笑してしまう。


「こちらこそ。……優しくお願いしますね」

「は、はいっ!」


 新人衛生兵は勢いよく返事をしたものの、手はまだ震えていた。

 その様子を見て、先輩衛生兵が肩を軽く叩く。


「大丈夫よ。セラちゃんは優しいから、落ち着いてやりなさい」

「……はい!」


 その声には、さっきより少しだけ力がこもっていた。


「えっと、この傷は……」


 新人の女の子は、わたしの左腕をそっと持ち上げ、恐る恐る傷口を覗き込んだ。指先が震えているのが分かる。無理もない。実戦で撃たれた傷を見るのは、これが初めてなのだろう。


「……弾、残ってますね。貫通はしてません」

「そうそう。だからまずは周りを洗って、位置を確かめてからね」


 先輩衛生兵が横から優しく声をかける。

 新人の子はこくりと頷き、深呼吸を一つしてから、消毒液を手に取った。


「じゃ、じゃあ……消毒します。ちょっとしみるかもしれません」

「大丈夫です。お願いします」


 わたしがそう言うと、新人の子は慎重に傷口へ消毒液を垂らした。

 途端に、鋭い痛みが走る。


「っ……!」

「ご、ごめんなさい!」

「大丈夫、気にしないで……」


 痛い、痛いけど撃たれた時ほどじゃない。だから、歯を食いしばって、痛みを耐えろ。この子を、安心させてあげるんだ。

 そして、新人の子は、ゆっくりと丁寧にわたしの腕から銃弾を取り出した。決して手際が良いとは言えないが、丁寧で優しく、安心して身を任せることが出来た。


「ありがとうございます」

「えっ……あっ、ありがとうございます」

「敬語じゃなくていいですよ。わたしは十四歳ですから」

 

 そう言うと、少女は安心したように、けれど、未だ緊張した表情で、小さく笑った。


「えっ、同じ年なんです……なの?」

「同じ年だったんですね。あ、わたしも敬語じゃないほうが良いですか?」

「う、うん。普通に話して……ほしいかな。ここには同年代の友達がいないから」


 少女は、言ったあとで恥ずかしそうに視線を落とした。

 白衣の袖口を指先でつまんで、ぎゅっと握りしめる。その仕草が、戦場の喧騒とはあまりにもかけ離れていて、胸の奥が少しだけ温かくなる。


 そして、衛生兵のお姉さんは、そんなわたしたちを見て笑っていた。

 どうやら、この子にわたしの怪我を直させたのは、経験を積ませるだけじゃなくて、友達になってほしいという思いもあったのかもしれない。それが、わたしを気遣った物なのか、この子を気遣った物なのか、それとも……その両方なのかはわからないけど、どちらしせよ、ありがたいことだと思った。


「リナ、ここからは一人で出来そう?」

「は、はい」

「じゃあ、私は他の患者さんを見てくるね。しっかり治してあげなよ」


 衛生兵のお姉さんは、わたしたちを残してテントの奥へと歩いていった。白衣の背中が布越しに揺れ、やがて別の患者の声に紛れて見えなくなる。

 テントの中には、わたしとリナだけが残された。


「……えっと、その……」

「リラって言うの? わたしはセラだよ。これからよろしくね」

「セラちゃん……。えっと、私たちは、友達なのかな?」

「そうだと思うよ。わたしは、友達が少ないから、よくわかってないけど」


 そう言うと、リナは「えへへ」と笑って、頬を少し赤くした。

 その笑顔は、さっきまでの緊張が嘘みたいに柔らかくて、年相応の女の子そのものだった。


「友達……なんだね。なんか、変な感じ。ここに来てから、ずっと怖くて……誰とも話せなかったから」

「わたしもだよ。先輩たちは、わたしのことを気遣ってくれているけど、同年代も、女の人も、いないからね」


 そんな会話をしながら、リナはわたしの腕の治療を進めてくれている。友達になったからなのか、その指先の震えは無くなっており、今ではしっかりとした衛生兵の一人のように見える。

 少し気が弱いところがあるから、これからも苦労することはあると思うけど、たぶん立派な衛生兵になるんじゃないかな。


「麻酔を打つけど、大丈夫?」

「うん、そのくらいは問題ないよ」


 わたしが頷くと、リナは小さく息を吸い込んだ。

 さっきまでの震えはもうなくて、でも慎重さだけはしっかり残っている。


「じゃあ……ちょっとチクッとするね。すぐ終わるから」


 リナは細い注射針を手に取り、わたしの腕の横にそっと添えた。

 その手つきは、思っていたよりずっと落ち着いていて、丁寧だった。


「いくよ……」


 針が皮膚に触れた瞬間、わずかな痛みが走る。

 でも、それは本当に一瞬で、すぐにじんわりとした感覚に変わっていった。


「……大丈夫?」

「うん。リナ、上手だよ」

「ほ、ほんと……? よかった……」


 リナはほっとしたように肩を下ろし、胸の前で手をぎゅっと握った。

 その仕草があまりにも年相応で、思わず笑ってしまう。


「それじゃあ、縫っていくね」


 そうして、リナはわたしの腕に糸を通しながら、ひとつひとつ確かめるように手を動かしていった。リナが針を持ち直すたびに、銀色の先端が灯りを反射してきらりと光る。

 わたしは、その動きをただ黙って見つめていた。麻酔のおかげで痛みはない。でも、針が皮膚を貫く瞬間、わずかに押されるような感覚だけは伝わってくる。


 リナの指先は細くて、思っていたより器用だった。針を通して、糸を引き寄せて、結び目を作る。その一連の動きが、ひとつひとつ丁寧で、慎重で、そして――どこか必死だった。


「……すごいね、リナ。手が震えてない」

「いや……セラちゃんの方が凄いよ。麻酔が効いてると言っても、普通は自分の腕を縫われているところなんて、見ることが出来ないよ」

「え? そうかな?」


 そう言われるのは予想外だった。ルークさんやシス伍長だって、この程度のことは出来るだろうし、グレン小隊長なんて、麻酔が無くてもいいって言いそうなほどなのに。


「うん……普通はね、自分の皮膚に針が通ってるところなんて、怖くて見られないよ。わたしだって、もし自分の腕だったら絶対目をそらしちゃうもん」

「そうなんだ……」


 わたしは縫われている自分の腕を見下ろした。針が皮膚をすくい、糸が引かれて、傷口が寄っていく。

 痛みはないけれど、皮膚が引っ張られる感覚だけは伝わってくる。


 でも、怖いとは思わなかった。

 ただ、淡々と、ああ、閉じていくんだなと感じるだけ。


「セラちゃんは……なんていうか、強いよね」

「強いのかな? わたしは、ただ慣れてるだけだよ。それに、怪我を縫う技術を覚えたら、将来使えるかもしれないじゃんか」

「そういう所が強いんだよ」


 リナは針を動かしながら、小さく呟いた。

 その声は、どこか引っかかるような、少しだけ寂しそうな響きがあった。


「わたし、まだ怖いよ。血を見るのも、傷を見るのも。でも……セラちゃんみたいに、落ち着いてる人がいると、わたしも頑張れる気がする」

「わたしは、リナが治してくれるから安心できるよ」

「……っ、そんなこと言われたら……もっと頑張らなきゃって思っちゃうじゃん」


 リナは照れたように笑い、最後の縫い目を結んだ。


「はい、終わり。すごく綺麗に縫えたよ。ごめんね、わたしの魔力は少なくて……重傷者にしか【癒】を使うことが許されていないんだ」

「ううん、気にしないで。ありがとう、リナ」


 そう言うと、リナは胸の前で手をぎゅっと握りしめて、嬉しそうに、でも少しだけ誇らしげに笑った。


「セラちゃんの怪我は、何があってもわたしが治すから、絶対に生きて帰って来てよ」


 その言葉は、思っていたよりずっと強くて、真っ直ぐだった。

 それは、わたしは一瞬だけ返事に迷ってしまうほどで、アインの死以外の、生きる理由が出来てしまった。


「……うん。帰ってくるよ。リナが待ってるなら」


 そう言うと、リナは胸の前で手をぎゅっと握りしめて、嬉しそうに、でも少しだけ誇らしげに笑った。

 その笑顔を見て、胸の奥がじんわりと温かくなる。戦場の真ん中で、こんなふうに誰かに帰ってきてなんて言われる日が来るなんて、思ってもみなかった。

 

 それが、わたしとリナ(親友)との出会いだった。前線で生きることは、いつだって死と隣り合わせだ。

 でも、この日から、わたしには、帰る理由がひとつ増えた。包帯を巻かれた左腕をそっと押さえながら、わたしは再び前線へ戻るため、テントの外へと歩き出した。

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