怒減幻我 (どっぺるげんがー)
ぼくは、小さい時からウソつきでした。
すぐにウソをついて自慢したり、弱そうな子をイジメてました。
中学生になって、センパイに気に入られ、いっしょに万引きをしたり、ものを盗んだりしてあそびました。
2年になって、センパイが暴走族に入って、ぼくも仲間になりました。
暴走族のなまえは「怒減幻我」です。「ドッペルゲンガー」とよみます。いみはわかりません。
そこの一番えらいひとが、警察につかまり、センパイが一番えらい人になりました。
ぼくが、怒減幻我だというと、みんなこわがるし、盗んでも、怒られなくなったので、楽しかった。
でも、センパイが、お金をあつめるようになって、ぼくは困りました。
さいしょは、お母さんのサイフから盗んだり、しました。
でも、足りないので、弱そうな子を叩いたり、おどしたりしました。
しらない人の家にはいって盗んだり、お店のレジから盗んだりしました。
センパイはときどき、大麻をすっていました。
でも、ときどき、もっとヤバいのをするようになりました。
ぼくもすすめられましたが、こわいので、しませんでした。
でも、やらないと怒るので、ときどきやるようになりました。
ぼくがヤバいやつの、よさがわかってきたころに、センパイがもっとお金をあつめろと言いました。
ヤバいやつのお金も、払えといいました。
ぼくはヤバいやつがしたくて、たまらなかったので、いっぱい悪いことをしました。
歩いている女の人の、カバンをとって逃げたら、つかまえられて、少年院にいきました。
◇◇◇
あれから月日が過ぎて、俺はヤクザになった。
別になりたかった訳ではないが、先輩が「怒減幻我」のメンバーを舎弟 (手下) として組に入ったので、俺も末端の組員として扱われるようになった。少年院から出た俺を迎えに来た先輩は、顔がボコボコに腫れていて、小指もなかった。
少年院に入る前から付き合っていた女は、先輩に妊娠させられたらしく、俺が出てからは会っていない。
ヤクザになったからと言って、上から金が貰えるわけじゃない。それどころか毎月上納金だの何だのと金を巻き上げられる。上の連中はそれが収入源なので、組を抜けることは絶対に許されない。俺は地元では働けないので、少し離れた所で組関係が経営する訪問販売の会社に入った。
炎天下の下、決められたエリアの家を毎日数十件訪問し、断られ、アポ (契約) が取れないと事務所でつめられる。給料は上納金が天引きされ、現金手渡し。年金は仕方ないとしても健康保険くらいはなんとかして欲しいが、そういうのは一切やってくれない。
手元に残った金を狙って先輩がたかりに来る。もうそういうの、やんねえっす、と言っても、草いるか、アイスいるか、と薬を売りつけようとする。本当に鬱陶しかった。もうどっか遠くへ逃げるしかねえなと思い始めた頃だった。
◇◇◇
仕事終わって家に帰ると、駐車場を汚いワンボックスが斜めに駐車している。ゾロ目のナンバー、先輩だ。
「……なんすか、先輩」
「おい、はよ乗れ」
俺は助手席に乗った。臭い。先輩は不自然に汗だくで、瞳孔が開いている。ああ、やってんなと思ったが、いつものことだ。それより後部座席にでっかいブルーシートが乗せられていて、モゾモゾ動いている。
「なんすかコイツ、誰さらってきたんすか?」
「…………」
「怒減幻我」のときも人をさらってくることはあった。ブルーシートにつつんで、車で運んで、その道中で聞こえるように先輩が脅すようなことを言ってビビらせ、人気のない所で開放するのが常套手段だ。リンチしたり、まわしたり、恐喝したり。様々だ。でも今日は黙っている。
嫌な予感がした。
車は小一時間、山道を走る。先輩は終始無言だ。やがて組が持っている建築関係の敷地に入り、先輩は車を止めた。ここは自走のボーリングや土砂ダンプなんかが数台置かれているが、所々油圧ショベルで地面を削った跡がある。つまり……
先輩は車からブルーシートを引きずり出した。
「……ングッ!」
ブルーシートが鳴いた。
先輩はブルーシートを地面が削れたところまで引きずった。
「……ンッ……ンッ……ンッ……」
ブルーシートは芋虫のように悶え、鳴いている。
先輩はブルーシートを削れた地面の中央に置いた。
……イヤだ……イヤだ……それだけは、それだけはイヤだ。
俺はイヤだった。それだけはイヤだった。その一線だけは超えたくなかった。それはブルーシートの中にいる奴も同じだろう。それだけは、イヤだ。
「おい、ぶるーしいと、はがせ、顔だけ、はがせ」
先輩の呂律が回っていない。キまっているらしい。
俺は少し安堵した。
ヤる気なら、ブルーシートを外す必要はないはずだ。顔だけ出せというのは、つまり脅すのが目的だ。きっとそういうことなんだ。
俺は顔と思える部分のブルーシートに巻かれたガムテープを剥がし、上半身を露出させた。俺と同じくらいの年齢のソイツは、腕と手首、そして涎と鼻水で剥がれかかった口と目元にガムテープが貼られていた。ムアッっと尿の臭いが立ち込める。
べびび……
べびび……
目と口のガムテープを剥がす。
ぼくは、こきゅうがおかしくなる。
「はッ……はッ……はッ……はッ……はッ……はッ……」
ぼくだ
ぼくの顔だ
ぼくの顔だ
ぼくの顔だ
ぼくの、ドッペルゲンガーだ
ぼくの、ドッペルゲンガーだ
ぼくの、ドッペルゲンガーだ
ごろんごろん……
先輩が、妙に重たげな金属バットを削れた地面の中央に投げ入れた。
「とどめ、させ」
先輩は背を向けて、油圧ショベルに向かい歩き出した。
いやだ、でぎない、ぞんなごと、でぎないいいいいいいいいいい!
どちゃ
◇◇◇
ぼくは、小さい時からウソつきでした。
でもこれからは
ほんとうのことが、話せません。