優勝できる力の代償
その椅子に限りはある。
そして、誰もがその椅子に座れるとは限らない。
スポーツの世界、勉学の世界、社会構造……。だからこそ、競争意識は必要であり、そんな争いを経ての協力がある。
「はぁっ……はぁっ……」
地元で1番。声をかけられてやってきた名門。
しかし、そこでの一番は、ここでは大したことがなかった。上にも俺より凄いのがいて、同じでも俺よりも凄く、下から来る者達にもいるだろう。
「なんだよ」
どんだけの練習をしても、……全然、
「レギュラーになんかなれねぇよ!!」
……人に、3年はあまりに少なすぎる。そして、平等の3年だ。
選んだ道とはいえ、こんなにも違うというのなら過去に戻って、
「地元の奴等と楽しく野球がしたかったよ!!」
必死にバットを振っても、必死に練習しても、ベンチに入ることすらできなかった。努力ってなんだ?才能は、理不尽過ぎる。自分よりも身体が大きくて運動センスがあり、全国と戦うということで、自分より優れた選手をこの目で見てしまった。
ずっと俺はスタンドにいて……なにが楽しいんだ?
「分かるよ、その気持ち」
「だろ!?」
……2人の高校球児がいた。名は……広まっていない。そして、最終年だ。
野球の練習をし続けて叶わないことは、正々堂々と白熱を生むスポーツの土俵にすら上がれないこと。
「俺だって試合に出たい!!」
「俺もだよ」
そんな2人の心を見て、悪魔がやってくる。
『君達。チームを優勝……そうだな。甲子園優勝に導ける実力が欲しいか?』
「「!?」」
『どうかな?チームを勝たせるホームランを打つ、4番。相手チームをねじ伏せる、エース。なりたくはないか?……代償を払えば、これまでの努力を、ちゃんとした成果にして叶える話』
「「………………」」
1人は悪魔と契約した。1人は契約を断った。
『代償は、”友情”だ。君は間違いなく、チームを優勝させられる選手になれた』
◇ ◇
カキーーーーーーンッ
その1人は急に打撃が覚醒した。
「な、なんだこのスイング!!今まで見た事ないぞ!」
「はい!」
悪魔と契約した途端。バットの振りが急激に鋭くなり、さらには140キロを超す速球でも、まるでスローボールのように遅く見える選球眼を持ち、相手投手が投げる球を予見できるかのような先読みまでできる。
カキーーーーーーンッ
「調子が上向いたのか!短期決戦はこーいうのは大事だ!!代打から入ろう!夏まで維持するんだぞ!」
今までくすぶっていた選手としか思っていなかった監督も、急な打撃覚醒にベンチ起用。そこから代打本塁打を皮切りに、セカンドの起用が決まり、
「夏大会は総力戦だ!投手の準備もしておくんだぞ!」
なんと2番手投手まで務めることに(投手で来たわけだし)……。だが、投手としても絶好調。なんと速球は145キロ以上を連発し、フォークボールまで制球完璧。シンカーの練習なんかした事ないのに、一瞬で投げられるようになってるし。
「エースで4番!!」
「お前いつの間に、こんなに野球が上手くなったんだ!?」
「すげーーー!!」
「プロや大学のスカウトも来始めたぞ!!」
これが悪魔と契約して得てしまった、力か。
「ははははは!!俺に任せろ!!夏は俺に任せるんだーー!!」
……これだ。これだよ!俺が求めた、高校野球!俺が活躍して、チームを勝利に導き……甲子園出場、そして、優勝!!
練習の成果が、ちゃんと結果に現れる世界!
この野球の名門で一番の選手となって、日本で輝くんだーーー!!
『代償は、”友情”だぞ』
悪魔は彼が成功している姿を影で薄く笑っていた。しかし、もう1人を笑うことはできなかった。
「おめでとー!夏、頑張ってくれよ!!」
「任せろ!!」
悪魔と契約を結ばずに、スタンド応援でいい、そんなことを宣った奴。
◇ ◇
ガシャーーーンッ
その衝撃はバットが渾身のボールを捉えた時より、大きくて、
「「「はっ?」」」
選手一同が、唖然とする他なく、監督もまた歯切りが悪い。
「その…………あの、時代の流れ、というか……」
当事者は
「半年前、転校した〇〇なんだがな。ウチの野球部のイジメについて、告発したそうでな」
……いや、知らねぇーよ。
野球を辞めた奴の事なんか、どーでもいいじゃねぇか。しかし、学校側はこれを決断。
「我々は夏の大会に。……出場しない」
「「「ふざけんなよ!!!」」」
無関係な者達にとっては憤怒するしかない決断。しかし、それ以上に学校が被るモノが多すぎる。それがイジメというものだ。
3年間の努力・夢。それを潰されるなど、あってはならない。……だけど、それが
「ここに来た以上は!!争うのが普通だろうが!!」
念願のレギュラーの座を勝ち取ったのだ。それも実力で勝ち取った……いや、
「〇〇のイジメの当事者は…………お前だと聞いているぞ」
「!!!?」
悪魔と契約して勝ち取った、力だ。
「ち、違う!!」
努力で勝ち取った者、才能で勝ち取った者。
いずれとも異なる存在であり、あまりに凄すぎた力。
「……お前が急にスタメンになるからだ」
「3年生だからって下級生をイジメてたよな」
「エース面しやがって!!」
常に補欠だった者と、常にレギュラーだった者とでは交流期間に差がある。
「「「俺達の野球を無茶苦茶にしやがって!!」」」
「!!」
イジメられた者はそれ以上の事をされた。
野球部にいる全ての人達が、人生を台無しにされるくらいのことだ。
◇ ◇
悪魔の代償は、確かに支払われた。
『成功した奴が大失敗する』
悪魔は新たに、契約をしていた。
「あはははは、ふざけるな!!先輩だからって偉そうにしやがって!!補欠だった分際で!2軍の分際で!急に活躍しだして、レギュラー!?ふざけるな!!」
あの場所では上手くいかない。あんなところで活躍はできなかった者同士だったのに、1人だけ都合よく活躍して、
「絶望しやがれっ!これが正義だ!!あんたが、夢を語るな!!」
…………怪我だ。スポーツにはつきものだ。
ただ、すぐに治るよりも復讐を選んだ。この身体の怪我よりも、心の傷のための復讐。
『代償は、足の治療じゃなくていいのか?』
悪魔はもう一度、聞いたが
「それよりも成功してる奴の不幸だ!!こんな目に合わせてやりたいんだ!!」
『……そうか』
……もし、成功していなかったら、そんな願いを悪魔に言わないだろう。
活躍を知ったからこそ、それを望んだのだからだ。
『では、失礼する』
悪魔は去った。彼からもしっかり、代償を払ってもらった。満足だ。
一緒に過ごした人間達の喧騒は、悪魔の心をよく刺激する。
そろそろ、悪魔も故郷に帰ろうかとするところ
「あ、悪魔さん!お願いです!」
『!……君は確か……大変だったね。出場停止になっちゃって。せっかく、優勝できる選手が現れたのにね』
「あのニュースを知ったし、……あいつが急に活躍するわけない。事実とかもあるにしろ」
『……………あの時は欲しなかったね』
スタンド応援などでいいと、君は言っていた。そんな陳腐な願いだから、契約をしなかった。
「今、契約する!チームの試合を、スタンドで応援する……!!」
『ほぉ、代償は?何を支払うんだい?』
……そうして、再び世界は変わっていく
◇ ◇
ワーーーーーーッ
「いけいけーーーっ!!」
「押せ押せーーーっ!!」
高校野球夏大会、準々決勝。
そこには
「とほほほ、結局、今年もスタンド応援か……あれから一気に調子落としたし……」
「まぁまぁ、しょうがないさ。チームはここまで来てるし、隣のブロックで優勝候補同士が戦ってくれてる。決勝までは行けるだろうし、甲子園だって」
「そりゃあ、そうだけど。こっちの相手は楽な奴等」
そう言っている通り、試合はすでにコールドの気配。このチームの相手だったら、俺達を出させてくれよって思いたくもなるさ。
結局、イジメ問題については……なんか、なかった事になってしまった。
情報の拡散があまりにも早く、学校側には調査調査となったのだが……。結局、証拠らしい証拠が出て来ず、その判断すら誰が決めるのやらで、霧散してしまった。球拾いを何日もやらされた、用具の手入れをやらされた、なんだかんだ。世間が喜ぶような暴力沙汰は
「してねぇーから!!」
……怪我は事実であるが、あくまで練習の出来事であり、それによる転校かどうか。関わりのない方々が決められるわけもない。
もみ消したのだろうか。
「複雑」
「こっちこそ」
2人の隣に他校の生徒。
しかし、俺達は親友だ。
「「親友だった」」
そういう関係。過去系だったのなら、また未来で仲良くなっても良いだろう
「ま、まぁまぁ。とにかく、俺達3人。仲良く野球を観ようぜ。代償は俺だって払ったんだ」
…………足を怪我してしまった彼の入場料を代償に、こうして大会に出場するチームを応援できるよう契約した。
とても悪魔はつまんなそうに叶えてくれたのだった。