第5話 光のランプシェード
梅雨が明け、東峰村の空気は夏の匂いを帯び始めていた。
作業場の棚には、この数ヶ月で集まった大小さまざまなガラス瓶が並んでいる。ワインの空き瓶、醤油の瓶、古びたジャム瓶。表面の汚れを落とすと、どれも透き通った光をはらんでいた。
そして机の引き出しには、村の陶芸家がくれた陶器の破片が詰まっている。小石原焼や髙取焼のかけら──釉薬の深い藍色、温かい飴色、そして白地に繊細な刷毛目模様。割れて役目を終えたはずのそれらも、掌に乗せると不思議な重みがあった。
「これで何を作る気だ?」
いつものように古賀が顔を出す。
「ランプシェードです。夜になったら、村のどこかを光で包みたい」
「ほう、粋なことを考えるじゃないか」
修一は瓶の底を切り取り、表面に小さな穴をドリルで開けていった。穴の周囲に陶器の破片をモザイクのように貼り付ける。透明なガラス越しに、陶器の模様が光を通すたび、昼間の作業場でも小さな影が揺れた。
瓶の中にはLEDランプを仕込み、配線を一本ずつ通す。汗を拭きながらの地道な作業だったが、修一は不思議と苦にならなかった。
やがて十数個のランプシェードが完成した。修一はそれらを村の集会所前や、花壇の周り、タイヤ遊具の脇に設置していった。
夕暮れ、村人たちが集まり始めた。
「今日は何ができると?」
「修一さん、また子どもらが喜ぶもんやろ?」
期待と好奇心が入り混じった声があちこちから聞こえる。
日が沈み、村が夜の色に包まれた瞬間、修一はスイッチを入れた。
──ふわり、と光が広がる。
ガラス瓶を透かした柔らかな灯りが足元を照らし、陶器の破片が作り出す影が、地面や壁に花や波のような模様を映し出す。
花壇のビオラは影と光に包まれて揺れ、タイヤ遊具の周りでは子どもたちが歓声を上げて駆け回った。
「うわぁ……きれい……!」
村の年配女性が、思わず口元を押さえる。
「この村、まだまだ輝けるな」
古賀が笑いながらつぶやいた。
その光景をスマホで撮っていた若い母親が、写真をSNSに投稿した。
「#東峰村 #ランプシェード #廃材アート」
翌朝には数千の「いいね」とコメントがつき、都会からも「行ってみたい!」という声が寄せられた。
その夜、作業場に戻った修一は窓から光景を眺めた。ランプの灯りが、まるで村全体を包み込むように揺れている。
あの日、都会で職も家庭も失った自分が、今こうして誰かの笑顔の中に立っている。捨てられたものも、人も、光を取り戻せる。
机の片隅には、解体して保管しておいた木製パレットが積まれていた。
修一はそれを見やり、静かに口元をほころばせた。
「次は……あれの出番だ」
月明かりとランプの灯りが交じる中、巨大な影の構想が、修一の胸の中でゆっくりと形になっていった。