第4話 古布のぬくもり
初夏の風が田んぼを渡り、青い稲の葉を揺らしていた。
作業場の片隅には、この数週間で村人が持ち寄った古布が山のように積まれている。色あせた浴衣、子どもの小さなTシャツ、よれた作業着──どれも使い古され、時にはほつれているが、手に取ると温もりがあった。
「これ、まだ使えるんですよ」
修一は布を一枚広げて、隣に座る古賀に笑った。
「お前はほんと、捨てられたもんばっかり拾ってくるな」
「だって……この布にも人生があるじゃないですか」
今回は村の女性たちと一緒にパッチワークの壁掛けを作ることにした。集会所の座敷にはミシンと裁縫道具が並び、ちゃぶ台の上には湯飲みと茶菓子。縫い針を持つ女性たちの手は、畑仕事で鍛えられたごつごつした指だったが、布を扱う時だけは驚くほど優しかった。
「これはね、うちの夫が若い頃に着とった作業着の切れ端よ」
白髪の女性が、淡い藍色の布を指で撫でながらつぶやいた。
「もう亡くなって何年も経つけど……これを縫い込めば、ずっとここにいられる気がする」
その声は少し震えていた。修一は言葉を返せず、ただ静かにうなずいた。
鮮やかな赤い布は子どもの初節句の祝い着から、柔らかな黄色はよだれかけから、古びた格子柄は祖父が愛用した寝間着から──布の一枚一枚が、村人の物語を背負っていた。
それらをつなぎ合わせる針の音は、まるで時を縫い直しているようだった。
完成した壁掛けは、色と模様が折り重なり、遠くから見ると一枚の大きな絵のようになった。中央には桜の花びらの形に切った布を配置し、村の四季を象徴する色を散らした。集会所の壁に掛けると、陽の光を受けて柔らかく輝いた。
「きれいやねぇ……」
女性たちの間から感嘆の声が漏れた。修一は胸の奥に温かい塊を抱きしめたまま、しばらくその光景を見つめていた。
壁掛け作りの合間、修一は古布の端切れでエコバッグも作った。持ち手部分は丈夫なデニム生地を使い、村の市場での買い物にも耐えられるようにした。完成したバッグを渡すと、年配の女性が「これなら孫の運動会にも持って行ける」と笑った。
さらに、子どもたちのために小さなぬいぐるみも縫った。ウサギやクマ、そしてなぜかタイヤ型のぬいぐるみまで。ふわふわの布に綿を詰め、ボタンの目をつけると、子どもたちは目を輝かせて抱きしめた。
「これ、ずっと大事にする!」
その言葉に、修一はまた胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
夕暮れ時、作業場に戻った修一は、机の上に残った古布の端切れを手に取った。ほんの小さな切れ端でも、そこに誰かの暮らしの一部が詰まっている。
かつては、自分自身が切れ端のように社会から外れ、見向きもされなかった。だが、こうして再び役割を持つことができる。布も、自分も。
窓の外では、村の子どもたちがぬいぐるみを抱えて走っていた。笑い声が風に乗って届く。
修一は静かにミシンを片付けながらつぶやいた。
「次は……光を作ろう」
その声は、集会所に掛けられた色鮮やかな壁掛けにも届いたように感じられた。