第3話 花壇と遊具
春が深まり、東峰村の空気は柔らかくなってきた。
修一は作業場の前に立ち、山積みの古レンガを見つめた。赤茶色の角は欠け、泥にまみれているが、指でなぞればまだ冷たく重い存在感があった。
「これで、何を作るつもりだ?」
背後から古賀の声。
「花壇です。集会所の前、土がむき出しで寂しいなと思って」
「ほう、悪くないな。村の婆さんたち、きっと喜ぶぞ」
修一はレンガを一つひとつ運び、地面を均してから円形に積み上げていった。水平器代わりに水を流し、傾きを直す。レンガの隙間には砕いた古レンガを詰め、固めていく。
数日かけて花壇が形になった頃、村の主婦たちが植える花を持ってきた。ビオラ、チューリップ、スイセン……色とりどりの花苗を並べる女性たちの手は土で黒くなっていたが、その顔には嬉しそうな笑みがあった。
「これで春が来たみたいだねえ」
ひとりの女性がそう言うと、修一の胸にも小さな春が芽吹いたような気がした。
花壇の次に手をつけたのは、廃タイヤだった。運送会社が置いていったままの黒い輪っかを、修一は高圧洗浄機で泥を落とし、ペンキで鮮やかに塗った。赤、青、黄色、緑……まるで大きなキャンディのように変身したタイヤを並べたり、半分埋めてトンネルにしたり、積み重ねて段差を作ったりした。
作業が終わると、村の子どもたちが駆け寄ってきた。
「わー! 遊具ができてる!」
小さな足がぴょんぴょんとタイヤを渡り、笑い声が空に弾む。タイヤの中をくぐり抜け、転がし、飛び越える。ペンキの匂いと笑い声が混ざって、修一は思わず頬を緩めた。
その日の夕方、数人の母親たちが作業場を訪れた。
「坂本さん、本当にありがとう。あの子たち、あんなに楽しそうに遊ぶの久しぶりです」
「私らじゃ思いつかんようなことをしてくれるけん、助かるよ」
感謝の言葉を浴びながら、修一は「大したことじゃないですよ」と照れ隠しの笑みを返した。けれど胸の奥では、何かがしっかり根を張っていく感覚があった。
夜、作業場の灯りの下で修一はタイヤの端材を眺めた。これらもまた、最初はただのゴミだった。それを人の手で磨き、色をつけ、役割を与えれば、誰かの笑顔を生む存在になる。
──自分も同じだ。
窓の外には、花壇の花々が月明かりに照らされ、静かに揺れていた。
修一は深く息を吸い、その香りを胸いっぱいに溜め込んだ。
「よし……次は布だな」
声に出してみると、未来が少し近づいたように思えた。