第2話 小さな再生
翌朝、修一は古賀から借りた作業場に立っていた。
まだ冷たい春の空気が、木屑のにおいと混ざって鼻をくすぐる。目の前には昨日見た木製パレットの山。釘が斜めに飛び出し、板の端はささくれている。それでも木目はしっかりしていて、まだ命を失ってはいなかった。
修一は工具箱を開き、久しぶりに鋸を握った。ギコ、ギコと木を切る音が、静かな村に響く。切り出した板を鉋でなでると、くるくると薄い木のカールが舞った。
手のひらに伝わる木の感触が、胸の奥の眠っていた何かを少しずつ呼び覚ましていく。
作業の合間、古賀が差し入れの湯飲み茶を置いていった。
「何を作ってんだ?」
「バス停のベンチです。昨日、通りがかりに見たんですが、あそこ、座る場所がなくて……」
「なるほどな。年寄りが多いから、助かるだろう」
古賀はそう言って、短く笑った。
三日後、バス停の横に新しいベンチが置かれた。パレットから切り出した板を丁寧に磨き、釘穴は小さな丸木で埋めた。背もたれには、余った木片で彫った小さな桜の模様。地味だが、どこか優しさを感じさせる仕上がりになった。
設置の翌日、修一は雨の中、そのベンチの前を通った。
そこには、買い物袋を膝に乗せた小柄なおばあさんが腰を下ろしていた。雨で濡れた髪を手拭いで押さえながら、ふっとこちらを見て言った。
「助かったよ。前はずっと立って待っとったけん、腰が痛うてね」
おばあさんの顔に、雨よりも柔らかな笑みが浮かんでいた。
その笑顔を見た瞬間、修一の胸の奥に、じんわりと温かいものが広がった。
ただの木切れだったものが、誰かの役に立つ場所になった。それは、錆びついた自分の心にも、静かに灯りをともす出来事だった。
数日後、作業場に見知らぬ男が現れた。手には割れた木製の踏み台を持っている。
「これ、直せんかね? 捨てるのはもったいなくて」
古賀が事情を聞くと、どうやら修一が作ったベンチのことを村で誰かが話したらしい。
その日から、古い椅子や欠けた棚板、ガタつく机など、さまざまな廃材や壊れた家具が作業場へ運び込まれるようになった。
中には、木製の引き出しだけとか、片方だけの椅子の脚といった“再利用の難しそうなガラクタ”もあったが、修一は嫌な顔ひとつせず受け取った。
──まだ使える。きっと、生まれ変われる。
ある夜、作業場の灯りを見つけて、古賀がふらりと立ち寄った。
「お前さん、なんか前より顔つきが変わったな」
「そうですか?」
「最初に会ったときは、廃材と同じく色を失っとった。今は……まぁ、まだ新品とは言えんが、いい感じに木目が出とる」
修一は照れくさく笑い、手にしていた板をそっと置いた。
かつては捨てられる側だった自分が、今は誰かのために何かを生み出している。その小さな変化が、確かに自分を少しずつ再生させていた。
外では、雨上がりの夜空に、星がひとつ、またひとつ瞬き始めていた。
修一は木の香りの残る手を見つめながら、小さくつぶやいた。
「よし……次は、もっと大きいものを作ってみるか」
その声は、廃材の山だけでなく、自分自身にも向けられていた。