第1話 捨てられたものたち
坂本修一は、駅前のベンチに腰を下ろしたまま、ぼんやりと山の稜線を見ていた。四十六歳。三か月前に勤め先からリストラされ、その直後に妻から離婚届を突きつけられた。行き場を失った心は、無意識に都会を離れ、気づけばこの東峰村に辿り着いていた。
村を歩く足取りは重い。仕事も家族も肩書きも失った男に残るのは、くたびれたリュック一つと、やりきれない空白だけだった。
小さな橋を渡り、村外れに差しかかったとき、ふと視界の端に茶色い山が映った。近づくと、それは無造作に積まれた木製パレットの山だった。角は欠け、表面は泥と雨で黒ずんでいる。横には割れた古レンガの山、ゴムのにおいを放つ廃タイヤ、色あせた古布、そして陽光を反射して鈍く光るガラス瓶が雑然と転がっていた。
修一は足を止めた。
──まだ、使えるのに。
心の中でつぶやいた瞬間、それがまるで自分に向けられた言葉のように響いた。会社から「もう必要ない」と言われ、家庭からも居場所を失った自分。これらの廃材と、自分の境遇が重なった。
「おい、そこの人。あんた、何してる?」
背後から声が飛んだ。振り返ると、日焼けした頬に深いしわを刻んだ男が立っていた。作業着の袖をまくり、手には木槌を握っている。
「いや……ただ、見てただけです」
「ああ、こいつらか。村の集会所で使わなくなったもんやら、運送屋が置いていったもんやらだ。どうせ燃やすか捨てるだけだな」
男はそう言って笑い、木槌を肩に担いだ。
修一は、捨てるしかないと簡単に言い切るその響きに、胸の奥がチクリとした。
「……もったいないですね」
「ん? あんた、何か作れんのか?」
男は意外そうに目を細めた。
「昔、家具作りが趣味で……道具さえあれば、多少は」
修一が答えると、男はにやりと笑った。
「なら、うちに来い。俺は古賀ってもんだ。空き家の作業場がある。どうせ今は使ってねえ、自由にしていい」
半信半疑のまま、修一は古賀に連れられ、村はずれの一軒家へ向かった。瓦屋根はくすんでいたが、軒先には木屑の香りが漂い、作業台や古びた道具が整然と並んでいた。
「ここ、好きに使え。材料なら、あそこで腐るほどあるだろう」
古賀は笑いながら、さっきの廃材の山を顎で指した。
修一は思わず、その場をぐるりと見渡した。埃をかぶった作業台。刃が少し欠けた鋸。角が丸くなった鉋。どれも使い込まれているが、まだ息をしている。まるで、第二の出番を待っているように見えた。
「……いいんですか、本当に」
「何もせずに錆びさせるより、誰かが使ってくれた方がいい。人間も、道具も、廃材もな」
古賀の言葉が、胸に深く沈んだ。
その夜、修一は久しぶりに心の中がざわついていた。
何かを作りたい──そんな衝動が、ゆっくりと灯り始めていた。
捨てられたものを、もう一度輝かせるために。
そして、自分自身をもう一度立ち上がらせるために。