ひたちサマ
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
おや……これは、つぶらや様ですが。どうもご無沙汰しております。
ここのところご連絡が久しくなかったので、わたくしども一同、心配をしておりました。ご壮健のようで何よりでございます。
本日はどのようなご用向きで……は、「ひたちサマ」のご様子を。
でしたら、坊ちゃまにお取次ぎしたほうがよろしそうですね。ちょうどお部屋でくつろがれているときかと。ぜひお顔を見せてあげてくださいませ。
よ~、つぶらや。
ちょっと前に、取材でいわくつきのところに行くとかいってたか? しばらく連絡がないものだから、てっきりおっちんだんじゃないかと思っていたぜ。
どうも、その様子じゃ骨折り損どころか、ちょっと厄介ごとに巻き込まれて自宅でおちおち休めない、といったところか。妙な因縁はあんま作るもんじゃないと思うがね。
ま、ほとぼりが冷めるまで、ここでゆっくりしてけ。お前も暇を持て余しているから、半月くらいとどまっても問題あるめえ? 若いうちはいいが、そのうちこんな時間を持てるときなんてなくなるんだからよ。堪能しておくんだな。
で、じいから聞いたが、「ひたちサマ」の様子を見たいんだと?
最後にお前が見たのって、2年くらい前だったか? そうなるとだいぶ状況が変わったからな……見に行く前にいったん経過を確かめといたほうがいいと思うぜ?
わざわざ見ようってくらいだから、お前も印象強いだろうが念のためにな。
ひたちサマ。
ひたちっつうと、茨城県を思い浮かべる人は多いだろうが、ひたちサマの語源は古語の「ひたみち」。直通っつうか、一本道っつうか、そういう道を歩き進んだ者のみが、まれに出会える存在が、ひたちサマだな。
いや~、懐かしいな二人してえっちらおっちらと……は、なに? 実名を出すと真似する人が出てくるかもしれないから、名前伏せとけ?
おめえ、妙なところで気を回すよな……まあ、それならそうしとくが、少なくとも全長10キロはくだらない直線道路だったな。
ひたちサマは、急変する天気のもとにあらわれる。
あのときは、歩き始めが小雨だったんだが、半ばを過ぎたあたりで急に空が晴れたんだったな。ちょっと前まで空を埋め尽くしていた雲が、嘘のように消えていた。で、ふと道の脇を見たら、いたんだよな「ひたちサマ」が。
あのとき、どうも俺とお前じゃ見えているモンが違ったようだな。俺には小さいサルのように見えたが、お前は球根に人の手足が生えたようだ……といってたっけ?
そんで試しに捕まえてみようって乗り出したわけよな。不思議なやつだったよなあ、クマよけスプレーは全然通用しないのに、虫よけスプレーを浴びてすぐ気絶しちまうんだから。カプサイシンにとてつもない耐性があったのかねえ。
ともあれ、捕獲に成功した我々はそれ以来、この屋敷の一角で「ひたちサマ」を世話しているというわけだな。せっかく二人で見つけたもんだ、その他大勢に共有して見世物にするなんてのは気が進まん。
ひたちサマの特性に関しちゃあ、お前ももう知っているな?
こいつは、この世界における「届かなかった不幸」のかたまったものとされている。
守護霊のたぐい、あるいはモノホンの偶然、それらが重なり、十中八九は実現するところを一、二割の低確率を引いちまったがために、訪れなかった「もしもの未来」の集合体だってな。
乗っかっているべき「ひたみち」から、脇へどかされちまった。だからああしてまっすぐな道に乗っかる度胸も持てず、脇でいじいじしているわけだな。
不幸の形は人によって違う。見え方に個人差があるのも自明だろう。で、お前は久方ぶりに「ひたちサマ」の様子がどう変わったのか見に来たってとこか。
いいだろう。だが、いつも通り養蜂業者も舌を巻くほどの重装備をしてもらうぜ。ある程度こなしたとはいえ、「不幸」から身を守らなきゃいけないからな。
不幸のあり方として、やはり傷害、殺害というのはシンプルかつ強いものらしい。それも将来のあるもののほうがいい。
いやあ、あれこれ伝手を使って、未来ある動物たちの卵を集めるのは苦労したぜ。捕まえた当初は毎日、すんげえ臭いがしたもんだ。これが哺乳類の赤ん坊だったら、もっとひでえ有様になっていたかもしれん。
が、ああして外にほっぽりっぱなしだと、不幸のやり場を求めてなにやらかすか分からないからな。こうして命を提供してやって方向づけるのがよかろうな……つっても、漏れることあるけど。
ひたちサマは、自らを構成する不幸たちが本懐を果たすたびに縮み、やがてはいなくなっていくって話だったな。完全に消失してもらうのが、俺たちの願いでもあるんだが。
おっと、つぶらや。この階段、降りるときは手すりつかめよ。滑ら「される」から気を付けろ……っと、ほら危ないところだったろ?
お前の体重くらいなら、本来ものともしないだろう手すりが、こんなに曲がってる。ひたちサマの仕業だな。久々なんだから、気イ抜くなよ? じいにだって、しょっちゅう注意させてんだからな。
よし、ここだ……ん? ドアは外しちまったのかって?
閉じる、はさむ、倒れこむ……ドア一枚とったって、不幸な事故にはことかかねえ。他の連中はともかく、ひたちサマには朝飯前らしくってな、けっこう前に外しちまったよ。
そうして中は、と……おお、一時期よりはだいぶおさまったな。
ざっと50はやられたか? 派手に割れている奴だけでもな。こいつら全部、今朝のうちに運び込んだものだぜ。ここに来た当初は、お前が帰ってからしばらく倍以上はやられるペースだったな。
で、あの一番奥の檻。でっかい布をかぶせているヤツがそうだ。
……お前、気付いているか? 身体中の防護服、ところどころボロボロだぜ? 俺もだがな。やっぱ、とっつかまえた俺たちの気配に敏感なのかね。
素肌をやられる前に、とっとと拝んで戻ろうぜ。
ふう、危なかったな。首の皮一枚ならぬ、布の服一枚ってところだ。あともうちょっととどまっていたら、頸動脈斬られていたかもしんねえ。
で、どうよ? お前には檻の中が何に見えた?
俺はネズミに見えた。はじめて見た時の猿の姿から、ひとまわり小さくなった気はするが、そんじょそこらのヤツを圧倒するでかさだ。油断したら、ガチでやりあっても丸腰じゃああぶねえかもしんねえ。
お前は……ふ、口にするのが難しいって顔をしているな。よほどおかしなものを見たか、おっかないものを見たか……お前が取材でどうにか命を拾ったばかりってのも関係しているかもな。憎まれているのかもしれん。
ここにいるのはいいが、ひたちサマとはもうしばらく顔を合わせんほうがいいな。まだ運があるうちは、いっちゃいかんのかもしれん。
もし、お前がほんとのほんとに、自分の運が尽きたと思ったらまたここに来い。
ひたちサマがそのときにまだいるか分からねえが、お前の不幸のどん底がはかれるし、ケリもつけてくれるかもしれん。あと腐れなくな。