お前ら、働いてくれ【ガラ葉編2】
暗い車内。布袋の中でガラ葉はもぞもぞと動きながら、何とか顔を出す。
髪がファサァ…と外にあふれ出て、黒服の一人がそれをそっと直す。
「……え、優しい……誰?」
「失礼しました。乱暴な手段に出ましたが、こちらも急いでおりまして」
「いや、急ぐにしても袋はやめて……せめて、髪のスペース確保して……」
「ガラ葉様。あなたは選ばれた髪の持ち主です」
「え、なにその設定。勝手に盛るのやめて」
「私たちは長髪特化型芸能プロダクション・ヘアレジェンドの者です。あなたに是非、神秘系モデルとしてデビューしていただきたく」
「いやいやいや。私、基本ジャージだし……神秘とか、もう今ブラシのことしか考えてなかったし……」
「見ました。あのブラッシング。神が宿ってました。光が見えました」
「髪に?」
「はい、明確にオーラが。スーパーロング、未踏領域です」
「……えっ、マジで?」
「マジです」
ピグマがブラシに着けておいた発信器を頼りに事務所の前にたどり着いたのは、それから約一時間後だった。
手にはガラ葉の非常用ブラシセット(予備がちゃんとある)、肩で息をしながら扉を蹴るように開ける。
「おい!うちのガラ葉どこや!あの子、社会性ゼロやぞ!誘拐して責任とれるんかい!」
受付にいたスーツ姿の女性が、にっこりと笑った。
「ご安心ください。現在、メイクルームで撮影用のヘアチェック中です」
「もう仕事始まってるんか?!」
その頃メイクルームでは鏡の前に座らされたガラ葉は、すでにプロの手で三方向から髪を持ち上げられていた。
「やばい……なにこの感じ……やたら髪を大事にされてる……」
「この毛先のまとまり、自然?まさかノンシリコン?」
「はい。あと、炭入り櫛で整えてます」
「えっ、通ですね……!」
スタイリストたちはもはや畏敬の念すら抱いていた。
その空気に押され、ガラ葉もついポツリと口を開く。
「……あの……これ、寝たままでもできます?」
「もちろん、弊社では寝ながら映えるが基本コンセプトです!」
「……なんて私向き……!」
その瞬間、パシャッと一枚。
誰かが試しに撮った写真が、たまたまSNSにアップされた。
〈#神秘の黒髪〉〈#ジャージ女神〉〈#寝ながら働く時代へ〉‥
数時間後‥ガラ葉は「ジャージ美神(仮)」として一夜でバズることになるのだった。




