ぼくのばあちゃん
うちのばあちゃんは変だ。
「葉亮電気を消して、全部だよ」
「うん」
ばあちゃんは雷が鳴り始めると必ず、家中の電気を全部消す。
「葉亮、こっちにおいで」
「うん」
そして、必ず窓際に座って、雷を眺める。
雷の大きな音にはビクリともせず、光る空に釘付けだ。
その時のばあちゃんは、きらきらして心から雷を楽しんでいた。
最初、僕は雷を泣いて怖がったけど、ばあちゃんの隣に居るうちに不思議と平気になった。
「綺麗だね」と、惚れ惚れとばあちゃんは言う。
「うん」と僕は頷く。
それでもばあちゃんは変だ。
「葉亮、行くよ」
「うん」
散歩する時、ばあちゃんは必ず上を向いて歩く。
僕が手を引いて歩かないと危ないくらい、ずっと上を向いている。
ばあちゃん曰く、「面白いものは上にある」らしい。
時に青空、時にトンネル、時に木陰になかでばあちゃんは、突然僕を呼ぶ。
「葉亮!」
「なに?」
ばあちゃんが真っ直ぐ指差す先には
「虹だ!」
小さくて今にも消えてしまいそうな七色の光があった。
ばあちゃん曰く、「綺麗なものも上にある」だ。
まだまだ、ばあちゃんは変だ。
長めの散歩になるとばあちゃんは必ず海へ行く。
そして、大きな声で海に向かって叫ぶ。
「そらだ!」
海なのに空と叫ぶ。しかしばあちゃんの「そら」は「空」ではなく「宇宙」らしい。
それについて一度説明(?)ばあちゃんなりの理由を聞いた。
「ばあちゃんは海がそらに見えて仕方がないんだよ。そらって言っても青空の空じゃない。宇宙のそらだ。ばあちゃんは海が宇宙に見えて仕方がなくって、つい叫んじゃうんだよ」
「なんで宇宙って言わないの?」
「いや、だって宇宙だから」
だから、ばあちゃんは変だ。
空はそらであって、宇宙じゃないし。宇宙はどうやっても”そら”って読めない。(ちゃんと辞書で調べた)
なのにばあちゃんは海に向かって
「宇宙だ!」
と叫ぶ。
今更だけど、僕はばあちゃんと二人で暮らしている。
両親は僕をばあちゃんに預けて、バリバリ仕事してる。じいちゃんは僕が生まれる前に死んだ。
だから僕にはじいちゃんがいない。でもいる。
僕のばあちゃんは、ばあちゃんだけど、時々じいちゃんだ。
「ばあちゃん、のこぎりってある?」
「なにするの?」
夏休みの自由研究で僕は鳥小屋を作ろうとした。
「鳥小屋?あの箱に穴開けたのか」
「それ」
「よし、わかった。葉亮おいで」
僕を裏庭に連れて行き、作り方を教えてくれた。
そして、どこにあったのかペンキを塗って仕上げたけど、それはどうみても…。
「ポスト」
白地に赤い屋根で塗られた箱。可愛らしい洋風の家にかけてありそうな…ポスト。
「やっぱり、丸穴にしとけばよかったかなぁ」
「いいじゃない。ポスト、家のポスト錆びてたからちょうどいいわ」
ばあちゃんはとてつもなくポジティブだ。
鳥小屋以外でもよく飛ぶ紙飛行機やコマの回し方を教えてくれたのは、ばあちゃんだった。
そんなばあちゃんが突然
「ばあちゃん!!」
突然、倒れた。
ばあちゃんは病院に入院した。
病院の待合室にいる僕を近所のおじさんが家まで送ってくれた。救急車を呼んでくれたのも、先生とお話したのもおじさん。
ばあちゃんと散歩してる時にみかんをくれたり、コマ回しでばあちゃんと張り合ってた優しくて面白いおじさん。
でもおじさんは無理して笑っていた。
「葉亮、おじさんと帰ろうな」
「うん」
「葉亮、今日はおじさん家泊まるか?家のかあちゃんも喜ぶし」
「ううん、家に帰る」
「…そっかぁ、じゃあ晩飯は食べてけな」
「うん」
それからおじさん家でご飯を食べて、僕は家に帰った。
僕はひとりになった。
暗闇には慣れていた。ばあちゃんは暗闇も好きだったから。
家に音が無いのも慣れていた。もともと音の少ない家だから。
ひとりで寝るのだって、ふつう。
いつもと何も変わらない。部屋には僕だけ。だって僕の部屋だから。
ただ、ばあちゃんの気配だけが無い。
それが妙に怖くて、なかなか寝付けない。
朝、玄関を開けると久々に会う、母さんがいた。
母さんは突然僕を思いっきり抱きしめた。僕はただビックリした。
でも母さんに抱きしめられてふと思うことは、ばあちゃんより柔らかいな、だった。
その後、母さんと一緒にばあちゃんのお見舞いに行った。だけど、ばあちゃんはしゃべりもせず、緑色のマスクを付けて、ただ眠っていた。
そっとばあちゃんの手を触ったけど、手は驚くほど冷たかった。
病院から帰る時、僕は母さんに手を引かれながらずっと上を見ていた。
だけどあるのは夕焼けだけで、面白いものも綺麗なものも無かった。
「母さん」
「なに?」
「ばあちゃん…死ぬの?」
「なにっ縁起でもないこと言わないの!」
「じゃあ死なないの?」
「っ…葉亮…」
「そっか、母さんもわからないんだ」
道端で母さんは僕を抱きしめた。
「大丈夫よ、葉亮は独りじゃないから」
母さんはそう言って僕の頭を撫でる。
「違うよ母さん。人は誰でも独りなんだ」
母さんの目が見える。涙をためた瞳がすごく驚いてる。
「全てを分ち合える人間なんていない。人はわからない事だらけだから。ばあちゃんもじいちゃんのことよくわからないって。でもそれでも幸せだったって。人は独りだけど、それでも人は幸せになれるって」
「おばあちゃんがそう言ったの」
「うん」
「そう」
ぽつりと冷たいのが僕の頬に落ちた。
「雨だ!」
僕達は急いで帰った。
僕は窓から外を眺めていた。
「葉亮、早くお風呂に入りなさい。風邪引くわよ」
「…うん」
お風呂から上がり、僕は窓の前に座った。
「葉亮、ご飯よ」
「…うん」
「葉亮!」
僕はただ待っていた。
光った!
僕は家中の電気を消すために走った。
「葉亮!?」
全ての電気を消し終えると僕は窓の前に座った。
「…葉亮、雷が怖いの?」
「ううん」
「じゃあなんで電気を…」
「綺麗でしょ」
言葉ではそう言ったけど、本当は隣にばあちゃんが現れるんじゃないかと思った。
ばあちゃんはいつも変で不思議だから。
でもばあちゃんは隣にはいなかった。
それから数週間後ばあちゃんは
退院した。
あの雷の日以降、脅威の回復力をみせ、こうして元気に
「葉亮、行くよ」
散歩している。相変わらず、僕に手を引かれて上を向いている。
「ばあちゃん」
「んー?」
「やっぱり人は独りなの?」
「う〜ん、どうして独りかわかるかい?」
「…わかんない」
「人と関わる事を大切にするためさ。葉亮だってばあちゃんと離れてばあちゃんの大切さがわかったろう」
「うん」
「そういう気持ちを忘れちゃいけないよ」
「うん」
「あっ、葉亮!」
ばあちゃんは真っ直ぐ上を指差した。
「なに」
「じいちゃんだ!」
「うそ!」
「うっそ〜♪」
うちのばあちゃんは長生きしそうです。
この話は確か、「崖の上のポ○ョ」を見た後に書いた話です。
私はポ○ョより、宗介にツボってしまい男の子の話を書きたい意欲にかられて書いたんです。割と何も考えずに。
けれど「崖の上のポ○ョ」の面影はどこにもありません。(そもそもパクッてないけど)ちょっと宗介と名前が似てるくらいでしょうか。
「崖の上のポ○ョ」の影響としては、夏、浜町、男の子、おばあちゃんです。
そういうきっかけで生まれた話です。
おばあちゃんが雷好きなのは私がそうだからです。
きゃーきゃー騒ぐ女の子の隣で平然と窓に食らいついてます。
落ちるとビビるけどね。
「雷ってきれいだよね」と話すと大抵、「変だよ」と返ってきます。
私も葉亮のおばあちゃんも変わってるんですね。
音が怖いなら耳を塞いで見てみればいいのにと思うけど、大抵目も一緒に閉じてますよね。
目を開ければ普段では絶対見られない景色がそこにあるのに・・・。
ふむ、もったいない。
話は変わりますが、葉亮っていくつに見えているんでしょう。
私的には特に年齢は決めてません。小3〜小6ぐらいの幅かな。
育つ環境によりけりなのかもしれません。
葉亮はのびのび育ってほしい(願望!)
あとがきまで目を通して下さり、最後まで読んでいただきありがとうございます。
黒猫紅葉でした。