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木曜日と有名な甥たち


 木曜午前。

 すっかりサボりの蜜の味を覚えたわたしは学院の人けのない外の渡り廊下の端で足を伸ばしてぼんやり座っていた。最近はほとんど授業に出てない。


 親元から離れた寮生活で、学院の女子は群れる習性が強く、わたしもずっと同じグループに所属して集団行動していた。

 集団を牽引する気の強い子に同調して合わせて。少しでも浮かないように。嫌がらせされないように。精一杯、そうしていた。


 でも、呪われてからそういうの全部、バカバカしくなってしまった。

 ちょっと合わせるのをやめたら、向こうもすぐに声をかけてこなくなった。その程度の関係性だった。

 べつに寂しくないし、何も思わない。わたしは今まで、彼女たちのことが好きで一緒にいたわけではなかった。そのことに、気づいてしまった。

 レアンドロ・アルドナートの過去の恋愛とたぶん同じだ。


 校内に棲みついている懐っこい金色の猫が寄ってきて隣に座ったので撫でてやる。指先に喉の奥がゴロゴロいう感触。


 耳を澄ますと、授業の音がかすかに聞こえてくる。

 眠いけれど、脳の一部が妙に興奮していて、眠れない。


 ペタペタと足音がして、閉じていた目をうっすら開ける。

 猫が起き上がって、さっとどこかへ行ってしまった。


「おや、サボり?」


 バルトロマーニ先生だ。

 焦茶の癖毛に翡翠色の瞳の整った顔立ち。無精髭がだらしなくて、ちょっと頼りなくも見えるけれど、万年白衣姿で優しい雰囲気は一部に熱狂的な隠れファンがいる。

 この先生は秘薬学の担当で、さほど授業は多くなく、きちんと話したことはなかった。


「えっと、えっと」


 だいぶ焦ったが、先生は「今日天気いいもんねえ」といってすぐ隣に腰を下ろした。


 優しく声をかけておいて、ここからお説教が始まるんだろうか。

 怯えていると、ジャケットのポケットをゴソゴソ探っている。

 先生は、クッキーの入った小袋を出してぱくりと口に入れる。

 黙ってその様子を見てると「どうぞ」と言ってわたしにも一枚くれた。お礼を言ってもそりと齧る。


 バターの香りが強めで、とてもおいしい。

 かすかにスパイスの風味がする。シナモンか何かだろうか。


「サボり中のクッキーって、おいしさが増すよね」


 先生が脱力を誘う笑みを浮かべ、わたしがまさに思っていたことを言うから、こくこくと頷いた。背徳感が最高のスパイス。最高すぎる。


 わたしは先生と一緒に六枚のクッキーを三枚ずつ食べた。


 食べてる時はなごやかだったけれど、食べ終わるとまたちょっと気まずくなる。

 少しの沈黙が流れたあと、先生がこちらを向いて何か言おうとした気がする。しかし、結局何も言わないまま、また妙な沈黙が流れた。


 先生はこちらを向いてニコッと笑った。


「えーと……エルミさん、最近、レアンドロと仲がいい……?」

「ぃえ?!」


 突然の砲撃に、ビクウと揺れた。

 教員にまで噂が広まっているんだ。まずい。わたしはやらかしを隠しているので、生徒に噂されるのとは質が違う。


「大丈夫とは思うんだけど……いじめられたりしてない……?」

「い、いえ、その……そういうのはないです」

「あの子もね、なかなか難しい育ちしてるけど……根は悪い奴じゃあないんだよ」

「んん?」


 なんのフォロー? サボりのお説教ではなさそうだし、わたしの、妖精に呪われる失態を知ってるわけでもなさそうだ。先生、一体何が言いたいんだろう。それに難しい育ちって……。


 先生は「もし仲良くなれるなら、ぜひ、がんばってほしいなあ」と呟いている。


「あの、先輩の、生い立ちって……?」

「え? 知らないのかい?」


 なにげなくこぼした言葉に先生は少し驚いた顔をしたが、ペラペラ教えてくれた。


 先輩はもともと十歳の時に馬車の事故で両親を失い、数年親戚の家を転々としていた。しかし扱いづらさから反感を買って奴隷市場に出され、捨てられる。

 そこで見目の良さから好事家の貴族に買い取られたはいいが、結構な変態だったらしく、口に出すのも憚られるろくでもない目に遭いそうになり、すぐにブチ切れて魔術で屋敷を破壊した。

 その時に学院の理事のひとりに彼の稀有な才能を見つけられた。もうすっかり人間不信の凶暴な野犬となっていた先輩は最初暴れて大変だったようだが、バルトロマーニ先生が数ヶ月かけてなんとかどうどうと説得したのちに学院に入り、現在は特別待遇でこの学園に守られている。


 お、重い。なんかとっても重い。


「そ、そんなの、ぽろっと生徒わたしに言っていいんですか」

「本来ならよくないんだけど……彼に関してはすでに噂が回りきっているから……妙に誇張された嘘が伝わるくらいなら……正確な情報を伝えたほうがいいと思って……」


 えええ。今ので尾鰭ついてないの?!


 どうも、彼のやたらと重い生い立ちは、以前から学院の生徒ならば誰でも知っていることだったらしい。常に毛を逆立てた獣のような警戒心の強さだとかも大体そこに起因するものとして周知されている。

 わたしは一年の時は勉強に必死だったし、人の噂話に興味がないからニコニコ聞き流していた。


 軽い気持ちで、人から聞くんじゃなかった。


 ──お前、俺の生い立ち知ってて言ってんのかよ。


 あの一瞬の、冷たい瞳を思い出す。


 ヒヤリとした。


 大丈夫か? 好感度、ダダ下がってないか?



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