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レアンドロ・アルドナートに好きって言われないと死ぬ呪い  作者: 村田天
レアンドロ・アルドナートとふたりのジュゼム・エルミ
24/31

恋に落ちる土曜日


 土曜日。

 やっぱり頭は霞がかったようにぼんやりしたままだ。


 土曜日の選択授業は専門性が高い。わたしは来週になってカリキュラムが変われば、妖精学に少しでも関連したものならば、五年生しか受けられないようなものも、全部混じって受けられるようになる。

 けれど、残念ながら今はまだ受けられないし、二年生までで受講可能なものに興味があるものはなかった。図書館でちょっとだけ本を読んで、お昼の少し前にそこを出た。


 目の前をふわっと何かが横切り、見るとわたしの部屋にいた妖精がいた。


「……ついてきてたの?」


 一体いつから……もしかして懐かれてしまったんだろうか。

 妖精は馴れ馴れしく肩にのってくる。

 まぁ、べつに何をするでもなさそうだし、そもそもこいつはわたし以外のほとんどの人には見えない。これから妖精学を学ぶ身だし、無理に追い払うことはしないでそっとしておこう。そのうちいなくなるかも。


 学食の外の席はカフェっぽくて、なんかいい。

 もうすっかり寒くなってきているからあまり人がいなくて、すいているのもいい。

 わたしはそこに座ってテーブルに学食のランチセットを置いた。卵のベーグルサンドとチーズとトマトのサラダ。キノコのポタージュスープだ。

 なんとなくあたりを見回すと、すぐ後ろの壁にレアンドロ・アルドナートが佇んでいた。


 またいた!


 行動範囲が近いのか、顔を知ってしまえばすごくよく会う。親しみは高まるし、ちょっと運命的に感じて嬉しく思ってしまう。


「先輩、こんにちは」

「……おう」


 わ、また答えてくれた。

 わたしは普段はこんなふうに、ちょっと知っただけの人に気軽に声をかけられるほうではなかったけれど、だんだん我慢できなくなってきた。


 もっと話してみたい。少しくらい、仲良くなりたい。


「お、お昼ご飯……よければ一緒にどうですか」


 誘うと先輩は眉根を寄せて怪訝そうな顔をした。


「あ、恋人とかいますよね。誘ったらまずかった……ですか?」


「いねえよ」


 いないんだ……。


 そっか。いないんだ。へえ。

 なんでか頬が緩む。ニコニコしちゃう。

 先輩は意外にもそのままわたしのいるテーブルの向かいに座ってくれた。嬉しい。ますますニコニコしちゃう。


 先輩は学食で最も不人気な飲料として名高い苦汁ソーダを飲んでいる。まずくないのかな。すごいな。かっこいい。


「……特級取ったってほんとうですか」


「……まぁな……おい、そこ」


 先輩がわたしの口元に手を伸ばし、親指で茹で卵のカケラを拭い取った。


「……さすがにつけすぎだろ」


 先輩は口元だけ小さく笑った。

 なんだこのひと……!?!?!?

 会ったばかりの子にへいきでそういうことするひとなんだ?!?! 笑顔、ヤバい素敵さだな。


「……っ、先輩、モテますよね」

「あ? んなわけねえだろ」

「いやいや、モテますよ」


 そもそも、その顔で特級でモテないとかない。

 でも、恋人はいないらしい。

 あ、特別な女子がいるって噂はあったかも。

 て、ことは……。


「……好きな人はいますか?」


「…………」


 先輩は頬杖をついたその手で口元を隠したまま黙り込んだ。


 へえ。いるんだ。


 なんでだかムッとした。

 こんな顔の天才に愛される人間は、ものすごい美形とか、同じくらい能力があるとか、かなりの人じゃないとわたしは納得できない。いやわたしが納得なんてしなくていいんだけど。関係ないわけだし。それなのに、なんだろう。この感覚。


 もしかしてわたし……先輩の好きな人に嫉妬しているのかな。


 横顔を見つめる。横顔も綺麗。毛穴ないのかな。


 いいな。この人に好かれる人は。


 そんな気持ちが、ぎゅっと胸を締め付ける。


 この人は好きな子のことは、どんな目で見つめるんだろう。さっきみたいに触れたりもするんだろうか。

 その人は先輩をぎゅってしたり……できるのかな。ぎゅってしてみたいな。いいな。いいな。いいなあ。


 そんな想いが驚くほどの速さでむくむく膨らんでいく。


「どんな人なんですか?」


「ん?」


「先輩の……好きな人」


 先輩は腕組みをして首を少し捻る。


「俺のことが……すげー好きな……へんちくりんな女」


 は? そんな程度で好かれてるの?

 また、ちりっとしたトゲトゲしい感覚が胸を走る。

 そして視界の端に飛んでいる妖精が淡い光を纏っているのが目に入った時、込み上げる衝動を口にしていた。


「そ、そんな人、たくさんいるんじゃないですかぁ!?」


「いや、そんなにはいねえだろ……」


 カッとなったわたしはテーブルにダンッと手をついて身を乗り出す。


「絶対ゴロゴロいます!」


「ん? なんかキレてんのか?」


「わ、わたしだって……」


 胸の奥底からガーッと激情が湧いてくる。

 我を忘れるというのはこんな感じかもしれない。


「あ?」


「わたしだって! 先輩のことすげー好きなへんちくりんな女になれます!!」


 突如として湧いてきた怒涛の感情とその発露に、わたしは自分でも驚いていた。

 自分が自分じゃないみたいだ。興奮して息が切れている。

 恋をしたことがなかったから知らなかったけど、会ってすぐの人にこんなこと言っちゃうなんて……わたしって恋すると結構激しいタイプだったんだな。


 先輩は目と口を開けて、妙な顔をしていた。

 この顔は……ドン引きしてる……?


「あ! ごめんなさい……!」


「あ、あぁ?」


「よく考えたら、先輩が好きになるくらいだから、たぶん……その人……すうっっごく可愛いんですよね、きっと……」


 さすがに、へんちくりんなだけの女じゃないんだろう。そんなはずはない。

 先輩は目を丸くしたあと、俯いて目を細め、苦虫をもぐもぐしたような顔で言う。


「まぁ…………わりと……めちゃくちゃ……マジで……相当可愛いんじゃねーの……?」


 ボソボソ言う先輩の頬がわずかに赤くて、胸がキリキリキリキリ痛い。


 でも、そりゃそうかあ。『先輩のことすげー好きなへんちくりん女』まではわたしもいけたんだけどな……悔しいなあ。


「ん? 先輩はその人が好きで、その人は先輩がすげー好きなのに、なんで恋人じゃないんですか?」


「……俺は敵を多く作る言動してきたから……そんなんになったら巻き添え食いそうで……危ねえし……」


 レアンドロ・アルドナートの女かっさらって倉庫に閉じ込めて、来たところボコっちまおうぜ。

 みたいなやつかな。

 今時そう見ない荒廃した世界観だけど、先輩周りならありそう。生徒会長とか、先輩に張り合ってるらしいし、実はガラが悪そうだしやりかねない。


「ふうん……でも、そんな悠長にしてたら……その、めちゃくちゃ可愛いその人、取られちゃいますよ」


「ん、んなこと……ねえだろ」


 先輩がちょっとたじろいだ声を出した。


「ありますよ! だってわりとめちゃくちゃマジで相当可愛いんですよね!? そんな曖昧な態度で恋人になれない男なんて、ポイですよポイ! もう今ごろほかの人とデートしてるかもしれません!」


「ま、まぁ……そうかもな」


 わたしはそこでオホンと咳払いをした。


「……そっ、その点わたしは、そんなことないですよ……?」


「……さっきからお前は一体何を言ってんだ」


「わたしなら、めちゃくちゃ相当マジ可愛いってことはないですけど……でも、恋人になれなくても、いつまでも先輩のことだけずっとずっとすげー好きな、へんちくりんな女になれますよ!?」

「……お、おぉ」

「お望みならへんちくりん度合いだって、格段に上げられます!」

「へんちくりんの部分が好きなわけじゃねえんだよ!」

「わたしだって、アピールしたいのはそこじゃないんです!」

「だから何が言いてえんだよてめえは!」


「つまり……」


 つまり、なんだ……そうか。


「す、好きになってもいいですか?」

「あ、あのなぁ……」

「あれ? すみません! もう好きでした!」

「ジュゼ……」

「好きです! 先輩にほかに好きな人がいても、わたしは先輩が好きです!」


 なんだろう。塊みたいに溢れてくる。

 そして言いながら思う。わたしのこの動き、このポジション。わたしが好きよく読んでいる流行大衆恋愛物語に、似たのがいた。

 その名も『妙に積極的な後輩女』または『当て馬』という。

 彼女の登場によりヒロインが胸を痛めはするが、彼は結局当て馬に靡くわけでもなく、二人の愛を高めるために存在している。

 そして大抵の後輩女は主人公に宣戦布告するも主役カップルの愛の深さに叶わないと悟り、最後は「私絶対いい女になってみせるんだから! 後悔しても遅いんですよ!」とかなんとか、泣きながら笑顔で宣言して退場するのが様式美とされている。そんな役回りやだ。やだよ。わたしだって絶対主人公のほうがいいよ。


 それでも、嫌でももう止められない。それが恋。わたしはもうすでに抗えない激流に呑まれていた。


 好きだ。

 わたし、この人が好きだ。

 そう思うだけで、ドキドキして胸が苦しい。


「先輩……」

「ん?」

「あ、明日……」

「おお?」

「明日、わたしとデートしてくださいっ!」




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