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レアンドロ・アルドナートに好きって言われないと死ぬ呪い  作者: 村田天
レアンドロ・アルドナートとふたりのジュゼム・エルミ
21/31

記憶を飛ばした水曜日


 緊急指令。

 レアンドロ・アルドナートと恋人になれ。


 とりあえず、先輩と会わないことには始まらない。

 水曜日。わたしは授業終わりに四年生の棟に向かった。


 あっ、先輩だ。


 先輩は特待生だから授業が少し変則的だ。思っていたのと違う教室から出てきた。

 ものすごくカッコいい紅い瞳。ものすごくカッコいい白い髪。ものすごくカッコいい鼻と口。わたしによるものすごくカッコいいグランプリ殿堂入りのカッコいい先輩がいた。


 カッコよすぎて思わず壁に一度隠れてしまった。それからそっと覗き込む。


 先輩がすぐにわたしに気づいて足を止める。そして明らかに時間が止まったかのような不自然な静止をした。


 不思議に固まった瞳と目が合う。


 急に、抱きしめられた時のことを思い出してポッポッポッと頬が発熱した。


 心拍数激増! 顔面の熱急上昇! 手汗増加!

 喉の乾燥、警戒レベル! 思考回転数激減!

 体が異常事態をこれでもかと警報する。


「しっ、失礼しました!」


 わたしは脱兎の如く、その場を逃げ出した。


 外の渡り廊下まできて、そこにくつろいでいた金色の猫を抱き上げてぎゅむーと抱きしめる。それからほわほわの腹のあたりに顔を埋めて心を落ち着けようとした。


 これはまずい。


 華麗に告白を決めて恋人になれって言われているのに、話しかけるのはおろか、目を合わせていることすら困難になっている。


 駄目だ。好きすぎる。カッコいいがすぎる。胸が苦しい。

 悶々としながら猫の腹をスーハーしていると、いい加減にしろといわんばかりにおでこに前足をペシっとされた。


 猫はわたしの腕からひらりと降りると、体をブルブルッと震わせてから足元に座り直し、毛繕いを始める。


 わたしはその隣に座り、少し落ち着こうと空を見上げた。深く息を吸い、吐き出す。青い空。白い雲。


 ……駄目だ。雲の形が全部先輩の頭に見える。斬新な髪型がいっぱいある。


 ふと足音がして、見ると通路の向こうから先輩が来ていた。

 猫がにーと鳴いてそちらに行こうとしている。慌てて抱っこして引き留めると、わたしの顔を見て、しゃあねえなとばかりにとどまってくれた。

 

 先輩はそろり、そろりと歩いてきて、わたしから少し離れたところに腰を下ろした。

 もしかしたら偶然ここで休憩してるだけかもしれない。そう思えるくらいの、間に五人は座れる距離だ。そうして、ぼんやりと空を見上げている。


 唐突に先輩が口を開く。


「……っ、悪かったな」


「はいっ……え? 何がですか?」


 先輩は胡座をかいて口元を隠すように頬杖をついていたが、横目でこちらを見て言う。


「……怖がらせた」


「そんな、わたし先輩のこと大好きだし怖いなんて思わないです。先輩になら何されても平気だしなんなら死ぬ時は先輩に殺してほしいし一日のうち平均して十二時間くらいは先輩のこと考えてるし今も雲が全部先輩の頭だし吸ってる酸素に先輩の息が混じってると思うだけでくらくらしてきますし先輩がいない世界は速攻で滅亡してもいいくらいでだから、その……」


「後半にいくにつれ内容がやべーんだが、大丈夫か?」


「通常営業です」


 わたしは猫を抱いたままそっと立ち上がり、三人分くらい距離を詰めて座り直す。

 ついに猫がわたしの腕から先輩の胡座の真ん中に移動した。

 普段なら猫に好かれてる人が羨ましいとなるところだが、普通に猫が羨ましくなってしまう。君、そこ、その場所譲ってくれないかな。


 いや、そんな呑気なことを考えている場合じゃない。わたしには今、使命があるんだった。


「そうだ! あの、わたし……先輩にお願いがあって……」


「なんだよ」


「はい……お願いが……あって…………」


「ああ」


「お願いがありますよ…………」


「うん」


「…………あるんですな」


「だからなんだよ……」


「………………あの」


 しかし、言葉はなかなか出てこない。

 出ない理由はひとえに失敗を恐れる臆病さだ。

 死の呪いが解けたわたしには未来があるので、以前のように無謀に特攻できる精神を失っている。

 いや、先輩はわたしのことが好きなはずだ。

 嘘だと解けない呪いが解けたのがこれ以上ないその証!!

 その辺を再実感できれば、勇気が出てスンナリ言えるかもしれない。

 まず、先輩がわたしのことをどう思っているか、恋人にする気があるのか軽く探りを入れよう。


「先輩、わたしのこと……どう……」


 言いかけて、これはちょっとやめといたほうがいいかもと思いとどまる。初っ端から飛ばし過ぎというか、万が一バッサリやられた時の傷口が深くなりすぎる質問だ。


「あの、わたしの第一印象とか、聞いてもいいですか」


 まずはこのあたりのひかえめな質問が無難。


「そうだな……初めて話しかけられた時は、興味もまるでねえし、顔もろくに見てねえな」


 まあ、そうだろう。


「そのあとは?」


「……少し話したらゾンビみてえな奴だと思ったな」


「ゾンビ……?」


 雲行きあやしいな。


「てめえの命がかかってるってのに……諦めが異様によすぎる。どっか嬉しそうにも見えて……なんかキメェ奴……って、正直引いてたな」


 ゾンビ。キモい←追加!

 好きな女の子に対応するようなワードがないんだけど。


「先輩……なんでも正直に答えればいいってもんじゃありませんよ」

「それはおめーにだけは言われたくねえんだよ……」

「そ、そのあとは?」

「そのあとは、さてはこいつさっさと諦めようとしてやがると思って、腹が立ったな……」


 ゾンビ。キモい。腹が立つ←new!


 ポジティブな恋愛要素がなかなか出てこないんだけど……最後まで出てこなかったら……どうしよう。これ以上聞くのが怖くなってきた。地味にダメージも食らっているし、もうさっさと言ってしまおう。


「先輩、あの!」

「……なんだよ」

「………………わたっ! ……こっ! ここっ!」

「鶏拳か?」


 やっぱり言えそうにない。わたしは意を決するため、バルトロマーニ先生にもらっていた秘薬をポケットから取り出して飲んだ。


「お、おい……ジュゼム……お前何を」


「これはほんとうのことを話したくなる薬です」


「あ? お前、なんでそんなもんを……」


「……言えそうにないから……」


「マジかよ……さっきまでのやべえ発言より言いにくいことがあんのか……」


 わたしは先輩のことが大好きなわけだから。

 足りないのは勇気だけ。

 これさえあれば……告白できるはず。


 恋人になってください。

 恋人になってください。

 恋人になってください。


 よし、素振り完了!


「…………」


 スンとしてしまった。まだ言えない。


「話を変えます!」

「お? あぁ」

「先輩……恋人とか、作る予定は?」

「ねえな」


 え、うそ。即答。

 会話のつなぎくらいの気持ちで何の気なしに投げたものに串刺しビームみたいな強烈なやつを返された。


 ないの?


 じゃあわたしは?


 そういうんじゃないの?


 ものすごい衝撃を受けた。崖の下にドンッて突き放されたような気持ち。

 先輩はわたしをチラッと見て、すぐに視線を逸らした。


 振られた……。

 わたし、もしかしたら待ってればいつかは先輩が言ってくれるかもって、ちょっと期待してたんだ。でもこんなに簡単に。全部が。終わった。


 そうなんだ。先輩、恋人になってくれないんだ。


 そして、急激に口から言葉が溢れだす。


「先輩……」

「なんだよ」

「今わたし、先輩に恋人になってもらわないと留年する呪いにかけられていて」


「…………あ?」


「でも、それ言ってすごい嫌がられるなら言いたくないなぁって……最初は思っていて……」


「ジュゼム……?」


 あれ? 口が止まらない。

 もしかして、今ごろほんとうのことを言ってしまう秘薬が効いてきたのかも。


「呪いってなんのことだ?」


「え? それは言っちゃダメなやつで……わたし、留年寸前で……バルトロマーニ先生が……ああ、全部口から出る! ど、どうしよう! ほんきでどうしていいかわからなくなってきた!」


「落ち着け」


「だってバルトロマーニ先生が結構必死なのも……わかったし……でも、それは言ったら駄目だし……あ、わたし、先輩の恋人になれることはないんだ……もう留年しても関係ないかも、どうせ振られたし死ぬしかない……え、なにこれやだ時間戻したい」


 混乱して散漫な脳みその中身が、言わんでいいことまで含めてポロポロ出てきている。どうしよう止まらない。そうだ! 失敗したら飲めって言われていた薬が何かあったはずだ!

 パニックに陥ったわたしは半べそで薬をパカパカ飲んだ。


「あっ、てめえ、何してやがる!」


「大丈夫です! これはちゃんとした……」


 体がふわりと宙に浮いた。


「ま、間違えた!」


 これはたぶん、一分間浮遊魔術が使える秘薬。

 低空をふわふわ浮遊しながらポケットから出した瓶をゴクゴク飲むと、猛烈に眠くなってきた。これ、たぶんまた、間違えてる。どれだよ。確かひとつだけ異様に毒々しいラベルの……これかな。また、瓶を出して口に含む。こくんと飲み干した。


「いや、だからさっきから何やってんだよ! あぶねえな!」


 先輩がふわふわしてるわたしの手を取ると、わたしは空中でくるんと一回転して、残りの瓶が全部ざかざか落ちた。


「大丈夫ですよ。これは……ちゃんとした……」


 そう言って、先輩の顔を見つめる。


 ──頭の中にきぃん、と音波が走った。


 猫が急に起き上がってどこかにいなくなり、バルトロマーニ先生が走ってきた。


「エルミさん! まずい! 秘薬一個間違えてた!」


「へ?」


「最後に渡したやつ。飲むと……その時目の前にいる人のことを十日間綺麗に忘れるっていう……でもさすがに、まだ何も飲んだり飲ませたりしてないよね?」


 まずい。今カジュアルにパカパカ飲んだなんて、言っちゃ駄目だ。


「今、カジュアルに三つくらいパカパカ飲みました」


 ほんとうのことが、するりと口から出た。


「え? 飲んだの?」


 先生は言って、わたしと先輩を順番に見比べる。


「バルトロマーニ……てんめえぇ……どういうことだ」


「だ、大丈夫! 十日だから! 十日すればちゃんと戻るから!」


「なっっげえんだよ! だいたいてめえはジュゼムにコソコソ何してやがんだよ! いい加減締め上げんぞ!」


「レアンドロ、も、もう締め上げてる……グフォッ!」


 そこでプツンと視界が途切れた。


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