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レアンドロ・アルドナートに好きって言われないと死ぬ呪い  作者: 村田天
レアンドロ・アルドナートとふたりのジュゼム・エルミ
19/31

◇プロローグ




 ──これは、わたしが先輩を忘れた数日間の話。




   ***



 わたしの死の呪いがめでたく解けた二週間後。


 レアンドロ・アルドナートが特級魔術師になった。


 学院初だ。

 あっという間に情報はかけめぐり、学院はちょっとしたお祭り騒ぎになった。

 教員たちは大騒ぎしていたし、今まで遠巻きにしていた生徒たちも露骨に彼を見る目を変えた。

 土曜日には丸一日全学年の授業が休みになり、全校を上げて祝賀会が開かれることになった。それくらい、すごいことで偉業なのだ。


 しかしながら、その日から先輩はバルトロマーニ先生と共にてんやわんやすることとなった。

 各都市の新聞社が来た。初めて見る国のお偉いさんが順繰りに祝いを言いにきた。そのほかにも聞かなければならない説明、書かなきゃいけない誓約書がワンサカ、魔術をよからぬことに使わないという宣誓の書類および儀式、資格授与の儀式。特級ともなると各所への挨拶回りも異様に多く、諸々で先輩の自由時間は奪われた。


 四日ほどして校内で見かけた先輩は、不機嫌に魔力をバチバチ帯電しまくっていた。

 先輩は野生動物と同じで、環境を急激に変えるのは控えるべき繊細な生物なのだ。

 激しい環境の変化に今は背中に見えない棘をビンビンに出しているし、目に見える苛立ちもこれでもかと表情に滲んでいる。

 一目見て、近寄りがたい魔物が爆誕したのを感じた。


 大聖堂で行われた祝賀会。

 先輩はずっと苛立った顔をしていたが、壇上で挨拶をさせられ、見たこともないお偉いさんの褒めに混ざった自慢を延々十人分聞かされ、その後も質問などを矢継ぎ早に投げられている最中、ついにブチ切れた。

 飲み物がたくさんのったテーブルを蹴飛ばしてひっくり返し、出ていってしまった。


 なんというか、さすがである。短気すぎる。


 魔術は使ってなかったのでセーフとされたが、あわや早速資格剥奪となりかねないところだった。



   ***



 月曜日の午前。わたしはバルトロマーニ先生に呼ばれて、寮の先輩の部屋の前にいた。


「あのー、先生……授業中なんですけど……なぜわたしがここに……?」


「え、っとね、レアンドロが完全に臍曲げてる。このままだと、数年なだめすかしてやっと取らせた貴重な特級の資格を返還しかねない。もう早速山で暮らすとか言い出してる。今、扱いがものすごく難しくなってるんだよ……」


「それは……見てればなんとなくわかりますが……それが、わたしをここに呼んだこととなにか……」


「エルミさんも、ここんとこ会えてないでしょ?」


 それはその通りで、先輩は見るたびに教員や、見たこともない謎のおじさんや、上級生や同級生などに囲まれていた。普段は先輩を避けているような生徒たちも、お祝いにかこつけてお近づきになろうとしているようだった。

 こうなるともはやわたしのような木端は物理的に少しだって近寄れる状況ではない。とりあえず、ちゅーの約束は早々に果たしてもらっておいてよかった。そう言わざるを得ない状況だった。


 それにわたしは最近バルトロマーニ先生の口利きがあって、特待生にしてもらえることが決定していた。そのための手続きやカリキュラムの組み直し、教材の受け取りや教員への挨拶まわりもあって、わたしのほうもちょっとだけバタバタしていた。


「久しぶりに顔を見たら、心が落ち着くかもしれないと……」


「え? やです! わたし、こんな時に踏み込んで嫌われたくないです!」


 バタバタがなかったとしてもあそこまで苛立っているところにわざわざ突撃なんてしたくない。


 そういえばバルトロマーニ先生は以前「仲良くなれるなら、がんばってほしい」とか言っていた気がする。もしかしてこういう時のための生贄がほしかったんだろうか。


「なだめたいなら先生が行くべきです!」

「いや、僕はもう無理だって……昨日なんて話しかけてもバチバチうるさくて何言ってるか聞こえなかったからね……エルミさんならもしかして……話が通じるかもしれない。行ってなだめてみてよ」

「っ、せ、先生は劣等生のわたしの人生はどうでもいいっていうんですか!? 言っときますけどわたしだって、先輩に嫌われたら速攻で死にますからね!」

「そ、そんな悲観的な……!」


 バン! と大きな音がして勢いよく扉が開いた。

 わたしとバルトロマーニ先生は同時にビクウと揺れてそちらを向いた。

 先輩は頭ボサボサの上裸で、明らかに不機嫌な顔で体からバチバチ怒りを放出してる。


「てめえら……人が寝てんのに部屋の前でギャーギャーうるせえんだよ!!」


 ひええ。今まで見た中で、最も不機嫌度が高い。

 寝起きポイントまで加算されてガチのウルトラメガトン不機嫌。バチバチ音もこれまでで一番うるさいし、通路の壁がビリビリ振動している。稲妻もいつもより数段派手だ。これまでの不機嫌がルンルンの上機嫌に見えるレベルで気が立っている。


 先輩がどこか据わった目でこちらに手を伸ばしたので、反射的に両手で頭を庇って目をギュッとつぶる。


 先輩はわたしの肩を抱いて部屋の中に引き込むと「とっとと失せろ!」と叫んでパタンと扉を閉じた。


 ………………え?



   ***


 ドッドッドッドッドッ。


 わたしの心臓がずっと爆音で鳴っている。

 わたしは先輩の部屋の中、扉の前で背後から抱きしめられている。わたしの頭に先輩が顔を埋めている、珍奇な状況だった。


 うわ。なんだこれ。何がおこってるんだ。

 気配が、近い。近いなんてもんじゃない。先輩の熱い体温が背中にぴったり重なっている。反応するように、体がじわじわ熱を持っていく。ドキドキがうるさい。現実感が薄くて、指一本動かせない。動けない。


 先輩の息の音は、静かだけれどわずかに荒い。

 少しでも意識を逸らそうと前を見ると、薄暗い部屋の寝台が目に入る。そこは心の乱れが現れているかのように、掛け布団がぐちゃぐちゃで、上着が脱ぎ散らかされている。


 気づけばわたしは、正しく獣の檻に放り込まれていた。いつもは嫌がられているから遠慮なく特攻できるけど、先輩のほうが……こう、接触に前向きだと……何も反応できなくなってしまう。


 ふいに腹にまわされた手に力が込められ、耳に熱い息が触れてびくっと揺れた。

 先輩がそのまま、わたしの耳の上あたりをはむっとした。


「ひゃ……っ」


 一気に力が抜けて、腰から崩れ落ちるところだったけれど、先輩が抱きしめているので倒れない。半分抱っこされてるみたいな感じだった。


「え、っ、あ」


 先輩のごつごつした手がモゾモゾ動いて、シャツの中に潜り込み、肌を直に撫でたときにまた少し我に返った。我に返ったせいで羞恥心メーターがまたグインと上がった。どうしよう。ぞくぞくが大きすぎてもう何がなんだかわからない。悲しいわけでもないのに、興奮で涙が滲んできた。


「あの、……せんぱ……」


 なぜだかぜんぜん出てこない声を絞り出し、やっとのことで先輩を見上げる。


 目が合った。

 先輩は動きを止めてわたしの目をじっと見ていた。


 数秒後、突如先輩が「うおっ!?」と素っ頓狂な声をあげて、驚いたように身を離す。


「あっぶね。出てろ!」


 先輩がわたしを扉の外に出して、パタンと戸が閉まった。


「んん?」


 ……………………なんだこれ。


 幸いなことに、授業時間中の寮はほとんど誰もいない。人目につくことなく玄関に向かうことができた。玄関のすぐ前で寮監とバルトロマーニ先生が話し込んでいる。


「あれ? もう帰ってきたの?」

「はぁ」

「どう? 落ちついて話できた?」


 あまり落ち着いては……なかったような……。

 しかし、ありのままを話す気にもなれない。

 まだ頬が赤い気がして、少し隠しながらこくりと頷く。


「……あれ? よく考えたら部屋はまずかったかな?」


 バルトロマーニ先生がハッと気づいた顔をして、口元を押さえ青くなる。教員なんだから、できたらもう少し先によく考えてほしかったものだ。


「……だ、大丈夫?」


 あからさまにオロオロした顔の先生の、あらゆるものを包んだ「大丈夫?」に、力なく「……大丈夫です」と答えてお辞儀して戸のほうへと走って向かう。


 バルトロマーニ先生がちょっと焦った顔で先輩の部屋に取って返していた。

 わたしがそっと玄関を出た時、通路の先からこちらまで聞こえる先輩の怒号がした。


「バルトロマーニ! てめえどういうつもりだ! あやうくひでえ不祥事起こすとこだったじゃねえか!」


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