◇エピローグ
わたしと先輩はバルトロマーニ先生の部屋を揃って出た。
「妖精との対話かあ。できたらすごいけど……」
ん……? ちゃんと勉強すれば、もしかして将来的にジュゼム・エルミに好きって言われないと死ぬ呪いを先輩にかけることもできたりするのかな?
わたしは簡単にその呪いを解くことができるけど、先輩がわたしに不本意な顔で「好きって言え」って言ってくれたりする……?
なんだそれ! 想像だけで滾る!
俄然、張り切ってきた。がんばろうって気持ちになってきた。
「目標があると、がんばれますね!」
「なんか知んねえが、がんばれ」
若干鼻息が荒くなったわたしの肩をポンと叩き、先輩は満足げな顔でどこかに行こうとしている。
わたしは追いかけて気になっていたことをついに言う。
「先輩! 約束忘れてません?」
「…………忘れてねえよ」
校舎を出て、正門前の広場に出ると、先輩は大きな伸びをした。
「……先輩! 約束!」
「…………」
「妖精は、わたしがやっつけたんですよね? じゃあもしかして、アレはわたしを奮起させるための嘘だったんですか?」
「あ?」
「騙されてた……いや、よく考えたらはっきり嘘って言ってたもんな。うう……ちょっと……だいぶ悲しい」
ブツブツ言ってると、横から剣呑な声が挟まれる。
「おい、ツラかせ」
そちらを向くと、先輩が肩を抱くようにわたしの顎を捕まえて唇を合わせた。
「…………んっ」
唇。あったかい。やわらかい。先輩の、匂いがする。かすかに息が触れ合ってぞくぞくする。胸がじんじんして、破裂しそう。
そういうことが、考えられるくらいの時間、重なっていた。
唇が離されて、しばらくはぽうっとしていたけれど、人が横を早足で通り過ぎて、はっとする。
「こ、こんなとこで……!」
「るっせえ! しろっつったのテメーだろうが!」
少し口を尖らせた先輩がわたしの頭をごりっと掴んで睨みつけてくる。
「ったく、オメーのがよっぽど疑り深いじゃねえかよ」
「へへ……」
「あに笑ってんだよ!」
「嬉しい」
先輩は、一瞬油断したみたいな顔をして、それから笑う。
「先輩、わたし、先輩の笑った顔、好きです」
「……そうかよ」
「それから笑ってなくても先輩が好きです。全部全部好きです」
「…………」
「呪い解けたから、信じてくれますか?」
先輩はまた世界一苦いものを口に含んでいるみたいな顔をしていたけれど、やがてすごく小さな声で「ああ」と言う。
そうして、さっさとどこかに逃げようとするので、背中に飛びついた。
「……何しやがる!」
「先輩、デートして!」
「……っ、授業終わってからな!」
さっきから胸がどんどんあったかくなっていく。
昨日と同じ空が、不思議なくらい綺麗に見える。
もしかしたらこの世界には、わたしが知らなかった素晴らしいものがまだたくさんあるのかもしれない。
全部、表層に出てこなかっただけで、わたしが見つけられなかっただけで、ずっとそこに存在していたんだ。
たとえば食べたことのないお菓子の味だとか。
聞いたことのない音楽だとか。
人の手の温かさとか。
何年も胸を包むやわらかい言葉だとか。
その日にしかない綺麗な星空とか。
水面に反射する一瞬の光だとか。
──レアンドロ・アルドナートの笑顔、とか。
そんなきらきらしたものがきっと、この世界にはまだまだたくさんあるんだろう。
レアンドロ・アルドナートに好きって言われないと死ぬ呪い ◆おしまい◆