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火曜日にこぼれた紅茶


 火曜日。

 だいぶサボっていた授業に出た。


 教室でみんなと並んで授業を受けていると、退学も死の呪いも全部嘘みたいに思えたし、久しぶりに出たから授業は余計にちんぷんかんぷんだったし、ひどい状況は以前と何も変わっていなかった。


 いや、呪われ期間に縁を切っていたので、集団行動はもうしていない。人の目を過剰に気にすることももうなかった。だからわたしはやっぱり少しだけ、以前と同じではない。


 それに──。


 お昼休みの開始のベルが鳴り、のんびり片付けをしていると、教室の入口のところに紅い目で白い頭の男が立っていた。

 ものすごい速さでガタタッと立ち上がる。

 先輩が顎をしゃくって呼ぶ。怖い呼び出しに見えたんだろう。周りは恐ろしげに目を伏せた。

 わたしは素晴らしい速度でそこに馳せ参じた。


「先輩! 先輩! 先輩!」

「お、おう……もう体の調子はいいのかよ」

「はい! 昨日ちょっと眠かったんですけど、たぶんたんなる寝不足で、もういつも通りです!」

「そうかよ」

「約束のために来てくれたんですか?」

「ちげえわ! これからバルトロマーニのところに報告に行くから、おめーも来い」

「え? 報告ってなんの?」

「妖精の呪いのことだよ」

「えっ! せっかく失態を秘密裏に処理して退学を免れたのに……わざわざ報告なんてしたら……先輩やっぱり悪魔だったの?」


 先輩は首を横に振った。


「あのな、ジュゼム。おめーはたぶん強烈に目がいいんだよ」

「え? 先輩だって結構目、いいですよね」

「そういうんじゃねえ。お前に呪いをかけた妖精、俺には、結局見えなかったんだよ」

「そうなんですか?」

「ああ、魔力はそんなになさそうだし、器用でもなさそうだから、いわゆる魔術師には向いてないかもしれねーが、あんな貧弱な妖精まで見えんなら、そりゃスゲー才能だよ」

「…………ええ」

「まぁ、俺も昨日までは確信が持てなかったんだが……たぶん本物だ。それを言いにいくんだよ。伸ばし方を考えねえとせっかくの素養が無駄になる。またフカされると腹立つから、今度は俺も一緒に行くからな」


 わたしは先輩に手を引かれてバルトロマーニ先生の部屋まで連行された。


 先輩に手を引かれてしまうと、わたしは行き先が地獄の入口だとしてもすんなり連れてかれてしまう。


 前から、つなぎかた優しいんだよなあ。

 部屋の前で離された手に思いを馳せていると、先輩はそのドアを思い切りドンドン叩き始めた。


「おい! バルトロマーニ! 中にいやがるか!」


 ドンドンドン!

 ちょっと、叩き方が乱暴すぎないか。

 教員の部屋を訪ねる時のスタイルとしてはかなり斬新だ。借金の取り立てみが強すぎる。


「チッ、開けんぞオラァッ」


 おまけに、ノックした意味がない。

 勢いよく入ってきた先輩に驚いた先生は、お茶をズボンにこぼして「あち! あち!」となっている。


「いんじゃねえかよ」

「いや、今お茶淹れてて……手が離せなかったんだよ。ほんとうに短気だね、君は」


 先生は溢したお茶をパタパタ拭いて「よく来たね」と言う。


「エルミさんも。二人揃って会うのは初めてだよね」


 先生がわたしを見て、にこっと笑う。


「はい」

「あ?」


 わたしと先生を順番に見て、先輩が叫ぶ。


「てめえ! バルトロマーニ! 陰でコソコソ何してやがった!」


 先輩の体から魔力がバチバチ漏れた。


「レアンドロ、漏れてる。抑えて」

「うるせえ! 漏らしたみてえになってんのはテメーだ!」

「うん、まあ、座って座って」


 低いテーブルの前に配置されたソファに、先輩はヨタ者みたいに足を広げてドカッと座り、わたしも隣に座った。

 バルトロマーニ先生はお茶を淹れ直して、クッキーの皿を前に置いてくれた。


 そうしてから先生も「よっこらせ」と言って前に座る。


「よし、ジュゼ。コイツにわからせてやれ」

「は、はい」


 妖精に呪われた話は、ほんとうはあまり言いたくなかったけれど、解決済みだから処分をくらうことはないだろう。

 ええと、それで、わたしが、妖精が結構見えるほう? ってことを、なんとかしてうまいことプレゼンしろってことだよね。


「えっと……わたし、実は昨日まで、レアンドロ・アルドナートに七日以内に好きって言われないと死ぬ呪いを、悪妖精バンシーにかけられていて……」


「妖精の呪いに……ほう、なるほどそれは珍しいね」


 先生はすぐに顔色を変えて先輩を見る。

 そうして先輩も頷いた。


「見えるだけじゃなく、気配もわかる。結構なもんだぜ」


 結局、そこからは先輩がわたしの目がいいんじゃないかということをせっせと説明してくれた。

 わたしも一応調べていたというのに、先輩はわたしより妖精関連のことに若干詳しくて、話の一部は歴史に絡んでいて、よくわからなかった。


「なるほどね。確かに、妖精との親和性が高い人間は少ないよ。対話ができるところまでいければ、かなり稀少だ」

「わたし、対話なんて、できないです」

「今はまだ、ね。でも、確かに素養はある。もちろんここからすごく努力は必要だけどね」


 わたしは先輩の顔を見た。


「オメーみてえに器用じゃない奴は何かに特化したほうがいいだろ?」

「う、はぁ」


 何か考え込むように天井を見ていた先生が思い出したように言う。


「あ、あと今度から、そういう時は早めに相談してね」

「その、退学が怖くて……」

「ああ、なるほど」


 先生はカップをソーサーに戻して真顔で言う。


「で、結局どうやって解いたの? その呪い」


 先輩は飲んでた紅茶をブーッと吹いた。

 先生は真顔だったが、その声はわずかに震えていた。


「あ、あぁ?!」


 先輩が素っ頓狂な声を上げたが、先生はまだ真顔だった。いや、よく見ると笑いをこらえるために、眉間に皺がよっている。

 先生も結構意地が悪い……というか、隣から魔力のお漏らし音がバチバチバチバチうるさい。


 質問に素直に答えていいものか迷っていると、先輩が先に口を開いた。


「……結局、コイツがやっつけたんだよ」

「え?」

「ふうん……まぁ、そういうことは十分あるだろうね」

「え? そうなんですか?」


 バルトロマーニ先生が言うには、弱い心につけこむタイプの呪いは本人が強い心で跳ね返すことも可能なんだとか。

 まぁ、確かに、よく見たらあの妖精はほんとうに雑魚もいいとこだったし、そう見えるようになったのもたぶん、わたしの心が持ち直していたからだ。


 ふと気がついたが、先生のズボンはまだ乾いていないので立派なお漏らしスタイルのままだ。

 先輩を見ると先ほど紅茶を噴出したせいで先輩も先生とお揃いのお漏らしスタイルになっている。

 この部屋にいる男全員漏らしてる。なにこの部屋。


 その時、トントンと軽く扉を叩く音がして。ルナデッタ先生が入ってきた。


「バルトロマーニ先生、す、少しいいだろうか」

「はいっ! よいに決まっています!」


 バルトロマーニ先生がばっと起き上がり、気をつけの姿勢で固まった。その顔はだいぶ桃色だったし、目は泳いでいる。

 そして、入ってきたルナデッタ先生もまた、どことなく緊張した面持ちで、モジモジしている。


「ああ、レアンドロもいたのか。先生……こ、今週末の会議のことなんだが……」

「は、はい、そおですね」


 やがて、先生たちは話し込んでこちらをまったく見なくなった。モジモジしながらお互いの目をじっと見たり、逸らしたりしている。こちらのことは完全に忘れているだろう。

 桃色のカーテンが引かれている気がする。

 何この人たち。

 いい大人なのに。いくらなんでもわかりやすすぎない?


 わたしはそこでしばらく残りのクッキーをぱくぱく、甘い紅茶をごくごくしていたが、平らげて立ち上がる。


「先輩……出よう」

「そうだな」


 先輩も呆れたように頷いた。



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