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月曜日に発動する呪い


 悪妖精バンシーに呪われたあの日、わたしはストレスにやられて、ふらふらと西南の神殿のあたりまで来たが、しゃがみこんで吐いてしまった。


 妖精の住まいである神聖な神殿にゲロを吐くのはとても不遜なことだ。罪悪感で胸がいっぱいになる。


 しまった、と思った時にはふわりと小さな妖精が目の前にいた。


 そうして、けたたましい笑い声が頭に響く。


 ──あんたは本当に自分のことばかりね。


 ──少しは家のためになることをしなければお前の母親がお前を産んだ意味もないだろう。


 ──意味ない努力なんてするだけ無駄。要領悪すぎるんじゃない?


 ──結局才能がないんだよ。


 かつていろんな人間に言われた言葉たちが次々に想起されて頭をぐるぐるまわる。


 妖精が子どもみたいにくすくす笑いながらわたしの周りを飛び回り、胸のアザがつけられた。



   ***




 月曜日。

 初恋に浮かれるのはもう終わりだ。

 ここからの動きは慎重にしなければならない。


 いくつか文献を調べてわかったけれど、妖精の呪いを受けた者の死体は気体となって、形をなくすようだ。

 とはいえそんなアホな人はそういないようで、見つけたのはかなり古い文献ひとつだった。


 万が一死体が残った場合、そして、ちゃんと消えるとしても、学院内で現場を見られると大変だし、先輩にも絶対知られてはならない。


 念のため、正午前には学院を出て、敷地の外にある広大な森に入ってしまおうと思っている。


 わたしは学院を出るという旨の手紙を寮の部屋へ書き置きすることにした。

 家に帰りたくない人間が学院退学後に遠くに逃亡したと処理されるように。事件にならないような文面をめちゃくちゃ推敲して練り上げた。

 行くあてはしっかりあるけどそれは書きませんという匂わせ満載。さりげなく父をディスり、恨み節を入れるのだって忘れてない。

 これで、見えないところで逝っちまえば、完全犯罪成立だ。


 もしかしたら頼み込めば、ギリギリ退学は免れたかもしれない。

 でも、そんなことをしても意味がない。やがていつか卒業はやってくるからだ。

 結局どうあがいても絶望的に才能がないわたしには、どうしても未来に希望が持てそうになかった。

 だいたい、妖精なんかにつけこまれて呪いを受けるなんて、まず聞いたことがない。雑魚すぎる。


 でも、呪いで楽に死ねるなら、大嫌いな父のいうなりにならずにすむし、この先辛い目にだって遭わずにすむ。


 心残りがあるとしたら、先輩とちゅーできなかったことくらいだ。


 まぁ、それは高望みだ。

 このくらいでいいんじゃないだろうか。


 おおむね順調。すべて、計画通り。あとは学院を出るばかり。


 登校の人波がすっかりなくなった頃、わたしは寮から出た。

 渡り廊下で猫を撫でてお別れしていると、猫がニャアと鳴いてどこかへ行ってしまう。


 猫が向こうから来た人の足に甘えたように身をすり寄せていた。

 視線を上げて、ギョッとする。


 レアンドロ・アルドナートだ。

 艶のある白い髪に紅い瞳の、獣みたいな男。


 昨日までは身が焦げるくらいに会いたかった相手だが、今日ばかりは嫌な汗が出る。

 わたしは、彼にいくつも嘘をついているからだ。


「先輩、何してるんですか」

「見てわかんねえのかよ。サボってんだよ」

「そうですか」

「もう相談に行ったのか?」

「はい。夜のうちに専門の解呪医を呼んでもらって朝方に呪いは解いてもらいました。処分も早かったので、退学します。もう、すぐ出るところです」

「ふうん」


 先輩に言ったのは嘘ばかりだ。相談に行ってないのはもちろん、ほんとうは、明日じゃなくて今日の正午には呪いが発動する。

 でも、このまま学院を出てしまえば問題ない。


「じゃ、行きますんで」


 急いで立ち上がり、歩き出す。足音が後ろからついてきた。


「ついてこないでください」

「断る」

「えぇ?」


 先輩が付きまとってくる。困った。

 なるべくそちらを見ないようにしながら正門を目指して歩いていると、途中の芝生で先輩がわたしの腕を掴んで止めた。


「なぁ、解呪はもう終わったんだよな?」

「はい」


 先輩は猜疑心に満ちた胡乱な目で見てくる。


「アザ、ちゃんと消えてるか見せてみろ」

「えっ、嫌ですよ」

「なんでだよ」

「アザはもうないので! それは……たんにえっちです!」

「アホなこと言ってねえで見せろ!」

「ひゃ、だめ」

「へ、変な声出すな!」


 先輩がわたしを芝生に押さえつけてブラウスのボタンを外してくるのでドキドキする。いやドキドキしてる場合じゃない。


 先輩の顔が一段階険しくなった。どこまで険しくなれるんだこの美しい顔は。


「消えてねえじゃねえかよ……」


 消えてないどころか、アザは心臓のあたりを目指すように広範囲に広がっている。わたしはどん、と先輩を押し除け、シャツを合わせてアザを隠した。


 まずい。まずい。まずい。

 もう予定が崩れている。

 呪いで死ぬのはこの人にだけは知られたくないのに。

 先輩のせいじゃないのに。先輩のせいみたいになるのが嫌だ。そんなところに責任は感じてほしくない。わたしがいなくなることを、少しだって気にされたくない。嫌な汗がダラダラ出てくる。


「先輩、あの……」

「んだよ」

「わたし、ほんとうは先輩のことなんてこれっぽっちも好きじゃないんですよ!」

「そうかよ」

「ほ、ほんとに、ぜんぜんですよ!」

「…………」

「なんとか呪いを解きたいから嘘ついてたんですけど、ほんとうはぜんぜん好みでもないし……先輩性格悪いし、こ、怖いし、近寄りたくないなって……お、おもって……ずっと、いやで……」


 なんでこんなこと言わないといけないんだろう。

 油断すると泣きそうになる。


「き……きらい、です」

「うん」

「先輩、信じてください。ほんとうにきらい、なんです」

「ああ、んなこたぁ知ってんだよ。大丈夫だ」

「じゃあどっか行ってください」

「やだね」


 困った。この人が何を考えてるかまったくわからない。

 そうこうしているうちに、くらりとした強い眠気に襲われる。早く出ていかなくちゃ。


「……なんか変だな。てめえ、もしかしてフカシこいてんな」

「え?」

「とぼけんな。てめぇ! ほんとうは今日の正午なんじゃねえか!?」

「……………………うん」

「いや、このタイミングで寝るんじゃねえ!」

「すいません……なんか、すごい眠くて……」


 あと、胸のところがズクズクして、なんだかすごく……くらくらする。


「まだ寝んな。てめえに呪いをかけた悪妖精バンシーは、どこにいたんだ」

「うぅ、ん……しぇ、西南神殿のとこです」

「ならそこ行くぞ。正午が近い」

「なんで?」

「ブチ殺しちまえばいい」


 先輩の体の周りをバチバチッと魔力がほど走った。この人ほんとに苛烈で短気。


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