日曜日の星見塔
人生最後の日曜日はとてもいいお天気だった。
待ち合わせ場所は正門から少し離れたベンチがあるところで、どちらかといえば男子寮より女子寮に近い。男子寮の前まで迎えにいくと言ったけれど強い拒絶に遭い、ここにされたのだ。
三十分前から待機していたが、昼過ぎまで寝てるといっていたあの先輩が休日にちゃんと起きてきてくれるものだろうか。しかし、わたしは何時間だろうと待つ!
……一時間遅れくらいで来てくれればいいけど。
しかし、予想に反して先輩は時間の五分前に現れた。
「何分前からいやがった……」
「三十分前です! 楽しみすぎて! これでも我慢したんですけど、部屋でソワソワしてるならここでソワソワしてても一緒かと思って!」
先輩はチッと舌打ちした。
「あ、先輩……私服ですね!」
ろくな私服がないわたしは今日も学院の黒地に赤の縁と刺繍が入った制服だったが、先輩は紐のついた麻の白いシャツの上にフードのついた焦茶のロングコートを着ている。
「……バルトロマーニがお下がりを押し付けてくんだよ……」
そんなサイズピッタリのおさがりがあるもんかい。先輩、愛されてんな……。
「で、どーしたいんだよてめえは……」
「あ、今日ですか?」
市街までちょっとだけ距離があるため、学院の生徒たちはだいたい休日も敷地内で過ごすことになる。
カップルの休日デートも学院内だったりする。
とはいえさほど楽しい場所もそんなにはなく、定番の場所もだいたいきまっている。
「はい! 今日は学院デートの定番を華麗にキメていこうかと思っとります!」
「……かったりいな。何のためにだよ」
「実はちょっとだけ憧れてたんです」
そう言うと、先輩はため息混じりに「そうかよ……」とだけ言った。反対されなくてよかった。
さてさて向かうは学院デート。
お待ちかねの学院デートスポットその1は【星見塔】だ。
ここはそもそもが天文台として建てられているため、昼間は閑散としがちだ。休日の日中はそこに目をつけたカップルたちがウヨウヨひそんでいるという。
わたしと先輩は朝もはよからそこに入った。
中は壁に沿うようにベンチが作られていて、なるほどそこでは並んで座ってお話をしているカップルがすでに点在していた。
二階に上がると一気に人が減った。
「どこまで行くんだ」
「しっ、先輩、ここからですよ」
三階、四階と上がったが、やはり誰もいない。
「むう……物陰でちゅーしてるカップルがたくさんいるって聞いてたんですが……午後からですかね?」
「お前は何しに来てんだ」
「もちろんデートです! 星見塔のテッペン取りましょう!」
「……おうよ」
星見塔のテッペンをとるため、長い螺旋階段をさらに登る。
「ひぃ、ふう、先輩……階段っ……疲れますね」
「降りるか?」
「く……ここまで来て、テッペンとらずに帰れませんよ……」
「目的変わってねーか……」
塔の最上階に来る頃にはわたしはだいぶヨレヨレだった。基礎体力が違うのか、先輩はケロっとしている。
わたしたちはそこから外を眺めた。
「べつになんも見えねえだろ」
「まぁ、星を見る場所ですからね……」
昼に見ても周りに特筆するようなものはない。
小さく都心は見えるものの、大体、ひたすらのどかな風景が広がっている。
こんなところに登ったからといって、べつに素敵な空気になるわけでもなく、ぴゅうと冷たい風が吹き、わたしたちは早々に塔を降りた。デートって難しいな。
塔から出るとうっすらかいていた汗が冷えてきた。ぶるりと震える。
「……寒い」
「チッ……着とけ」
「わ、ありがとうございます」
先輩が自分の上着をかけてくれる。
なんか、どんどん優しくなるな。この人。
そっと腕のあたりに触れてみたけれど、幸い手が吹き飛ばされるようなことはなかった。気づいていないようにさえ見える。
もしかしたら、痛くないって言ってから、警戒が一段階解けた気がする。
これは、調子に乗って、手とかもつないでみちゃったりしてもいいだろうか。
ほら、マテオも手とかつながれたらすぐ好きになっちゃうって言ってたし。なんなら気づかなそうでもあるし。ちょっとならいいだろ。
そーっと手を取ろうとしていると、先にパッと掴まれて移動させられる。
「え? ああ」
一瞬驚いたが、見るとなるほど。近くに男子生徒数人のカタマリがたむろしていて、こちらをじろじろ見ていた。先輩は注目されるのを嫌がる。
そのまま引っ張られて移動した。
わー、手、つないでる。おっきい。硬い。
好き。好きだ。
いや、わたしがチョロくなってどうするんだ。
しかも知能もダダ下がってる。
マア、イイカ。
テ、アッタカイ。センパイ。スキ。
日当たりが悪く人けのない学院裏まで来て、先輩がため息を吐いて座り込む。まだ忘れているようで、手はつないだままだ。先輩が一秒でも長く思い出さないように、息を潜めた。
しかし、妖精がふわっと目の前に現れてわたしは悲鳴をあげた。
「ぎ、ぎゃあー! 出たー!」
「うお、なんだなんだ」
先輩はわたしを背中にまわしてかばうようにしてあたりを見渡した。
「先輩、アレです! アレがそこにいます!」
「何がいんだよ」
「よ、妖精……」
わたしは先輩の陰に隠れながら震えた。
もちろんわたしに呪いをかけたのとは別の個体だが、独特の気配を身に纏っているので近くに来るとすぐわかる。
「いねえだろ」
「いたもん! すっごいちっちゃいの! 今飛んでたもん!」
「どのへんだよ」
先輩の声にぎゅっと瞑っていた目を開ける。
あたりを見まわしたが、もうその姿はなくなっていた。でもまだ心臓がドキドキしている。
「も、もういません」
「移動すっか……」
「じゃあ次はご飯食べましょう!」
「どこで」
「なんと学食です!」
「まぁ、そうなるだろうな」
デートスポットその2はなんと【学食】だ。
休みの日は寮の食堂で食べる人が圧倒的に多いので、学食は比較的閑散としがちでいい感じなのだ。特に外の席はカフェ感が強く、うっすらデート感が味わえると人気らしい。
学食に向かい、意気揚々とデート席に座る。
木枯らしが吹いていてガラガラだった。
「なんでわざわざ寒みい席に……」
「それは、これがデートだからです! 雨が降ろうとも、雪が降ろうとも、デートの時はここなのです!」
「お前のデートいちいち過酷だな」
お昼ご飯を食べている途中で、眠くなった。
それもほんのりした眠気じゃなくて、ものすごく強い眠気。
「おい、どうした」
机に突っ伏したわたしに先輩が声をかける。
「……眠くて」
なんだか体が異様にだるい。
「疲れたんじゃねえのか? もう解散すっか?」
「やです。夕方まではデートの約束ですよ。まだ一緒にいた……い……」
「いやヨレヨレじゃねえかよ……」
「帰るのやだ……」
「……しゃあねえな。もう寮行くぞ」
わたしはガバッと顔を持ち上げて言う。
「おうちデートですね!」
「家じゃねえしデートでもねえ! 全問不正解だ!」
まだ定番デートスポットは残っていたが、図書館棟デートは前にしたし、湖広場もよく行ってるのでクリアしたものとする。お家デートも十分楽しそうだし。